THE SUIMYAKU



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床下の清流

[1] KZ :2023/02/05 14:10 No.217
☆自宅の庭に川が流れてたらいいなあ という願望を糸井重里が書いていたけれど(朝起きて庭に出たら そのまま釣りができる とか)、それどころか 床下を小川が流れているという家を子どもの頃に見たことがある。なにか夢の中みたいで 流石にすごいなあと思った。
その友だちの家は 川沿いの土手の上にある農家だった。上がり込んで遊んでいるうちに 床下の川の話になった。それを見せてくれるという。
広い台所の 黒ずんだ床板を数枚捲ると もうすぐそこを(1メートルくらい下)澄んだ水が うねりながら滔々と流れている。深さは やはり1メートルくらいだったか。清流と言ってもいいくらいの きれいで豊かな流れだった。とはいえ床下の流れだから 見た目はやはり薄暗い。慣れないものには 流れが速くてなんだか怖い感じさえする。

さすがに飲み水には使っていないようだったが 食器も野菜も洗濯も ようする: に洗いものは全てが この清流で十分まかなえる。忙しい台所の女性たちには とても重宝な流れだったことだろう。あと 金網とかで出入り口を堰き止めれば 床下で鯉を飼うこともできる。
冬は寒くないのだろうか、暗く太い流れを見ていると そんな心配が胸を過ぎった。夏は床下からとても涼しいんだよと 住人である友だちが教えてくれた。石段に座って足を浸けてたら暑さ知らず。冬も 思うほどは寒くない。ほんとの川から分けてきた水だからさ そんなに冷たくはないんだよ。



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ことば・あそび

[1] KZ :2023/02/05 14:01 No.216
☆新聞とラジオと どっちがいい?  炬燵に座って 冗談の好きな伯父が話しかける。小学生の私は わからないなと思う。どっちも良いところがあるし…
新聞のほうがいい。目元に大きなほくろのある伯父は そう断定する。ラジオじゃあ洟がかめない。あと…ラジオじゃあ 弁当が包めない。なるほどと私は思う、ラジオは固すぎるしな。おじさんはゆっくりとタバコに火をつけ ただおかしそうに小さく笑っている。(おじさんは廊下に十姉妹を飼っていて、欲しいと言ったら 帰りにつがいをバス停まで持ってきてくれた。嬉しくて 躍り上がるような気分だった。)

☆あるとき大学の友人が 酒を飲みながら言った。コンドームは 漢字でどう書く? 避孕套とか書くな 中国語だと。今度産む… そう書くそうだ。なんか分かる感じがする。
そうかもしれないと私も思った。いろいろあっても ようするに 今は無理…ということなんだな。

☆豚小屋だと 背の低い別の友人が部室に来るなり言った。珍しく顔つきも上気している。どうやら冬の朝のラッシュで散々に揉まれて 酷い目にあってきたらしい。日本の電車は本当に 本物の豚小屋だと 吐き捨てるように もう一度言った。今に始まった事ではないのだが…なにしろその剣幕に押された。少し可笑しかったけれど。

☆二、三十枚の最初の小説を書いて部内誌に載せた(『石の座』)。下手な三島だと ある女の子に言われた。悩む悩む少年のことね 言いたいことはよく分かるけど、でも なにしろ下手くそ。くやしいけれど まあ そうだなと自分でも思った。三島も最初は正直だったし。でも かの文豪は 最初からうまかったな。

☆最初の一音 それで決まるな 音楽って。
どうかな 聴いてるうちに…ってこともあるからな。
でもやっぱり 最初の一音だよ。それで分かるよ。覆ることは まずないよ。
そうだな そうかもしれないな 俺も。

☆昔からとても面倒見のいい人で 高校では同じクラスだったが、男同士では姐御と呼んでいた。長くピアノを習っていて グルダは(その頃 私がよく聴いていた) 崩して弾くからと 少し不満そうだった。成績も良くて 現役で東北大学の数学科に進んだ。ある時訊かれた、姐御とは私のことかと。
ずっと クラス有志のティーカップ掲示板を管理してくれていた。去年 ティーカップが終了した時 これで掲示板も終わりにしましょうと。板で泣いているやつもいた。いったい何年管理人をやってたのと訊いてみた。二十何年かだったと。もうおばあさん。いや やっぱり姐御だと私は思った。

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暮らしのうつわ

[1] KZ :2023/02/03 20:08 No.215
超ローカルな話題で恐縮ですが…

http://utuwa-banki.com/?cat=5

暮らしの器 萬器(ばんき)

当方(柏市)の家から徒歩七、八分のところにある陶器店。バス通りに面した三階建ての小さなビルの一階。脇の階段から上がる二階はネパール人の姉妹がやっているカレー屋さん。三階は数部屋のアパートという造り。同じ場所で もう三十年近くこの店は続いています。普段使いで 使い勝手のいい、使うとみんなの気持ちが和む器というのが ずっと変わらぬコンセプト。とはいえ いわゆる作家ものが主流のお店なので値段は少々高く 、開店した頃は いつまで続くかなとみんなが思っていたのでした。けれども 細く長く、悠揚迫らず… 次第次第にリピーターやファン(固定客)も付いてきて 時には器もバーゲンをしたり 店主の久保田真弓さんのセンスで ある月は服やバッグや靴を並べてみたり(新品や中古。フリマ風に)、そう広くはない店内ですが 月々の展示の中で いろんな遊びもしている感じなのです。HPにもある通り、暮れまでしっかり働いたら 正月は半月ばかりパリでアパートを借りて過ごす というようなゆっくりした人生も送っているらしい。そんなゆとりも 並べているうつわの選択に反映しているのでしょう。
HPの写真を見てもらうと、とても落ち着いた いかにも載せた料理や果物などが美味しく感じられる そんな風情を窺えることと思います。



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All about my love

[1] KZ :2023/02/01 14:46 No.214
水玉もカボチャも

https://forestpost-jp.com/2018/09/10/yayoi-kusama/

草間彌生展

この人はまさに 自分の愛について語っているんですね❗️

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世直しの必然

[1] KZ :2023/01/28 23:57 No.212
A:霞ヶ関の中央官庁街から 有能な若手職員が退職、脱出を始めている。また そもそも公務員採用試験を受けない傾向も強まっていると人事院が警告を発している。深夜に及ぶほとんど無意味な国会対策などによる働きすぎ、その割に報われない待遇、そういうブラックな省庁の労働実態に嫌気がさしていると。

B:それでも 仕事にやりがいがあれば我慢もできる。国が少しずつでも望ましい方向に進み きちんと仕事をすれば国民に感謝され尊敬もされる、そんな実感があるならばね。しかし実態は 心底バカで倫理観も人としてのモラルも欠如した自公のチンピラ議員どもに夜中まで顎で使われ、何かまずいことでも起きれば 財務省の佐川のように責任を負わされ 罪を一人で被らされる。果ては某経理部長のように 命までも危うくなる。そんな馬鹿らしい「仕事」を もう誰もやりたくない、それは当然のことでしょう。

A:バカで悪どいばかりの自公政権が10年以上も跋扈してきた。新自由主義と称する無責任政策によって分断された社会の倫理観は 想像以上に衰退している。どんなズルをしても 自公翼賛議会で多数を占めればそのまま通る。どんな見やすい嘘でも 図々しく100回も繰り返せばそのまま通用する。能無しで恥知らずの二世三世議員どもは ますます増長する。
一方 普通の若者たちは ようやく就職できても 給料はほんの僅かしか上がらない。重い学費ローンを抱えたまま、不況下の労働実態は ますますブラック化。いつまでも下積み階層に留まって 思うように結婚もできない 子どもも作れない 家も持てない。旅行なんかもってのほか。親にもどこにも頼れずに さらに下層に沈み込めば… もはや半グレにでもなるしか道がない。いま日本各地で相次いでいる半グレたちによる杜撰な詐欺事件や強盗劇などは そうした社会倫理崩壊の典型(それも氷山の一角)だと思える。

B:日本の政治の腐敗、劣化の影が いずれにも横たわっているね。上が腐れば その影響はずっと下にまでも及ぶ。国民の資産などは勝手に売り飛ばしていい、都合の悪い公文書などは さっさと改竄してしまえ。領収書の要らない官房機密費などは 保身のためにどしどし使え、国費による観桜会などは地元民の選挙対策としてふんだんに使え。国の「防衛予算」は ほしいままに米国の軍事政権に貢げ、各国にもキックバック付きでばら撒け。ただし 国内の賃金水準はしっかりと抑えろ、消費税は経団連とつるんですぐに15%まで上げろ、国民の生活や福祉対策費はケチれるだけケチれ… 。それでも おとなしい国民は 安いパンと愚劣なサーカスさえ与えておけば 黙って政権に従うものなのだ。

かように、森キロー、小泉、麻生太郎、安倍晋三、ガースーに岸田、この連中がしてきたことは いま半グレどもがしている粗雑粗暴な悪業と ほとんど相似形をなしている。つまり 多くの半グレどもは 先行した永田町の反社どもの真似を 正確に赤裸々になぞっているだけなのだ。

こんな世の中を放置しておけば まともな社会倫理が持つはずがない。国も経済も文化も停滞し沈下し… 今や国民の所得水準は 中国どころか韓国にも台湾にも抜かれてしまった。科学技術の水準もまた然り。いずれ東アジアの最貧国になる日も遠くない。
上級国民を自称する二世三世自公政権に殺される前に 革命を❗️



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草間彌生 松本市美術館

[1] KZ :2023/01/28 13:43 No.211
↓ 生地松本市の市立美術館

https://panda-chronicle.com/matsumoto-city-museum-2020/

●ここの展示作品群を観ると 彼女の水玉模様がただの意匠ではなく 自身の内部の鼓動から紡ぎ出された軌跡(表出)であることがよくわかります。
スケールの大きなガラス工芸作品、もう一つのfavorite であるカボチャの造形なども見事です。



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横尾忠則展

[1] KZ :2023/01/28 13:08 No.210
https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=pfbid035iLGdgAsuyZUQBbwm59xrAEzHPbDMJDqX1KfTrru9WwJFk3ND9ccf6GrAhUH64yhl&id=100052648914482

神戸は遠いけど 観てみたいですね。ほんものの奇才

☆追記

これもすごいなあ  世界の草間彌生さん

https://jp.louisvuitton.com/jpn-jp/stories/lvxyayoikusama

●個人的には去年の夏(墓参り時に) 彼女の生地にある松本市美術館に行き 彌生ワールドを堪能してきました。本当の意味のキラキラ。すごいです。常設。機会があったら是非どうぞ。

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「台湾有事」は誰のためのものか

[1] KZ :2023/01/27 23:40 No.209
https://news.yahoo.co.jp/byline/endohomare/20230126-00334507

こうした論をよくわきまえて 自立した外交を創っていかなければならない。もちろん 米国植民地の代官政権に出来るわけがないけれど。 革命を❗️


☆糸井重里

いま リモートを考える。

今日のダーリン  1/27

『・コロナの世界的な感染流行があって、
 働き方についも、いろんな考えがやりとりされた。
 いやぁ、緊急事態宣言のころとかすごかったものなぁ。
 リモートを軸にたくさんの方法が試されて、
 建物はあるけれどずっと空っぽという会社もあった。
 いまでもあのときの表参道の人通りのなさとかを、
 「歴史的なことだったんだなぁ」と思い出す。
 電車に乗って通勤すること自体がリスクであったり、
 配達された届け物も人どうしが会わないで受け取るとか、
 とにかく人の動きを制限せねばという状況で、
 急速に「働き方改革」の激しい実験が続けられていった。
 コロナがなかったら、論議につぐ論議ばかりで、
 実際にはほとんど進まなかったようなことが、
 現実に、一気呵成に広がっていった。

 「ほぼ日」も、そのときあたりから、グラデーションで、
 「原則的に出社しない」からはじめて、
 「必要があったら出社するが届けを出し最小限にする」、
 「出社かリモートかをじぶんで決めてその情報を共有する」
 という感じで、少しずつ変化させてきた。
 いまも、そのときの状態が続いているが、
 リモートの割合は少しずつ減ってきているようだ。

 いまになると、同じ空間に集まって顔を合わせ、
 ことば以外のコミュニケーションをしながら働くことが、
 ずいぶん大事だったと語られることが多くなっている。
 揺り返しというか、コロナ前に戻りつつある感じだ。
 でも、あのころ、メディアや世論の大きな流れは、
 コロナのおかげで「無駄な出社の義務」がなくなって、
 新しい働き方が一気に根付くのではないというものだった。
 これまでが、どれほど旧態依然の非効率なやり方だったか、
 それを語ることが常識のようになっていた。
 感染を広げないために家にいるという理由と、
 「働き方として、在宅を選ぶ」という理由が重なって、
 働き方の「大改革」はあまりにも一気に加速した。
 あのときに、もっと「リモートのいいところ」について、
 意識的に、しっかりと勉強しておいたほうがよかった。
 絶対に「いいところ」もあるし、そうでないところもある。
 ほんとは「リモート」も、道具であり「使いよう」なので、
 どう使うのがいいのか、ちゃんと考えたい昨今である。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
いい感じでリモートを混ぜるのが、この先の働き方になるか。』

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K 2 氏の新作小説

[1] KZ :2023/01/25 23:16 No.208
いちおうの最終稿が出来あがったということで メールの添付資料という形で 今日読ませてもらいました。(原稿用紙50枚くらい)
なかなか難しい家族の話を丁寧に書き抜き トンネルを抜けたところでそこはかとユーモアも立ち昇って 良い作品に仕上げたなと感心しました。

みなさんにも読んでもらいたいと思いました。どういう形で発表するか 決まったらまた連絡をもらいたいと伝えてあります。(もちろん ここに一挙掲載でも 当方は全然かまわないのですが)

いずれにしても 乞うご期待❗️

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『遠くで汽笛を聞きながら』

[1] KZ :2023/01/22 14:27 No.207
『遠くで汽笛を聞きながら』
    https://www.uta-net.com/movie/3232/

    詞 谷村新司  曲 堀内孝雄

☆もう五十年以上会っていない古い友人だけれど たぶん今も郷里の、あの駅通りの家で元気に暮らしていることだろう。盆栽でもやっているかな… 遠くで汽笛を聞きながら。
彼の性格なら きっと長生きできる。一度は 懐かしいIくんの表情を書き留めておきたかった。

☆たぶん私の方が半月くらい早く 高校の映画班に入部していた。朝から例の階段下の部室に「出勤」し 帰る時までクラスには寄り付かない。どうしてそんな生活が可能なのか、それほど映画班は面白いサークルなのか。たぶんそんな(奇異な)目で 多くの新入生たちは ネズミの穴みたいな薄暗い階段下の部室を眺めていたことだろう。
Iくんとは同じ中学の出身で 顔だけはお互いに以前から知っていた。帰りの汽車(信越線)の中で そんな同学年の数人と雑談していた時だった。映画班に入ったんだろう、あそこ 面白いの? I くんが おっとりした口調でそう尋ねてきた。彼は中学では 軟式庭球部にいたのだと聞いていた(副部長だった)。うーん… 分からない。でも俺には クラスよりはずっと居心地がいい。
実は三年生のM 班長は 同じ中学出身の人だった。それから他にも何人か そういう先輩たちが屯していた。だから世間話はしやすかったけれど だからいい部活とも言えない。階段下の部室は恐ろしいほど狭くて汚いし、使える予算も おそらく一番小さな部類に入るのだろう。そして…なにしろ女子部員というものが ただの一人もいない。入部して半月 部室で見た女性といえば 班長の背の高いクラスメイトが 何かの事務連絡で数分間立ち寄った その一回だけだった! これでは 他の誰かに入部を勧められるわけもない。
そのうち 8ミリの撮影旅行とかは企画するらしいよ。あとは秋の文化祭の時に 体育館でなんか上映会をするらしい。それくらいしか聞いてないんだ。
でも他に 俺には行くところがないんだ、その一番大きな理由は Iくんに言わなかった。言ったところで 何の説明にもならない気がした。自分がふつうの高校生らしい暮らしができないと宣言しているだけに思える…。
みんなの話題は すぐに別のところに移って行った。当然だと 私も思った。あの部室に どんな存在理由があるのか、誰かに説明するのはとても難しいことだった。

☆だから翌週 Iくんが突然 階段下の部室を訪ねて来て 入部したいんだけどと切り出した時 私はえらくびっくりした。本気なの? なんか勘違いしてない? ふつうに誰かに訊いたら あそこだけはやめておけって 大抵は言われる筈なのに…
手続きは どうしたらいい? Iくんは重ねて訊いてきた。ちょうど部室にはM班長がいた。紹介するよ、入って。そう言って Iくんの入部は決定したのだった。
翌日の朝 遅刻ギリギリの時間に階段下に駆け込むと もうIくんは教科書を抱え 移動教室に出かけるところだった。重い革カバンは 部室の隅にきちんと置かれている。
早えなあ もう出るんだ。うん じゃあ行ってくる。嬉しそうに笑って 彼は一時間目の教室に出撃して行った。急がないと私も ほんとうに遅刻しそうだった。古い木造の廊下には もう誰の姿も見えない。

☆昼飯 ここで食べていいんだよね。もちろん、私は答えた。なんか埃っぽいし お茶も何にもないけどさ。それぞれの弁当箱を広げ 我々は長椅子に並んで昼食を食べた。同じ釜の飯を食う それが最初のことだった。時には出入り口にもなってしまう横長の窓からは 渡り廊下を行き来する生徒の姿がちらほら見えている。

☆しばらくして 私はIくんの兄さんの話を ある先輩から聞いた。同じ高校の出身で 歳はわれわれより七、八歳上になるらしい。
容貌はIくんに似ておっとり優しい感じだったが… 伝説の人なんだわ これが。凄い頭の人でさ。当たり前の顔をして 入学から卒業まで 成績はほぼ毎回トップ。現役で東大法学部合格。駒場在学中に司法試験も合格(当時の全国最年少記録)して 自治省(今の総務省)にもトップで入ったらしい。(その後 どこかの県の副知事をやり 最後は保守党から出馬して参院議員にもなった)

それは… 兄弟で比較されたら たまらないだろうなと思った。秀才とは聞いていたけれど よく我慢できるなと。
ある時 Iにも訊いてみた。しようがないよ、頭の出来が違うもの。いつものおっとりした口調だったが 流石に苦しい顔をしてIは少し俯いた。彼も教室にいるだけでは 居心地の悪い男なのだな、初めて私はそう思った。だから一人でやってきて 私に話しかけてきたのだ。私よりはずっとクラスに打ち解けて 友だちもそこそこいたのだが 心も体ものびのびと暮らせる場所は たぶんこの階段下しかない、Iもまたそういうタイプの男なのだろう。

☆二年生になると 秋の文化祭の展示は 一切われわれに任された。何をやってもいいけれど ほとんど使える金は無い、三年は一切手伝わない。準備は手付かずのまま時間だけが迫ってきて、仕方がないから 私が最近作を巡っていい加減な映画評を書き 手に入れたスチール写真を添えて模造紙に書き写した。けれども ひと教室丸々のスペースを与えられていたから これだけではもちろん壁は埋まらない。どうしよう 格好がつかない。見に来るだろう女子校の連中にも 舐められること必定。ひとりで頭を抱えていると、いいよ 俺も何か書くよとIが言ってくれた。その通り、翌週には 展開図入りの 立派な映画カメラの仕組み解説が作られていた。やる時はやるんだなあと私は感心した。一眼レフとかさ、もともと好きだから。それだけだよ、大した内容じゃあないよ。
大丈夫だ これで展示の体裁がついた。三年生にも見物客にも恥ずかしくない。私はとても嬉しかった。

☆三年の文化祭が 中ではいちばん思い出深い。今度は体育館を借りて 黒澤明『天国と地獄』の上映会を 土日の二回やった。16ミリ版だけれど きちんとスクリーンに映せば 普通の映画館で観るのと大差ない。機械操作の得意なSが映写技師を引き受け、椅子を並べたり暗幕を引いたりは班員が総出でやる。映画は公開されて未だ二年ほどだったし、なにしろ新人の山崎努が 貧困に苦しむインターンの誘拐犯人役をやって大当たりを取ったクライムサスペンスの傑作だった。なかでも 犯人逮捕の鍵となるピンク色の煙が 作中ただ一箇所 カラーで立ち昇るシーンが圧巻だった。何度見ても その俯瞰シーンで誰もが息を呑んだ。
体育館の無料上映会は大成功だった。満足して帰ってゆく観客の顔を見れば それはすぐに分かった。

途中 ひとつだけ青くなったことがあった。犯人が 新たな犯行(口封じ)用に高純度のモルヒネを求めに行くシーンで、フィルムが突然ブツリと切れてしまったのだ。いきなり 体育館は真っ暗闇になってしまった…。えらいことになった、途中の山場だけれど ここは正直に理由を告げ謝って 散会にするしかないかと 私はほとんど腹を括った。ちょっと待って、Iが低い声で私を止めた。Sは器用だし 機械のことはよく分かっている。もう応急処置を始めてるから…たぶん直せるよ。
本当にそうだった。時間は10分ほども掛かったけれど フィルムは無事に繋がって そのまま最後まで上映できた。大汗(冷や汗)をかいて上映を終えたわれわれに 沢山の観客は拍手さえしてくれた。IとS、この冷静沈着な二人がいなかったら あの年の上映会は大失敗で終わっていた。

☆大仕事だった上映会も終え、あとは各班対抗の演芸会がプログラムに残っていた。いちおうエントリーはしていたけれど 実際出るか出ないかは上映会が終わってから、その程度の含みだった。無事に後片付けも終わり 全員でサイダーで乾杯した。アクシデントも色々あったけれど なんとか乗り越えてみんな気分が高揚していた。いっちょう最後に歌おうか そんなノリだった。助っ人で アコースティックギターを抱えて何回か練習に付き合ってくれたTくんが 嬉しそうに立ち上がった。
会場の演武場に行き やがて順番が来て 映画班は三年生が六七人 ギターの伴奏だけで『若者たち』を歌った。Tくんのギターは前奏から心がこもっていて 練習の時よりずっとheartfulだった。肩を並べたみんなの気持ちが和んで 気持ちの良いハーモニーになっているのが分かった。こうなればと、打ち合わせにはなかったけれど ソロのところを私が進み出てこなした。
KZ よかったよ! 進んで歌ってくれたからさ うまく盛り上がったよ、終わってからT くんも嬉しそうだった。薄暗い観客席には 他校の生徒たちも沢山いて拍手してくれた。

もちろん何の期待もしていなかったのだが 突然 銀賞は映画班の『若者たち』(ザ・ブロードサイド・フォー)と 司会の女の子が読み上げた。嘘だろうと思ったのだが 賞状を取りに来てくれと呼ばれて 仕方なく もう一度ステージに上がった。…わけわかんないけど まあ どうもありがとう…

☆年間通して、われわれに失敗はいくつもあった。夏休み前には 公民館の広間を借り切って徹夜でナポレオン大会をした。夢中で手札に興じていたら 知らぬ間に夜が明けていて、早起き会のじいさんばあさんが大勢やってきた。高校生が酒盛りをしていたとか 女の子もいたようだとか濡れ衣まで着せられて 大騒ぎになってしまった。始末書は私が書いた。
夏休みには撮影会と称して みんなで尾瀬に登った。男ばかりの楽しいキャンプだったけれど 帰り道は疲れ切って 登り口の沼田駅に借り物のテントを置き忘れてしまった。これも 翌日私が引き取りに もう一度沼田駅まで出向いた。夏の小遣いを使い果たして、帰りの車中は泣きたくなった。思い出せば こんなドジばかり踏んでいたのだ。

☆『サウンドオブミュージック』 『007 殺しの番号』 『ロシアより愛をこめて』 『アラビアのロレンス』… 。映画班は市内の映画館の学生割引チケットも 部室で扱っていた。対価は ほぼ部員分の無料入場券。へんてこな話だけれど。われわれの在学中に扱って よく売れたのは こんなラインナップだった。(『…殺しの番号』は ショーン・コネリーがJ.Bond を演じたシリーズ第1作。最初はB 級のスパイ映画ということで、『大脱走』だったか『史上最大の作戦』だったかを観ると おまけでみられる併映という扱いだった。けれども 実際観てきた人たちは異口同音に ボンドの方がよっぽど面白かったと 興奮気味に語ったものだった。)

☆最後の文化祭が終わると 本格的に「試験」の季節がやってきた。志望校がそれぞれ決められ それに従って各人の受験科目も絞られる。きっと受かるよ、KZ 。Iが励ますように言ってくれた。受からないよ。俺はいつでも成績不安定で 大波だらけ。たまにツボにはまった時だけ掲示板に名前が出る、それだけだからさ。あとは胸の中で繰り返す。平均すれば…やっぱり受からないな。それは自分がいちばんよく分かっている。
俺は慶應受けるよ Iが淡々と言った。いいのか 最初から私立だけで?
大丈夫 親ももう諦めてる。無駄なことは しない。出来の良いのは 兄貴だけでいいって。いくらか寂しそうだったが 彼の目はその時も柔らかく和んでいた。
あそこは 数学もあるな。うん、でもあれくらいなら…俺でもいけると思う。

優しくて良い人間なのは 弟の方だよ。口には出さなかったけれど まる三年間付き合って それは私にも確信があった。



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台湾の民意

[1] KZ :2023/01/20 22:17 No.206
「アメリカの対中対抗のために利用されたくない。」
https://news.yahoo.co.jp/byline/endohomare/20230120-00333655

どう考えても これが台湾の人々の普通の考えであり選択だろう。
アメリカ軍事政権の尻馬に乗って(犬になって) 台湾民衆の意向を無にすることなどできない。
岸田自公政権(植民地代官政権)に鉄槌を!

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博士の辞任とれいわローテーション

[1] KZ :2023/01/16 12:05 No.205
https://youtu.be/71XNHZJXyZE

みなさん フルスロットルで頑張ってほしい。多士済々 国民・市民のために やってくれることでしょう!

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役者が揃った!

[1] KZ :2023/01/15 15:07 No.204
出自不明の写真だそうですが なんとも懐かしい機内の面々。
アラン・ドロンの右は かつて小名山くんが大好きだったリノ・ヴァンチェラですね。パリのヤクザ役とかをやらせたらピカイチの名脇役でした。
後ろはクラウディア・カルディナーレに似てるけど 違いますかね?

あと 左前列 貫禄のサングラスは 髪型からもジャン・ギャバンに似てますが…
他にも名前が分かったら教えてください。

フィルム・ノワール勢揃い  今見ると凄い面子ですね!



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『ファンキー・モンキー・ベイビー』

[1] KZ :2023/01/13 20:53 No.203
『ファンキー・モンキー・ベイビー』
  詞 大倉洋一(ジョニー大倉)  曲 矢沢永吉

https://www.uta-net.com/movie/42688/

☆新設して一年目の25mプールだったが、盆地の冬の寒さは今よりずっと厳しくて 年を越えた頃には水面はガッチリと凍りついた。プールサイドもあちこち凍りついて もう誰もプールの付近には近づかない。校門横手のそこだけ 寒さが文字通り凍りついている。
ただ一人 校長の清水さんだけが その白く厚い結界を破った。数日前から どうも次郎長がスケートをしたがっているらしいという噂が流れていたのだが、本当にやると思ったのは 本人以外に誰もいなかった。

一月半ば過ぎ、午後の休憩時間、誰かが空に向かって叫んだ。見ろ 次郎長が氷に乗ってる!
階段下の部室を飛び出して われわれも一段上がった競泳プールのそばまで行ってみた。本当だった。機嫌良く 意気揚々と グレーの襟巻きをした次郎長が氷に乗って小さな楕円を描いていた。「いいぞーっ!」 誰かが囃すと さらに調子に乗って 器用にバックなどをして見せている。もちろん 滑りが上手いというよりも この寒空の下 負けずに一人で遊ぶその酔狂に 掛け声は飛んだのだった。

今こんなことをしたら えらく怒られることだろう。まして校長が勝手にプールで滑ったとなれば… でも まあ そんな時代だった。本名 清水次郎、すなわち次郎長だ。これも本人は案外気に入って 時に小競り合いにでもなると、俺は清水の次郎長だと 啖呵を切ったという。ほんとの話だと 映画班の先輩が言った。


☆二年の夏前だったか、恒例の教育実習ということで 東京の女子大生がひとり われわれの英語の授業に現れた。すらっとした立ち姿に整った顔つきで 綺麗な声のお姉さんだった。初見から さして上がる様子もなく 生意気な生徒たちに阿るでもなく 淡々と人柄と育ちの良さを滲ませてリーダーを読んでいた。何を教わったかは 全く覚えていない。けれども 色白な人がそこに立つだけで ずいぶん教室の雰囲気も変わるものだと感心した。つまりは 掃き溜めに鶴!
けれども予想通り 数回の授業で女史の持ち時間は終わった。残念だったが どうせ良いことは長続きしない。もう 諦めが先に立っている。
この学生が 実は次郎長の姪だったいうことを 後から先輩たちが教えてくれた。そんな面倒な高校に わざわざ来るもんですかね。私は不思議だった。呼んだのかもしれねえぞ 次郎長のことだから。そうかもしれないと私も思った。次郎長なら やりかねない。

☆月に一度くらい 月曜の朝が多かったが、古い講堂で校長の話があった。毎回 特に面白くもなかったのだが…ある時 いきなり次郎長が激怒したことがあった。鋭い語気で空気が震えて 流石の生意気どもも 一斉に下を向いて押し黙った。
前週の土曜日 野球部の公式予選試合があった。私は行けなかったのだが かなりの数の生徒が 応援に球場に駆けつけたらしい。ある私立校が相手で(今でいう 偏差値のかなり低い新設校だった)、結果は なんと完敗、それもかなりの点差をつけられたのだという。喜んだ相手の応援団は 声高らかに応援歌や校歌を歌って その日の喜びを爆発させた。こちらは意気消沈して黙って眺めていたのだが、頭に来たある一団が悔しまぎれに「頭で勝負してみろ」という野鄙な暴言を吐いたらしい。流石に応援団がすぐに抑えたのだが 新設校の応援席がこれを聞き咎めた。聞き捨てならないと激昂して こちらの応援団長に、そして引率していた顧問の教師にも厳重に抗議してきた。

週明け この話は次郎長の耳にも及んだ。
こんな恥ずかしい話はない、猛省してもらいたい。ことは学校の品位に関わる。負けて悔しかったら 死ぬほど練習して、野球で勝って返せ。お門違いの馬鹿を晒すんじゃない。そういう趣旨のことを 頭から湯気を立てて次郎長はがなった。

☆Tさんという英語の教師がいた。二年間くらい 私もその人の授業を聞いた。京大出で その教え方や英作文の実力は かなりのものだった。テキストで美しい文章に出会うと 不意に話をやめ その分厚い眼鏡の視線が遠くなった。

これも ある月曜日の朝、講堂で次郎長が紹介した。T さんは今日で学校を辞める、京都の大学へ行くそうだ。講堂が一斉にざわめいた。流石だな 京都に帰るんだな。
もう一度紹介されて 壇上で挨拶に立ったTさんは 急いで補足した。京都と言っても 来年新しくできる大学の英語教師です 大したことないのです。
そういう学校が京都にできることは 私などでも聞き知っていた。ただ この高校から受験するものは たぶん誰もいないだろう。
次郎長は わざと曖昧に言ったのだろうか? 若いTさんが ここの教職を捨てて陽の当たる場所に行く、それが面白くなかったのだろうか。素っ気ない紹介は そんなことを連想させた。

☆秋の文化祭の当日に 今年もやるぞ という噂が低く流れていた。学校側も用心している。そう簡単にできる筈はないのだが。
結果は… 連中は見事にやり遂げた。深夜 おそらく軽トラで 当校の重い表札を外して数キロを運び、丘の上の女子高の看板と掛け替える。運んできた向こうの看板を 今度は当校の表門に高く掲げれば作業は完了だ。意味不明の愚行だったが、俺たちは俺たちのやり方で交流を深めるのだという意思だけは ストレートに了解できた。

怒り狂った教頭が関係した各部を調べ 締め上げ、ついに今年の犯人を見つけ出した。上がったのは三人、いずれも現役の応援団員だった。
ポマードでテカテカにきめたリーゼントの団長が(わが映画班のM班長と同じクラスで かなり仲が良かった。ただ 同じ三年生といっても なぜか歳はM班長より二つくらい上だと聞いていた。たまに気が向くと階段下の部室にも顔を出したので この破格のおっさんのことは われわれもよく知っていた)、ついに校長室に呼ばれ、次郎長と二人 相対で長いこと話し込んだ。首謀の一人のみ 一週間の停学、あとの二人は厳重注意という処分にあいなった。最後は野郎とサシだ、お互い首をかけた… そんなことを 部室の柱を背にした団長は低い声で班長に語っていた。そんじゃあ アイス買ってきてくれや、話が一段落したところで 団長がポケットから小銭を出して言った。人数分な。受け取って なぜか私は一生懸命 表通りの菓子屋に走った。  ♪ 君は Funky Monkey Baby〜

翌年には校長がかわり(清水さんは引退した)、文化祭期間中は 若い教員たちが門前で寝ずの番をさせられて 両校の看板は無事に守られた。



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小池ちゃん

[1] KZ :2023/01/10 21:02 No.202
https://www.nikkansports.com/m/general/nikkan/news/202301100000592_m.html?mode=all

☆国民とは 玉木のことかと小池言い

久しぶりにライト前ヒット! ってところだね(笑)

この勢いで 辰巳孝太郎くん 武富士カジノ知事・吉村を 地球の果てまでぶっ飛ばそう❗️

☆あと もし立憲の泉らが維新・吉村側にでも回ると、立憲はこれら大政翼賛派と 国民・市民のための新しい政治勢力とに分裂するかもしれないですね。
ふつうの国民にとっては むしろ望むところじゃあないでしょうか。

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『さらば青春』

[1] KZ :2023/01/09 20:50 No.201
『さらば青春』  詞 曲  小椋佳

https://www.uta-net.com/movie/2156/

☆大学に通い始めて三四日後 古い学生会館(正しくは第一学生会館と言った。今はもう無いけれど)にあった現代文学会という学生サークルを訪ねた。学校に来ても どこにも居るところがないから、もうどこでもいい とにかく腰を据えられる場所が欲しかった。三階の奥まった左て 古ぶるしい墨書の看板を確かめてドアを開けると 小柄な男がひとり 十数人が座れそうな大きな木製のテーブルの隅で何か書類を整理していた。「入部希望?」 すぐに新入生だと分かったのだろう メガネの奥で人懐こそうな目が微笑んでいる。少し話を聞かせてもらえますか? いちおう私もそう尋ねた。古びて汚い部屋だったが 正面の窓は大きくて明るい。右の壁には大きな黒板、左にはコルク製の掲示板があり 何枚か読書会などの通知が貼られていた。
kさんと名乗ったその人は 教育学部の二年生で、今は新入部員の受付係を交代でしているのだという。「入ったからって 別に義務とかは何も無いよ。適当に顔を出してれば友達ができるし そこに連絡ノートも置いてあるしね。…そのうち読書会とかの案内も出るから 興味があったら出てみたらいい。基本 自由参加。あと 作品が書きたければ 二種類ぐらい部内雑誌があるからさ、編集担当者に読んで貰えばいい」 バックナンバーはそこのロッカーの中に並んでるから。そう言ってkさんは気軽に鉄製の古いロッカーを開けて見せてくれた。並んだ冊子の他に 貴重品めいたものは何も入っていない。
このがらんとした自由な雰囲気は 高校の三年間を過ごした映画班の部室と似ていて、ここなら普通に息をして暮らせそうな気がした。登校数日でもう 学部の教室も研究室も図書館でさえも 自分が棲息できる場所ではないなと肌で感じていた。よそよそしくてかなわないのだ。(高校の三年間も同じだった。息の詰まるクラスやしょぼいロッカーにはほとんど近づかず 朝から晩までずっと映画班の部室にいて そこから各時間の移動教室に出かけていた。昼飯も着替えもサボりもダベリも…全てその狭苦しい階段下の部室で暮らして なにも文句はなかった。)

kさんから白紙の入部カードをもらって 現住所やら出身校、学部とかを書き込んだ。「いいんだぜ よく考えて、記入は 後からでも」 そう言われたけれど、どうせ入るんだからと さっさとボールペンを走らせた。なにしろ明日から 私には他に行く場所が見当たらないのだ。今年の入部第一号だよ きみが、笑ってkさんはそう言った。



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『泣かせて』

[1] KZ :2023/01/08 00:03 No.200
☆『泣かせて』  詞 曲  小椋佳

https://www.uta-net.com/movie/82322/

☆大学の二年か三年の秋頃のことだった。授業が終わり 部室にも行きつけの茶房にも友だちひとり見つからず、仕方なく夕方前に地下鉄東西線の駅に向かった。灰色の雲が薄く広がって もう何にもする気が起きない 気怠いばかりの午後だった。駅に向かう長い塀沿いの舗道にも まだ人影は少ない。
突然大きな泣き声が聞こえて 思わずハッと顔を上げた。こんな所で 普段耳にするような声音ではない。足を止めて前を見ると 自分より少し年上くらいの男が 眉間に皺を寄せキッと口を結んだまま早足で歩いて来る。両手は無造作にズボンのポケットに突っ込んだままだ。そしてすぐ後ろを 男の肘を掴むようにして女が追っている。その格好から たぶん私と同年くらいの学生と踏んだ。女の普通の歩みではとても追いつけないから もう小走りだ。中背で少し肉付きがいい。顔つきも丸い。これが…見境もなく それこそ恥も外聞もなく ただひたすらに泣きわめいているのだった。じっと前を向きいっこうに歩を緩めない男のあとを 自分も小走りに追いながらワーワーと泣いている。そして合間に イヤよー イヤなのよーと あらんかぎりの声で叫んでいるのである。
もちろん 引ったくりとか 痴漢とか そんな類いではない。それは見ればわかる。ただひたすらに女は このまま別れるのは嫌だと 大声で泣き叫んでいるのである。
僅か数秒か数十秒か そのくらいのことで、あとは疾風の様にすれ違い 二人は学校の方角に そのまま行き過ぎていった。こちらはただただ呆気に取られて見送っただけだったが、あと口は不思議に悪いものではなかった。前傾で逃げる男も懸命だ、全力で縋りつき人目も構わず泣き喚く女も もちろん死に物狂いの形相だ。次々と流れ出る涙は そのまま後ろに飛んでゆく。
生きてるのも大変だなぁ ご両人。掛けるとしたら そんな言葉しかないsituationに思えた。もうすぐ 私の秋も終わる…



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離山(はなれやま)

[1] KZ :2023/01/06 23:34 No.199
長野県北佐久郡軽井沢町長倉

テーブルマウンテンの全景と登山道



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山の王

[1] KZ :2023/01/06 21:48 No.198
一度だけ 秋の山で 至近距離の熊に出くわしたことがある。King of kings まさしくそういう趣きの生き物だった。動物園とは全く別物の あの漆黒の輝きを 私は一生忘れないことだろう。

☆もう十数年前の秋 信州・軽井沢の離山(はなれやま)にて。紅葉も真っ盛りの午後だった。
佐久の菩提寺での法要も昼過ぎに無事終わり 親子孫の六七人で 空いた午後の時間を軽いハイキングに出かけた。澄みきった秋の空気の中 のんびりとお喋りしながら二時間くらいのゆるい登りを楽しんでいた。結構たくさんのハイカーが歩く道(九十九折り)で、幅も広くそこそこ整備されているので 子ども連れでも大丈夫なコースだった。
午後も少し遅くなってからの登りだったので たまに行き交うのは 頂上から降りて来るハイカーばかり。上まで あとどのくらいかかりますかと所要時間を尋ねながら暢気に登っていった。最後にすれ違った中年女性の二人組が腰に下げていた鈴が 人気の薄れた山道に綺麗に鳴り響いていた。

ほぼ見込んだ時間で山頂に辿り着き そこで一息入れてから、少し降ったところにある見晴らし台に立ち寄った。見渡す限りに紅葉、黄葉が入り乱れて 何とも眩しく輝やかしい広葉樹林が広々と眺められる場所だった。ちょっときつかったけど 頑張って登ってきて良かったねと みんなが口々に喜んでいた。
やがて一人で台から少し引いて 一服しようかなと思っていた時だった。20メートルほども離れたクヌギの木だったろうか、美味しいどんぐりがたわわに実っていたのだと思う。誰もいない静かな樹上でゆったりと食餌していた一頭の月の輪熊が 闖入してきた五月蝿い家族連れに辟易して スルスルと木を降りてきたのだった。
丸くて真っ黒なその塊が何なのか もちろん最初 私には全くわからなかった。ようやく根元に滑り降り ぐるりとあたりを見渡したその時に 熊だと 呑気な私にもようやく気付きがやってきた。
秋の澄んだ日差しに まことに黒々と 艶々と光り輝くその巨体は 何と形容していいかわからない。その漆黒は 今まで見たこともない光に満ちた悠揚たる山の王様としか言いようがない。その黒光りの存在感は 全山の紅葉にも負けていない。一瞬見惚れたそののちに 今度は徐々に恐怖が腹の底から立ち昇ってきた。このまま向かって来られたら 自分にはどうしようもないな、たとえ木によじ登っても 向こうのほうがずっと上手だしな… もうやぶれかぶれ、素手でやれる限りの抵抗をするしかないな。瞬時にそんな思いが 霞んだ頭をぐるぐると経巡っていた。後で訊くと 見晴らし台にいた家族のうち 小学生の孫の男の子だけが 同じくその熊を見たようだった。
幸いなことに、ゆっくりとあたりを見回していた王様は それから何事もなかったかのように向きを変え 繁った熊笹をかき分けるようにして向こうの崖を静かに降りて行った。その後ろ姿の 充実して 大きかったこと! ホッと息をつくと あらためて新しい恐怖が頬のあたりに さざなみのように立ち昇ってきた。心底 私は痺れた。

登りで出会ったあの中年女性ハイカーの鈴は 伊達や酔狂ではなかったのだった。登り口まで一団になって降りて 見かけた立て札の番号に念のため電話を入れた。ヴォランティアの若い男性が出て、それは離山の熊ではないですね、今ここの熊たちは草津の方に出かけていますからと のんびりした口調で答えた。どこか他所から どんぐりを食べに来た若い牡熊でしょうね。…ところで それは大きな犬ではなかったですか?
慌てて 勘違いしてしまう人も多いらしい。私は言った、冗談じゃあないですよ するする樹から降りてきて そのでかいこと この世離れした黒光りのこと… 私は今までの人生で あんなに深くて輝く黒色を見たことはありませんよ!
前から見ると顔はむしろ小さいです、でも後ろ姿を見ると そのお尻の大きさに圧倒されます。明日 出没注意の立て札を立てます。ご連絡ありがとうございました。
それが 若いヴォランティア氏の答えだった。

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カモの実態

[1] KZ :2023/01/06 17:24 No.197
冷静に 日本政府(自公維新)=米国軍産複合体のカモ という実態を見つめよう。

半ば以上確信犯(国を売って自己保身を図る代官ども)であるというのが またたまらないのだけれど。

https://m.facebook.com/groups/857200821311732/permalink/1841692562862548/

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空なる正義

[1] KZ :2023/01/04 23:49 No.196
無定義の「正義」は どちらの側にも有る。そういう公理を まず隊員全員に徹底して教えることが (海上)自衛隊の教則の第一歩だろう。従って こういうロゴ入りのシャツなども 全くの〈無意味〉を背中に刻印しているだけなのであり、冗談(駄洒落)以外の意味では着用しないほうが宜しいのだという常識も 隊内で広く共有すべきことだろう。

互いの「正義」をきちんとすり合わせ 検証し、どこまでが互いに認め合えることなのか、共通の認識を不断にあらためていくことしか外交に方法はない。その都度それぞれが自国に持ち帰り 国民に問い 必要あらば国際世論にフランクに問う。内外 市井の人々の公平・公正の思念や思想を 舐めないほうがいい。どちらの言い分に より分があるか、情報を懇切に開示しさえすれば 今や瞬時に判断は示される時代なのだ。
そういう本来的な過程を抜きに 空疎な「正義」を公的に振りかざすことは むしろ犯罪なのだということを 先ず以って政府こそが言明すべきものなのだ。


☆追記
写真右はメジャーデビュー前のあいみょん 。突っ張ってて よかったですね。(たとえ突っ張ってても つまらない「正義」なんて 彼女はけして歌いませんね)
この動画が私はとても好きだったんですが(だいぶ前にここで紹介したことあり) 今は著作権の関係とかで 残念ながら削除されています。
今聴けるのは このversion 。かなり最近の録音だと思いますが…

https://www.uta-net.com/movie/255465/
(右の枠内 上に)



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謹賀新年  2023

[1] KZ :2023/01/01 00:38 No.194
明けましておめでとうございます

今年もみなさまお元気で 良い一年になりますように❗️


  小袖着て 思ひ思ひの春をせむ   (漱石)


☆追記  1/1

K2 様
お年賀ありがとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。

☆手指が不自由なため みなさまへのご挨拶は ここで失礼しています。ご了承ください。


☆群馬県安中市   麻苧の滝(あさおのたき)

高2の孫娘が送ってくれた写真です。
良い滝ですね  健常の時に行ってみたかったです。



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ゲロリー

[1] KZ :2022/12/31 14:21 No.193
げろり。明治後半から昭和30年代まで 日本各地で使われた下駄スケートのこと。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E9%A7%84%E3%82%B9%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%88

親たちも周りも みなゲロリーと呼んでいた。由来は何語で どういうスペルなのか 以前から気にかかっていたのだが なにせ半世紀以上前に絶滅した遊具なので 記憶の底にあるだけ あえて調べたことはなかった。
今回初めてwikiで読んで それが長野県下諏訪で発明された日本独特のスケートだということを知った。だからスペルが有るはずもなく 語源はwikiにも書いてないけれど ひらがなでげろりというのが当たっているのかもしれない。
写真のような無骨なスケートを 足袋を履いた両足に真田紐などで括り付ける。ぎゅっと結べば足はしっかり固定されて、滑走するのに 普通の靴スケートと比べても何ら遜色はない。足先が早く冷えて凍えたろうと思うのだが 元気な子どもたちはあまり気にもせず 歓声を上げてたっぷりと氷上の滑走を楽しんだ。本当に 良き時代だった。

かように わが田舎では誰もがそのゲロリーで滑っていたから スケートといえば その下駄だと私も思い込んでいた。気づきが来たのは 小学校の低学年、軽井沢町千ヶ滝にあった 西武が経営していた大きなスケート場に遊びに行った時だった。一周400メートルの公式リンクが複数有り、たびたび世界大会が開かれるほど大きな施設だった。当然オンシーズンには 日本中から大勢の客が滑りに訪れる華やかな場所だった。バスを乗り継いで山道を登っていくと 心がうきうきと弾んだ。
いつものようにゲロリーを手にして 広い屋外リンクの傍に座り 紐できっちりと足に固定する準備をしていた。ふと見上げると 隣で休んでいた都会風の綺麗なお姉さんたちが じっと私の足元を見ている。へえ〜っ これが… 初めてゲロリーを目にしたのだろう、まるで小さな珍獣を見るかのような 驚きと奇異の混じった眼差しだった。都会のお姉さんたちの お世辞にも上手とは言えない走りを目にしていたから、早くスケートを装着して 「模範演技」を見せてあげようと思っていた。体は小さくても 年季が違うもの…。けれどもその前に お姉さんたちの素敵に光るスケート靴と比べたら いかさま珍奇なゲロリーを見つめられてしまったのだった。
スッと滑り出すと 案の定 上手ねえ 器用ねえという讃嘆の声が聞こえてきたけれど なんだかそれ以上に 私は恥ずかしくてならなかった。そうか、下駄スケートは 古くて田舎くさくて もう過去の遺物なのだということを 私は初めて目の当たりにしたのだった。もう ここには来たくない、もし次に来るとしたら きっと黒の革靴のレンタルスケートにしよう 、そう心に誓った気がする。
思春期前葉の 遠い遠い思い出。



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古文書解読

[1] KZ :2022/12/30 17:36 No.192
https://mainichi.jp/articles/20221228/k00/00m/040/165000c

楽しくて嬉しい話ですね。
もう少し早くこんな時代になっていたら、 私もいくつか 実家の古い掛け軸とか扁額とかを読めただろうにと 口惜しい気がします。多少の修行をしても俺には到底読めないなと 諦めた記憶が今も鮮明です。

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活動屋

[1] KZ :2022/12/28 23:24 No.191
たまにはこんな写真もどうぞ

活動屋一代

☆小津は東京・深川の生まれ育ちですが 松阪出身のオヤジさんが 子どもは田舎で育ったほうがいいという方針で 十歳で母親、兄妹と松阪に越したのでした。
さまざまな紆余曲折があったけれど、それは後年 彼の作品の幅、広がりに大きく影響したと思います。

☆もう一つ 小津の表出に大きく影響を与えたのは 三重第四中学時代からずっと観続けた沢山のアメリカ映画でした。無声、トーキーを問わず やってくる映画を片っ端から観たと言われています。在学中は停学事件とかにも巻き込まれていますが ベースには映画ばかり観ていた不良学生という評価もあったのでしょう。けれども アメリカ映画の持つ構成力、描写力、展開力 どれを取っても当時の邦画とは比べ物にならない高いレヴェルに小津は圧倒され 深い影響を受けたのでした。後年 とても日本的な情感を見事に演出した表現者になりましたが、作品の基底にはアメリカ映画から受け取った高い構成力があったのだと思います。



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一般労組

[1] KZ :2022/12/26 20:49 No.190
誰でも 一人でも加入できる労働組合が いま求められている。

資本側、保守政権の方針として労働形態の流動化が図られ、共働き(一家計複数の労働)が一般化して 今や全勤労者の4割ほどが非正規労働者になったと報じられている。当然ながら 非正規雇用では 賃金も労働時間等の労働条件も不安定なケースが多い。労働市場にそうした不安定な低賃金労働者が増えれば いずれは正規労働者の労働条件切り下げ圧力になるのだから、本来なら正規労働者の属する労働組合が 非正規雇用層をも組織内に取り込んで 同一労働同一賃金の原則を経営側にきちんと認めさせるべきなのだ。
けれども日本の場合 労働者の組織率は今や2割を切り さらにかの連合に見られる通り 労働組合は正規労働者だけのものに ほぼ限定されてしまっている。つまり 多くの労働者(中小零細企業勤務、非正規層など)は  始めから労働条件向上の闘いの枠外に放置されてしまっている。連合を始めとして 日本の労働組合の多くが衰退するのも当然の帰結と言える。

だから 大切なのは どんな業種でも どんな雇用形態でも(パート、派遣、アルバイト、再雇用など) たとえ一人でも 自由に加入できる労働組合が広く展開されることだ。それ以外に 保守政府、経営側の願いであるコスト切り下げ圧力、労働条件切り下げ圧力にきちんと対抗する方法はないだろう。自公政権や維新による賃上げキャンペーンなどが お為ごかしの嘘であることは もう誰もが知っている。
全ての真の野党 労働組合は 誰でもが加入できる(もちろん 希望すれば脱退も可能な)一般労組の展開にこそ 全精力を傾けるべきなのだ。そうして労働条件の底上げを図るならば それは必ず正規労働者にも波及する。自公政権の言うトリクルダウン説は真っ赤な嘘だったが 一般労組の交渉による労働条件のボトムアップは 必ず労働分配率の向上に結びつくはずだ。

労働諸条件の向上は国民の暮らしの基礎を支え、さまざまな場面でゆとりを生み出し、ひいては社会の倫理の再建、民度の向上にも確実に繋がってゆく。可処分所得の上昇は 個人消費を始めとして力強い内需の喚起をもたらす。ほんのひと握りの上級国民や株式・債権市場のハゲタカばかりに 勤労者が生み出した莫大な国富が掠め取られてしまうなどという歪んだ現状は なにものも生み出さない単なる堕落であり 社会の衰亡への道なのだということを 人々はもう一度 認識したほうがいい。
手を尽くして 再生のための 〈一般労組〉を全社会に展開・拡充することが大切だ。


☆追記  12/28
車の両輪

こうした一般労組と両輪をなすのが れいわ新選組を始めとする真の改革政党ということになる。一般労組のできることは 基本的に(まずもって)労使関係の内側での闘いであり 当該労働者の労働条件の改善向上だ。例えば労働基準法の改善とか最低賃金の増額などは 個々の経営者との交渉ではなく より広い一般的な社会改革の課題となる。これを担うのは 第一義的に改革政党の仕事になる。
もちろん 両者とも その目的は国民生活の維持向上なのだから 互いに協力し補完しあって 車の両輪として活動していくことが必要だ。同一のスローガンを掲げることももちろんあるだろうが、どちらかが上位となって相手を領導するという関係は そもそもあり得ない。

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給食無償化

[1] KZ :2022/12/24 12:59 No.189
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221224/k10013933511000.html

台東区、葛飾区で。

この流れは 都内全域に、さらに全国へと広がっていくことだろう。
何が当たり前の選択なのか、それがはっきりしていくことだろう。

ポンコツ兵器は腐るほど買い漁る(実質 宗主国アメリカへの上納)くせに、国民負担の軽減については やらない言い訳しか頭にない自公、財務省、文科省のアホども… こうした植民地を支える利権代官どもを さっさとリコールしよう。

☆追記  12/24

https://youtu.be/aRhYy7XeOMM

☆追記  12/26

https://www.tokyo-np.co.jp/article/222049/

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standby

[1] KZ :2022/12/23 23:57 No.188
冬至が過ぎて
 今日も寒い一日でした!

でも陽射しはたっぷりで
菜の花や木蓮 桜などなど
じっくりと準備を始めているようです。 



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プーチンの図書館

[1] KZ :2022/12/20 16:08 No.187
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022122000235&g=int

戦争ファシストが モスクワでやっていること。スターリン直伝の焚書坑儒というわけだね。
個人の表現の自立性という原理を全く理解できない… いつの時代の話でしょうか(笑)

(逆を考えてみれば その異様さはよく分かる。例えばチャイコフスキーやショスタコーヴィチの楽曲を 敵性の音楽だとしてアーカイブから追放でもしたら…その政権は何日持つことだろう  狂気の沙汰❗️)


★番外編  追記12/20

爆笑 まつもと空港
例の大西祐次郎氏が 空港応援団長に就任
お祝いのビールが…まあ 大爆笑の信州弁おかみの登場でした!

https://youtu.be/XB7gRqDHs6o

☆追記  12/21

23日(金曜日)夜

NHK

矢沢永吉  「越えられなかったあと一本」

https://thetv.jp/news/detail/1117573/

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なにが本当に大切なのか

[1] KZ :2022/12/18 20:27 No.186
中国14億余の人々が 先端技術開発などで今や日の沈む国である日本に興味を持つ、時には憧れて旅行先に選ぶ、その理由は何なのか。それを考えると 人が生きていく上で何が本当に大切なのか その理由が浮かび上がって来る気がする。

☆なによりもまず 安全。街中もホテルなども、諸外国と比べたら とても安全で 安心して過ごせる。もちろん新宿や渋谷の裏通りが全て安全とは言えないけれど、普通の旅行客や学生などが動く範囲なら これほど気楽に安全に過ごせる国は数少ないと思う。(例えば 整備された公共水道や公共トイレ、コンビニや交通機関などなど)
主たる理由は 警備・警察力というよりも 国民の教育程度が高く 国の民度がまだまだ比較高位にあるからだろう。だから 他人に対する思いやりや優しさ、公共心というものが 未だ社会の隅々に広く残っているのだ。嘘やごまかしを本領とする自公・安倍政権の9年間でだいぶ壊されてしまったけれど、未だ立て直しの余地はあり 希望はあるのだと思う。

☆水準の高いアニメ、マンガ、ゲームなどがあること。
多くの才能が集まり 多岐多彩に展開されていて この文化が 世界中の多くの人々を魅きつけている。根底には 自由な発想 きめ細かな感性 新しいものへの強い好奇心や高い学習能力などが横たわっているのだろう。
こうしたベースが社会に未だ残っている内に 本当に自由で 個々の能力や個性を伸ばせる学習機会を広く充実させる必要がある。ひどく重い奨学金ローンの返済などで若者を縛り付け、さらに住宅ローンで日常生活をスポイルしてしまうなどは(非正規雇用で結婚も出来ない、子どもも作れない…)とんでもない愚策であり悪業なのだ。子どもたちにもっと金を使え、もっと優れた人々の能力を 子どもたちの学習機会に注ぎ込め! 使いものにならないポンコツミサイルの爆買いなど ふざけた植民地代官の行動を 自分たちの保身のためだけに重ねている場合か!
(例えば韓国は 芸能分野に多くの国家資金を注ぎ込んで kーpop の世界的な隆盛に成功した。日本の紅白歌合戦も 今年はk ーpop に席巻される勢いだと聞く。投資は成功し 多くの稼ぎが韓国を潤す。当たり前の事だろう)

☆日本製の薬 化粧品 電気製品 生活雑貨等のきめ細かさ。対応する店員の優しさ 丁寧さ。
痒い所に手が届く。そういう販売店側の対応の良さも 根底には 人々の民度の高さがあるのだ。いちど日本を訪れた中国人は 口で言わなくても そうした彼我の格差をよく分かって帰国する。それこそが 日本の最大の安全保障能力なのだ。民度の高さに由来する優れた生活文化を 強いリスクを冒してまで 誰がわざわざ壊そうとするだろう。そんなことをしたら 自分の決定的な蛮性、後進性を プーチンのように自ら世界に喧伝することになる。世紀の悪評というものは 取り返しがつかない。

☆ハングルの導入によって 朝鮮半島は漢字を捨てた。我が身の根底を成していた文化の大切な一部を 自ら放擲してしまった。これがどれほど朝鮮の人々の心の泉を枯れさせたか よくよく検証してみるがいいと思う。
同様に 中国の簡体への変更も とても危ういことだと私は思う。世界に冠たる表意文字の伝統と そこから発生する深く広い文化の礎。いくら諸交通(指示的表出)に便利といえ 重要な文化の源泉を枯らし 奇怪な簡体(表音文字化)に傾斜することがどれほど無謀で反文化的な行為であるか、幾度でも中国人は考えてみるべきだろう。長い目で見たら その損得は 計り知れないマイナスをもたらすはずだ。
もちろん日本国も 大切な漢字文化をずいぶんおろそかにして来たけれど 、それでも漢字の表意性を強く意識して残し、加えてひらがな カタカナ 時にはアルファベットまでも援用して助詞群を充実させ 数段階の、多層に渡る表現力(考える力)を捨てないできた。これがどれほど日本人の柔軟できめ細かな文化や思想、ひいては社会全体の民度を根底で支えてきたか、いくら強調しても仕切れないほどだ。

毎度は引けないけれど 私は机辺に いつでも白川静さんの『字統』(平凡社刊)を置いている。こころの根拠はいつでもここにある、そうした思いがあるから いくらかでも安心してこの世を暮らすことができる。

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