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『隆明だもの』

1: KZ:2024/02/08 15:47 No.448
『隆明(りゅうめい)だもの』

ハルノ宵子
2023年12月 晶文社刊

☆現在も刊行中の『吉本隆明全集』(晶文社)。その月報に連載された著者・ハルノ宵子(吉本家の長女。マンガ家、エッセイスト)のエッセイ、7年ほど前のインタビュー、そして次女である作家・吉本ばななとの 直近の対談で構成されている。父親である大思想家(よしもと・たかあき)の逸話や 娘たちの目から見たこの独特な家庭(四人家族)の姿がリアルに、ストレートに(遠慮も会釈もなく)語りだされていて興味深い。

☆吉本家の両親はそれぞれが 身の内に超人的なエネルギーを抱え持った人だった。成し遂げた仕事も大きかったが、時としてぶつかり合う際の火花もまた尋常なものではなかった。時としてそれは姉妹に生々しい恐怖をもたらすほどのものだった。(それゆえ 姉妹は親と顔を合わさぬよう 二階の窓を出入り口とした時期さえあったという。)
それでも 今から思うと(両親はともに2012年に逝去) 互いにこうした凄まじい熱量を持っていたからこそ ペアとして釣り合った存在だったとも思えると言う。
(またハルノさんは こうも言う。もっと根本から言うならば、父は本来(天性)孤独の人なので、常にもう一人と関わらなければならない結婚など するべき人ではなかった、そういう人なのです。)

☆二人の仲違い(齟齬)が嵩じると 母親は一切口をきかないどころか 風呂場のガス栓を捻ったことさえある。それが脅しや一時のポーズなどではなかったこと、母親は真に恐怖の人だったことも 姉妹ともがさらりと認めている。父親は 自分の非を認めたら 次女のアドバイスを受けてあらためて小さな指輪を買い、丸坊主になったこともあるという。(それを伝え聞いた母親は「バカね」と言ってプッと噴き出したという。)

☆やはり老境に入ってからの逸話が 興味深いものが多い。長女は両親を最後まで ほぼ自宅(文京区内)で介護した。特に母親・和子(俳人)は もともと結核などの持病があり、かなり早くから介護が必要な状態になった。(父親は長く糖尿病を患い、晩年はほとんど視力を失っていたのだが、己の意思で最後まで介護認定を受けなかった。亡くなる直前まで 紙パンツを自分で穿こうとしたという。) 
そのため長女は自身の主たる仕事(マンガ)を 中途からほぼ諦めざるを得ない状態となった(全力を傾注することはできなくなった)。もちろん次女も介護を手伝おうとしたのだが 病床の母親は「あなたじゃない、さわちゃん(長女)を呼んで」とはっきり言った(拒否した)。次女は もう自分にはこの家に居るところが無くなったと感じて家を出ることにした。
姉のほうは 妹は介護から逃げたのだと感じてきたが、妹はけしてそうではなくて 自分の方が家から(自然に)押し出されたのだと断言する。

☆けれどもその分 妹は経済的に大きく父母の介護に貢献した。両親は度重なる入院の際などに、やはり個室でなくては無理だと訴えた。それゆえ トータルすれば尋常ならざる医療費を妹は負担することになった。入院した医大病院の 新館部分はほぼ自分が建てたようなものだとマジで言うほどに。
そのために どんなに意に沿わない仕事でも次女は進んで引き受け 目一杯働いた。生涯あんなに(馬車馬の如く)働いたことはなかったと。
姉も妹も できる限りをやり切った。だからこそ ともに六十代になった今 取り立ててどんな悔いも残っていない。どんなことも隠さずに話せるという気持ちになれた。
そういう二人の思いは 読んでいるこちらにも自ずと伝わってくる。

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