雑銭掲示板Ⅱ


| 新規投稿 | トップに戻る | 検索 | アルバム | 管理用 |


貴方は本日164人目、通算219586人目のお客様です。
TICCで文銭銀メッキ絵銭 ゆう 投稿日: 2024年04月27日 21:27:22 No.1137 【返信】

TICCで文銭銀メッキ絵銭を手に入れました
今も何処かで手に入るならお手頃でオススメな感じかと

他に北宋銭の100枚通しを5つ買いました。元祐通宝の篆書体が74枚も出てきて真書体も同じくらいでてきました。ホルダーのは30年前に店で買った奴ですがみた感じ寛永に近いので日本で作られた写しに見えますし1086年に作られてそのまま江戸時代まで残ってるとは思えません。寛永の安南銭みたいな派生でしょうが、渡来銭は日本貨幣カタログに白黒で掲載もあって書体のみで明確な基準もなさそうです。
当時の穴銭流通してるところでそれぞれ字体だけ使われ作られてそうです。


浩泉丸 投稿日: 2024年04月27日 23:18:41 No.1138 【Home】
50歳以上の方は上棟式のときにお金がまかれた記憶ありませんか?私の郷里ではお金や餅、菓子などをよく撒いていました。近所の人々総出の大騒ぎ。鍍銀銭の多くはそんなときのために作られた撒銭だと言います。節分祭のとき芸能人が神社に来て豆に混じえて撒銭をやったことがあり、境内に人が入れないほどの大騒ぎになりました。玉砂利の隙間に紛れ込んだ小銭を小中学生が懐中電灯で深夜まで探しまくったもんだからPTAが大激怒。それが原因で上棟式で銭をまくのは学校・町会の通達で禁止されてしまいました。(葬列で米や銭を撒く地域も近隣にはあります。)

北宋銭は符合泉志や古泉大全などに分類がされています。江戸時代には大流行しました。ですからちゃんと分類基準もありますけど良い文献に当たらないと初心者には難しいかも。私は穴の細道で興味を持って中学生時代は北宋銭を結構集めてました。大観とか宣和とか見栄えの良いものから入る方が楽しいと思います。広穿の宣和なんか見事なペアですよね。

日本は皇朝銭以降、江戸期まで国産公式通貨を作っていなかったので渡来銭は大量に輸入されています。江戸時代初期までは流通貨だったのでかなり残っていたのは間違いないです。ただし、寛永通寶出現以降、幕府は渡来銭の流通を禁じたので、残っていた古銭は原料としてほとんど鋳つぶされてしまったと思います。
鉄銭全盛の明和の時代に寛永通寶銅銭が鋳造されたことがありました。亀戸と長崎です。そのとき材料として使用されたのが回収されていた渡来銭だったんじゃなかったかしら。うろ覚えです。寛永通寶は元文以降は鉄が主流でした。江戸末期の100年あまりは銅一文銭は公式には鋳造されていなかったと思います。昔の銅銭はものすごく流通期間が長かった。寛永通寶は江戸時代以降、明治期も通用していたので300年位は使われていたんですよ。貨幣として通用が停止されたのが1953年。昭和初期まで地方でも通用したとかしないとか。ちなみに開元通寶はつくられたのが西暦621年ですから1400年も前の骨董品なんです。こんなすごいものが100円ぐらいで買えちゃうんですよ。すごくないですか。

思い出話をもう一つ・・・子供時代、庭をほじくり返していたら青錆びまみれの古銭が2枚出てきました。紹聖元寶の篆書でした。近所の家の工事現場からは鉄4文銭がうじゃうじゃ見つかった。毎日通って拾ったもんです。今でも少し持ってますがただの錆の塊です。貝塚も学校近くにあって土器を拾いに行きましたね。今でもこれは持ってます。
笑門泉 投稿日: 2024年04月28日 10:55:18 No.1139
私も子供の頃、近くの貝塚に土器片を拾いに行ってました。自転車漕ぐのも苦にならないぐらいワクワクして、きっとあの頃は目が輝いていたと思います。それが今では白内障ですよ、なんということでしょう。
その貝塚の出土物は毛利コレクションと呼ばれる考古資料となっている物があり、さらには東北大学に移管されたり重要文化財になった物もあるようです。

毛利コレクションには石巻鋳銭場関係の資料もあって、その中の天保通寳が反玉寳であったことが当初反玉寳が石巻鋳とされた経緯だったと思いますが、以前に見学した時は寛永通宝と仙台通宝の母銭だけで天保銭はありませんでした。


雑銭から初の母銭? ゆう 投稿日: 2024年04月25日 20:55:32 No.1128 【返信】

まだまだ穴銭初心者ですが購入した雑銭から母銭と思わしきモノが出てきました
幸いにも通用が鉄銭で銅銭は母銭しか存在しない伏見銭だったのですぐにわかりました
作りが凄く良くて一発で違うとわかりました
白カビかチリみたいなのがびっしり詰まっていて深彫りがめだたなかったのが幸いしたのかもしれません
母銭で画像検索するとこういったカビだかチリだかわからないようなのはないのが大半ですがこういうのはそのままの方が良いのでしょうか?綺麗に拭いたりした方がいいのでしょうか?
個人的にはこのまま白っぽい方が白銅質のようにみえて綺麗で好きです


浩泉丸 投稿日: 2024年04月26日 00:59:49 No.1129 【Home】
たぶん火中品(火災に遭ったもの)ですけど、母銭GETは心がときめきますね。これ以上銭を傷つけないでクリーニングはできないでしょうから、このままで。磨いたら価値がさらに下がりますので・・・。これはあなたの記念銭としてこのまま大事にしてください。

ぼちぼち古銭に戻ろうとしています。古銭に戻っても寝不足生活なんですけど、今の生活よりはましかな。健康のため戻ることにしました。もう、古銭を見る目がだいぶ落ちてしまっていますので、それが恥ずかしいです。
古銭を趣味にしても寝ないから健康には良くない。お金もかかるからねー。ぼちぼちやります。
ゆう 投稿日: 2024年04月27日 20:13:25 No.1136
ありがとうございます、やはりあまり無意味にいじるのは良くないですよね
火中で白くなるのは全くと言っていいほど想定していませんでした、雑銭の穴銭で白いのはそういう可能性があったのですね
画像検索や現存して残っているという脳内補正で綺麗で保っているという固定観念がありました


書体の判読ができません… 南。 投稿日: 2024年04月26日 20:20:10 No.1130 【返信】

また質問、というか意見をいただきたくて書き込みます。
先日買った雑銭の中に古寛永の面重文があったのですが、元の書体が自力では判読できません…
Twitterなどで詳しい方に聞いたのですが、吉田の狭永小字では?とのことでした。


浩泉丸 投稿日: 2024年04月26日 22:01:01 No.1131 【Home】
通の形と背のつくりから吉田の可能性はあるけど・・・わかんないなあ。寛永の錯笵は多分に意図的なものがあります。ふいご祭りのときにわざと不完全なものを作り守銭にしたそうで・・・完全なものには魔が宿るという信仰から来たようです。(天保仙人様の談話から)

浩泉丸 投稿日: 2024年04月26日 22:02:54 No.1134 【Home】
背ずれは多い。これだけ大胆だと意図的だと思います。製作的には座銭、ただありえない錯笵です。



本座細郭? 南。 投稿日: 2024年04月17日 02:25:36 No.1117 【返信】

以前自力で分類できなかった天保通寳について、詳しく教えて頂き、ありがとうございました。また分からない物が出てきたので、皆さんの力を貸していただきたいです…
最初は本座の規格外かなと思っていたのですが、にしては薄く、軽すぎると思います。また書体もところどころ違和感があり、調べたのですが見当もつかず、お手上げ状態です。

長径49.4mm
短径32.6mm
銭文径41.6mm
厚さ 2.2mm
重さ17.99g


浩泉丸 投稿日: 2024年04月17日 09:38:32 No.1118 【Home】
本座銭との微妙な違い・・・迷いますよね。今年は入札で2回、本座銭を不知銭として落としてしまい、そのたびにやる気をなくしていました。画像を見る限り砂目の奇麗な天保銭です。文字周囲には多少刀が入っているようですがこの程度は本座でもあります。刔輪も同じ。おそらく軽い以外、寶足が離輪して文字が細い違和感を感じたのではないかしら。銭文径41.6㎜は細郭より大きい。本座より銭文径が大きくて、本座に類似するのは薩摩広郭(短尾通)がありますが、この書体は本座系ですね。銭文径が大きいのは・・・分からない。
見立て的には本座細郭の域を出ないと思います。鋳写しでは本体より大きな銭文径にはなりません。細郭の写しには銭文径差が0.3~4㎜しかないものがときどき見つかります。それでも本体よりは小さい。
銭文径が本座に近いものは広穿につくられているなど何かの後要因が見つかりますがこれは決定打にかけます。つまり、本座の規格外銭の範疇からでるものでは、今の段階ではないという判断が私の意見です。
なお、本座広郭様の中には薩摩の短尾通から変化したものではないかと考えられるような品がときどきあります。
制作日記2021年12月28日参照
とら 投稿日: 2024年04月17日 09:40:25 No.1119
私のレベルで、画像を拝見しただけで断定することは不可能ですが、面・背・輪側・極印どれも本座を示しています。
量目や、厚さなどもこの程度までは可能と思います。
郭内の鑢掛けなどが特殊ではなく本座と同じなら、本座と断定して良いのではないのでしょうか。

ただ、厚さや、銭文が気になるようですが、銭文の表面が凸凹しており、面もやや変色しており、輪側の色も不自然なので、若干火が入っており、だれている可能性も否定できません。

私見ですが、基本的に本座銭。もしかするとその火中品。
穿内の加工が不知銭を示唆していた場合、不知銭の可能性がありますがかなり確率は低い気がします。
とら 投稿日: 2024年04月17日 09:45:28 No.1120
同時に浩泉丸様も書きこんでいたのですね。
恥ずかしい。

私も、浩泉丸様と同時期、同じ間違いを起こし、ショックで、天保銭の購入、一休みしていました。
まあ、私の場合、見る目だけでなく、厚くもない銭を、厚肉と騙されたのが原因でしたが。
南。 投稿日: 2024年04月17日 11:44:45 No.1121
浩泉丸様、とら様、ありがとうございます。
郭内仕上げは若干粗い気はしますが、本座のそれと同じかと思います。
やはり加刀変化はありましたか…通辵の頭や寶後ろ足などが若干違う(気がする)ので、そういうものだとは思いつつ、やはり目量が引っかかって不知銭の可能性を自力では消すことが出来なくなっていました。
南。 投稿日: 2024年04月21日 23:59:00 No.1125
今気づいたんですけど、郭内の写真載せ忘れていました💦
一応載せておきます、こんな感じです。


浩泉丸 投稿日: 2024年04月24日 21:46:17 No.1127 【Home】
郭の仕上げ・・・確かに違和感がありますね。ただ、やすりの入り方は背側からきちんと入っている。うーん、良く分からなくなってきましたが・・・決定打があと一つ欲しいかな。


斜珎手嵌郭 とら 投稿日: 2024年02月17日 11:11:18 No.1040 【返信】

浩泉丸様も収集で天保銭を入手なされ、あまり人前にお出にならぬ関東のAさんも登場となると本格的な春も近いのでしょうか。

嵌郭・一手間余計で、一連の嵌郭は作品と疑われています。
その一方、間違いなく当時作られたものも存在します。
実際、本座でさえ広郭や中郭は嵌郭されたものですので。
その一つに、斜珎手嵌郭があります。
比較の為、斜珎の3枚を良くご覧ください。尓は斜めになっておらず、確かに離貝宝なのですが、斜珎が浸透し離貝宝と呼ぶ人はいないようです。3枚を比較すると特徴が分かります。

4枚目はあまり使用されていない斜珎手嵌郭、嵌郭の度合いが少なく分かりづらいのですが、背の穿や面背の郭をよくご覧になれば分かります。
どこで入手したか失念しましたが、斜珎として売りに出ており、銭文や郭等が異なるので、頑張って手に入れたと記憶しています。目立った銭文の相違は、通のマや当の田、郭には嵌郭の痕跡。
サイズは、49.44mm、32.73mm、41.1mm、18.64g。

5枚目は使用感のある、これぞ斜珎手嵌郭という品ですが、文字が潰れ離貝していません。
サイズは、49.17mm、32.49mm、41.0mm、20.22g。

6枚目は、背を比較するため、斜珎と同様の細郭手削頭天を掲載。

これら一連の貼り合わせ手の鋳造地は同一なのか私にはわかりません。
ただ、私見ですが、天保銭の密造はよっぽど大規模にやらない限り利益は出ません。
利益を出そうと思ったら二分金です。
天保時代なら利益が出たかもしれないが、そのころは幕府の力が残っており、リスクが高すぎ作れなかったはずです。維新前後では、大量に作った、薩摩の広郭でもあまり利益は出なかったのではないかと思います。
天保銭の密造地など限られていると思うので、同じところで作ったような気もします。

鋳造地がわからず、あれこれと想像するのも天保銭の魅力です。


穴銭初心者 投稿日: 2024年02月21日 10:07:09 No.1041
不知天保の位付けは詳しくないのですが、ご所有の宏足宝30枚に対し斜珎が5枚であれば、いかに斜珎が珍品であるのかが想像つきます。1枚持つのもままならないのにすごいことです。東の横綱とら様、西の横綱関西のT様といったところでしょうか。
とら 投稿日: 2024年02月21日 11:02:22 No.1042
穴銭初心者様

三段目全勝優勝でやっと幕下くらいだと思います。
沢山集めているのは、後発で知識が足らないためで、知識を確実なものにするため色々比較したいと思い、比較の為数を集め、眺めているのです。
そして、分からないことがあると、仙人や浩泉丸様などに助言を仰ぎます。

仙人様のようになるのは、時代も違うので、現世では不可能かもしれません。
浩泉丸様と比較するなら、制作日記などから推測し、15年遅れくらいのレベルでしょうか。
天保銭の知識、仙人様が100としたら私は1くらいかもしれません。
でも不知銭の世界はわからないことが多い世界ですので、その1が、仙人様でも気付かなかった、などどということがあるかもしれない世界なのです。

せっかく天保銭を集め始め出したのですから、少しでも知識を確実なものにしようと投稿しているだけです。

色々掲載し、自慢しているようにも見えますが、比較的珍しいものも掲載します。また、拓本でなく画像をたくさんご覧になるのも参考になります。
我慢してご覧になってください。
穴銭初心者 投稿日: 2024年02月21日 16:32:37 No.1043
我慢なんてそんなことありません。
とら様、関西のT様のご投稿は、まだかまだかと心待ちにしています。
浩泉丸 投稿日: 2024年04月24日 21:39:17 No.1126 【Home】
収集に斜珎手として出ているものがあります。画像だけじゃ違いが良く分からないし、嵌郭でもなさそう。単なる他人の空似か。銭形はずんぐりむっくりそうなので面白いけど、大投資する勇気がでない。なんちゃって斜珎(離貝寶)は時々見かけます。深淵の類は、離貝寶気味になるし・・・。


難しいグレーゾーン天保の製作判断 関西のT 投稿日: 2024年04月20日 11:31:13 No.1122 【返信】

先の投稿で南様が投稿されましたものは、現物をみないと判断できないでょう。
正直いえば本座のような気はしますが...
私の手持ち品の中でも自分では不知銭と思うが側から見れば本座と判断されるであろう難しい品もありますので。
まあ、無理に白黒つけなくても良いじゃないという考えなのでこのような回答となりました。

さて今回は銭文径至上主義者には本座と一蹴され、鼻で笑われるであろう2枚の投稿です。
皆様はどう判断されますか?
恐らく意見が別れるのではと思っています。

計測値は、

茶:
縦49.20mm /横32.65mm /文41.60mm
/厚2.49mm /重20.5g
黒:
縦49.30mm /横32.60mm /文41.65mm
/厚2.00mm /重18.1g

です。


笑門泉 投稿日: 2024年04月21日 08:23:12 No.1123
本座の母銭は結構な数が残されていると思います。全くの希望的観測ですが本座で母銭を流出させたからではないでしょうか。同じ金座管轄の文久永宝(草文、略宝)の母銭も多く残されていますから、金座の管轄はルーズなのか利権まみれなのか、そんなイメージを持っています。
ご掲出の品は、異製作ではあっても極印は立派ですね。もし本座から母銭を受け取れるとすればそれなりの実力者でしょうから、極印にもその権威が表れている感じがします。

しかし本座銭に異製作があるとすれば流出母銭による鋳所不明銭とは区別が付きません。また銭文径は重要な要素ですが測り方、測る器具にもより0.2mm程度の誤差は出てしまうと経験上思います。
とら 投稿日: 2024年04月21日 12:38:33 No.1124
グレーな細郭手も、T様同様、穿内の4面全てにきれいに鑢掛けされている物と、本座同様の処理がされている物があります。

掲載しました2枚の画像、穿内の画像が良く現わせなかったのですが、ほとんど同様と思ってください。
サイズ、極印は全く同じ、右は材質がやや異なるようです。

出来損ないの本座銭なのか、流出した母銭から製作されたものなのかむずかしいところですが、穿内がきれいに処理されている物は、後者の可能性が大と考えています。

その流出時期ですが、まず、天保や嘉永など幕府の力が残っていた時代は考えられません。
派閥争いとは言え、最強の島津家の執政、調所庄左エ門が切腹させられる時代です。その他の大名が、設備投資に金がかかり、たいしてもうけにならぬ天保銭の密造などやるはずがありません。この時代だと、儲かる2分金の贋造も行っていなかったはずです。
最も可能性があるのは、官軍の接収時随分略奪され、資料なども灰燼に帰した維新でしょう。ただ、その時期、インフレも進みこのようなものを作っても採算が合わぬ気がしますが。
後は、後藤三右衛門死罪ののち、細郭や広郭など鋳造され長郭が目立たなくなった時か?
勝手に想像するのは楽しいけど、謎の解明には至りません。

因みに英泉師は、2枚とも不知銭と考えていたようで、左は分類譜上P42の8、英泉譜1321。
右は、細郭手覆輪刔輪高足宝とタグが付いていますが、私には覆輪刔輪には見えません。
サイズは、左49.42mm、32.69mm、41.4mm、21.06g。
     右49.42mm、32.69mm、41.4mm、21.06g。
私見では、不知銭の可能性、左、45パーセント。右60パーセントくらいと自信が持てません。




温暖化 笑門泉 投稿日: 2024年04月15日 04:57:52 No.1115 【返信】

こちらは零れ桜となりました。桜の花の状態は山菜採りの目安になりますが、ここ何年かは一週間ほど早まっているので「やっぱり地球温暖化なんだろうか」と思うと空恐ろしくなります。夏もクソ暑いですしね。昨日はタラの芽を採ってきましたが既に伸び気味でした。それでも可食部が増えたと思えば好運だったのでしょうか。

さて
画像は仙台通宝の大様母です。仙台通宝は大様、中様、小様それぞれに二種あるのですが、多くの泉譜は大中小の分類でしかありません。斯界の関心の薄さが分かろうというもので、琉球通宝とは月とスッポンです。
左が正字、右は短寶と分類されていますが、パッと見はほとんど同じですね。やはり地元収集家以外には不要な分類なのかも知れません。


浩泉丸 投稿日: 2024年04月17日 01:50:52 No.1116 【Home】
画像の色調調整させていただきました。たしかに短寶ですねー 通用も長く大きいし、寶尓の後点の角度も異なります。この分類は知らなかった。

杉花粉の時期が過ぎて少し楽になった・・・気がします。アレルギーチェックしたらスギ花粉にはほぼ反応なし。でもこの時期はなんとなく調子が悪い。




南部 小字 とら 投稿日: 2024年04月05日 18:43:37 No.1105 【返信】

浩泉丸様のお戻りが近づいてそうなので、ちょこっと投稿してみました。

岩手県は穴銭の宝庫で様々なものがあり、また知識の豊富な素晴らしい収集家がたくさんいらっしゃいます。
私のような新参者が、モノ申すなど僭越なことですが、特に小字はお気に入りの天保銭で、目に留まると手に入れたくなり数枚たまりましたので気が付いたことを述べさせていただきます。
あくまで、手に取ってみて気づいたことを述べるだけですので誤りなど指摘いただけましたら幸いです。

上の3枚は桐極印で、下の3枚と比較し、程度は異なりますが黄みを帯びています。
下の3枚は、いわゆる八つ手、と言っても手が6本しかなく八つ手ではないのですが、実際、七時雨山様が仰るように変形の桐極印なのでしょうけど。

この2種類はサイズ、銭文径など殆ど同じで、原母銭などは同じものなのでしょう。
ただ、これだけ、極印や色味など異なると、同時期、同じ場所で鋳造されたものとは異なる気がします。
特に穿内の処理全く異なり、桐極印の黄みを帯びたものは3枚とも丁寧な処理が施されているのに対し、後者は雑な処理しかされていません。
ただ、どちらが特別上手というほどではないので、同時期別な場所なのでしょうか。
穿内の画像も掲載しました。
サンプルがちょっと足らないけど見比べて気づいたことです。


穴銭初心者 投稿日: 2024年04月09日 11:55:48 No.1111
とら様、いつも沢山の画像と詳しい解説ありがとうございます。やはり数があると発見も多いのですね。

盛岡銅山も小字と同じ2種類の極印が存在するようなので、同じように違うのか興味があります。先日南部銭誌第一輯を購入しましたが、天保銭類に極印の図版がないのが惜しい所です。
とら 投稿日: 2024年04月12日 23:52:41 No.1112
穴銭初心者様

盛岡銅山銭についコメントしたいところですが、私の能力では答えようがありません。
結構いい値段を出して購入した物がありますが、到底本物とは思えません。
本物は国内に何枚あるのでしょうか。
また、鑑定できる人は何人いるのでしょうか。
色々教わってはいるのですが、中々血や肉になるところまでたどり着けません。

そこで、微妙な品ではありますが、いわゆる、称浄法寺の小字を3枚掲載します。
3枚見比べると、特徴がわかると思います。
左は、英泉師の旧蔵品です。

上掲の正座の品の1回写しですが、製作が弱く、趣もありません。
写しの為銭文径が小さくなってますが、その分濶縁でサイズは、正座の物と大差ありません。
維新前後よりは時代が下りそうです。
集め始めたころや、付き合いで手に入れた品です。


穴銭初心者 投稿日: 2024年04月13日 09:37:47 No.1113
初心者の愚問へのご返信、感謝申し上げます。

>維新前後よりは時代が下りそうです
この辺りはもう初心者には区別が付きません。古色は変わらないようにしか感じず、改めてとら様の眼識に敬服致します。


未使用の久留米正字鋳写し? 天保好きのKinn 投稿日: 2024年04月07日 16:58:23 No.1107 【返信】

先日ちょっとわからない天保を入手しました
外径 48.18mm
銭文径 40.34mm
重さ  20g前後
厚み 2.49mm 
全体から見るとかなり縮小しています、本座❌、製法から見ると高知のものでもないですね高知❌、なら、水戸?接郭?背異?濶縁でもないし、残りは久留米の正字?でも銅質は久留米のものと考えにくいですね、石持ち極印もイマイチ....ちょっと不明な一品です


浩泉丸 投稿日: 2024年04月08日 23:03:09 No.1109 【Home】
極印が大きいですね。これはいわゆる久留米正字の類です。石持桐の極印です。
雑銭ですけどこういうの好きだなあ。
天保好きなKinn 投稿日: 2024年04月09日 11:21:02 No.1110
浩泉丸 様
ご回答ありがとござます
やっぱり久留米の正類いですね
久留米のものは大体銅色赤くなるはずですが、これは真鍮質に近い感じがします なんか珍しいですね


異頭通手? 笑門泉 投稿日: 2024年04月08日 05:12:09 No.1108 【返信】

毎年同じネタですが、昨日は穏やかな本当にいい天気でしたので散歩がてらに土手菜を採ってきました。菜花とヤブカンゾウです。菜花は堤防いっぱいに咲き誇っていて摘んでいる人を時々見かけますが、ヤブカンゾウを採っているのは私ぐらいです。
ヤブカンゾウは癖がなくておいしいですよ。おひたしにすると日本酒のアテにもなります。

それはともかく
画像は最近の入手品です。元々は某オクに出品されていて、その時は金欠で落札できなかった物がめぐりめぐってやって来ました。運はわからないものです。

ただこれは異頭通なのか塞頭通なのかどっちつかずの顔をしています。あれこれ泉譜や保存画像を見てみると、王の末画と尓が連なっている所などは異頭通の特徴を引き継いでいるように見えます。

異頭通は尨字と呼ばれるように文字がぽってりとした感じですが、この品はその削字のように割と細字なので塞頭通との中間種なのかも、と思い見ています。




花桐刻印銭類の新たな刻印 関西のT 投稿日: 2024年03月30日 17:34:11 No.1094 【返信】

折角の機会なのでもう一点投稿。

私の好んで集めている一群にまた新たな刻印が見つかりました。
今回の刻印は不定形の輪郭に5本の葉脈が生えた異刻印で現在手持ち3枚になります。
これでこの銭座の刻印はわかっているだけで5種類目であり、明確な桐をモチーフにしたのが2種、打ち損じ桐モチーフが1種、残り2種は異刻印ですね。
わざわざ桐に合わせればいいのに何故葉脈を一本増やしたのかさっぱりわかりません。
ただそれ以外が精巧なのは相変わらず。
この一群を先日に茨城県の出品者から1枚購入して合計14枚となりました。

最後の画像は先日も投稿しました
高頭通類の削花押。の、天尾足元の地に凹みがあり、當左の輪に欠けのあるタイプ。
関連があるかは分かりませんが、過去に非削花押かつ全体を刔輪された2度写し品を所有していました。
※いまはとら様の手元にあるかと思いますが、郭内テーパーが完全に逆転しているので分かりやすいかと思います。

次々と新しい発見があるのて不知銭収集はあきませんね。


とら 投稿日: 2024年03月31日 10:53:46 No.1095
下らぬ戯言にお付き合い下され有難う御座いました。

インフレが進んだ維新前後の大川端、夜鷹も24文から100文くらいに値上がりしていたかも知れません。
件の鋳写しなら喜んで受け取り、奇天など渡したら「贋金など渡しやがって、薩摩守じゃないだろうね」と投げ返されそうです。

画像の、天の1画目が切れてるの探してみましたがありませんでした。

葉脈が1本多いもの探したら、関係なさそうだけど、赤っぽい縮形で1枚ありました。
長径47.47mm、短径31.35mm、銭文径40.5mm、量目21.08g。


浩泉丸 投稿日: 2024年04月05日 08:40:55 No.1104 【Home】
この極印見たことありますね。アスタリスク型にも見えるし、魚子地肌の浅い極印にも同じような雰囲気がある。最近、古銭を見ていないからうろ覚えですけど、Tさんの目の確かさには驚きを禁じえません。
さて、私事ですが没我していたゲームの世界にけじめをつけに行きました。遅くとも6月には終了し、自分の世界に戻ってきます。以前のレベルで古銭に没頭できるかは未知数ながら、まずはご報告。


古寛永の赤銅質について ゆう 投稿日: 2024年04月01日 20:59:01 No.1101 【返信】

いつも参考にさせて頂いてます
古寛永を500枚ほど手に入れまして分類を楽しんでいるのですが、寛永色見本は新寛永はあるようですが古寛永はないみたいで検索しても古寛永の赤いのは出てきませんでした。
こちらは赤銅ではなく紫褐色になるのでしょうか?
鉛成分が多いと赤いみたいですがよくわかりません
材質や成分が違うと字体では分類できないと思いましてわかる方教えて頂けたら幸いです


青二斎 投稿日: 2024年04月03日 13:01:47 No.1102
古寛永は特に難しいですよね、長門銭は白っぽい色が多いそうですが。
やっぱりまずは書体で分けるのが一番いいのかな?と思います。^^

言っても私は古寛永あまり分からないので溜まっていく一方ですが。(笑)
ゆう 投稿日: 2024年04月03日 20:47:33 No.1103
>青二斎さま
返信ありがとうございます
小さな変化があって古寛永は難しいです。サイトの情報と貨幣カタログで完全一致してるのだけ確定して少しずつやってます
赤銅気質のは鉛含有の他に東北率が高かったり不鮮明なら密鋳銭の写しなんかも可能性があるみたいです
検索したら日銀の寛永通宝の内容についての報告で古寛永なんかも引っ掛かって新しい発見ばかりです
引き続き精進いたします


一回り小さい銭について ゆう 投稿日: 2024年03月31日 20:19:41 No.1097 【返信】

いつも参考にさせてもらっています、初めて書き込みさせていただきます
小学生の頃に興味をもち30年の時を経て本格的に集め始めました
このように右のような一回り小さい寛永通宝の文銭なんですがこれは重さを減らされた荻原銭?なのか意図的に後から加工されたのかわかりません
小さい背元の高津銭くらいのサイズです
300枚くらい背文を所持していますがこれだけ小さかったのでよくわかりません
教えて頂けると幸いです


青二斎 投稿日: 2024年03月31日 22:42:06 No.1099
こんにちは、たまに小さくなった古銭ありますね。^^

輪の周りを削るのは、磨輪って言うらしいです。
このサイトの「古銭用語の基礎知識」に書いてあるのですが、

〇磨輪(まりん)
銭貨の外周を削ること。輪の歪みを整えることが本来の目的だったが、後に原料節約のために多用されることになる。民間で削り取ると盗銅(とうどう)と言う。

上記か、誰かが遊びで削った物でしょうかね?
改造母銭とか言うのもあるらしいですが、私には難しくて分かりません。m(__)m
ゆう 投稿日: 2024年04月01日 20:50:06 No.1100
>青二斎さま
ありがとうございます、これがそうだったのですね
確かに内径は変わらないのでそうみたいです


この仰寳は何でしょうか? 青二斎 投稿日: 2024年03月30日 00:23:24 No.1088 【返信】

こんにちは、久しぶりに投稿します。
画像の左の様な仰宝が雑銭から出て来たのですが、これは何でしょうか?
最初見た時は母銭?かと思ったのですが、ちょっと変です。

※右は私が唯一持っている仰宝母銭で比較用に置きました。

〇謎の仰宝のサイズ
外径 28.1mm~28.2mm
内径 19.5mm
重さ  5.4g
厚み 1.3~1.4mm 

〇左下に枝の跡が残っています。
〇永字が綺麗に鋳出されていない。
〇大きさ的には母銭でもありうるサイズか?
〇赤い銅質。

①仰宝の銅写し、仕上げ途中。
②母銭だが永字が綺麗に出ていないので、仕立て途中で放棄された?

①②のどちらかでしょうか?
仰寶母銭の実物は1つしか見た事無いので判断が出来ておりません。


旭泉亭 投稿日: 2024年03月31日 11:00:22 No.1096
 おはようございます。南部銭、ボウ鋳銭を中心に寛永銭を集めています。僭越ながら、以下のとおり私見等申し上げます。

 雑銭のなかから選り出されたものは、仰寶の通用銅銭で良いと思います。南部銭は、同じ銭種でも多種多様です。特に仰寶は、赤いもの、黒いもの、黄色いもの…と、銅色から仕上げまでバラエティに富んでいるようです。

 盛岡藩で正式に四文銭の鋳造が始まったのは、慶応2(1866)年とのこと。大迫銭座だけでなく、今の釜石から内陸に入ったあたりに幾つかの銭座(栗林、橋野など)が設けられ、鉄銭を鋳造したそうです(新寛永通寶図会91頁)。そして、複数の銭座で鋳造された事情が、バラエティに富む南部銭の大本になっているように思います。

 明治2(1869)年12月、通貨鋳造禁止令が新政府から出され、それら各銭座は鋳銭を停止したとされています。しかし、明治4(1871)年には、橋野銭座で鋳銭を続けていたことが露見し、当時の管轄・江刺県に検挙されたとのことです(南部銭誌第一輯17頁)。

 仰寶は、基本的に鉄銭ですが、案外銅銭もみかけます。私の経験ですが、宮城県北から出た銭サシ3200枚中、7枚の仰寶が出てきて、内4枚は仕上げの様子から母銭でなく銅通用と判断しました。岩手県宮古から出た銭サシ780枚から0枚(但し母銭1)。岩手県南から出た400枚からは0枚。岩手県遠野から出た854枚から1枚(通用銅)。青森県南部地方(盛岡ないし八戸藩領の意)で300枚弱から1枚。踏潰よりは少ないと感じていますが、それなりにあるように思います。

 慶応2(1866)年以前、鉄銭と銅銭は、少なくとも幕府からみた表向きにおいて、同価値で通用するものとしていたようですが、慶応2(1866)年閏5月以降、明治5(1872)年までの間、段階的に銅銭の価値が鉄銭に対し上昇したようです(明治前期における銭貨流通と銭貨政策:ネットでPDF閲覧可)。

 これら条件より、原料調達が可能な場所(金属材や木炭材など)で明治4(1871)年頃まで銅銭が密鋳されたもの思います。

 なお、明治2(1869)年は、かなり酷い凶作だったことが諸文献に見えます(近世の飢饉:260頁)ので、これを契機として密鋳が多発したのかもしれません。うろ覚えですが、南部密銭史にもそのような記述があったように記憶しています。宝暦・天明・天保など近世の飢饉は学問的にも研究が進んでいるようですが、明治初頭の凶荒を明らかにしようとする研究は、探してみても無さそうです。

 添付の写真は、私の所蔵品(一例)です。右下のものは、明治初年に浄法寺で密鋳されたものと言われていますが、真贋を含め様々な意見があるものように聞いています。少なくとも、このままの状態で通用させることは、出来なかったでしょう。

 江刺県の検挙と同じく明治4(1871)年、浄法寺の贋金密鋳露見未遂事件(飛鳥事件)が発生し、慌てて密鋳を中止したため、未仕上げのものが残った…と説明されているようです。飛鳥事件については、月刊収集2020年3月号で詳述されています。

 現地取材に同行された方とお話しましたが、地元では古貨幣収集家でない一般住民でも知っている話であり、道を歩いていたおばあさんに声を掛けたらどこから安比川に身を投げたのかという伝承も知っていたとの話でした。

 盛岡藩は、奥羽列列藩同盟の一員として新政府に降伏した藩だったため、殊更カオスな社会状況だったものと思います。そんなこんなで、色々なものがあるのだろうと思っています。

 以上、ヒマに任せた長文、失礼しました。


青二斎 投稿日: 2024年03月31日 22:27:40 No.1098
旭泉亭さま
 こんにちは、ものすごく分かりやすく詳細にお教えいただきありがとうございます。^^ 

載せて頂いた画像の6枚のうち、左上の銭が色も造りもすごく似ている様に感じます、同じ場所で作られた物かも知れませんね。
踏み潰しよりも少ない銭だったのですね。
東北の方から来た雑銭は個性的な物が入っているので見ていて楽しいです。

天保銭段位も南部大字、銅山手あたりに入ってきたのでこの地方の貨幣に付いてとても良い勉強になりました、ありがとうございます。
今回の銭は枝の跡もかわいいので、大事に保管しておきます。^^


鋳写し4枚 とら 投稿日: 2024年03月29日 21:58:37 No.1085 【返信】

8枚の天保銭に4枚の不知銭が混入しています。
画像から見つけ出せるでしょうか。
答えを知っているのでそれらしく見えてしまいますが、ヤフオクのロット物などの不鮮明な画像でわかる人はいないと思います。
この鮮明な画像でも全問正解は難しいと思います。この画像なら銭文径を比較し分かってしまいますが、目視だけならわからないはずです。
この中の4枚は、雑銭に混入していたものですが、それが不知銭と分かって落札した物ではありません。
目当ての品が本座銭で、がっかりしたら、たまたま隣にいたり、大勝負のロットにおまけみたいにいたりと、たまたまやって来た物たちです。

大した価値はありませんが混入しているととても嬉しい品です。
宝くじを3000円買って300円が当たる程度の物ですが、滅多にあることでは無く何カ月に一度かのご褒美のようなものです。

お時間が御座いましたら見比べてみてください。
正解は後ほど。


青二斎 投稿日: 2024年03月29日 23:58:55 No.1086
一枚だけかと思って探していたら、4枚も入っているのですか。難しいですね。(o_o ;)
穴銭初心者 投稿日: 2024年03月30日 00:15:54 No.1087
楽しいクイズです。一枚ぐらい当たっているでしょうか?

とら 投稿日: 2024年03月30日 09:39:51 No.1089
4枚とも正解です。
強調した画像ですので、比較的分かりやすいかなと思いましたが、全問正解脱帽です。
8枚並べて比較すると、鋳走り等有っても本座の造りはしっかりしている事が分かります。

引っ掛けで掲載した4枚目の細郭は、英泉譜や不知天保通寶分類譜にも掲載されている品です。
因みに英泉譜1387、分類譜上p58の2、異百となっていますが、すべての数値、郭内、極印等において本座の細郭である事を表しています。
流出した本座の母銭をもとに作製された不知銭も存在する様ですが、その場合製作方法に相違が生じるはずです。
仙人より、泉譜は絶対で無く、誤った物も混入しているので判断する場合は、制作に注意する様おそわっています。
見た目だけなら不知銭の様ですが、計測したり、画像で比較したりすると本座です。
膨大な量の収集、銭譜の編集を行うとこのような物が混入します。
穴銭初心者様の眼力、この品に限り英泉師や瓜生先生より上のようです。
ただ、瓜生先生の場合、ご存知でも、あえて誤ったものを掲載する事もある様伺っています。
穴銭初心者 投稿日: 2024年03月30日 12:25:55 No.1090
当てられてうれしいです。離れて見ると銭径の小ぶりの物が見える気がします。しかし、とら様や関西のT様のお話から得たことが大きいですね。お二人は私にとって巨匠です。
関西のT 投稿日: 2024年03月30日 16:53:41 No.1093
とら様が面白い事をしていましたので、
思わず出てきてしまいました。

私は正解3/4で上段左の品が答えを聞いても依然見破れない。
穴銭初心者様は私より才能があるのではないでしょうか。
勿論、私は右上の細郭手にしっかり騙されました。
ただの鋳だまりかと思いましたが、通頭の形からも覆輪連玉寳類に見える。

私も精巧な2枚を...
うち一枚は広島のリサイクル店から買ったものですが、覆輪や刔輪技法を放棄した只の鋳写し銭ながらよく出来ている。
共にやや新しい刻印に片見切りの品。
長径48.25mm、銭文径は41.20mmです。




島銭寛永 浩泉丸 投稿日: 2024年03月20日 22:40:43 No.1076 【Home】 【返信】

今月号の収集に同じ品が載っていました。その昔、駿河に出ていて、奇品館の第一号になった謎の品です。その後、黄銅質(着色?)の類品をネットで見かけて狂乱の熱が冷めた記憶があります。収集品のどこかに類品があるかもしれません。

留守している間に皆さんものすごく研究されて感心します。私も早くこちらサイトに戻ってこなければと思いつつ、私生活乱れまくりで困ってます。何せ仕事が超忙しくなってきてます。
今、制度改定の真っただ中。外部研修事業も本格再開し、業界や市町村事業にもかかわってますので呼び出し急増。外国人に毎日日本語教えているし、今月末に留学生も受け入れるから8人になる。さらに職員の個人的な悩み解決、人間関係介入も必要と死にそうなんです。ついでに慢性副鼻腔炎が発覚し通院中。猫アレルギーと花粉症の影響かな。
てなわけですけど、もう一度古銭整理がしたい。山歩きもできてない。思い切る瞬間が必要ですね。


とら 投稿日: 2024年03月25日 13:56:32 No.1084
浩泉丸様

久々の御登場、慶びに堪えません。
何かしら、コメントをと考えましたが、あえて、避けている分野で、コメントのしようが有りません。
若いときだったら、時間もあり、手を広げられそうですが、あとが無いので、この分野まで手を広げることは不可能です。

お戻りになられつつあるご様子でしたが、また天の岩戸に御籠りに成られたかと心配でした。
公私共にお忙しいのは当然のことですが、覆輪と思い、本座銭を手に入れたのがショックで、天保銭が嫌いになったとか?
まあ。そんなので嫌いになったら何十年も前に止めていますね。

私も同じ入札誌で翌月、同様の過ちを起こし、あとを追いかけています。
他の入札誌と比較し、天保銭に強く、安心して入札出来ていたので過信してしまったようです。
覆輪刔輪とあったけど、画像はほとんど本座銭、最初は無視していました。しかし厚肉とあったので入札してしまいました。
写真をノギスで計測し、おおよその大きさを類推すると49㎜超、厚肉なら、48㎜でも28g程度あるので、30gはあるかと楽しみでした。
ところが、届いた品は、49.5㎜の大き目の本座銭。面、背、穿内、極印、完ぺきな本座銭。おまけに重さも21g台の基準内。
返品不可、要下見の品。しかし2万円の品で下見はしません。
厚肉と偽りのコメントが無ければ入札しなかった品でした。
この入札誌は天保銭向きなので今後も入札しますが、怒りが収まらぬので、今月号は、天保銭はお休みで、妻にプレゼントの金貨でも入札しようかと思っています。


the 不知 四国のK 投稿日: 2024年03月22日 22:03:05 No.1079 【返信】

少し前にネットで落札しましたが、
なんだか出来すぎの感か否めず、放置してました。
見てやって下さい。


笑門泉 投稿日: 2024年03月23日 06:10:00 No.1080
四国のKさま

天字の払い、珎上の加刀、刔輪のえぐれっぷり…どこを取っても私には素晴らしい品、一級品に見えます。

私の場合は…
削字が出木杉くんに見えて投稿をためらった三角高頭通です。寶字が甲骨文のようになっています。銭文径は41mmなので一回写し、加刀されたにせよ一回写しでこんなに文字変化するものだろうかと疑問に感じています。

追伸
極印の画像を追加しました。ちょっと不鮮明ですね。現品は目視の方がはるかに質感が高いのですが、スキャナの性能なのか画像ではザラついて見えてしまいます。
全体的に私の品は削字となっているので関西のTさまのご蔵品とは差異があるように見えます。特に當冠の点の打込み角度、冠の深さ、また田画が不接培になっているのが要点でしょうか。


関西のT 投稿日: 2024年03月23日 11:48:17 No.1082
四国のK様

2月に出ていたあれですね!
私も追いかけましたがK様には敵いませんでした。
私は良いものにしか見えず、またこの品を見た時に真っ先に削字宏足寳が浮かびました。
製作といい、刻印といい、進工天っぷりといい、何となく一致する様にもおもえるのですが、如何でしょうか??

・削字宏足寳
縦49.65mm/横33.10mm/文41.20mm



笑門泉様

過去に制作日記へ画像投稿されていた品とお見受けしますが、この品は前々から不思議に思っておりました。
一般的な高頭通と同じ箇所の花押に傷があるのに、當上が未刔輪、通辶の右にあるはずの凹みもない。
より原初に近い品か、或いは花押瑕が偶然ついただけの別座が気になっています。
刻印は葉脈の太いタイプでしょうか?
もし宜しければ側面も見せて頂けないでしょうか。

・高頭通 細輪 1次通(當上刔輪)
縦48.00mm/横:31.50mm/文:41.15mm


四国のK 投稿日: 2024年03月23日 12:20:16 No.1083
笑門泉様 関西のT様
コメントありがとうございます。また、削字宏足寳ですが、
確かに類似点が複数ありますね。これは並べて見てみたいです。


個人的な連絡ですみません 東北のT 投稿日: 2024年03月22日 08:30:33 No.1077 【返信】

笑門泉 様

個人的な連絡ですみません。
笑門泉様=68式ヲヤジ様でしょうか?
だいぶ前(2022年8月)に、68式ヲヤジ様が発見された『安政大字背千系の「面側の窪み」』について、ブログで取り上げようと考えています(事情があり、現在ブログ更新を休んでいますが、間もなく再開予定です)。
直ぐには記事にできませんが、背千類の記事を整理するにあたり、発見者として笑門泉様のお名前を掲載させて頂きたいと考えています。
笑門泉 投稿日: 2024年03月22日 19:12:09 No.1078
東北のTさま

ご無沙汰しております。
そのとおりでございまして元68式ヲヤジです。
皆さんに喜んで頂けるような話題が提供できればいいかなと思ってなんとなくHNも変えてみました。

と言いましても私の話題は基本的に「小ネタ・余談」の域ですので、Tさまのブログに取り上げて頂けるなんて大変に恐縮です。至らぬ点が多いですが、これからもお引き回しの程よろしくお願いいたします。
東北のT 投稿日: 2024年03月23日 06:33:25 No.1081
笑門泉 様

ご返答ありがとうございます。

「笑う門には福来る、いつもにこやかにしている収集家は泉運に恵まれる」、素敵なHN、泉号だと思います。

マイナーなブログでお恥ずかしい限りですが、笑門泉様発見の「安政大字背千系の面側の窪み」の記事をブログで掲載させて頂きたいと思います。
掲示板に投稿された際の画像も転載させて頂くかもしれません。差支えございましたらご指摘下さい。

引き続きよろしくお願いいたします。


高頭通類の削花押 他 関西のT 投稿日: 2024年03月09日 19:19:20 No.1055 【返信】

私事ながら、最近は転職してやりたい仕事につけたはいいが大忙しです。
オマケに兄弟の結婚式や庭に住み着いた猫の保護やらで古銭どころではありませんでした。
話はかわり、ちらっと耳に挟んだ話ではタジ様と私は同じ年齢だとか...
何かとは言いませんが私も急がなくては...
とりあえず顔見知りでは御座いませんが、おめでとう御座います!
※以上は私の想像です。

さて本日久しぶりに溜まった古銭の整理をしたついでに久々の投稿です。
張り切って本日は3題を紹介...

先ずは不知長郭手 高頭通と同座の削花押銭。
この銭座には花押の特定部分だけが部分的に削字されているものが存在しているのを確認し、意味的にも発覚しない為というより、シークレットマークの意味合いがあるのではないかと私は考えています。
一番目にするのは右の天尾足元に凹みかつ當左の輪に打ち込みのあるもの(左)。
なお右の方は詳細不明です。
当然ながら2枚含め、高頭通らと同じ刻印です。
類品も多数確認し、以前おおまかな出現場所を含め全貌の分からない不知銭座として立ちはだかっています。
が、最近耳にした話で秋田や盛岡あたりからチョロチョロと出現しているという噂が...

画像は手持ち2枚と浩泉丸様のHPから引っ張ってきた同族と思われる品々です。


関西のT 投稿日: 2024年03月09日 19:37:21 No.1056
2題目は背郭右上の欠けたこの一群。

私は寳王の縦棒が折れ曲がっていることから倒玉寳とよんでいますが...
なかなか無理がありますね。いいネーミング募集中です。

画像は、
上2枚が刔輪倒玉寳、左下は覆輪刔輪の繊字倒玉寳、右下は覆輪刔輪次鋳の肥字倒玉寳です。
それぞれ背郭の同一箇所が欠け、天字の左上輪三箇所の同一箇所にタガネによる打ち込みが3箇所あります。
※今年の収集2月号にも細郭手刔輪として掲載があったかと、おもいます。

不思議なのは右下は母銭から母銭を作ったというより通用銭から母銭を作ったというくらい製作が劣ること。
途中で母銭を没収されたのかな?

刻印はこれでもかというくらい細かでデザインされた桐とかけ離れた異刻印。


関西のT 投稿日: 2024年03月09日 19:46:19 No.1057
3題目は水戸近辺の粗造銭座。

画像の左は短足寳写し、右は大字写し。
いずれも砂目が荒く、無刻印、これでもかというくらい火で炙って黒く爛れているのが特徴。
大字写しに至っては花押くらいしか読み取れる箇所がありませんね。

これほど製作が劣り、手順がメチャクチャなものは藩などの後ろ盾のない民間鍛冶屋によるものではないかと予想。
いずれも茨城と千葉の両県から出現しています。

なお短足寳写しに関しては本物よりも大きく、縦49.75mm、銭文径41.05mmあります。
その割には軽いので火に入れたことによる影響だと思います。


穴銭初心者 投稿日: 2024年03月10日 09:18:00 No.1058
関西のT様
いつも貴重品の画像をご掲載いただき、ありがとうございます。
関西のT様、とら様の画像とその解説のご投稿は大変に有意義でありがたく思っています。

今回、ちょっとわからない所があるので、質問してもよろしいでしょうか?

>これでもかというくらい火で炙って黒く爛れているのが特徴。
とありますが、製造過程にて火であぶる理由とはどういった事なのでしょうか?

素人考えですが、完成品を肌がただれるまであぶるのは何か無駄な事のように思えます。
何か理由があっての事なのでしょうか?
とら 投稿日: 2024年03月10日 13:43:18 No.1059
穴銭初心者様

T様がお手すきに成られたらたら、回答があると思われるので、ちょっと間に書き込ませて下さい。

関西のT様
タジさんと同年代とは驚きでした。
不知銭みたいな地味な物に造詣が深く、てっきり自分と同年代か、その上と思っていました。
師の一人が、子供たちより若いとは世の中分らぬものです。
タジさんにご慶次があったようで、おめでとうございます。
このような地味なことやってて大丈夫かと心配していましたが、一安心です。

早速、同様なもの無いか調べてみました。
今回はB級品なので沢山あるかなと思いましたが、思いのほか少ないようです。

1枚目など所有していないかと思ったら、天上刔輪・背刔輪不整輪とタグにあり、英泉譜1161番現品でした。高頭通と気づいていませんでした。
2枚目は、2題目の4番目の姉妹のようです。これはよく見ればもっと所有していそうです。肉眼ではわからないが、スキャンして比較すると玉の2画目が斜めになっていました。
サイズは
左・長径48.14mm、短径31.58mm、銭文径40.9mm、内径44.0mm、量目19.61g。
右   48.81mm、  32.80mm、   40.5mm、  43.2mm、  21.90g。

3題目は膨大な山をあされば出てくる可能性もありますが、火中品と思い無視してしまっていそうです。
鋳造地ですが、これが単なる火中品でなく、あえて鋳造したものであるとすると、水戸を除く茨城、千葉はありえないと思います。
江戸周辺は、上方ほどではないにせよ、貨幣経済の先進地です。
また、19世紀初頭には、関東取締出役(八州廻り)が創設され、御領、私領、寺社領の区別なく取り締まりが行われていました。
千葉などは、天領、小大名、旗本、相給地など混在し、現在で言ったら町内に殿様が何人もいるところもあったのです。
水戸領も斉昭公など健在なら、贋金など作れなかったでしょうが、維新前後は大混乱で、何があったか分かりません。明治になりさらに混乱していました。

インフレが進んだ時代、小規模の天保銭の鋳造など採算が合うはずがありません。地域経済がめちゃくちゃにされた、東北、水戸ぐらいだったら?

天保銭の製造は儲かったなどの説がありますが、それは誤りです。
現在の貨幣でも、1円5円は赤字、10円でチャラぐらい、500円なら大儲け。
でも、日本政府は500円玉で大儲けというでしょうか、1万円札はさらに大儲け。
でも限界を超えて発行したら価値がなくなります。
通貨の発行は公儀の専管業務です。発行できぬと経済が回りません。
赤字でも鉄1文銭・4文銭の発行が必要です。
水戸の当百銭も1・4文銭鋳造の赤字の補填の許可になったと記憶しています。

当初の薩摩などは公儀に対する対抗もあったかも知れないが、基本は転戦する末端兵士の手当の為ではないでしょうか。女郎屋やはたごは偽物の2分金では払えないし、藩札など受け取ってもらえないでしょう。
何れにしても、儲けようと思ったら、高額通貨や紙幣です。
ですから、高額通貨や紙幣が使えるなら、当百銭などいらぬのですが、当百銭が発行されているところは、紙幣が乱発されその価値が著しく低い地域なのです。
また、経済が破綻し、収入が少ないが、原材料を確保できる地域なら、明治になっても1枚8厘になるなら、鋳造したはずです。
ただ、水戸の当百銭を請け負っていた川崎八右衛門は八大財閥の一つ、川崎金融財閥と成長しました。


とら 投稿日: 2024年03月12日 12:02:13 No.1063
添付した画像は、上記の花押に加刀のあるものと、通常の花押の物です。
左は、T様の記事を拝読するまで別物と思っていました。
右は以前から、高頭通と記憶していたもので、銭文径から次鋳の様です。
私の、不知銭の知識など、現物を比較することで得ている事がほとんどの為、枚数を所有していない高頭通の知識はほとんど有りませんでした。
大きな特徴のある物ではないので、手に入れるのはツキだけのようで、私の者は何時手に入れたか記憶に有りません。

高頭通と言えるものには、花押が加刀されている物がある。
通用母銭による製作が認められ、花押に加刀されたもの、されてないものどちらにも次鋳の物がある、ということでしょうか。
浩泉丸様の品や、私の次鋳品を見ると、初鋳の物に比較し覆輪により、サイズが大きくなっているようです。
サイズの比較は
左・長径48.14㎜、短径31.58㎜、銭文径40.9㎜、内径44.0㎜、量目19.61g。
右   48.34㎜、  31.95㎜、   40.3㎜、  43.1㎜、  20.00g。


関西のT 投稿日: 2024年03月16日 13:51:51 No.1071
穴銭初心者様

自分の投稿にも関わらずお返事遅くなりすみませんでした。
実は粗造水戸写しであるこれらの品は最近見かける様になった不思議な品です。
真贋は私も判断しかねていますが、ご質問の炙りに関しては当時の南部銭座や他粗造銭座でも多々用いられていますので回答致します。

天保通宝の多くは密造品です。
密造すれば死罪もあり得た重罪ですので如何に誤魔化すかというのは密造者の死活問題でした。
さて、炙りもしくは実際に火に入るとどうなるかですが、
体積が僅かに大きくなり、写しによるサイズ縮小を誤魔化すことが可能になります。
過去に火中品の例を見た事がありますが、本座長郭(標準49.0mm前後)が52mm以上まで拡大した現物を見た事があります。まあ変形し過ぎて、過去に天保銭だったという事くらいしか分からない状態でしたが。
また火に入れて煤がつき、肌が爛れれば、正規品は黄褐色だが密造品は黒や赤という場合でも焼けれるからそのせいで色が変わっているだけかもと思わせる事が出来るわけです。
要するに発覚しない為ですね。

ただサイズは高くなっても質量が増えるわけではないので大きさの割に軽いとか、ある程度の判別は可能かと思います。

以上、参考になりましたら幸いです。
関西のT 投稿日: 2024年03月16日 14:20:13 No.1072
とら様

お返事遅くなり申し訳御座いません。
やはり調子に乗って連投するべきではありませんでしたね。

ただ師というのはあり得ません。
私もとら様からかなりの事をおそわっておりますので...
なお画像の細郭手は兄弟銭ですね。
この品に限り何故か赤っぽいものが多く、深淵などの名称でも掲載されている可能性もあります。
他の親戚銭は大体黄色く製作も端正なのに不思議です。

そして、左の方は削花押の特徴を捉えていながら高頭通類の刻印と少し違う様に思います。
因みにこの画像を見て驚きました。
この削花押なら刻印は大きめで葉脈の太い一手のみと思っていたにも関わらず、東北系の張足寳や会津、秋田のような刻印の事例が出てきたからです。
今後果たして同族か?も含めて検証の余地があると思います。場合により東北地方鋳造説がより濃厚になるか?

なお高頭通類は確認しているだけでも、
①ただの本座鋳写し類
②削頭通をした鋳写し類
③②に覆輪や刔輪を加えた類
④覆輪刔輪削花押をした類
など色々。勿論④だけでも4枚以上の母銭を確認していますので以前全貌は分かりません。

もう一点の水戸写しですが、実は私も判断しかねています。
なんせここ1年で見かける様になり、大字写しは本品も含め2枚確認しました。まあまだ計3枚しか見ていませんので詳細は不明です。
が、余りにも出来が悪過ぎて売れないだろうから偽物3割、本物の粗造銭座7割というのか自分の中の本音です。
また、ものが移動する現在での出現地ですので、真の考察は最低10品以上確認してからですね。

※画像は過去にとら様が投稿した高頭通類の①に該当する品です。
まだ手元にございますか?
加えて③の覆輪高頭通、花押傷なし、削花押なしという品です。覆輪1回写しなので長径49.20mm、銭文径41.15mmあります。


とら 投稿日: 2024年03月16日 17:48:20 No.1074
高頭通の覆輪銭、次鋳と異なり立派なのに驚きました。
注意し手に入れてみようと思っています。

過去に投稿した画像との事ですが、この銭は結構真鍮っぽい材質で、一目見た時新物かと思ったほどでした。
しかし、よく見ると制作に違和感が無く、少なくとも昭和の物では無さそうなのでゴミ箱行きにはなりませんでした。
所謂真鍮銭は評価が分かれる品ですが、英泉師は比較的高評価を与えていたようです。
2枚目もやや怪しそうな品ですが、製作に違和感がありません。
3枚目は、英泉師旧蔵でタグが6枚もついており、数々の泉譜を飾った上に、下値は10万などとかいてありましたが、そこまでの価値は無さそうです。
私には成分分析までは出来ませんので、大正以降、近代工業的に作られた亜鉛を用い製造された現代の真鍮製なのか調べられません。
状況によっては、明治に入ってから、廃仏毀釈の仏具でも溶かして、8厘と交換するため制作された物という可能性もあるかも知れません。
サイズは、中・長径48.54mm、短径31.67mm、銭文径41.0mm
     右・  48.39mm、  31.88mm、   41.0mm。  


とら 投稿日: 2024年03月17日 17:12:18 No.1075
関西のT様

左右を取り違えトンチンカンな事を書いてしまいました。
極印から左の火中品みたい品ですね。
右のほうが、マが高く見えたので。

若いって良いですね。私には戻れぬ世界です。
もっと楽しいこと幾らでもあるので、仕事に遊びに頑張ってください。
仕事を一生懸命やれば古銭などいくらでも買えます。
古銭から離れて仕事に打ち込む事も大事な気がします。
弟子としては寂しい気がしますが。
30年以上前なら、飲む、打つ、買う忙し過ぎて古銭等考えられなかったです。


ありがとうございます 穴銭初心者 投稿日: 2024年03月16日 17:06:49 No.1073 【返信】

関西のT様

できた銭を火であぶる理由は銭径の縮小を補うためと、初めから焼け銭に擬態するためだということですね。
詳しい解説ありがとうございました。

当時の燃料は木だと思いますから、高温を得るためには炭にして使用していたのではないでしょうか。
あぶるための燃料コストも大変だったでしょうね。


1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | >>


Powered by Rara掲示板
管理者に連絡 | 新着投稿をメールで受け取る