雑銭掲示板Ⅱ


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貴方は本日169人目、通算242893人目のお客様です。
2枚の火中品とちょっと変わった覆輪銭 とら 投稿日: 2024年06月20日 00:14:21 No.1280 【返信】

スキャンが出来なくなってしまってパニック状態でした。
何とか画像を取得することが出来ました。

通常は火中品は購入しないのですが、位付けの割には珍しい品なので、2度と出会えないかと思い購入しました。
また、類は友を呼ぶと申しますか、手に入れるともっと状態の良いのがやってきたりします。
左・長郭手異制含円楕円。中・覆輪異制。浩泉丸様の状態の良い撫肩楕円とは比べることは出来ません。

右・長郭手覆輪刔輪狭玉宝短柱保、不知分類譜下P59の29、当百銭カタログ225などの現品ですが位付けは高くありません。ところが、この短柱保というのは意外に少なく自分の長郭手を300枚程度見直してもこれ1枚でした。地味ですが、サイズも大きく、隠れた名品なのかも知れません。

火中品はスキャンすると、その痛々しさが際立ち悲惨です。焼け伸びもあるでしょうからサイズは参考値です。
左・長径49.27mm、短径33.02mm、銭文径40.2mm、内径43.3mm、量目19.99g。
中・  49.68mm、  33.58mm、   40.2mm、  43.1mm、  18.98g。
右・  49.61mm、  33.42mm、   41.0mm、  44.0mm、  21.24g。

もっと沢山掲載しようと思いましたが、アクシデントで時間が無くなりました。
浩泉丸様の素晴らしい張足宝を、改めて拝見したことにより、張足宝への興味が更に深まりました。


穴銭初心者 投稿日: 2024年06月20日 09:33:55 No.1281
いつも珍品をご紹介下さりありがとうございます。
スキャナーが不調なのは残念でしたが、復調しましたらまた沢山ご紹介下さい。とら様が登場するとアクセス数も延びます。皆心待ちにしていると思います。
とら 投稿日: 2024年06月20日 16:55:19 No.1282
真っ黒で銭文も読めぬ画像申し訳ありません。帰宅したら銭文が見える程度に補正します。
時々このサイトで銭文が読めぬ画像を見かけますが、火中品ということでしょうか。
拓本だとわかりませんが、火中品はスキャナーだと一発ですね。肉眼で見て灰色なのも明確にわかります。

昨日掲載しそびれた、Aに近いB級品を3枚ほど。
3枚とも48㎜より小さい縮形銭です。私の長径などの計測方は金属ノギスで最大径を計測するので、プラスチックノギスなどで計測する場合より0.2㎜程度大きくなるはずです。
プラスチックデジタルノギスは向こうが見えるくらいめちゃくちゃ、シンワのプラスチックノギスや、小さめの金属ノギスは、当たる面が細く小さい数字が出ます。
左・細郭手覆輪刔輪縮形連玉宝。寸法を測らなければ縮形とわからぬほど堂々としており通常の連玉宝より濶縁になっています。まあ、まあ、ちょっと鋳走れば連玉になるので、この名付けは如何と思いますが。
中・長郭手鋳写縮形。病気の寛永銭について制作日記で語られていましたが、こちらも病んでいるようです。人によっては異極印などと名付けそうですが、これは極印の破損だと思います。両面の極印添付しました。
右・長郭手縮形縮字削貝宝。46㎜台の為掲載。
サイズ
左・長径47.96㎜、短径32.17㎜、銭文径40.1㎜、量目21.01g。
中・  47.71㎜、  31.51㎜、   41.0㎜、  19.33g。
右・  46.92㎜、  31.34㎜、   39.8㎜、  19.16g。


とら 投稿日: 2024年06月20日 19:25:01 No.1283
せっかく穴銭初心者様にご覧いただいても銭文さえ見えぬのでは申し訳ないと、画像を明るくしてみましたが、さほどはっきりとはならないようです。
元来浅字とはいえ、写りが今一で、スキャナーをもうちょっと良いものに変えなければと感じました。

浩泉丸様のように詳しければ良いのですが、あまり得意でないので、億劫になってしまいます。


穴銭初心者 投稿日: 2024年06月20日 21:15:41 No.1284
十分に銭の雰囲気、とら様の想いが伝わってきます。ありがとうございました。


足の長めの長郭手 とら 投稿日: 2024年06月18日 19:38:38 No.1270 【返信】

張足宝は、足が長く、制作も丁寧で美銭が多く人気があります。
その中でも、覆輪刔輪長張足宝は数が少なく貴重です。
きれいな品が欲しいと念じていたら、ほぼ未使用の美銭が手に入りました。

反足宝は、長反足宝に連なる、宝の前足の付け根に切り込みがあるものを本歌とする説もありますが、その他、2系統があります。
2枚目の覆輪強刔輪反足宝。瓜生先生旧蔵で、天保銭事典p362、不知分類譜、下p162の28現品です。

右の覆輪刔輪反足宝は前者と制作が全く異なります。こちらは、類似カタログ掲載品や浩泉丸様の品と兄弟銭です。制作や雰囲気、サイズなど宏足宝に類似しており、宏足宝と同じ銭座のような気がします。長反足宝がこちらの次鋳だったらもっと美人になったことでしょう。


サイズ
左・長径49.43mm、短径32.62mm、銭文径40.5mm、内径44.2mm、量目18.70g。
中・  49.54mm、  33.52mm、   39.6mm、  44.7mm、  22.19g。
右・  49.22mm、  32.70mm、   41.0mm、  44.8mm、  20.60g。


浩泉丸 投稿日: 2024年06月18日 21:39:19 No.1271 【Home】
奇麗ですね。そして天上の刔輪が強烈。これがポイント。少ないんですよこれが。
日本人体系の私も足の長いもの憧れてしまいますが、天上にも強い刔輪があるものはめったにない。
出会えそうでなかなか出会えないです。一期一会なんですね。
秋田の故、村上師が張足寶の類は一つとして同じものがないと仰ってましたが、とら様にはかないませんが私も熱病に罹ったように集めています・・・終わりが見えませんね。
とら 投稿日: 2024年06月18日 23:27:47 No.1272
お言葉有難う御座います。
ここのところ、新しく手に入れた天保銭がかなり有るので、制作日記に関係の有りそうな物が有ったら掲載しようと思っていましたが、怒涛のペースで、先の日付まで行っているのには驚きです。
このペースでゲームの世界も短期間に第一人者に成ったのでしょう。

私の現在の熱病の原因は浩泉丸様で、微力ですが私もこの熱病を広める一助となればと思っています。
最近若い人も徐々に増えていそうですが、私や浩泉丸様、Aさんでも若手のようでは異常な世界です。
張足寶アラカルト 浩泉丸 投稿日: 2024年06月19日 08:01:57 No.1273 【Home】
収集していた張足寶類の画像です。とら様の収穫品は2015年に当時の所有者から画像を頂戴していています。これ欲しかったなあ。
❶❷ 稲陽さんが掘りだした長張足寶。心臓が止まりそうなぐらいびっくりした一枚。
❸❹ ネットオークションに出た長張足寶だけどタイプが違う。長反足寶の前駆銭だと思います。
   ❹は狂乱の末私が保有しています。銭文径が40㎜を切ります。
❺  東北の収集家から頂いた画像。その方自慢の一品で日本一きれいな長張足寶です。
❶❷とたぶん同系統です。とら様にお嫁入り。うらやましい!
❻  鉄人と初めてネット対戦し、見事に破れた張足寶背細縁。横太り銭形がすごい。
母銭ですね。  


とら 投稿日: 2024年06月19日 11:32:48 No.1275
4番いいですね。この手の物は制作が良く次鋳でも形がくずれず美しい。
このような物も、やって来るよう念じるとしましょう。
この世界は狭いので、「おあし」は本当に足が生えているようにやって来ます。
次世代につながるよう流通の輪は断ち切らないようにしたいものです。
利己的に自分の名声だけ考え、博物館などに寄付してしまうと本当にお蔵入り。
博物館には、天保銭などわかる学芸員はおらず、客も、天保銭など見たいと思っていません。
大判などは鑑賞や利殖向きで白手袋で触るものですが、天保銭は直に触れ楽しむものです。(未使用色の強いものは除いて)

こんな素晴らしい画像をたくさん見せられると仕事になりません。

帰宅したら、浩泉丸様がお仕事に復帰する前に何かしら画像を掲載してみようと思っています。
浩泉丸 投稿日: 2024年06月19日 13:02:03 No.1279 【Home】
❼❽ とら様の入手品と系統は同じだけど足の伸びがおとなしいか?
   天上刔輪が強いけど、銭文径は意外に大きい。(2度写し)
❾❿ 反足寶に近いが、刔輪が強い。天第一画が短くなります。
   もう一回写したら長反足寶になるかなあ。何度も見てたら同じ品に見えてきました。初鋳と次鋳の違いかなあ。頭が整理できません。

とら様、ご投稿お待ちしております。
喉がいがいがするので妖しくなってきました。一昨日からあまり寝てないからだと思いますが。認知症の父と終日一緒なので・・・目を離すとデイサービスや施設の食堂に昼夕食をごちそうになると言って出かけちゃいます。




仮想外出2 浩泉丸 投稿日: 2024年06月19日 12:29:40 No.1278 【Home】 【返信】

❶  養老渓谷(梅ヶ瀬渓谷)の大白壁 この写真の空色は簡単には撮れないよ。
❷  梅ヶ瀬の日高邸跡 ベストタイミングは一瞬。早朝の撮影。幽玄な情景が広がります。
❸❹ 粟又の滝 夏は滝壺で泳げます。滝の上部まで簡単に行けますが落ちたらただでは済まない。
❺  市原市吉禅寺 晩秋がおすすめ 境内に北原西望の彫刻がいくつもあるアートなお寺。
❻  鋸山の裏で見た不思議な雲 鋸山の裏側には神秘の池があり、映画ロケ地として有名だそうです。
暇だあ。でも熱が出てきたっぽい。やばいかも。
梅ヶ瀬の写真は11~12月の週2のペースで通って撮りました。早朝じゃないとこの青にはならない。
粟又の滝は有名スポット。滝の上部に簡単に行けるけど足を滑らせたら入院以上になります。
北原西望は長崎の平和記念像で有名な彫刻家。亡くなった住職が愛弟子だったため、境内に多くの彫刻があります。県指定文化財も市内では最も多いお寺ですが、現在は無住職のお寺。境内は戦国の城跡ともいわれます。(吉禅寺城址)
鋸山の裏側は落石で立ち入り禁止区域があります。神秘の緑の池は石切り場の跡に水がたまったもの。溺死者が出たため、役場の許可なしには入れない。観光資源としては素晴らしいと思いますが、鋸南町は撮影兼収入がおいしいらしく、一般人ははいらせてくれない。




仮想外出 浩泉丸 投稿日: 2024年06月19日 11:53:59 No.1276 【Home】 【返信】

夏休みの冒険にどうぞ。暑いだけかな。
❶ 市原市クォードの森 絶対暑い。山蛭も出る。山頂まで30分かからない。夏空独り占め。
❷ 君津市高宕山の蛙岩。私はカブトガマと呼んでいた奇岩。封鎖されているかも。
❸ 鴨川市の穴の口 房総の秘境。手掘りトンネル(川廻し)と千葉県屈指の清流が見事。
❹ 鴨川市の四方木不動滝 滝壺の近くまで歩いて行ける。夏は渇水気味になるかも。
❺ 大多喜町の万代の滝 粟又の滝のそば。滝壺まで行けます。梅雨の時期は迫力あります。
❻ 鋸山の岩舞台 昔の石切り場の廃墟 ラピュタごっこができます。夏はくそ暑いだけかも。
クォードの森はハイキングやキャンプが楽しめます。夜のライトアップが素敵という話も聞く。
高宕山は伊予ヶ岳、鋸山と並ぶお気に入りスポット。これらの山は絶対コースを外れないこと。死者の多くが転落死と凍死。高宕山は登った場所に必ず降りてくること。携帯はつながらないし迷ったら大変。伊予ヶ岳は軽いロッククライミングの真似事が楽しめる。夏は岩が熱く
なるのでやめた方が良いかも。
鴨川の穴の口と四方木不動滝は千葉県屈指の清流。道は激狭。紅葉の時期もきれい。




コロナ再流行の兆し! 浩泉丸 投稿日: 2024年06月15日 16:45:52 No.1260 【Home】 【返信】

子供が39度の発熱・・・結局コロナでした。私は濃厚接触者で、家の中でもマスク生活です。その結果、妻の三回忌法要はお寺での行事を3人だけで行い、その後の会食はキャンセル。(弁当にして配布)
最短でも木曜日まで自宅待機を命じられています。仕事は医療と福祉の複合なので感染はすぐに見つけられます。再流行がはっきり始まっています。
今月だけで私の管轄下の職員2人が罹患。そして私が濃厚接触。熱も40度近くまで上がるのでただの風邪じゃないですね。皆さまご自愛ください。警報級です。

思わぬ強制的お休みによって引きこもり生活。家庭内にコロナ患者がいるので感染リスクが高い。康健さんの天保銭の類品を再撮影しようと探しているのですが1時間探しても見つからない。
アルバムに入っていたはずなのですがありません。古泉会にもっていって戻していないもの、撮影してそのままになっているものなどがいくつか行方不明です。
最近では復刻版の畫銭譜、密鋳銭の踏み潰し系はまとめて行方不明。撮影した後どこにしまったんだろう。実は一時収集を離れるきっかけが、この行方不明事件。もう2年見つかっていません・・・というか探すのが面倒くさくて。康健さんの天保銭の類品は重さも27gもあるのに何で見つからないんだろう。自己嫌悪に陥りそうです。
9:50 やっと発見できた。疲れた。畫銭譜もひょっこッと出てきた。
浩泉丸 投稿日: 2024年06月17日 22:37:49 No.1267 【Home】
隔離生活2日目。まだ私は無事です。
とら 投稿日: 2024年06月18日 10:09:24 No.1269
隔離生活のおかげで、怒涛の投稿楽しく拝読させていただいております。

数人いる孫の内、次男の子供達は比較的近くに住んでおり、妻が毎日接しています。といっても往復50㎞くらいは離れているのですが。
孫たちは保育所で濃厚接触しているので、常時、熱が出たり、鼻水をたらしたりしています。少し鼻水をたらしていても、今の若い親たちは働いており、面倒なので、保育所に送り出し、みんな仲良く感染するようです。
たまに、妻が感染し、私が熱を出すときもあります。

まあ、60年も前だったら、近所で麻疹に罹ったと言ったら、感染させてもらいに行ったほどですが。
そのくらい原始的な体の私は、コロナのワクチンも接種していないし、熱が出ても医者など行ったことが有りません。
まあ、コロナ全盛のとき、熱が出ても診てもらえず、何十年も健康保険料を払ったのに医者にもかかれず、ひどい国だと実感しました。
浩泉丸 投稿日: 2024年06月19日 11:18:06 No.1274 【Home】
隔離生活4日目。猫アレルギー持ちが猫まみれになり、喉がいがいがしてだるい。コロナかなあ。子供はダルダルな生活しています。本日も私はおやじに付き合い4:30起き。朝食を済ませ、6:30までお散歩。本日は菊間藩のおかれた場所を散策。
一里塚(道祖神)にはいろいろな石碑が建っているが良く読めない。三面観音は庚申信仰の青面金剛と馬頭観音が合体していると思います。市原市は出羽三山信仰や富士塚をはじめいろいろな助け合い信仰が最近まで根付いていました。地域的には日蓮宗が強いはずなのですが、幕末に3つの藩が転封されたので、武家の仏教文化も残っています。出羽三山信仰は昭和50年代まで盛んでしたし、子安講や五人組なども地域によって残っていました。子供の初節句は結婚式並みに祝う地域があり、節句貧乏という言葉が伝わっています。私の初節句には畳3畳以上の大凧を従業員総出で上げたと聞いています。
菊間藩のおかれた場所は中心街から離れた丘の上で、道が狭かったので家臣団で切り拓いたと云います。当時は未開の地だったはずなので流罪みたいなものです。丘の上は水に恵まれず、畑は今でも天水桶がたより。付近を流れる川はしょっちゅう氾濫し、不毛の低湿地があちことにあります。(今でもそうです。)
藩邸のあった地は今は広大な草地になっています。家臣団の武家屋敷が集まっている場所は徳永町会。徳川よ永遠なれってことかな。良く新政府に目を付けられなかったものです。一帯は菊間古墳群と呼ばれあちこちに古墳がありますが山と一体化しています。住宅街の公園に30mぐらいの古墳が保存されていて高呂塚というそうです。というわけで暇だあ。でも具合が悪い。頭痛い。




母銭? 関東のA 投稿日: 2024年06月17日 06:59:50 No.1265 【返信】

俯永手の母銭で良いと思います。特に背の輪と郭の立ち上がりに疑問点はないと思います。
浩泉丸 投稿日: 2024年06月17日 22:27:01 No.1266 【Home】
ありがとうございました。
南。 投稿日: 2024年06月17日 23:38:24 No.1268
ありがとうございます。
古寛永はまだまだ勉強中で、銭譜を頼りに四苦八苦していますが、今回のような掘り出し物に当たることがモチベーション維持につながっていますね(笑)
この掲示板にいらっしゃる古銭収集の先輩方にはこれからもお世話になるかと思いますが、よろしくお願いします。


母銭? 南。 投稿日: 2024年06月13日 04:26:57 No.1256 【返信】

今回の大阪コインショーでは、ガラスケース越しに見た異寛小永や志津磨大字などの珍品に触発されて何かいいものが欲しくなり、悩んだ末に長門手本銭を購入しました。
さて、コインショーも終わり、催事用予算が少し余ったのでネットで古寛永雑銭を購入して分類していたところ、こんなのが出てきました。母銭…でしょうか…?
外径 25.0mm
内径 20.6mm
厚さ 1.1mm
重さ 3.35g

追記:書体は俯永手ですかね。


大きいことはいいことだ! 浩泉丸 投稿日: 2024年06月17日 00:51:00 No.1264 【Home】
南様 
気づくのが遅れ、お応えしてなくてすみませんでした。
岡山系で25㎜はたぶん立派。古寛永は25㎜を超えたら沓谷、建仁寺、鳥越を除き拾うのが鉄則ですね。(斜寶も大きいものが多いけど拾っちゃう。)きれいな古寛永にはたいてい福があります。岡山銭はきれいなものが多いけど25㎜未満が多く、これはとりわけ大きくてきれいですね。分類も俯永手で良いと思います。俯永手とはいうものの俯永手はやや仰柱永に見えるものが多い気がしますね。
母銭か否かについては(私は得意じゃないですけど)大きさと言い文字の周囲の加刀もあり母銭と言って差し支えないと思います。古寛永については通用銭の大きくて奇麗なものを選び鋳写したので、母銭と通用銭の境目があいまいで新寛永ほどわかりやすくない・・・というか、やたら母銭にしてしまう販売事例が多すぎます。私は市中で売られている母銭の7割は母銭じゃないと思ってますから。そのため母銭は背を見ろと私は自分に言い聞かせています。それからすると、この古寛永背の郭の出来はまだ甘いところがあるのですけど、良く見ると郭の周囲にも加刀があり地肌もとてもきれい。悪くない気がしています。
久泉研究資料を見ると俯永手の母銭は25㎜未満しか掲載されていませんでした。と、いうことは堂々たる母銭サイズ。(母の母?)背濶縁気味で広長郭であることも変わってますね。何だかすごいもののような気がしてきました。

このクラスの古寛永の評価は関東のAさんにお聞きした方が正確です。Aさんお願いします。


不知銭長郭手覆輪刔輪背細輪 康健 投稿日: 2024年06月12日 07:25:44 No.1249 【返信】

これは最近入手したものです
とても精巧に作られています
完璧な「刔輪」を見せた理由
「極印」の写真を撮るのを忘れました。


浩泉丸 投稿日: 2024年06月12日 08:44:54 No.1250 【Home】
完璧すぎて逆に怪しさを感じてしまいますね。砂目があまり感じ売られない点かな。翻訳ソフトが「精巧に作られた」としてしまったからかもしれません。極印が見たいです。本物なら素晴らしいですね。背の細縁が美しいし天上刔輪もすごい。
康健 投稿日: 2024年06月12日 08:58:23 No.1252
私はそれがとても美しいことを形容しているので、双方の言語の異なっている原因のためかも知れなくて、私の表現のはっきりしません。

極印の写真を撮るには数日かかります
今は家から遠く離れたところにいますから
とら 投稿日: 2024年06月14日 11:35:18 No.1259
類品を掲示しようと思いましたが、サイズが分からないので、初鋳、次鋳、次鋳の厚めの物を選びました。

覆輪刔輪の宏足宝類は、面の縁の細い物太い物、背の縁の細い物太い物と様々あり、その初鋳、次鋳、末鋳、更に足が真っ直ぐなもの、曲がったもの、太くなったものと様々で、その組み合わせが無数にあります。

そこで、面の刔輪は普通、背の刔輪は強め、宝の足は真っ直ぐや太くなっていないものを選びました。
おそらくこの中のどれかと近いのではないでしょうか。
画像取得後に気が付いたのですが、右は背の刔輪が弱いので可能性は低そうです。
サイズ
左・長径50.03㎜、短径33.81㎜、銭文径41.1㎜、面内径44.5㎜、量目24.74g。
中・  49.02㎜、  33.30㎜、   40.2㎜、   43.8㎜、  19.51g。
右・  48.92㎜、  33.30㎜、   40.4㎜、   43.8㎜、  27.24g。


康健 投稿日: 2024年06月15日 21:36:00 No.1261
やっと家に帰りました
長径49.97㎜、短径33.87㎜、銭文径40.95㎜


浩泉丸 投稿日: 2024年06月16日 07:41:52 No.1262 【Home】
安心しました。やすり目も自然できちんとした天保通寶のつくりであることが確認できました。康健のおっしゃる精巧なつくり・・・の本物の天保通寶ですね。画像でここまで美しいとはすごいです。大きさからみて母銭として使用することを考慮したものでしょうか。郭上部の加刀が特徴的ですね。
この手の宏足寶には特別大きなものが通用銭として存在します。とらさんの所有品もしかり。かなり何度も写されたのだと思います、

類品の子銭がありました。覆輪強刔輪宏足寶背上辺削郭と名付けています。銘品だなあ。
長径49.1㎜ 短径33.2㎜ 銭文径40.6㎜ 重量27.6g 2021年のCCFに出ていた品で、砂目と言いつくり、極印と言い同一系統でしょう。ただし、繊細さが全然違います。康健さんの方がワンランク上。母銭の作りですね。


康健 投稿日: 2024年06月16日 12:12:59 No.1263
これはコイン商人にもらいました
中国では日本の古銭を知っている人は多くありません
しかし彼は、この天保通宝はいいものかもしれないと思って、売りたくなかったのです。
2年間待ち続けました
結局彼はお金に困っていました
それで私は彼が所蔵していた天保通宝をいくつか手に入れました。




愛された者達 笑門泉 投稿日: 2024年06月12日 06:00:22 No.1247 【返信】

珍開和同駒引きはさほど珍しい絵銭ではありません。左駒とされる品を掲げてみましたが鋳地は一か所ではない感じで、ひいてはそれだけ人々に愛された絵銭だったのだと思います。

①がオリジナルでしょうか。銭径が大きく絵柄もはっきりとしています。
②の品は市場に多いようです。通用を写したのか絵柄はぼやけています。
③の品は②より外径、内径ともやや小さいのですが同炉と思います。鋳浚いで馬の耳が追加?されているのが面白い所です。
④は写しに写された品。絵柄はもはや何だかわかりません。製作は手持ちの南部大黒銭に酷似しています。

たまには絵銭も面白いと思いませんか?


浩泉丸 投稿日: 2024年06月12日 08:56:50 No.1251 【Home】
古い絵銭は味がありますね。私は寛永絵銭だけ気に入ったとき拾ってますが、(とくに新寛永の)寛永絵銭は発覚したら処罰されるので、明治以降の新しいものがほとんどだと思っています。とはいえ、古寛永の面文や、銭座が関与したと思われる祝鋳銭が時々混じっているからやめられない。銭座職人は炉を開くとき、新年とかふいご祭りのときに和同開珎を作ったと聞きました。富本じゃないんですね。また、珍開の発音からも江戸期は「わどうかいちん」と呼んでいたのが分かりますね。「わどうかいほう」が広まったのは古銭家の狩谷棭斎が江戸時代後期に唱えてからだと思います。珍開・・・昔の人はこの文字を見てエロス的なユーモアを感じたに違いない・・・と考える私は変ですかね。
笑門泉 投稿日: 2024年06月13日 05:58:41 No.1257
浩泉丸さま
ご返答下さりありがとうございます。
違っているかも知れませんが、珍開駒引銭は古寛永通寶を模した大銭と一緒に納められた額が中尊寺に奉納されてある(その大銭の書体が仙台大永に近似)という記憶があります。基幹産業が農業で現代のように車も機械もない時代、馬は農事において非常に大切にされたことの証しではないでしょうか。猿は馬の守り神ともいいます。
三光開珍なる絵銭も笠や腰蓑が描かれた農事絵銭だったと思います。絵銭でエロいといえば南部陰陽銭はそのものズバリですね。
浩泉丸 投稿日: 2024年06月13日 21:48:01 No.1258 【Home】
笑門泉様
私のくだらない妄想にお付き合い頂きありがとうございます。私の住む地域には幕末浜松藩の井上家が転封されてきて、わずか3年間ですが菊間藩として存在していました。大厩(おおまや)地区は文字通り馬屋のあったところで、そこの住民の半分以上が私と同じ姓なのです。どこかつながりはあると思いますが、今のところ良く分かっていません。(私のルーツは姉崎藩にあると考えています。)
大厩の名の通り、馬は大切にされたようで馬頭観音像がいつか道端に残されています。猿が馬の守り神なんですね。庚申信仰も関係があるような気がします。市内に数は少ないですが庚申塔が残されていますから。
※郷土史好きにして、秘境マニアです。青面金剛像の足元にいるのが「聞か猿」。(養老渓谷から麻綿原高原に向かうとんでもない細道の古道沿いにあります。)山口の庚申塔は地元の人が発見した史跡。庚申信仰は昔の合コン。村の男女の出会い(自由恋愛)の場。だからエロイ???
この塔のある場所は廃古道脇の丘の上。普通じゃ絶対見つけられない場所。近くには信長も信仰した第六天神社(六天大魔王=悪魔を祀った神社)や、大天狗・小天狗の石碑や鞍馬山に関係のある神社もあります。そこは修験の山だったみたい。




寶永通寶 密鋳 浩泉丸 投稿日: 2024年06月12日 23:32:10 No.1255 【Home】 【返信】

900万円の咸豊にみとれていたら終わっちゃったオークション。寶永の密鋳は浄法寺銭か加護山あたりで見たことがあるような気がしましたがおおよそ流通を狙ったものではないと思っていますがいかがでしょうか。
幕末じゃすでに寶永は流通していませんし、寶永は銭挿にして使用されなかったと思うので、単独でこのつくりじゃさすがに無理だと思う。じゃ、この品は何?どなたかご意見をください。




南様 関東のA 投稿日: 2024年06月11日 16:09:24 No.1245 【返信】

狭足寛の銭径を教えて下さい。宜しくお願いいたします。
南。 投稿日: 2024年06月12日 21:30:28 No.1254
銭径は24.5mmでした。


長郭手狭足宝 とら 投稿日: 2024年06月09日 21:40:59 No.1240 【返信】

制作日記も以前のように、いや、以前にもまして更新し、本当にこちらの世界お戻りのようです。
このサイトも、浩泉丸様のお戻りで活況を呈すようになり、幕間つなぎも必要なさそうです。
ただ、以前のように、大量の画像をメールで送っても、そこまではリハビリがなされてはいないだろうと拝察し、こちらで失礼します。
大量の画像は別の機会とし、製作日記で述べられていた狭足宝の画像を3枚ほど。

狭足宝は、あまり美しくなく、製造も雑なので、力を入れて購入していない為あまり所有していません。
ネットに出ていても、安かったら落札する程度です。
不知分類譜や天保銭事典では比較的高評価、類似カタログでは低評価ですが、市場に流通している数はそれほど多くなさそうです。

左が次鋳、中が初鋳で浩泉丸様の掲載されていたものの兄弟でしょうか。
右もサイズ的には次鋳ですが、雰囲気が異なり、宝右下の輪のふくらみもありません。
濶縁とまでは言えませんが中濶縁として購入したものです。
極印も初鋳は比較的はっきりと打たれていますが、次鋳となるといい加減なようです。
座本や職人の性格でしょうか。
銭文径は、計り方や器具によりますので参考程度です。
左・長径48.27mm、短径31.69mm、銭文径40.2mm、量目20.22g。
中・  48.76mm、  32.22mm、   40.8mm、  18.58g。
右・  48.57mm、  32.09mm、   40.2mm、  20.06g。


とら 投稿日: 2024年06月10日 19:06:00 No.1241
肉眼では分かりませんでしたが、画像では宝の右下の輪膨らんでいました。
浩泉丸 投稿日: 2024年06月11日 00:14:16 No.1242 【Home】
あまり持っていないで3枚はすごいですねー。私は忙しくなるといろいろしたくなる天邪鬼。実は今非常に忙しく追い込まれてます。親の介護もしてるし、社会が動き出して外仕事が増えた。ですから・・・今後ともよろしくお願いします。なにせネタがないものですから。
とら 投稿日: 2024年06月12日 10:18:33 No.1253
浩泉丸様

お言葉有難う御座います。
挟足宝も含め大半の不知銭の大本は本座長郭などなので、DNAは共通しており、大きな意味では皆兄弟です。

1枚目は挟足宝ですが、2枚目の覆輪銭、宝の前足、一部をちょっと削れば挟足宝になりそうです。
ところが2枚目の背、百の第一画のとめが丸くなっており、3枚目の肥足宝と共通です。
4枚目は、サイズがやや異なる肥足宝もどきですが、背は3枚目の本物の肥足宝と異なります。

同じDNAにより、共通点はありますが、おそらく鋳地などは別々でしょう。
共通点があるから同座とは言えぬはずです。

サイズ
左・48.76㎜、32.22㎜、40.8㎜、18.58g。
次・48.93㎜、32.37㎜、40.8㎜、20.59g。
次・48.87㎜、32.85㎜、40.6㎜、20.24g。
右・49.32㎜、32.87㎜、41.1㎜、20.51g。




薄い天保と琉球 ゆう 投稿日: 2024年06月09日 19:53:36 No.1239 【返信】

雑銭からよくわからないのが出てきました
薄い天保が9g、琉球は20gですが裏に琉球村と出てきました
ネットで調べたら琉球の方は画像検索ではでてこなかったものでいつのかは不明です、現在ヤフオクに出てるようですが去年調べた時はなかったです
この雑銭からは寛永の母銭も前に出てきたロットで残りがどこにあるか不明で時間かかりました
知られてる方は教えて頂けると幸いです


浩泉丸 投稿日: 2024年06月11日 00:53:41 No.1243 【Home】
国頭郡恩納村にあるテーマパークの通貨みたい。古銭ではなく新しいおもちゃですね。画像が見づらかったので加工しました。

とら 投稿日: 2024年06月11日 10:28:09 No.1244
浩泉丸さんにかかると、不鮮明な画像も見違えるようになりますね。
琉球通宝は関東で言ったら三日月村の寛永通宝のようなものかお土産なのでしょうね。
琉球村について沖縄の姻族に聞いてみようと思いましたが、ネットに出ていたので止めました。

一寸前、ヤフオクで玉塚天保の出来の悪い偽物が大量に出ていて、入札している人がいるのには驚いたけど、その手の贋物の背は、元の花押を知らない人が製作しているようで、このような花押になることがあります。
ただ、この天保通宝の場合、ガンブツを造る意図は感じられず、子供用のガングとか景品なのでしょうか。
ゆう 投稿日: 2024年06月11日 22:44:14 No.1246
返信ありがとうございます、琉球村の琉球通宝は何種類かあるようですがこれは期間がわからないです。
画像検索すると表面が小判みたいなのが出てきましたが三日月村の四文寛永通宝ほどの情報を得られませんでした
9gの薄い天保通宝は琉球系の同じモノかはわかりません、薄い天保の出も調べてもよくわかりませんでした
天保通宝は10枚くらいもってるんですが、中の郭の違いで大まかな三種類くらいしかわからない程度ですみません。
ヤフオクで成分分析してる画像がある通り天保は希少金属が割りと使われてるらしくg単価がわりと高く寛永や穴銭をあまり知らないのに手があまりでないです。いずれは手を出そうと思っていますが私が子供の頃より古銭が昔より安い気がするのでもう少し待ってからか穴銭に満足してからという次第です。


大阪コインショーで見つけた変なやつ 南。 投稿日: 2024年06月08日 01:14:02 No.1236 【返信】

大阪コインショーの1.2日目に参加予定です。
初日の昨日は、長門の手本銭などを買って満足していたのですが、ふとある店の店頭に穴銭の雑銭が1枚数百円で売っているのを見つけ、なんとなく中を覗いてみたら、こんなものがありました。
欠けているのが残念ですが、あまりに背濶縁すぎて思わず買ってしまいました。が、分類に手こずっています…どなたかヒントをください…


浩泉丸 投稿日: 2024年06月08日 01:34:21 No.1237 【Home】
Aさんのコレクションの1枚・・・制作日記に近日中に載せる予定です。加工前画像ですけどいいでしょう?この寛永の見どころは・・・黄銅質で寶字の珎のバランスが悪いこと。これは水戸銭に良くある特徴。寛足の分岐点が退き後足のカギ部分が狭いこと。

なお、慣れてくると文字の位置が郭側に寄ろうとしているのか、離れようとしているかが見えてきます。これが分かるようになると古寛永の分類が楽になるかも。


南。 投稿日: 2024年06月08日 06:50:11 No.1238
ありがとうございます。
狭足寛でしたか…まだ水戸や仙台の一部は覚えきれていない書体がいくつかあって、狭足寛もその一つでした。
頭では「こういう書体もある」「こういう特徴がこの書体」程度には思い浮かぶのですが、いざ実物と対面すると、なんだか違う気がして思考がすでに覚えた書体の方に走ってしまいます…


古銭と関係ない話 浩泉丸 投稿日: 2024年06月02日 01:36:00 No.1231 【Home】 【返信】

今日は麻綿原高原の妙法生寺まで歩きました。往復20キロ弱。行きはひたすら登り、帰りは下り。舗装されているので歩きやすいのですが、単調なので疲れます。往復5時間強かな。ここまで来ると海が見えます。感動しますよ。ぽつんと一軒家に出たらしく、珍しく団体の観光客もいました。手水鉢のところでモリアオガエルの卵発見。モリアオガエルと聞くと天然記念物の印象を受けますが、千葉の山の中に普通にいるんでびっくり。(鋸山や高宕山周辺にもいるそうです。)新発見かと思ったらお寺の方はご存知でした。水源の少ないこんな山頂付近でよく卵産んだものです。この手水鉢付近には毎年のように産卵しているそうです。生物学者さん知ってますかね。(清澄山のモリアオガエルは県指定の天然記念物でした。)

昨年の秋の台風で道が崩落しています。車は市原市からは会所集落からしか行けませんのでご注意を。(外房・内浦からの道は広い。ただし、夜間は閉鎖されます。老川からのルートは酷道で、自転車・徒歩以外は通行できません。バイクはかろうじて可かも。)ここは本当に秘境ですけど、観光地としても知られています。車のすれ違いは困難な場所が多いので軽自動車がおすすめ、大きな車はお勧めしません。


七時雨山 投稿日: 2024年06月02日 02:17:04 No.1232
私もモリアオガエルの卵塊を見つけ、オタマジャクシになって下に落ちるところの写真を撮りたいと、何度も通っていますが、とても難しくまだ撮れていません。産卵から一週間くらい経った雨の日が狙い時なようですが。
浩泉丸 投稿日: 2024年06月03日 08:31:58 No.1235 【Home】
鋸山ではオタマジャクシ(らしきもの)は見たことがありますが卵塊は初めて見ました。昔の理科の教科書や図鑑でしか見たことがない生物でびっくり。手水鉢の位置は本堂の上の小高い丘。初日の出が良く見える場所で日蓮上人の像を祀っている小さな六角堂がある場所。見たところ周囲に水源はなく雨水が頼りの手水鉢(のようなもので天水桶かな)でした。ぽつんと一軒家に出てくるぐらいですから周囲5キロに家はないです。


岡山小字 長門様? 南。 投稿日: 2024年05月30日 21:38:55 No.1219 【返信】

長門銭に詳しい方に質問です。
こちらのサイトの中に、長門様参考銭という項目があると思うのですが、先日メルカリにて購入した雑銭の中に、まさにそのようなもの?がありました。
書体は岡山小字で、やや黄色味がありますが、他のものと比較して、やや白銅質な感じです。背は写真の通りですが、こういうもののことを言うのでしょうか…


浩泉丸 投稿日: 2024年06月01日 01:28:35 No.1226 【Home】
背だけ見ていたら長門銭にしたくなる古寛永だと思います。私は白銅色の寛永通宝が大好きで、そういう意味で古寛永の長門銭に夢中になった時期がありました。ですから私の分類はこんな品もある・・・といったところ、あくまでも古銭を楽しむ分類方法であって決定的なものではありません。書体分類は泉譜に従った方が良いでしょう。

だいたいこの銭も岡山銭とされていますけど真相は分からないのです。古寛永は同じ書体のものを各地で鋳造していた可能性もあってこの書体が長門であってもおかしくないのです・・・が、今のところ決定的な証拠はありません。

ところで小字にはこんな白い品もあるんです。長門銭は白い品が多いというイメージの方が多いと思いますが、意外に白いものは少なく、白黄色が多いです。
それにしてもこの銭種(岡山小字)、地の染め(床焼き)がすごくしっかりしているものが多い。文字の削字変化も少ない。そういう意味では長門っぽくないところもありますね。まあ、古銭はこういった考察・夢想が楽しいんです。


ゆう 投稿日: 2024年06月01日 20:47:25 No.1227
南様
私も古銭初心者で日々忙しい中、色々と分類しています。古寛永は3キロほどありまして分類も参考にさせて頂いるなかでちっとも進みません。新寛永に比べて小さな手代わりが見えるものや細かい変化をあげればキリがなくおそらく一枚手に入れただけでは自分では納得できないと思います。古寛永だけでも発行から20年くらいあってその間に色々な製作者や試行錯誤が繰り返されたので発行が多く今も安価で手にはいります、たくさん手にいれて分類してくなかでうまれていくような、なんとなく積み重なっていくそんな感じがします。渡来銭もコインコンベンションで500枚ほど100枚の束を5つ買いまして日本貨幣カタログの種類を埋めてく作業は楽しいのですが、それは字体だけの穴銭をわけただけでそこからさらに何か違わないかと思うとつまってしまいます
赤っぽいから鉛質の銅で日本だと東北由来、磁性があるから鉄を含む九州由来など材質なんかも判断していく必要があると思います。
なんか分厚い、薄い、書体を比べると違和感、そんなものが昔の銭はたくさんあって模倣、密銭、私鋳なんかもあり答えはないのかもしれません。
古寛永に手を出す前に寛永の鉄銭を20キロほど買ってしまい背だけわけててもよくわからなかったのが古寛永を分類しようと思い買ったきっかけですが書体の違いを少しわかる程度になっただけでした。なにもかも無茶やってますし中々進みませんがそれでも前に比べて着実に少しずつわかっているような気になってます。楽しければ良いと思いますが所持が少ないとそれが本当にどうなのか不安ですよね
南。 投稿日: 2024年06月01日 23:32:39 No.1229
浩泉丸様、ゆう様
古寛永は判っていないことも多いとはいえ、自分なりに「これはこうだったのではないか」と考察してみたりしながら寛永銭を分類しています。こうして分類していくと、こんな紛らわしい書体や特徴も多い中、(その分類は正確かどうかは別として)ここまで細かく分類した寛永通宝収集の先輩方には脱帽です。
わぁ…すっごい白銅質ですね。岡山小字以外にも古寛永を分類していると、たまに白銅質のものを見かけますが、ここまでのものは見たことがありません。
僕は長門銭の背に魅了されてしまい、メルカリや古銭屋で安くて背が比較的長門らしい古寛永を買い漁っているしがない大学生なのですが、こちらのサイトに載せられている手本銭をはじめとした素晴らしい長門銭の数々に日々うっとりしています。これからも分類の手本兼目の保養でお世話になります<(_ _)>
浩泉丸 投稿日: 2024年06月02日 01:23:28 No.1230 【Home】
HPだとかなり黒く映ってますが、仰永や星文手は純白と言っても良いぐらい白いです。ただ、銅替わり集めはお遊びですね。古寛永は難しいので最初は新寛永から入った方がいいです。古寛永泉志は必須アイテム。(泉譜にも間違いがあるから気を付けてください。)

南。 投稿日: 2024年06月02日 04:52:39 No.1234
いやぁ…そちらの仰永は何度見ても美しいですね…
新寛永は日光や明和期亀戸、輪十など、局所的に好きな部分はあるんですけど、それを含めてもここ1年程特にこれといった収穫もなく(小さな収穫はあるんですけど…)、新寛永より多方面で楽しめる古寛永に最近は落ち着いています。長門や御蔵、井之宮のような背が特徴的な銭が最近のブームです。
あと集め甲斐がありそうなのは母銭とかなのですが、正直僕母銭にはあまり興味がないのです。


TICCで文銭銀メッキ絵銭 ゆう 投稿日: 2024年04月27日 21:27:22 No.1137 【返信】

TICCで文銭銀メッキ絵銭を手に入れました
今も何処かで手に入るならお手頃でオススメな感じかと

他に北宋銭の100枚通しを5つ買いました。元祐通宝の篆書体が74枚も出てきて真書体も同じくらいでてきました。ホルダーのは30年前に店で買った奴ですがみた感じ寛永に近いので日本で作られた写しに見えますし1086年に作られてそのまま江戸時代まで残ってるとは思えません。寛永の安南銭みたいな派生でしょうが、渡来銭は日本貨幣カタログに白黒で掲載もあって書体のみで明確な基準もなさそうです。
当時の穴銭流通してるところでそれぞれ字体だけ使われ作られてそうです。


浩泉丸 投稿日: 2024年04月27日 23:18:41 No.1138 【Home】
50歳以上の方は上棟式のときにお金がまかれた記憶ありませんか?私の郷里ではお金や餅、菓子などをよく撒いていました。近所の人々総出の大騒ぎ。鍍銀銭の多くはそんなときのために作られた撒銭だと言います。節分祭のとき芸能人が神社に来て豆に混じえて撒銭をやったことがあり、境内に人が入れないほどの大騒ぎになりました。玉砂利の隙間に紛れ込んだ小銭を小中学生が懐中電灯で深夜まで探しまくったもんだからPTAが大激怒。それが原因で上棟式で銭をまくのは学校・町会の通達で禁止されてしまいました。(葬列で米や銭を撒く地域も近隣にはあります。)

北宋銭は符合泉志や古泉大全などに分類がされています。江戸時代には大流行しました。ですからちゃんと分類基準もありますけど良い文献に当たらないと初心者には難しいかも。私は穴の細道で興味を持って中学生時代は北宋銭を結構集めてました。大観とか宣和とか見栄えの良いものから入る方が楽しいと思います。広穿の宣和なんか見事なペアですよね。

日本は皇朝銭以降、江戸期まで国産公式通貨を作っていなかったので渡来銭は大量に輸入されています。江戸時代初期までは流通貨だったのでかなり残っていたのは間違いないです。ただし、寛永通寶出現以降、幕府は渡来銭の流通を禁じたので、残っていた古銭は原料としてほとんど鋳つぶされてしまったと思います。
鉄銭全盛の明和の時代に寛永通寶銅銭が鋳造されたことがありました。亀戸と長崎です。そのとき材料として使用されたのが回収されていた渡来銭だったんじゃなかったかしら。うろ覚えです。寛永通寶は元文以降は鉄が主流でした。江戸末期の100年あまりは銅一文銭は公式には鋳造されていなかったと思います。昔の銅銭はものすごく流通期間が長かった。寛永通寶は江戸時代以降、明治期も通用していたので300年位は使われていたんですよ。貨幣として通用が停止されたのが1953年。昭和初期まで地方でも通用したとかしないとか。ちなみに開元通寶はつくられたのが西暦621年ですから1400年も前の骨董品なんです。こんなすごいものが100円ぐらいで買えちゃうんですよ。すごくないですか。

思い出話をもう一つ・・・子供時代、庭をほじくり返していたら青錆びまみれの古銭が2枚出てきました。紹聖元寶の篆書でした。近所の家の工事現場からは鉄4文銭がうじゃうじゃ見つかった。毎日通って拾ったもんです。今でも少し持ってますがただの錆の塊です。貝塚も学校近くにあって土器を拾いに行きましたね。今でもこれは持ってます。
笑門泉 投稿日: 2024年04月28日 10:55:18 No.1139
私も子供の頃、近くの貝塚に土器片を拾いに行ってました。自転車漕ぐのも苦にならないぐらいワクワクして、きっとあの頃は目が輝いていたと思います。それが今では白内障ですから、年月の流れは残酷です。
その貝塚の出土物の一部は毛利コレクションと呼ばれる考古資料となっていて、さらには東北大学に移管されたり重要文化財になった物もあるようです。

毛利コレクションには石巻鋳銭場関係の資料もあって、その中の天保通寳が反玉寳であったことが当初反玉寳が石巻鋳とされた経緯だったと思いますが、以前に見学した時は寛永通宝と仙台通宝の母銭だけで天保銭の展示はありませんでした。
ゆう 投稿日: 2024年06月02日 04:50:33 No.1233
浩泉丸様
返信遅くなってしまってすみません、仕事がトラックのドライバーをやっていて拘束時間も長く休みも少なく帰って酒を飲みながら穴銭を仕分けしながら昔を妄想するのが好きでそのまま寝落ちしてしまう日々です。連休が取れると正気に戻ってこうやってまともに選別したり書く時間ができる程度です。
購入した北総・公宋銭100枚×5はアベノスタンプ社で買いました。
目録ですと寛永100枚が2000円、北宋100枚が3000円となっていましたが同じ2000円で初日の午前中に売られているのに気付き残りを全て買い占めてしまいました。目録と販売の記述どちらがミスなのかわかりませんが寛永と同じ100枚2000円なら買いと思ってとびつきました。開元通宝私も好きです、買った北宋銭の中にこれだけマジってました。明らかに宋銭?と思いながらもしかしたら北宋時代に昔の銭を作ったのだろうか?と思いながら分けてます。100枚が5つで500のはずが全部で505枚あって中には新寛永1、古寛永1、長崎貿易銭3、島銭のようなものもあってベトナム安南銭の明命通宝もありました。アベノスタンプの信用度が少し揺らぎましたがまだよくわからないレアっぽいモノもあるのでなんとも言えない感じです。話は戻りまして開元通宝これが西暦600年代で100円レベルなら絶対買いです。裏にしてある二枚は背が洛のモノとよくわからない文字のモノです。




琉球通宝 青二斎 投稿日: 2024年05月22日 22:29:20 No.1205 【返信】

最近買ったコインセットから、個人的に興味深い一枚。
琉球通宝は40枚くらい持っていますが、それらと比べても私のフシアナでは「銅色、鋳肌、ヤスリ跡」に違和感は感じないのですが、
小足寳の画像自体がほとんど見つからないので、判断が難しいです。

天保仙人さまが以前に、「贋作は大字・中字・小字全てに存在します。有名な某オークションに出品された、『大字・短足寳』は可なり良くできていて、
ビニールの上からは判断できず、ビニールを外して贋作と解りました。この一品は、今はどこかの泉箱に収まったようですが、
兎に角!『大字・短足寳』には注意が必要です。」

と、書いておられるので、これが仙人様のおっしゃる「かなり良く出来ている贋作」なのかも知れません。
贋作としても出来が良いのなら、絵銭として楽しみたいと思います。(^^)


青二斎 投稿日: 2024年05月22日 22:45:24 No.1207
計測数値 
長径49.2mm  
短径32.6mm 
重量21.3g


浩泉丸 投稿日: 2024年05月23日 23:59:48 No.1211 【Home】
いいんじゃないですか・・・世紀の大発見かも

※白黒の画像は天保通寶四天王のひとり、三納一益師の所蔵品。13歳のとき収集していた切手をすべて手放してこの琉球通寶大字を3万円で手に入れたとか。(方泉處11号より)
記事には「3万円の琉球通寶大字」としか書いてないのでぴんときてなかったけど、改めて画像を見るととんでもない品であったことが分かります。
カラーの画像は天保仙人様の所蔵品の琉球通寶大字小足寶。日本一の美銭だと思う。


青二斎 投稿日: 2024年05月26日 00:16:46 No.1215
ありがとうございます、本物の可能性ありですか、希望が持てて良かったです。
メールで他の部分の画像も送らせていただきました、良かったら見てやってください。(^^)
今回調べても、手替わりの小足寳(寳冠が広いタイプ)は画像が一切見つからなかったですが、こちらもいつか見て見たいものです。
ビンテージギター収集家 投稿日: 2024年05月27日 22:54:45 No.1217
昔、東北方面の先輩から譲り受けた古銭です。譲ってくれ、と何人かに求められましたが、いまだに持っています。参考までに。

青二斎 投稿日: 2024年05月28日 22:19:27 No.1218
>ビンテージギター収集家さま

うわすごい、本当にあるんですね!
すこぶる美品で更に豪華な小足寳2種セットですか、
貴重な画像をありがとうございます!(^^)

2枚とも銅色が似ているんですね、私の銭は黒く変色していますが、
元は画像の様な黄銅色なのかも知れませんね。
(寳冠が広いタイプ)の小足寳、今後の収集人生の目標にさせていただきます。
康健 投稿日: 2024年06月01日 01:20:34 No.1225
中国にもあります\(`Δ’)/

青二斎 投稿日: 2024年06月01日 21:18:46 No.1228
康健さま
 私のは鋳不足だらけですが、
康健様の小足寳は文字がはっきりして、鋳不足も無くて綺麗ですね。
素晴らしいです!!(^^)


雑銭の中の以外の収獲です 和泉斎 投稿日: 2024年05月23日 12:49:40 No.1208 【返信】

最近、たくさんの穴銭が取れたので、よく選んでみると、意外なものが取れました。
1.中正永楽、24.6mm、譜には大珍品と記載されていますが、私の親しい友人の中では、これが第四の発見で、鋳量は少なくないと思います。本当のレベルはもっと低いはずです。
千手観音には梵字の八卦があります。22.61mm、白銅質、スタイルは日本の絵銭で、同様の品種を発見していませんので、日本の友達に教えてください、この絵銭の性質、および他の同類の品種がありますか。
3.安政または文政期波銭小字背削輪左3直波、27.94mm、安政期母銭だと思います。正しいかどうかわかりません。
4.無文です。25.67mm、表側には銅が流れていますが、ショップではないことが確認できますし、里側も穿口も、新寛永の手銭細工とは一体何なのかよく分かりません。
5.長崎貿易元豊宝高元、背負って来月です。流れ銅ですか?とてもスタンダードな月紋です。この版他の人がいますか?
6.彫刻です。表は松の枝、犬の図、里は松本正雄の長女です。嬢から父親へのプレゼントですか。彫刻師はきっと素晴らしい職人なのでしょう。とても丁寧に彫刻を仕上げていて、見事で、きれいです。


和泉斎 投稿日: 2024年05月23日 12:53:32 No.1209
补充

浩泉丸 投稿日: 2024年05月23日 23:43:36 No.1210 【Home】
千手観音の梵字は阿弥陀如来を表すもの。阿弥陀三尊信仰の絵銭ですね。見たことないです。阿弥陀三尊は至勢菩薩・阿弥陀如来・観世音菩薩です。千手観音は観音様には違いないかな。宗教は良く分からないけど。金色の札は迷子札ですね。貴重な資料です。

※金銀の刻印銭は阿弥陀三尊の梵字を表す梵字が打たれています。銀銭は少し時代が古いもので、メッキに磁性があります。
拓本(欄間額)は小石川の伝通院に伝わるものだと思いました。この存在により阿弥陀三尊信仰と梵字との結びつきが判明しました。


和泉斎 投稿日: 2024年05月24日 17:53:51 No.1212
浩泉丸 様
お返事ありがとうございます。サンスクリット語について調べました
また八卦も8種類あり、昭和期には絵銭も8種類ありました。不動明王、千手観音、勢至菩薩、文殊菩薩、虚空蔵本、八幡大神、大日如来、普賢菩薩です。
したがって、この絵銭も8種類と推測されます。日本で発見されることを願っています。楽しみです。


青二斎 投稿日: 2024年05月26日 00:22:47 No.1216
バリエーションに富んでいて、見ていて楽しいですね。 特に永楽通宝の中正を4枚も見つけた人がいるとは、凄いですね、羨ましいです!!(^^)


八厘会 浩泉丸 投稿日: 2024年05月25日 00:17:30 No.1213 【Home】 【返信】

明日、参加します。全然準備できてないです。
とら 投稿日: 2024年05月25日 07:52:39 No.1214
素晴らしい!

車で御出になる場合、都営八重洲駐車場若しくは宝町駐車場が安いです。
ただ、最近人出が多く満車になることも。
私は、高島屋で買い物をすると3時間無料になる都営八重洲駐車場か、プラザビル駐車場を利用します。
高島屋は妻の口に合わぬらしく、三越かロイヤルパークホテルのお土産を要求しますが、遠くなるので却下です。


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