80s岩手県のバス”その頃”掲示板


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日野BD13 門鉄局 投稿日: 2023年03月15日 17:31:55 No.288 【返信】

ご無沙汰しております。以前神戸市バスの塗装のことで投稿した者です。

センターアンダーフロアバスのところで気になったのが日野BD13の写真です。
神戸市交通局となっていますが昭和28年式以降現在に続くデザインになっているはずで明らかに違います。
伊丹市交通局かと思いましたが日野車の導入はしておらずこの車の所有会社は不明です。

全く以前の面影のないデザインや塗色にする事業者が多いのは個人的には寂しく、復刻塗装の流行は我が意を得たりです。神戸市バスも以前の濃緑色に戻して欲しいのですが。
管理人 投稿日: 2023年03月15日 20:12:23 No.289 【Home】
門鉄局さん、こんばんは。
これは大変失礼いたしました。神戸市交通局ではありません。
元写真を確認したところ、ちゃんとリアオーバーハングに「伊丹市」と書いてあり、側面の平仮名の愛称も「いたみ」でした。
同じような緑色のイメージで、不注意の誤植でした。

この時期、伊丹市でもこのような日野車を導入していたのですね。
本文は、早めに修正させていただきます。
門鉄局 投稿日: 2023年03月15日 23:02:16 No.290
こんばんは早速のお返事ありがとうございます。

伊丹市でしたか。
公営交通には珍しいいすゞ単独ユーザーなので日野車の導入があったとは知りませんでした。

伊丹市も神戸市同様基本的な配色や塗り分けは変わっていないのですね。兵庫県では二都市を残すのみとなってしまった公営バスですがいつまでも残って欲しいと願っています。
門鉄局 投稿日: 2023年03月31日 21:35:48 No.295
神戸市→伊丹市訂正していただきありがとうございます。

神戸市バスは昭和40年式を最後にセンターアンダーのBT系は採用しなくなったようです。
ご興味の範疇外かもしれませんが、市電の花電車を引き継いだ神戸まつりの花バスは
局廃車のBT51を種車としていましたがあまりにも古くなった為、大阪市交通局のBT100Hを譲渡してもらい数年間使用しました。
これは声を大にして言いたいのですが役所や公務員を目の敵のように攻撃する政党や議員、いい加減にして欲しいです。

花バスが廃止されたのは仮ナンバーが目的外でおかしいという議員のせいでしたが神戸市も日本で初の公営交通を廃止したどこかの都市のようになって欲しくありません。
管理人 投稿日: 2023年04月01日 23:39:41 No.296 【Home】
そういった事情で花バスが廃止されたんですね。
道路を走るバスは、他の自動車と同じがそれ以上、様々な法律に縛られる必要がありますから、特殊な車両を走らすのは大変です。
2階建てバスや連節バス、自転車搭載バスなど、事業者が苦労した例は相当数あるようです。
そういえば、名古屋ガイドウェイバスは、ガイド輪を格納する必要があるためにノンステップにできず、結果的に車両コストが上昇し、次期の車両更新時には自動運転バスになるそうです。


更新後記(2023.3.13) 管理人 投稿日: 2023年03月13日 20:37:45 No.287 【Home】 【返信】

ビギナーズラック・・・というのは、初心者がラッキーだったという意味なので、ちょっと違うかと思いますが、初めて降り立った駅前で、お目当てのバスとか珍しいバスにすぐに出会うということが、たまにあります。
この確率ならちょっと待てばどんどん来るだろうと思っていると、その後には普通のバスしか来ない。2時間くらい無駄に待ったけど、空振りに終わった、みたいな経験です。
今回、待つほどもなく復刻カラーの写真を撮れたので、ここでは本文に掲載したのとは別テイクの写真を上げておきます。いずれも結構あっさりと見ることができました。名古屋市営の復刻カラーは12両もあるんだから、他のも来るんだろうと思って待っていましたが、その後は普通のバスしか来ませんでした。
1000両もある中の12両ということで、確率的には1/100、それも別々の営業所に散らばっているというので、簡単には遭遇できないのでしょう。


左党89号 投稿日: 2023年03月19日 16:28:22 No.291 【Home】
ビギナーズラックとなるかどうかわかりませんが、狙ったわけでもないのにトップナンバーの車両に当たる場合もあり、先日、「ひだ」の運用から退いたキハ85もトップナンバーを2回撮影しています。

さて、秋田中央交通の路線車両に復刻カラーが登場したという情報を元にきょう(3/19)秋田へ行ったのですが、秋田駅西口(昔は秋田駅前でしたが)に着くなりお目当ての復刻カラーか現れて早々とミッション達成というビギナーズラックでした。

公式サイトでの記載はなかったのですが、前身の五城目軌道の営業開始が1922年なので100(+1)周年、戦時統合で秋田中央交通として発足したのが1943年なので80周年、2つの記念と解釈できます。
学生の頃に初めて秋田に降りたときは、勿論現行カラーの登場前なので、グレーとライトグリーンのツートンで、更に秋田中央交通にまとまった数が在籍していた北村ボディのCCM410だったこともあり、違和感を覚えたという記憶がありますが、エルガミオでも意外と似合っている気がします。
ただ、光線の関係もあったのかもしれませんが、なんとなく明るい色調にも思えました。また、バンパーがツートンに塗り分けられていましたが、実際にこういう車両が在籍していたかどうかは不明です。
車種は元小田急バスのPA-LR234J1です。


左党89号 投稿日: 2023年03月19日 18:40:52 No.292 【Home】
連投失礼します。
HDに保存していた現役当時の写真と現行カラーの前に登場した二次カラーの写真を参考までに添付します。(いずれも1997-6-1 男鹿営業所)
どうやら今回の復刻カラーでのバンパーは勇み足のようにも思えます。


管理人 投稿日: 2023年03月20日 22:58:15 No.293 【Home】
左党89号さん、こんばんは。
確かに公式サイトにも記載がないようですね。
もっとも、何かの記念でないと復刻カラーを作ってはいけないわけではないので、シレっと復刻カラーを走らせる会社があってもいいように思います。

バンパーを塗ってしまった意図は何なんでしょうね。
かつてのバンパーは、金属のメッキ色のものが多くて、ボディ同色に塗るなんてことはあり得ませんでした。そもそも、バンパーはぶつけてなんぼ、というものでしたから。
いつの間にか、乗用車もバスも、バンパーがボディと一体化し、ボディ同色で塗られるのが当たり前の時代になり、ちょっと傷がついただけで大騒ぎするようになりました。

それはそうと、復刻カラーを掲載するときは、何両かまとめて載せたいという、自分で勝手に決めたルールがある感じなので、私の方もどっかで何かまた撮らなければ。


12年目の3.11 釧オロ 投稿日: 2023年03月11日 08:31:42 No.281 【返信】

連投失礼します
今回は真面目な話題です

あの日は我が帯広でもかなりの揺れだったのを記憶しています
外仕事でしたが、電柱が折れそうな勢いで揺れており、立っていられなかったような気がします
帰社すると、テレビの前に内務作業中の同僚が人だかりを作っており、なんだどしたと画面を見ると、件の津波の映像が大映しになっていて腰を抜かし、翌日以降は福島第一原発の惨状も明らかになり、いったいどうなってしまうのか…と暗澹たる思いでいました
今でも不自由な生活を送られている方もいらっしゃるだろうと思いますが、早くもとの生活に戻られますように…というのを毎年この日に思いますが、果たして…

さて、2019年夏に今は亡き室蘭からの宮古行きフェリーで三陸入りした時の画像を

あの津波から生き残った車ですが、県交通の1017は撮影後程なく除籍されたとのこと
1151号車は昨年1月現在で車籍を有していたとのことですが、現在は果たして…
※画像は2019年7月、釜石駅前・宮古駅前にて撮影


管理人 投稿日: 2023年03月11日 19:31:00 No.283 【Home】
もう12年経ってしまったんですね。
震災直後、引き波に流されているたくさんの車の映像を見て、私の知り合いがたくさんいる場所で、大変なことが起こってしまった・・・と言葉を失ったのを覚えています。
その夜のテレビニュースは、帰宅の足を失った東京都民の皆さんの映像を流すものの、東北沿岸で何が起きているかの情報はほとんどなく、地方での災害時の情報の偏りを実感したものです。
震災以降に生まれた子供が、もう小学校高学年になり、当時子供だった人が大人になって現在の当地の情報を伝えている。時間の経つのは早いものだと思います。
釧オロ 投稿日: 2023年03月11日 21:33:22 No.284
当時小学校低学年だった子達が今や『震災の語り部』として活動しているニュースを目にして、もうあれから12年か、とふと思ってしまいました
父親を津波で亡くした千葉ロッテマリーンズの佐々木朗希投手は、本日のWBCチェコ戦で好投したようです

我が北海道でも、あの日は例えば帯広市から80キロ離れた広尾町でも人的被害こそ無かったものの津波の被害があり、函館市では確か犠牲者も出ています

北海道も、3.11の被災地だという事を忘れてはなりません
601号 投稿日: 2023年03月12日 22:04:24 No.285 【Home】
釧オロさん

はじめまして。
横レス失礼します。

>北海道も、3.11の被災地だという事を忘れてはなりません

この時期、震災関連の話題をメディアで見ていつも思うのは「被災3県 岩手・宮城・福島…」という表現に違和感を覚えてしまいます。
仰るように、函館駅周辺では冠水被害も出ていますし、八戸市や茨城県、千葉県でも実際太平洋側では犠牲になった方や大きな被害が出ている訳ですから。

岩手在住の私は大きな地震は何度か経験しているものの、震災時はそれまで経験したことの無い、長く続いた大きな揺れに恐怖しかありませんでした。

陸前高田市出身の佐々木朗希投手は、わずか1失点に抑え見事な好投でしたし、地元のパブリックビューイングではかなり盛り上がった様子が映されていましたね。

ところで、釜石の1017は自分も撮影しており、手元のデータを見ると撮影日は2019年7月20日で、前の月には大規模な路線改変が行われたので、この改変で余剰となり老朽化も進んでいたことから、廃車になったものと思われます。

話がそれて恐縮ですが、釜石ではご当地映画「釜石ラーメン物語」が来月、岩手県内で先行上映され、被災地から地元を盛り上げようという機運も高まっていますし、昨日佐々木朗希投手を先発に抜擢した監督の「野球の神様が朗希に頑張れ、とメッセージを送っている…」というコメント、その後に結果を出せたことから、明るい話題がこれからも出てくることを期待しています。


釧オロ 投稿日: 2023年03月13日 09:20:16 No.286
601号車様
こちらこそはじめまして

私は1017号車を同年の7月4日に撮影しております
震災翌々日だったかの全国紙の一面の陸前高田の惨状を伝える記事に、瓦礫の中に県交通さんの恐らく移籍間もないだろうと思われる車両の無様な姿を確認していたので、1017号車の撮影の際には「よくぞ無事だったな」といった心境で手が震えた記憶があります

私はプロ野球にも興味があり、特に地元球団の北海道日本ハムファイターズを平素より応援しているので、栗山英樹監督の佐々木朗希投手に対する思いや、あえて当番日を11日にぶつけてきたのは「ああ、栗山監督らしいな」とも思いましたし、その栗山監督の思いを意気に感じて見事な投球ぶりを魅せた佐々木投手にもあっぱれと感じました

あまりこれ以上WBCについて語るのはスレ違いなのでこの辺にしておきますが、あの日1017号車が津波から生き延び、地元が徐々に立ち直りつつある光景を目にしながらお客様の貴重な足となって活躍し続けた事に心からの敬意を贈りたいと思います


バスのカラーリング(番外編) 釧オロ 投稿日: 2023年03月11日 07:55:53 No.280 【返信】

お久しぶりです
ネタもない日々を過ごしているうちに年度末になってしまった中、いよいよ13日よりマスク着用が緩和されるとのことで、バス事業者をはじめ各交通機関はその対応に追われているところではありますが、『運転士をはじめとする従業員はマスク着用を継続、お客様に関しては個人の判断で』という動きを取るのが大多数かと思われ、既にHPやSNS等でその旨を告知されている事業者もあるかと思います

そんな中、北海道拓殖バスの告知を見て思わず笑ってしまいました
「関東バスカラーを意識してるだろこれ」的な告知を、取り急ぎご笑納下さい


管理人 投稿日: 2023年03月11日 19:22:02 No.282 【Home】
釧オロさん、こんばんは。
ようやくマスクを外すときが来ましたね。
3年前のGWに、人影のない商店街をマスクをしながら歩いているとき、大空の下でのマスク着用にどんな効果があるのだろうと疑問を抱いて以来、人混み以外の屋外ではマスクなどしないで歩いている私です。
昨年、国が屋外でのマスク着用は不要というメッセージを出した後も、ほとんどマスクを外さない日本人ですので、13日以降どうなるかは興味があります。
私としては、会議中にあくびができなくなるな、とか、休日の外出でも髭を剃らなきゃならないな、とか思っています。

北海道拓殖バスの張り紙、関東バスを意識したというより、関東バスを流用した自社カラーを表現しているんじゃないでしょうか???


更新後記(2023.1.30) 管理人 投稿日: 2023年01月30日 22:02:10 No.243 【Home】 【返信】

今回、新装の盛岡バスセンターを見るだけでなく、岩手県交通カラーの最期をみとることもできたような気がします。
青色の岩手県交通カラーは、県交通成立の1976年に採用され、今年で47年を迎えるはずでした。
ちょうど、私が岩手県にいた“その頃”には、すべてのバスがこのカラーに統一されてゆく途上でした。日野RB10のような古いバスにも、いすゞLRのような新しいバスにも、そして貸切バスにもよく似合うカラーでした。
しかし今、胆江営業所の隅には、このカラーでは最新型だったいすゞエルガが廃車体となって置かれていました。唯一、現役車として残っていたのはエルフバスだけでした。
一応、盛岡駅では復刻カラーのバスとも出会うことができました。ただ、この復刻カラーは、上半分の白い地色が省略されているのが残念です。
銀色地のバスは全国にいくらでもありますが、上半分が白かった岩手県交通は、それだけで清潔感が違いました。
またいつか、このカラーを美しくまとったバスに会えればいいな。そう思います。


BA10-2407291 投稿日: 2023年01月31日 01:45:09 No.244
ひとつの時代が終わりを告げようとしているみたいで、寂しいですね。
路線バスのカラーリングというのは、その地域住民にとっては常日頃から慣れ親しんでいる色だと思います。
遠く故郷を離れて生活している方などは、帰省した際に地元の駅に降り立って「ああ、帰って来たな。」と無意識のうちにも感慨に浸るのが、そのカラーリングを見た時なのではないでしょうか。
40年以上も、岩手県南部全域で当たり前に見られた塗色が過去のものとなるのは残念です。


管理人 投稿日: 2023年01月31日 23:28:39 No.245 【Home】
”その頃”の県交通カラーでの最新型は、いすゞLRと平面ガラスのBUでした。
いずれも直線的なスタイルが、この色によく似合いました。
一方、おでこの丸いバスもまだ多く残っていて、BA10さんが日野RB10を貼ったので、私は三菱MR410を貼りましょう。
そして、貸切バスでこのカラーを塗った最後の新車がハイデッカーⅡ型でした。フロントマスクがちょっと変化したバージョンです。


BA10-2407291 投稿日: 2023年02月01日 05:07:25 No.247
管理人様

MR410の県交通塗色は、実車を見た事がありませんでした。
前掲の元京急RB10は、1984年11月に初めて一関を訪れた際の撮影です。

今回の3画像は、何れも2003年に仕事で築館に半年滞在した際の撮影です(前掲の川重BU04と北村CJM500の並びも同時期撮影)。

写真1.この時点で、一関営業所一般路線車はこの塗色に統一されていました。
辛うじて生き残っていた元興業のBU04と、当時はピカピカだった2001年式LRの並びです。
同時期に築館町内で、仮ナンバーを着けた興業旧塗装のキュービックLVが北へ向かって走って行くのを目撃しています。

写真2.管理人様が掲載した貸切CSA580の岩22か1979と登録番号3番違いの1976の晩年、一関~大船渡特急用に格下げされて塗色変更された姿です。
1979も同仕様となり共通運用されていました。
1983年10月登録のこのグループはフロントグリルが角形前照灯でしたが、83年2月登録の1876~のグループは、ハイデッカーⅡながらフロントグリルがハイデッカーⅠと同形態でしたね。

写真3.千厩のガソリンスタンド裏手に鎮座していた、県南バス塗装のRB10(1962年式)です。
県南バス塗装車の現役時代は見た事がありません。

本スレッドの主題からは少々逸れる写真ですが、御笑覧頂ければ幸いです。


53 投稿日: 2023年02月02日 16:57:03 No.251
こんにちは

オリジナル青銀 岩手兼交通カラーがついに絶滅に陥る時が来たのですね 残念です。
最後がエルフバス?でしょうか? というのも意外でした。社紋がほぼ白いですね 2006年に胆江営業所にナンバーが外されたエルフバスが置いてありました それら廃車体部品を使ってここまで生き延びたのですね

わたくしが中学校時代、学校に青銀カラーの写真持っていて見ていたら、バスに興味のない友人たちが
「これ、どこのバス?江ノ電や神奈中に比べてカッコイイ色だね」と数人にいわれました。

画像1
おでこが丸いバス、BAー10様が日野、管理人様が三菱なら私は いすゞ貼ります。
一ノ関営業所に10年以上廃車体が鎮座していた221号 1982年8月
画像2
撮影日に登録したと思われる1952 1983年8月25日
画像3
営業所の洗車機の回りには剥がれた青銀塗料が落ちていたのを見たことあります。(笑)


管理人 投稿日: 2023年02月02日 22:22:04 No.254 【Home】
オバQの221の写真は初めて見ました。こんな綺麗な姿で盛岡まで来ていたんですね。
バスに関係のない人にも「カッコいい」と言ってもらえるカラーだとは、嬉しい話です。

エルフバスは、前面窓の下の中央にちょっと青がのぞいていて、西日本車体の勇み足かサービスなのか、オリジナルの塗り分けとはちょっと違うので、事実上、「本当の県交通カラー」は消えてしまったのだ、と個人的には思っています。

ここで添付したのは、2018年に大迫営業所の最期を見に行った時のLRです。
車体そのものもカラーも、綺麗な状態だったので、この車両だけでももっと長く活躍できるのではないか…と思っていました。


601号 投稿日: 2023年02月11日 09:15:19 No.266 【Home】
おばんでございます。

この青銀カラーのことで、自分が毎日バスを利用していた小学生だった頃を思い出してみると、地元では「赤」や「黄」色がベースだったバスばかりで、1976年6月、岩手県交通誕生当初も塗装はそのままで新しい社名は一文字ずつのステッカが旧社名の上に重ねて貼られていただけで、それ以外の変化も感じられず、正直「合併して新会社が誕生したんだ…」という実感はあまりありませんでした。

しかしながら、合併数ヶ月後に初めて見た「岩手県交通カラー」は従来のくすんだ感じ
のイメージだった岩手県のバスのイメージを覆した「青銀カラー」であり、まさに鮮烈デビュー!という印象でした。
ちなみにその車とは、この掲示板でも何度か話題にした、日野RB10の「岩22か800」で、まさにこの「800」という数字が青銀カラーがスタートした数字であり、同時期にデビューした新車 日野RE100とともに、譲受車・新車を問わず似合うカラーなんだなという印象も持ちました。

個人的にこのカラーが最も似合うと感じたのは、モノコックからスケルトンボディに変わり”その頃”にデビューした中型車LR以降で、バスのデザイン自体もさる事ながら、リベットレスの平滑なボディが青銀というクローム的な色の組み合わせの良さをさらに引き立てる…という印象を抱きました。
今考えれば「もっと撮っておけば良かった…」に尽きてしまうのですが、この青銀カラーが最も映えていると感じた、2枚の写真をあげてみます。

今後も岩手県交通に転入してくるであろう、エルガやエアロスターのボディにも青銀カラーはきっと似合うはずで、全車でなくともせめて数台だけにでも改めて施してほしい…というのが正直なところです。


管理人 投稿日: 2023年02月12日 00:26:18 No.267 【Home】
601号さん、こんばんは。
本当に皆さんがこのカラーに愛着を持っていることが分かって嬉しい限りです。

キリ番の「岩22か800」から始まったこのカラーも、調べてみると、盛岡にお目見えしたのは、年が明けて1977年になってからの「岩22か880」からなんですよね。
まだまだ中央バスと県南バスが残っていた雰囲気が感じ取れる事実です。

再度このカラーの新規車が見られることを祈りつつ、私の方は、その頃の貸切タイプの車両を添付します。
新車だったり、新車と変わらない譲受車だったりという面々です。
富士重工や帝国自工のボディは、県北バスでは1980年代まで新車が入っていたので、それがこのカラーに塗られて走っているのは、ちょっと新鮮でした。


sakaisuji66613 投稿日: 2023年02月18日 22:19:19 No.273 【Home】
こんばんは。
こちらは2006年に埼玉スタジアム2002で行われたBU04のお別れイベントで撮影した岩手22き770号車と先日中古屋で購入したちびっこチョロQの画像になります。
(BU04の画像の人物部分はモザイク処理済み)


左党89号 投稿日: 2023年02月28日 20:40:09 No.277 【Home】
きょう(2/28)、旧・岩手県南バス本社所在地であった奥州市水沢の所有地を売却したとの岩手県交通公式サイトでのリリースかありました。
リリース文に記載の住所をグーグルマップで見たら、岩手県交通発足後、水沢営業所として使われていた場所のようで、胆江営業所へ統合後も折返し便の待機場所として使われていたときもありました。

水沢営業所当時は1997年12月に、コミュニティバス「Zバス」の運行開始直後に一度だけ訪問したことがありましたが、「他でも見られるBU04やハイデッカ1ばかりだったので撮らなくていいや」と贅沢な(?)理由でZバスと予備車と思われる標準カラーのジャーニー以外の車両を撮ってなく、営業所の目の前を走る東北本線を撮っていました(笑)


管理人 投稿日: 2023年03月01日 20:10:25 No.278 【Home】
青銀カラーの小型バスでこんなのがあったんですね。
小型バスがよく使われる廃止代替バスは、当時貸切登録だったので、県交通では貸切カラーに塗ってしまい、青銀カラーは初期に高田に入った2両くらいだったと思っていました。
コミュニティバスも専用カラーに塗られることが多いので、このカラーは貴重ですね。

水沢営業所は、私が写真を撮っていたら、東北本線を旧型客車が走って行ったりしましたね。
当時は2両編成の電車が走るなんて、冗談でも想像しませんでした。


更新後記(2023.2.27) 管理人 投稿日: 2023年02月27日 22:05:04 No.276 【Home】 【返信】

大宮駅の新幹線改札内の売店で、旧型国電の前サボのデザインのケースに入ったお菓子が売られていました。中身は外箱と同じサボのマシュマロと旧型国電カードが入っています。
常磐線のケースには、カードも常磐線が入っていました。これは偶然で、カードのデザインはランダムのようです。
対象者は子供ではなく、明らかに大人です。こんな前サボを入れて国鉄電車が走っていたのは、1970年代までで、実物を知っている人は既に50歳代以上。
ここでも、このケースと同じ南武線の「川崎」行のサボを掲げた72系の写真をご覧に入れます。
まだほかにも種類があるようなので、(他にどこで売っているのかは知りませんが)また大宮駅に行く時には買ってしまいそうです。
ちなみに、裏を見ると、トミーテックと書いてありました。やっぱり。




更新後記(2023.2.15) 管理人 投稿日: 2023年02月15日 19:41:49 No.270 【Home】 【返信】

Webサイトに廃車体を掲載していながら何を言っている、とおっしゃる方もおられるかと思いますが、一つお願いがあります。
廃車体のガラスを割ったり、頭の悪いエセアートを描きなぐったりしている人はこのサイトには来ないと思いますが、ドアや窓を開けたり、それをそのまま放置したり、また物を持ち去る行為はやめて頂きたいのです。
ドアや窓を開ける行為自体が、固着した部分に刺激を与え、廃車体の崩壊を早めます。
ドア自身も、それまでの支えがなくなり、劣化が進みます。
開けたまま放置すると、そこから動物が入り込んだり、植物が入り込んだりし、これもまた劣化を早める原因になります。
結果的に自然崩壊する場合もありますし、近所の人が不快に思って撤去を要請する場合もあります。

ここで添付した写真は、まずは頭の悪い人が窓を割ってしまった高知県交通。
次に、ドアが開けたままになった結果、外れて放置されてしまった岩手県交通。
そして、特徴ある屋根の部分だけ窓が開けられている川中島バスです。


左党89号 投稿日: 2023年02月18日 18:11:03 No.272 【Home】
先日、青森県内を通っていたら、このサイトでも紹介されていた廃車体に白と銀のスプレーでデカデカと落書きされていたのを目撃して愕然としました。

バスや鉄道車両を問わず、落書きについては論外ですが、老朽化については、たとえメンテナンスに力を入れていたとしても避けられませんね。
腐食で見苦しいほかにもアスベストの飛散といった理由もあるようで、大崎市(旧・古川市・岩出山町など)数カ所に保存していたC58もその理由で解体という話を耳にしました。

盛岡の運動公園に保存していたC58 239は、国鉄OBの有志が充分な手入れをしていたことが釜石線での復活運転が可能になりましたが、その釜石線での運転が6月で終わるのでその後の動向も気になります。
管理人 投稿日: 2023年02月19日 22:17:54 No.275 【Home】
あの手の落書きは、昭和の時代からデザインが変わっていませんが、新しいものを採り入れる能力のない人が、黙々と描き続けているのかと思うと、逆に可哀そうになります。
できるなら、廃物とかコンクリートの壁面とかでなく、ちゃんとしたキャンバスを買って、思う存分描いてもらえればいいのですが、そんな発想も能力もそして経済力もないんでしょう。
ただ、人が見ていない夜に描くようなので、人間ではなく、太陽に当たることができない哀れな動物が描いている可能性もあります。

アスベスト、保存を断念する好都合な言い訳に使われてしまうので、困りますね。


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