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『見て読んで書いて、死ぬ』高山 宏(青土社16/12) 愉しい本棚 投稿日: 2020年02月14日 18:50:46 No.771

 ☆☆
〇学魔・高山宏が万巻の名著・大作・綺想そして映像の誘いに縦横無尽に挑む、壮烈にして華麗なる耽読の百番勝負。紀伊國屋ブックログ『書評空間』掲載の書評を収録するほか、『キネマ旬報』掲載の映画評も併載。



 ☆☆
〇「追いつき型近代」を達成した日本は、社会の変化にどう対応しようとしてきたのか。教育政策を過去と未来をつなぐ結節点ととらえ、さまざまな政策文書や知識人・研究者の言説をひもとき、現在の問題群の原点を抉り出す。



 ☆☆☆☆
〇叡智と洗練の饗宴。出版がもっとも光り輝いていた“あの時代”を、文学全集の書誌学的調査を通して詳細に描き出す。
六〇年代を中心に多くの文学全集が妍(けん)を競っていた頃、出版社は叡智を傾けて様々な企画を練っていた。時には一つの出版社が複数の企画を同時並行で実行するなど、読者にとっても様々な選択が可能であり、読書・文学・文化・教養等々にとって、これほど恵まれた時代もなかった。出版業界も利潤を追求する企業の側面を有しており、出版戦略の元に市場を意識した企画や出版がなされたことも間違いない。それらを含めて、この文化の時代を象徴する文学全集の類について、きちんと総括しておく必要があるのではないか。――本書「はじめに」より
〇目次
第一章 〈王道〉 筑摩書房の日本文学全集の歴史

 一 代表的な文学全集とその周辺

 二 『現代日本文学全集』の出発と増巻

 三 『新選現代日本文学全集』と各種改編版

 四 『現代文学大系』の登場――小型化への変化――

 五 『現代日本文学大系』――『現代日本文学全集』を継ぐもの――

 六 『筑摩現代文学大系』――小型版の完成――

 むすび



第二章 〈先駆〉 角川書店『昭和文学全集』の誕生

 一 追うものと追われるもの

 二 開拓者『昭和文学全集』

 三 『昭和文学全集』の完成

 四 姉妹版『現代国民文学全集』

 五 もう一つの『昭和文学全集』

 むすび



第三章 〈定番〉 新潮社『日本文学全集』の変化

 一 『現代小説全集』以降

 二 『日本文学全集』の誕生

 三 『日本文学全集』の改編

 四 第三次と第四次の『日本文学全集』

 五 『新潮日本文学』と『新潮現代文学』

 むすび



第四章 〈現代〉 講談社『日本現代文学全集』とその前後

 一 『日本現代文学全集』の概略

 二 『日本現代文学全集』の豪華版と増補改訂版

 三 『長篇小説名作全集』から始まる

 四 『傑作長篇小説全集』が引き継ぐ

 五 『現代長編小説全集』と純文学への接近

 六 大衆文学と純文学の融合

 七 『われらの文学』に見る新しい息吹

 むすび



第五章 〈新進〉 集英社の『自選集』と『日本文学全集』

 一 一九六一年から六二年にかけて

 二 『自選集』シリーズの骨格

 三 『自選集』シリーズの諸問題

 四 〈デュエット版〉『日本文学全集』の誕生

 五 『日本文学全集』の影響と改判

 むすび



第六章 〈差異〉 中央公論社『日本の文学』と文藝春秋『現代日本文学館』

 一 中央公論社のホーム・ライブラリー

 二 『日本の文学』の骨格

 三 挿絵入の文学全集

 四 『現代日本文学館』という名称

 五 『現代日本文学館』の特色

 むすび



第七章 〈拡大〉 河出書房『現代文豪名作全集』以降

 一 『現代文豪名作全集』の初期形態

 二 拡大する『現代文豪名作全集』

 三 『日本国民文学全集』の思想

 四 『日本文学全集』〈ワイン・カラー版〉と〈豪華版〉

 五 『日本文学全集』〈カラー版〉と〈グリーン版〉

 六 『国民の文学』と『現代の文学』

 むすび



第八章 〈教養〉 学習研究社と旺文社の文学全集

 一 学年別雑誌をめぐる攻防

 二 学習研究社『現代日本の文学』の成功

 三 学習研究社系の『世界文学全集』

 四 旺文社『現代日本の名作』の苦戦

 五 『現代日本の名作』と旺文社文庫

 むすび

〇田坂憲二
1952年、福岡県生まれ。九州大学文学部卒業、同大学院修了。博士(文学)。慶應義塾大学文学部教授。国文学専攻



 ☆☆☆☆
<大逆事件>を戦後なお救われなかった被害者(被告)に寄り添って、事件と人間を追い続け今なおこの事件をすべて、支配階級の悪辣なフレームアップではなく、正しいとする日本の司法に対する告発し続けた一人の弁護人の実に地味な奮闘の記録。それを掘り起こしていく著者の執念。力作。
 〇幸徳秋水、管野須賀子ら一二名が処刑された、近代日本最大の国家権力犯罪「大逆事件」。その真実を明らかにすべく、戦後、再審請求の主任弁護人となった弁護士・森長英三郎(一九〇六‐八三)。抹殺された犠牲者を記録し、近現代史の書き換えに心血を注いだ生き様は何を物語るのか。戦前から引き継がれる司法の「暗部」を問い続けた弁護士の「生と死」を鮮やかに描く。丹念な取材で「大逆事件」の実相に迫る第四作。
 〇目次
第1章 前夜の回廊
第2章 縅黙せず
第3章 自由主義
第4章 風霜五十余年遥か
第5章 百年の余韻
 〇田中伸尚[タナカノブマサ]
ノンフィクション作家。『ドキュメント憲法を獲得する人びと』(岩波書店)で第8回平和・協同ジャーナリスト基金賞。明治の大逆事件から100年後の遺族らを追ったノンフィクション『大逆事件―死と生の群像』(岩波書店、のちに岩波現代文庫)で第59回日本エッセイスト・クラブ賞


『知っておくと役立つ街の変な日本語』飯間 浩明(朝日新書19/11) 愉しい本棚 投稿日: 2020年02月07日 12:55:17 No.767

 ☆☆☆
〇街を歩いて絶えずチェックしている「ことばハンター」は国語辞典編纂者。やがて「辞書に入る」ことになるかどうか、街の中の奇妙、面妖、不思議なことばを見つめながら考える。「生きたことば」の調理人の手さばきを味わってほしい。朝日新聞「be」で大人気連載「街のB級言葉図鑑」をまとめた。
〇目次
1 ついつい目が留まる
2 一見平凡だけど
3 現代語の磨かれ方
4 業界用語漏れ出系
5 コピーライターの奮闘
6 外来語の冒険
7 不思議な表記
8 地域の息づかい
9 言い回しの問題
10 今ではもう昔
〇飯間浩明[イイマヒロアキ]
1967年、香川県生まれ。国語辞典編纂者・日本語学者。早稲田大学第一文学部卒、同大学院博士課程単位取得。『三省堂国語辞典』の編集委員として第6版(2008年)以降の編纂に携わる


『革命思想の先駆者-植木枝盛の人と思想』家永 三郎(岩波新書55/12) 愉しい本棚 投稿日: 2020年02月05日 11:17:21 No.766

 ☆☆☆☆
〇法学館憲法研究所より
植木枝盛
H・T記
 “一ツトセー 人の上には人ぞなき 権利にかわりがないからは コノ人じゃもの”

 明治初期に全国に広まった自由民権運動の理論的指導者として知られる植木枝盛が作詞した、「民権数え歌」の出だしです。植木枝盛は1857(安政4) 年、土佐(現在の高知市)に生まれ、独学で自由民権理論を確立して国会開設を要求し、民権理論の普及と運動の発展に生涯を賭け、36歳の若さで病没しました。封建制度の下で長く苦しんできた人々にとって、近代憲法の原理を日本に採りいれようというこの運動は、大いなる希望をもたらすものでした。しかし、その後明治政府によって弾圧され、天皇主権の大日本帝国憲法が制定されました。では、枝盛の思想は単なる歴史の一こまとして人々の記憶の中に残っただけなのでしょうか。いいえ。日本国憲法の中に脈々として受け継がれています。日本国憲法はGHQ(連合国最高司令官総司令部)の「押し付け」に過ぎないという見方が一面的である大きな理由です。

 自由民権期には68種もの私擬憲法草案(個人が私的に考える憲法草案)が作られました。中でも、植木枝盛が起草した220条からなる「東洋大日本國國憲按」(1881年)は最も民主的で、高校の歴史教科書でも紹介されています。

 内容は、主権在民の立場から、(1)第4編「日本国民及日本人民ノ自由権利」では9か条に渡って精神的自由権を何らの留保をつけず、詳細に保障しています(「日本人民ハ思想ノ自由ヲ有ス」「日本人民ハ如何ナル宗教ヲ信スルモ自由ナリ」など)。選挙権でも男女の差別をしない平等主義も注目されます。死刑廃止も明確です。そして、「政府国憲ニ違背スルトキハ日本人民ハ之ニ従ハザルコトヲ得」(不服従の権利)や抵抗権、革命権の保障の規定からは、近代憲法誕生時の熱気が伝わってきます。
(2)民主主義の基礎をなすといわれる地方自治も日本国憲法より徹底している面が見られます。「中央政府→地方自治→個人の権利という上から下への価値序列によってでなく、個人の権利を中核に、地方自治→中央政府という、下からの住民運動を起点として政治の変革をはかるところから政治活動に入って行った点が、枝盛を考える上でたいせつなところである。」(「植木枝盛選集」家永三郎編・岩波文庫)
(3)刑事裁判では陪審制を採用しています。
 
日本国憲法の制定の際にも10数種の民間の憲法草案が起草されました。その一つである鈴木安蔵らによる「憲法研究会案」は、自由民権期の枝盛らの私擬憲法を重要な資料としています(参照 映画「日本の青空」」)。この「憲法研究会案」はGHQの草案に多大の影響を与えました(古関彰一「新憲法の誕生」)。

 このように見て来ると、近代憲法原理→枝盛らの憲法思想→鈴木安蔵らの「憲法研究会案」→GHQ草案→日本国憲法という「連続性」が認められます(参照 「伊藤真の憲法手習い塾」第43回)。現憲法は「アメリカの『押し付け』に過ぎない」と言うのは、いささか近視眼的ではないでしょうか。歴史家の家永三郎氏は、枝盛案と日本国憲法との一致点を列挙し、「明治10年代の日本国民が実現しようとして果さなかった民主主義と平和主義とに立脚する民主憲法の制定を…60年余ののちにようやく実現したものと見ることができる」(『歴史のなかの憲法』・東京大学出版会)と述べています。

 枝盛の思想の特徴に、政府への猜疑心があります。一旦権力を持った政府は、私たちの信頼につけこみやすい故に、私たちは不断に権力を監視しなければならないと、強調しています。憲法改正のための国民投票法案が審議されている現在、封建制のくびきから解放された時代に生きた枝盛の「近代日本の若々しい初心」は、一層の新鮮さをもって豊かな示唆を与えてくれます。

 4月23日更新の「今週の一言」は、水島朝穂客員研究員による「『疑』を胸にひめて―植木枝盛のリアリティ」です。合わせてご覧ください。

高知と植木枝盛

平和資料館・草の家 事務局長

高知は、自由民権運動発祥の地です。けれども、自由民権運動とは何だったのかと聞かれると少し返答に困るのではないでしょうか。


自由民権運動とは、いまから百三十年ほど前、西洋の人権・政治思想やアメリカの独立、フランス革命など近代国家成立の歴史に学んで、憲法制定、国会開設、言論集会の自由、租税の軽減、地方自治の確立、不平等条約の改正などをもとめて闘われた日本で最初の民主主義運動のことです。自由民権の運動家であることで有名な植木枝盛が憲法草案の草分け的存在であることも少しずつですが周知のようになってきました。

枝盛が憲法草案を書いた部屋が現在も高知市桜馬場に残っています。壁は白く塗り替えられていますが、元はピンク色10畳の和室に絨毯を敷き立派な唐机(中国風の机)がおいてありました。ある時友人がその贅沢をなじると、「そもそも書斎は人格修練の道場である。人はここで静座、黙想、読書しその人格を養い向上発達させる真に神聖にして大事な場所である。もし書斎が荒涼、貧弱、不愉快なもので、他人の立派な家から帰る気がしなくなるようでは困る。多少でも部屋を装飾して居心地よくするのはそのためだ」と答えました。これには友人達もなるほどと感心したそうです。

植木枝盛らが設立した立志社が憲法草案起草に着手したのは明治14(1881)年夏のことです。8月28、29の両日、高知は暴風雨に襲われました。植木枝盛は外出できず、高知桜馬場自宅書斎にこもって憲法草案を起草します。これが有名な「東洋大日本国々憲案」です。植木枝盛憲法草案の最大の特徴は、何よりも豊かな自由と権利の保障にあります。政府・官僚が人民の自由や権利を侵害して圧政を行うとき、人民は之に抵抗し、新政府を樹立する権利を持つという「帝国憲法」・「革命権」の規定は他の私擬憲法に例を見ません。枝盛は、主権在民を明確にし、何の制約も設けず、生命身体の自由や生命を奪われない権利、法の下での平等、思想信条・信教・言論出版・集会結社・学問の自由や拷問の禁止、国籍離脱の権利など、人民の自由権利を35条にわたって明記しました。この植木枝盛の憲法草案は様々な経過をへて現在の憲法に生きています。

高知には憲法のふるさととも言える桜馬場、たくさんの資料を保存する自由民権記念館や民立民営で草の根活動をしている平和資料館・草の家など自由民権運動や憲法、平和活動に縁の地が多くあります。それらを学習できる本もあります(「土佐の自由民権運動入門」(公文豪 著)をはじめ草の家ブックレットなど)。



 ☆☆☆☆
〇戦後日本人の先頭として民主主義、高度成長の恩恵を受けてきた団塊の世代。世界的な民主主義の危機が語られる今、一九八〇年の論稿「われら戦後世代の『坂の上の雲』」のタイムカプセルを開け、三五年後の高齢化した都市新中間層の現状をみつめ、シルバーが貢献する新たなデモクラシーへの視界を探る。参画型社会構築への提言。
〇目次
第1章 戦後民主主義の総括と新たな地平―「与えられた民主主義」を超えて
第2章 戦後世代としての原点回帰―一九八〇年という時点での自画像
第3章 それからの団塊の世代を見つめて―二一世紀に入っての二つの論稿
第4章 二〇一六年参議院選挙におけるシルバー・デモクラシーの現実―なぜ高齢者はアベノミクスを支持するのか
第5章 二〇一六年の米大統領選挙の深層課題―民主主義は資本主義を制御できるのか
第6章 シルバー・デモクラシーの地平―結論はまだ見えない、参加型高齢化社会への構想力

〇寺島実郎[テラシマジツロウ]
1947年北海道生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了後、三井物産入社。米国三井物産ワシントン事務所所長、三井物産常務執行役員、三井物産戦略研究所会長等を経て、現在は(一財)日本総合研究所会長、多摩大学学長。国土交通省・社会資本整備審議会道路分科会国土幹線道路部会長、同省・国土審議会計画推進部会委員、経済産業省・資源エネルギー庁総合資源エネルギー調査会基本政策分科会委員、農林水産省・「食と農の景勝地」審査委員会委員長等を務める


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