そのため、植民地に課税することになりますが、それには植民地議会で決める方法と、イギリス議会で決める方法があります。
植民地議会で、植民地の行政と防衛に必要な経費とイギリス政府の一般経費を分担するための税金を支払うように説得することは困難です。帝国全体の問題を植民地議会に判断させることは困難だからです。
もうひとつのイギリス議会で決める方法は、植民地に対する課税は割当によるべきだと考えられています。この場合は、帝国全体を指揮監督しているイギリス議会が各植民地の負担額を決め、植民地議会がそれぞれに合った方法で税金を決めて徴収すればよいことになります。この場合は、植民地はイギリス議会に代表を送らないことになります。しかし、植民地が本国によほどの好意を持っていないかぎり納得させることは困難だと言っています。また、イギリス議会が植民地の同意なく植民地に課税する完全な権限を持った場合は、アメリカ植民地の指導者層は各自の重要性を失うので、「イギリス議会による納税額割当を拒否し、野心と気概のある人なら誰でもそうするように、自分の重要性を守るために武器をとることを選んだのだ」(210頁)と言っています。
このように、イギリス議会は植民地に課税する権利を主張し、植民地は代表を送っていない議会による課税を拒否しているので、スミスは、「本国と同じ税制度を採用することの見返りに、本国の住民と同じ貿易の自由を認め、帝国の財政収入に寄与する比率に応じた数の代表をイギリス議会に送る権利を認め、その後に納税負担が増えた場合にそれに応じて議員数を増やすと確約すれば」(210頁)という形での植民地との合併 (union) について書いています。そして、「これまで、アメリカでは富と人口がきわめて急速に増え、社会がきわめて急速に発展してきたので、一世紀もたてば、アメリカの方がイギリスより納税額が多くなるとも考えられる。そうなれば、帝国の首都は (the seat of the empire) 当然、帝国全体の防衛と維持にもっとも貢献している部分に移転することになろう」(213頁)とも言っています。