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舟珍vf
:2024/04/28 06:55 No.5551
- 茶碗板かJetさん板の話題だと思って控えていましたが…
少年期のヒーローが軒並み80代に入ったナァと思っていたこの頃です。
現代のように選手は社内特別扱いではなく、昼はせっせとニッカの営業で酒屋回りをなさってたそうですね。
あの頃はまだニット帽で飛んでた…
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舟珍vf
:2024/04/28 07:02 No.5552
- 私は小学生で、三学期の美術課題が版画。
笠谷のジャンプを含む札幌五輪の各競技を一枚に彫ろうとして苦戦、完成したのは閉幕後でした^^;;
あ、その頃から絵画においても多要素を入れるコラージュ好き傾向でしたv
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舟珍vf
:2024/04/28 07:08 No.5553
- 欧米の人は、レジェンドKASAIとKASAYAと似た音だと思っているかもしれませんね…
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Hatena-no-Tyawann
:2024/04/28 10:00 No.5554
- 舟珍vfさん こんにちは たまーに見に来るだけでごめんなさい。
笠谷選手亡くなられたんですね…
余市には 笠谷選手の名を冠したジャンプ台があるはず…。
オリンピックがプロ選手に乗っ取られちゃって、魅力なくなったというのは今の時代じゃおかしな考えなんでしょうね。笠谷選手が売りに来たニッカはおいしかったと思う♪
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美銀座美人
:2024/04/28 11:09 No.5555
- この当時の記憶は今でもはっきりと残っています。
爽やかデュオのトワ・エ・モアが唄った♪虹と雪のバラードが冬季札幌オリンピックを飾りました。
【笠谷・金野・青地 日の丸飛行隊大倉山出撃】こんな新聞の見出しも覚えています。
当時は1972年、札幌での歓喜の一方で連合赤軍による凄惨な浅間山荘事件も忘れられない歴史の1ページでした。
それらに日本中の人々が幾日もブラウン管の前に釘付けになったものです。
一般人ながら山荘の壁を撃破する炎の鉄球兄弟の活躍も胸を打たれましたね。
私は当時オーディオに嵌っていた時でアルバイトで買ったナショナル ワールドボーイGXなんて当時鳴り物入りでデビューしたソリッドステートラヂオ(笑)でずっと現場中継を聴いていたものです。
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舟珍vf
:2024/04/28 21:29 No.5556
- 茶碗さん、
ニッカはまだシングルモルトを売り出すというような時代ではなく、サントリー「オールド」に相当するハイニッカもまだ全国区では苦戦していた頃ですね。
美銀座師匠、
松下「ワールドボーイ」は最終進化のあと「クーガー」シリーズに移行。同時期、ライバルの東芝「サウンド750(ナナハン)」はTVの音が聴けるGTVが出現。私は最終的にソニー「スカイセンサー5800」を買いました。私が実家を出たあとも父が使用しておりました…
次にラジカセですが、松下「マック」シリーズ、東芝「アクタス」シリーズ、ソニー「スタジオ」シリーズ等々の誘惑を切り抜け、私は日立「パディスコ」を買ってもらいましたが、実はラジカセ先駆者のアイワはステレオラジカセを市場投入しようとしていました。
ところで、いつかも書きましたように、私は自転車はナショナル「エレクトロボーイNewZ」を買ってもらいましたが、電子フラッシャーブームは間もなく去りました^
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美銀座@スマホ
:2024/04/28 21:43 No.5557
- 時代の追い風に乗ったラジオやラジカセが若者の三種の神器でもありましたね。
SONYのカセットデンスケ持って羽田の国際線ロビーなんかを生録した事もあって懐かしいです。
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美銀座@スマホ
:2024/04/28 21:55 No.5558
- あ、それから....
【未来から来たFMラジオ】ちうキャッチコピーで大々的にデビューした東芝IC70とゆ
トランジスタラジオがありました。
当時流行りの家具調ステレオは東芝音楽都市シリーズなんちうのがありまして豪華仕様のベルリンだとかボストン等がありました。きっとYさんも購入されたに違いないのだ。
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舟珍vf
:2024/04/28 22:34 No.5559
- 一回り離れていても、同じ時代を年齢差なりに見ていたのですね。
ステレオは大きなセパレート型の末期で、コンポーネント型に移行し始めていましたが、中学生にはちょいと難しいうえに親の財布も緩くはない。家にあった古いコンソール型でガマンしていました。やがて出始めのシステムコンポを自分の部屋用に買いましたが、以来、オーディオ機器は“その程度”です。
ただし、聴く音楽ソフトは多岐多様に亘りました。
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美銀座@スマホ
:2024/04/28 23:05 No.5560
- 天然木(実際には無垢材ぢゃなく合板貼材)の大型セパレートタイプとして一番人気を誇ったパイオニア製が欲しくて高校生の頃に父チャンにねだったんですが、結局のところご近所付き合いの延長で町の電気屋で買ったナショナル超音響ステレオ飛鳥
というモデルが我が家のステレオ納入第1
号となりました。