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学生を利用した左翼ユダヤの日本侵略
尊王攘夷 投稿日:2023年03月14日 16:24 No.13015
学生運動の嵐が吹き荒れていた
1969年5月13日。

三島由紀夫は東京大学に立ち
当時大学を占拠していた
「東大全学共闘会議(東大全共闘)」

つまり、
左翼学生の総本山とも言える
学生団体に対峙していました。

右と左…保守と革新…

政治的に真っ向から対立する
両者は、どのような討論をしたのか。

この討論に関して、
当時の学生運動にも参加していた
東北大学名誉教授・田中英道先生に
ご解説いただきました。

ぜひ、ご覧ください。

==============

From 田中英道

世界を覆っていると同時に、
もちろん日本もまた覆っている
思想の主流は、「批判理論」です。

「否定的弁証法」という方法を使って、
常に現実を否定します。
それが革命運動だとされてきました。

ブキャナン*はまた、
(*アメリカ合衆国:第15代大統領)

《批判理論の衝撃を受け、
 史上最高に恵まれていたはずの
 60年代世代の多くが、

 自分たちは耐えがたき地獄に
 生きていると確信した》

と述べています。

日本人もまた、自分たちは
「疎外」されていると教えられ、
そう思い込みました。

長髪で髭をはやした若者がギターを奏で、
盛んに反戦を叫ぶようになったのもこの頃です。

1960 〜 70年代の
フラワー・チルドレンと呼ばれた
ヒッピー世代は、

「批判理論」が
生んだ世代ということになります。

多かれ少なかれ、
この世代の人々はこの思想通りの
姿をしていました。

「反抗の世代」です。

日本では、1960年に
安保闘争が展開されました。

その後左翼は内ゲバを体験し、
分裂していきましたが、
69年に、世界での「五月革命」の
影響を受けて運動が再燃しました。

そして、1970年つまり昭和45年に
三島由紀夫が自決するわけですが、
その前年に、三島氏は、
東京大学で東大全共闘の学生と討論を行い、

その様子が
『討論 三島由紀夫vs東大全共闘———
 美と共同体と東大闘争』(新潮社 一九六九年)
にまとめられています。

たとえば、三島氏と学生との間に
次のようなやりとりがありました。


三島:
「しかしやっぱりぼくは日本人である以上
 日本人以外のものでありたいと思わないのだな。」

全共闘C :
「しかし日本、日本人というのは
 どこに事物としてあるわけですか。」

三島:
「事物としては外国へ行けばわかりますよ。
 英語をしゃべっていると自分は日本人じゃ
 ないような気がするのです。
 英語が多少うまくなると。

 そして道を歩いている姿が
 ショーウィンドーに映ると、
 このとおり胴長でそして鼻もそう高くないし、

 あ、日本人が歩いている、
 だれだろうと思う。
 これはどうしても外国へ行くと痛感するね。」

全共闘C:
「しかし人間すら事物にまで
 いかない限り無理ですよ。」

三島:
「その国籍を脱却するということは......。」

全共闘C :
「脱却するということよりも、
 むしろ最初から国籍はないのであって………。」

三島 :
「あなた国籍がないわけだろう。
 自由人としてぼくはあなたを尊敬するよ。
 それでいいよ。

 だけれどもぼくは国籍を持って
 日本人であることを自分では抜けられない。
 これはぼくは自分の宿命であると
 信じているわけだ。」


《歴史にやられちゃう》
ことを批判する学生に対して、

《やられちゃうというか、
 むしろ歴史にやられたい》

と応答する三島が登場します。

明らかに全共闘の学生は、
戦後の批判理論を信奉しています。

その「批判理論」に対抗しようとする
三島氏の日本人であることを主張した議論が
ここに見えているわけです。

今でいえば、学生のグローバリゼーションと、
三島のナショナリズムの対決です。

ただ、当時の東大全共闘の学生たちが
そういうこと、つまり、自分たちが
何と戦っていたのか理解していたかは
わかりません。

戦後は、マルクス主義の思想が
日本を襲っていました。

人々の中に「批判」「批評」
意識が蔓延して、
人の話を聞いても「批判的」
反応をすることが、

あたかも日本の知識人に
必要なことだと思わされました。

戦後、「理由なき反抗」
などという映画が大好評になったことを
「団塊の世代」の皆さんは
覚えていることでしょう。

これで、
「家庭の崩壊」「自立の思想」が
当たり前の態度なのだと、
思うようになったのです。

このように、
戦後日本に蔓延した思想に対して、
今多くの日本人は、
ナショナリズムへ切り替えるための、
知識、教養が失われていることに
気がつき始めました。

「日本文化とは何か」
を今や答えなくてはなりません。

日本人なら慌てる必要は
ありません。

自分の中に潜在化している伝統の
「日本人を肯定」し、
取り戻していけばいいからです。




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