歴史掲示板(渡来人研究会)


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過去5100年間のチベット高原の人類史ー遺伝的歴史を中心に
Sherpa 投稿日:2023年04月07日 22:27 No.226
2023年3月にチベット高原の集団の歴史に関する興味深い論文が発表されました。蔵北高原(羌塘)を含めたチベット人の形成過程に関するより詳しい研究です。

黄河流域の集団と類似した遺伝的構成の集団が、現代のチベット人および日本人の主要な遺伝的祖先と推測されています。

また、チベット高原は、日本列島やアンダマン諸島とともに ♂Y染色体ハプログループ(→用語解説**)D系統が多いことからも日本人の間で関心が高い地域でした(チベット高原の型はD1a1〔D‐Z27278〕, 日本人の型はD1a2a〔D-M55〕, アンダマン諸島の型はD1a2b〔D‐Y34637〕)。

対象:A. 青藏高原古人、B. 宗日文化遺跡(青海省海南チベット族自治州)、C. 黄河上流域の斉家文化遺跡(甘粛省東南部および青海省東北部)、D. ヒマラヤ地域(中央ネパール北部のムスタン・マナン地方)、E. 都蘭遺跡吐蕃墓(青海省海西モンゴル族チベット族自治州)の古代DNA、計89個体。

結果:紀元前3000年頃から吐蕃期までの「古代チベット人」(89個体)の♂Y染色体ハプログループ(YHg)においてはO-M117(O2a2b1a1, 50.56%を占める)が最も優勢で、二番手は中国大陸先住のN-F2390(N1b, 20.22%)であることが分かりました。狩猟採集民のD-Z27278(D1a1)は13.48%で三番手。

また、下記参考文献1によって、初期古代チベット人における主要な祖先供給源は「74%超の東アジア北方古代人祖先系統」と再確認されました。以下はA〜Eそれぞれのデータです:

A. 青藏高原古人(48個体)ー下記参考文献1
青藏高原古人においてはO-M117が最優勢、次いでN-F2390とD-Z27278の比率が同程度。
内訳:O-M117(とくにCTS4658)=41.66%(20個体),N-F2390=22.91%(11個体), D‐Z27278=20.83%(10個体), C-F1067=6.25%(3個体), O-F114=2.08%(1個体),O-P164=2.08%(1個体), O-JST002611=2.08%(1個体), O-F2320(O1b1)=2.08%(1個体).

B. 宗日文化遺跡(青海省海南チベット族自治州, 10個体)ー参考文献1
この遺跡の個体群は例外的にN-F2407とO-F114のみで占められています(N-F2407=60%, O-F114=40%)。彼らはチベット高原南東部および北東インド・アルナチャル州のロパ(Lhoba)とドゥンパ(Dengba)の祖先ではないでしょうか?ロパではN-F2390(N1b)=35%、ドゥンパではO-F114=31%。

A. 青藏高原古人とB.宗日文化遺跡を合わせた結果:O-M117=34.48%(20個体),N-F2390=29.31%(17個体), D‐Z27278=17.24%(10個体),O-F114=8.62%(5個体), C-F1067=5.17(3個体), O-P164=1.72%(1個体), O-JST002611=1.72%(1個体), O-F2320(O1b1)=1.72%(1個体).

C. 黄河上流域の斉家文化遺跡(甘粛・青海, 7個体)ー参考文献2
O-M117=71.42%, O-F114=14.28%, D‐Z27278=16.92%=14.28%.
A+B+C:O-M117(YP5864, ACT7481)=38.46%(25個体),N-F2390(N1b)=26.15%(17個体), D‐Z27278=16.92%(11個体), C-F1067=4.61(3個体), O-F114=9.23%(6個体),O-P164=1.53%(1個体), O-JST002611=1.53%(1個体), O-F2320(O1b1)=1.53%(1個体).

D. ヒマラヤ地域(ネパールのムスタン・マナン地方, 19個体)ー参考文献3
O-M117=89.47%, O-P164=5.26%, D‐Z27278=5.26%.

A+B+C+D:O-M117=50.0%(42個体),N-F2390=20.23%(17個体), D‐Z27278=14.28%(12個体), C-F1067=3.57%(3個体), O-F114=7.14%(6個体),O-P164=2.38%(2個体), O-JST002611=1.19%(1個体), O-F2320(O1b1)=1.19%(1個体).

E. 都蘭遺跡吐蕃墓(青海省海西モンゴル族チベット族自治州, 5個体)ー参考文献4
この個体群の遺伝的組成は、上記のヒマラヤ地域の古代高地人および現代チベット人と95~100%一致。吐蕃による吐谷渾の攻略は吐蕃人口の移動を伴うものであったことが裏付けられました。O-M117=60%, N-F2390=20%, R-Z93=20%.

まとめ
A+B+C+D+E(89個体):O-M117=50.56%(45個体),N-F2390=20.22%(18個体), D‐Z27278=13.48%(12個体), O-F114=6.74%(6個体), C-F1067=3.37%(3個体), O-P164=2.24%(2個体), O-JST002611=1.12%(1個体), O-F2320(O1b1)=1.12%(1個体), R-Z93=1.12%(1個体).

考察
「古代チベット人」(89個体)においては、O-M117が最も優勢(O-M117=50.56%〔45個体〕)で、次いでN-F2390(N1b, 20.22%〔18個体〕)が優勢、D‐Z27278(D1a1)は13.48%(12個体)と奮いません。

一方、現代チベット人のY染色体ハプログループの構成は、D-Z27278が45%、O-M117が35%、N‐F2390が5%ほどで、「古代チベット人」よりもD-Z27278が30%ほど多くなっています。また、D-Z27278が30%ほど増える代わりにO-M117やN-F2390は15%ずつ失ったことになります。

D-Z27278が古代のチベット高原で一般的ではなかったとすると、彼らはどこにいて、どのようにしてチベット高原で数を増やしたのでしょうか。確定とまではいきませんが、古代チベットと現代チベットのギャップは、ひとつには始祖効果(→用語解説**)に由来するのかもしれません。

もう一点。
初期古代チベット人における主要な祖先供給源は「74%超の東アジア北方古代人祖先系統」と確証されましたが、残りの祖先系統(7~26%)の由来が未だ明らかではありません。これはアジア祖先系統から深く分岐した祖先系統に起因し、以下のひとつもしくは複数の供給源と関連していると見られています:

① 西シベリアのウスチ・イシム(Ust'-Ishim)近郊のエルティシ河の土手で発見された44,380年前頃となる現生人類男性1個体(ウスチ・イシム人♂K2a, ♀R*)
② 中国北部に位置する北京の南西56km にある田園洞窟(Tianyuan Cave)で発見された4万年前頃の男性1個体(田園人♂K2b, ♀B)
③ 現在のアンダマン諸島人(オンゲ人)(♂D1a2b)

古代のチベット高原の遺跡群においてどうやら♂D1a1系統の集団は一般的ではなさそうなので、残りの祖先系統(7~26%)の由来はウスチ・イシム人と田園人である可能性が少し高まったのかもしれません。

ウスチ・イシム人のK2a(NOの祖先型)は東アジアおよびシベリアで優勢であるし、田園人のK2bは欧州・米大陸先住民、オセアニアで優勢です。

もっとも、チベット高原の古人骨にもD1a1はいることにはいるので(89個体中12個体=13.48%)、今のところは仮にウスチ・イシム人、田園人、アンダマン諸島人類似の集団由来のゲノムが数パーセント含まれていても不思議ではないです。

参考文献:
1. Wang. H et al.(2023): Human genetic history on the Tibetan Plateau in the past 5100 years. Science Advances, Vol 9, Issue 11.
https://doi.org/10.1126/sciadv.add5582
2. Ning C. et al.(2020): Ancient genomes from northern China suggest links between subsistence changes and human migration. Nature Communications, 11, 2700.
https://doi.org/10.1038/s41467-020-16557-2
3. Liu CC. et al.(2022): Ancient genomes from the Himalayas illuminate the genetic history of Tibetans and their Tibeto-Burman speaking neighbors. Nature Communications, 13, 1203. https://doi.org/10.1038/s41467-022-28827-2
4. Zhu K. et al.(2022): Cultural and demic co-diffusion of Tubo Empire on Tibetan Plateau. iScience, 25, 12, 105636.
https://doi.org/10.1016/j.isci.2022.105636
5. Xiong J. et al.(2022): Sex-Biased Population Admixture Mediated Subsistence Strategy Transition of Heishuiguo People in Han Dynasty Hexi Corridor. Frontiers in Genetics, 13, 827277.
https://doi.org/10.3389/fgene.2022.827277


管理人 投稿日:2023年04月09日 15:43 No.231
Sherpaさん、お知らせありがとうございます。特に下記のデータは興味深いですね。

A. 青藏高原古人(48個体)ー下記参考文献1
青藏高原古人においてはO-M117が最優勢、次いでN-F2390とD-Z27278の比率が同程度。
内訳:O-M117(とくにCTS4658)=41.66%(20個体),N-F2390=22.91%(11個体), D‐Z27278=20.83%(10個体), C-F1067=6.25%(3個体), O-F114=2.08%(1個体),O-P164=2.08%(1個体), O-JST002611=2.08%(1個体), O-F2320(O1b1)=2.08%(1個体).


やはりチベットビルマ系の祖・CTS4568の割合が多いですね。NとD1a1はこの集団が来る前までは優勢だったのでしょうけど。

この集団が現れるのが、そうすると紀元前3000年前ごろとなりそうですね。何らかの理由で優勢になったのでしょう。

このO-M117の下層の7080を、以前百越・月氏のハプロと見なしたはずですが、TMRCA年代も紀元前700~前500年で、弥生人の祖先や日本語の形成にも関係してくるですよね。その点でも日本人にとっては縁が深い系統ですが、また日本に多いD1a2ですね、旧石器時代人でしょうけど、やはりアフリカからアンダマン経由でダイレクトに日本へ来たのでしょうか。

その一部がチベットへと北上して残り続けているのか・・・。

いずれにせよ、チベットのハプロの変遷は興味深いところです。、


sherpa 投稿日:2023年04月12日 18:09 No.232
チベット・ビルマ系では一般的ではない斉家文化のO-M117-YP4864とO-M117-ACT7481、宗日遺跡のN1bとO-F114辺りが西羌になるのでしょう。彼らが馬家窯文化のチベット・ビルマ系を南方に追いやったのではないかと見ています。D1a1はもう話しになりません。

sherpa 投稿日:2023年04月13日 02:05 No.234
現代チベット人に4割も見られるD1a1の由来はヤルルン河流域で勃興した吐蕃勢力でしょう。彼らがD1a1を同化した後で、D1a1を多く含んだ状態でチベット高原全域に広がっていった。



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