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『ゴーゴリ伝』 アンリ・トロワイヤ(中央公論社83.10)
愉しい本棚 投稿日:2020年07月21日 16:44 No.818
  ☆☆
 〇村上 香住子/訳
 〇ゴーゴリ - Bekkoame
本を読まない人の中で、ああ、あの「どん底」の作家でしょ、とゴーリキーとゴーゴリを間違える人がいます。ゴーリキーもすばらしい作家ですが、ニコライ・ゴーゴリは都会性と一歩引いて見た土俗性が不思議な調和を見せ、独特の味わいがあります。ゴーゴリの本性を知ると、ゴーゴリという発音が地獄の底から聞こえて来るような感じがしたり、また、滑稽に響いたりもします。

 代表作はやはり「死せる魂」。J・P・サルトルとゴンクール賞(日本の芥川賞みたいなもの)を争ったアンリ・トロワイヤは亡命ロシア人で、本名はレフ・タラソフと言い、「女帝エカテリーナ」「チェーホフ伝」(いずれも中公文庫)と並んで「ゴーゴリ伝」(中央公論新社)が邦訳されていますが、その中で、トロワイヤは「子供の頃はゲラゲラ笑いながら、ゴーゴリの死せる魂を読んだが、大人になってから、こんな悲しい話があるのだろうかと、初めて分かるようになった」と書いています。
 ゴーゴリの文学上の師匠のプーシキンもゴーゴリが自作を朗読するのを聞いて、「ああ、何て我がロシアは、かわいそうなんだろう」と嘆息しました。ゴーゴリは師匠を笑わせようと思って書いたのにです。まあ、主人公のチーチコフ以外にも、突飛もない人物がいろいろ登場してきて、笑わせてくれたり、ビックリさせてくれます。シェークピアの「リチャード三世」がイギリス的な、「神曲」の中に主人公として登場し、氷漬けになった宿敵ボニフェウス八世の頭をサッカーボールのように蹴ってしまう、ダンテがイタリア的な、ゲーテのファウストに登場するメフィストフェレスがドイツ的な悪魔像であると仮定するなら、チーチコフはロシア的な悪魔像を具現したものと言えるでしょう。

 この他、傑作喜劇の「検察官」、小編「イワンとイワンが喧嘩した話」、「ヴィイ」なども読んで損はありません。「検察官」は検事のことではなく、国税査察官と会計検査院を兼ねた水戸黄門みたいな存在です。英語では「The Goverment man」と訳しています。フレスタコーフという若者が、その検察官に間違われて、地方の小都市で飲ます食わすのいい目に遭い、逆に市長や警察署長らが自分たちが悪いのですが、偽検察官に翻弄されるというお話。「ヴィイ」は妖怪物語で、読んだあとにトイレに行けなくなります。そこら辺のスリラーより、数百倍も怖い話です。実話を土台にしているのではという説もあります。映画にもなっています。
 でも、気になっているのは、世の検事さんは検事任官前や後にでも「検察官」を読んだことがある人はいるのでしょうか。もし、読んでいたら、頭デッカチではない、人に優しい公判維持や求刑をできるのではと思うのですが。一度、聞いてみたいと思っています。