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らんまん」の登場人物と実在の人物との関係は?。コオロギラン、ムジナモの原記載・植物画など
藤井俊夫 投稿日:2023年07月28日 15:30 No.768
「らんまん」の登場人物と実在の人物との関係は?。コオロギラン、ムジナモの原記載・植物画など

●コオロギラン: Stigmatodactylus sikokianus Maxim. ex Makino(1890-1891)
常緑樹林下に生える腐生植物と考えられているようです。
【開花・結実期だけ、地表に現れるのかもしれません】
全国版:絶滅危惧II類 .
紀伊半島、四国南部、九州南部、台湾に分布する。

命名者の間にある「ex」:前置詞で、「~から」の意味。
exの前の人物が命名したが、正式な記載とは認められず、exの後に記述された人物が正式な命名者とされます。
「マキシモビッチ」の学名(私信で仮の学名を牧野に連絡したか?)を参照して、「牧野」が以下の「日本植物志図篇」で正式に発表した。
マキシモビッチが1891年に急死し、牧野が「日本植物志図篇」で正式に発表したことになります。
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●コオロギランの植物画●原記載は、以下の「日本植物志図篇」となります。

Illustrations of the Flora of Japan, to Serve as an Atlas to the Nippon-shokubutsushi [of J. Matsumura]. Tokyo(1890-1891)
牧野富太郎。1888-1891.日本植物志図篇。敬業社。東京。

印刷の経費は実家からの援助により自費出版する。(こんなことをするから、お金が足りないのか?)
この時期にドイツに留学していた松村任三(後の、小石川植物園の初代園長)が日本に帰国する。
注:上記書籍について。「牧野が「自ら手を下して真物より模写」した大型の精密で見事な植物画集である」、としている(俵浩三、1999。34p)。)
日本植物志図篇は、第11集が出版されたのを最後に(1891年)、中断し再開されることはなかった。
●コオロギランの、図は牧野が描き、学名をつけたのはマキシモビッチと推察されます(マキシモビッチが、発表前に私信で牧野に学名を伝えていたと考えられます)。

★藤井注
当時の植物学教室の教授は矢田部良吉であった。
矢田部は植物誌を編纂するのは大学の役割と考えていたが、外部からきた素人の牧野が大学の資料を利用して「日本植物志図篇」を作っていることに、快く思っていなかったらしい(俵浩三、1999。35p)。
このことをきっかけに、ロシアでマキジモビッチの助けを借りて、「日本植物志」を完成させようと考えたと思われる。
しかし、計画が実行される直前にマキシモビッチが急死したため、頓挫することになる。
(ツンベリーや、シーボルトの「Flora of Japan」のような体裁を目指していたのかもしれない。)

●植物学雑誌にコオロギランの報告が載ったのは、「日本植物志図篇」の出版とほぼ同時期です。当時、牧野:28才。
牧野富太郎。1890。雑録「土佐ニ於テ發見シタル新属ノらん科植物」。植物学雑誌。4(39):192-197.(197p)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jplantres1887/4/39/4_192/_pdf/-char/ja
横倉山で、矢野勢吉郎、吉永虎馬と牧野の三人で採集したと記している。
●「日本植物志圖篇第七集中第四十三版チ見テ知ル可シ」
上記の記述があり、「日本植物志図篇。7。(Fig.43)」で、発表する予定だとしている。
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●ムジナモ発見の報告。235p.
牧野富太郎。1890. in 雑録(p230-p236)○Aldrovanda vesiculosa L. 日本否ナ東京近郊ニ産ス。植物学雑誌。4(40):235-236p.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jplantres1887/4/40/4_230/_pdf/-char/ja

牧野富太郎。1890. in 雑録(p424-p430)○むじなも(新稱)Aldrovanda vesiculosa L. 植物学雑誌。7(80):425p.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jplantres1887/4/45/4_424/_pdf/-char/ja
★上記報告で、和名を「ムジナモ」(新称)とした。

●ムジナモの植物画
牧野富太郎。1893. Notes on Japanese Plants, XIX。植物学雑誌(BMT)。7(80):285-286.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jplantres1887/7/80/7_80_285/_pdf/-char/ja
ムジナモの開花は、日中の数時間に限られる。
世界の植物学者が観察できなかった開花時の線画を精緻に描いていることが世界中を驚かせたことになります。
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★ついでに牧野関連図書
●参考文献
俵浩三。1999.牧野植物図鑑の謎。平凡社新書。平凡社。660円
白岩卓巳。2008.牧野富太郎と神戸。神戸新聞総合出版センター。1600円。
渋谷章。2001.牧野富太郎。平凡社。平凡社ライブラリー。1000円。
高知新聞(編)2014.MAKINO~牧野富太郎生誕150周年記念出版~。北隆館。2420円。

●NHK朝ドラの関連書籍。
朝井まかて。2022.ボタニカ。祥伝社。1800円。

●コオロギランの彩色画(牧野原図)
高知県立牧野植物園(編)。1992.高知県立牧野植物園所蔵・牧野富太郎植物画集。
コオロギランの脚注に、明治22年(1899)牧野富太郎27歳の時、高知県越知町横倉山で発見命名(和名)。
世界的植物学者ロシアのマキシモビッチはこの植物画を絶賛した。と記述している。
 2001年12月に植物園の企画展示「不思議な果実展」を見に行った時に買った覚えがあります。
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★NHKの「らんまん植物図鑑」より
※主人公は、実在の人物である牧野富太郎(1862―1957)をモデルとしますが、激動の時代を夢に向かって生きたある植物学者の物語として大胆に再構成します。
登場人物名や団体名などは一部改称して、フィクションとして描きます。原作はありません。
https://www.nhk.or.jp/archives/creative/ranman/zukan
NHK連続テレビ小説「らんまん」あらすじ
https://www4.nhk.or.jp/P8377/

歴史上の人物および所属などの名称
牧野富太郎(1862年5月22日 - 1957年1月18日。高知県高岡郡佐川町出身。近隣から「佐川の岸屋」と呼ばれた商家(雑貨業)と酒造業を営む裕福な家に生まれた。)
個人的に所蔵していた分だけでも40万枚に及び、命名植物は1,500種類を超える。→都立大の牧野標本館(MAK)に50万点(植物標本は16万点)が収蔵されている。
https://www.biol.se.tmu.ac.jp/herbarium/
実家の造り酒屋(屋号は、岸屋)現在の司牡丹が最終的に譲り受けた。

矢田部良吉:1877年(明治10年)8月、東京大学理学部教授となる。トガクシソウ(破門草事件)で有名。キレンゲショウマなどを記載。1891年(明治24年)3月、教授職を非職となる
伊藤篤太郎:1865-1941、は、本草学者で東京大学教授の伊藤圭介(1803-1901:1881年から東大の教授)の孫である。Ranzaniaを記載した(1888)。
大久保三郎:東京大学御用掛、小石川植物園の植物取調に任じられた。1883年(明治16年)助教授に昇進し、矢田部良吉を補佐した。
松村任三: 小石川植物園の初代園長(1877年)

→1893年に松村仁三が、牧野富太郎を植物園の助手として採用(ヤマトグサ(1889)、ムジナモ(1890)、コオロギラン(1890-1891)の報告の後になります)
 矢田部良吉は、すでに非職(今でいう、休職扱いのようなものか?)。
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●劇中の名称と、実際の名称

●実際の名称        → ★テレビでの名称

●岸屋(後に司牡丹に譲渡される)        → ★峰屋
●牧野富太郎        → ★槙野万太郎(神木隆之介)
●矢田部良吉:東大植物学教室の教授 (1877-1891) → ★田邊彰久(要潤):教授  
●大久保三郎:東大植物学教室の助教授(1883-1895) → ★大窪徳三郎(今野浩喜):講師
●松村任三:→小石川植物園の初代園長(1897-1922) → ★徳永政市(田中哲司):助教授
植物園には1877年から(矢田部良吉の助手として)

●染谷徳五郎:東大植物学教室の学生        → ★波多野 泰久(前原 滉):2年生
●池野成一郎:東大植物学教室の学生        → ★波多野 泰久(前原 滉):2年生(多分、2人のキャラを合わせた登場人物か?)
  (1896年にソテツの精子を発見)
       (同年に平瀬作五郎がイチョウの精子を発見:植物園の画工)
●田中延次郎(旧姓:市川):1889年に卒業。 → ★藤丸次郎(前原瑞樹): 2年生       
       日本における最初の近代菌類学書、『日本菌類図説』を執筆した。
●白井光太郎:BMT・創刊号では「苔癬発生実験記」 → ★細田晃助(渋谷謙人): 4年生
●平瀬作五郎;画工(1896年にイチョウの精子発見) → ★野宮朔太郎(亀田佳明) :画工


●モデルが不明
→ 飯島悟(高橋里央) :3年生
→ 柴豊隆(岸野健太) :3年生
→ 山根宏則(井上想良) :2年生
→ 澤口晋介(犬飼直紀) :2年生


***********●以下は、藤井の勝手な想像です●****************************
当時の学生として、松田定久が在籍していた。
卒業後、当時、大阪の第二尋常中学校(現在の大阪府立三国丘高校)の教頭となっている(1895年)。
1896年に、高知県名野川で、ハイノキの標本を採集している。ラベルの読み間違いにより、大阪(和泉地方)の記録となっていた。
藤井俊夫。2014.大阪府にハイノキは産しない。近畿植物同好会々誌。37:30-33。
正しくは、以下。
ハイノキ:松田定久。1896.May.07.高知県吾川郡名野川村から泉。
当時の標本記録から、名野川村の小学校の先生であった渡辺協(ワタナベソウの発見者)、伊藤篤太郎(Ranzaniaを記載)とともに、鳥形山から名野川周辺で植物採集をしていたと考えるのが自然である。
●渡邉協について:高知県 仁淀川町観光協会
仁淀川町は牧野富太郎博士の裏庭 ~名野川村の小学校教師が発見したワタナベソウ~
https://www.niyodogawa.tv/news/news-15464/

★上記で、「モデルの人物が不明な」登場人物のいずれかは、「松田定久」をモデルにしたのかも知れない。

★対応関係が間違っているかも(TVドラマは、新しく作った架空のオリジナル・ストーリーです)


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●放送週ごとのテーマ
【連続テレビ小説】らんまん 第01週「バイカオウレン」日本固有種。牧野がこよなく愛したとされ、高知の牧野植物園のロゴにもなっている。
【連続テレビ小説】らんまん 第02週「キンセイラン」牧野が命名。B.M.T.13: 128 (1899)
【連続テレビ小説】らんまん 第03週「ジョウロウホトトギス」マキシモヴィッチが命名。Bull. Acad. Imp. Sci. Saint-Petersbourg 32: 625 (1888)
【連続テレビ小説】らんまん 第04週「ササユリ」葉の縁が白くなる「フクリンササユリ」を記載発表する。
【連続テレビ小説】らんまん 第05週「キツネノカミソリ」オオキツネノカミソリを命名。Makino in Makinoa no. 9: 176 (1948), nom. nud., pro syn.
【連続テレビ小説】らんまん 第06週「ドクダミ」臭い成分はラウリン酸アルデヒドなど。熱を加えると、匂いは消える。
【連続テレビ小説】らんまん 第07週「ボタン」牧野著「植物知識」に解説が載っている。
【連続テレビ小説】らんまん 第08週「シロツメクサ」漢字表記は「白詰草」。言い伝えによると四つ葉のクローバーは幸運をもたらすが、このような考え方がいつ・どのように始まったかは明らかでない。
【連続テレビ小説】らんまん 第09週「ヒルムシロ」植物学雑誌の第1巻1号に牧野が論文を投稿している。1887 年。JJB: 1( 1): 2-8.
【連続テレビ小説】らんまん 第10週「ノアザミ」ノアザミの花言葉は、「触れないで」「独立」「素直になれない恋」「私をもっと知ってください」。高知市に薊野(あぞうの)という地名がある。
【連続テレビ小説】らんまん 第11週「ユウガオ」ヒョウタンの仲間、カンピョウの園芸品種。夕方から開花するので、日中の撮影には日長処理をした人工環境での栽培が必要。
【連続テレビ小説】らんまん 第12週「マルバマンネングサ」。牧野がマキシモビッチに送り、命名された。Bull. Acad. Imp. Sci. Saint-Petersbourg 32: 487 (1888)
【連続テレビ小説】らんまん 第13週「ヤマザクラ」日本植物志図篇に、精緻な線画が載せられている。牧野富太郎。1888-1891.日本植物志図篇。敬業社。東京。
【連続テレビ小説】らんまん 第14週「ホウライシダ」1892年、安芸市内の穴内、伊尾木洞などで採集している。
【連続テレビ小説】らんまん 第15週「ヤマトグサ」牧野が大久保と共著で(日本人だけで)、記載発表した記念すべき植物。in Makino in B.M.T. 3:5(1889, njn)
【連続テレビ小説】らんまん 第16週「コオロギラン」牧野が彩色画をマキシモビッチに送り、同定を依頼した。B.M.T. 4:197(1890), n.n.
【連続テレビ小説】らんまん 第17週「ムジナモ」牧野が精密な線画を描き、世界の植物研究者を驚かせた。Makino in B.M.T. 4:235 & 425 (1890, ntj, njn)
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●上記の植物で、襲速紀要素(ソハヤキ要素)と考えられる植物
ジョウロウホトトギス、コオロギラン:牧野が新種として記載した植物に、ソハヤキ要素の植物が含まれてい居ることも、特筆すべきと思います。
(当時、東大の植物研究者は、四国・九州の植物を見る機会が少ないと考えられます)

●襲速紀要素の文献
行本では、少し古いが、
前川文夫。1977.日本の植物区系。玉川大学出版部があります。
Amazonで、500円程度(中古)

●日本の固有植物についての概説
国立科学博物館(編)。2011.国立科学博物館叢書⑪「日本の固有植物」。東海大学出版会。3800円。

●襲速紀要素:前原勘次郎「南肥植物誌」(1931)の前書きで、京都大学教授:小泉源一が使った言葉。
明確に定義されていないため、様々な解釈がなされています。
上記「日本の植物区系」で、定義づけられたと考えています。

●ソハヤキ型分布をする植物は、中国大陸の温帯域(雲南省周辺)を起源とする植物が多い。
堀田「植物の分布と分化」p276-p27を参照。絶版。
堀田満。1974.植物の進化生物学III.植物の分布と分化。三省堂。4600円。(絶版)
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●小石川植物園で活躍した研究者:牧野富太郎
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/gallery/exhibits/bg001.html

●矢田部良吉デジタルアーカイブ
https://dex.kahaku.go.jp/yatabe

●矢田部良吉年譜稿
太田由佳・有賀暢迪.2016.矢田部良吉年譜稿。Bull. Nat. Mus. Nat. Sci., Ser. E, 39, pp. 27–58。
https://www.kahaku.go.jp/research/publication/sci_engineer/download/39/L_BNMNS_E39_27.pdf

大久保三郎・松村任三・染谷徳五郎・池野成一郎・田中延二郎・白井光太郎・平瀬作五郎は、Wikipediaを参照。

★大場秀章。2009.牧野富太郎伝に向けた覚書き。分類。9(1):3-10.
日本植物分類学会 第7回 東京大会 公開シンポジウム講演記録「牧野 富太郎 博士の植物研究とその継承 」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/bunrui/9/1/9_KJ00005379905/_pdf/-char/ja

★増田芳雄。1996.日本における植物学の曙。人間環境科学。5:33-83。
file:///C:/Users/fujii/Downloads/KJ00000196022.pdf

東大植物学と植物画――牧野富太郎と山田壽雄
https://www.um.u-tokyo.ac.jp/web_museum/ouroboros/v24n3/v24n3_kurata.html

常設展:時を越える自然の証人 -東京大学収蔵・植物標本-
https://www.um.u-tokyo.ac.jp/web_museum/ouroboros/v13n1/v13n1_ikeda.html
牧野採集のムジナモ標本画像がある。

大場秀章(編)1996.日本植物研究の歴史:小石川植物園300年の歩み。
http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DKankoub/Publish_db/1996Koishikawa300/index.html
付録:明治十四年小石川植物園日誌。
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●牧野富太郎が収集した植物関連書籍(6万点ともいわれる)
高知県立牧野植物園:牧野文庫
https://www.makino.or.jp/fixed/?page_key=science-facility
当時、高価な外国の洋書を個人でこれだけそろえるのは相当な金額になったものと考えられます。
(大学の図書室でも、これだけの予算が工面できないのでは?)
牧野が生涯に集めた植物標本は、40万点と言われています。
これら(書籍:6万点、植物標本40万点)を保存する倉庫も必要になるだろうし、個人での維持管理費用も大変なものだったと考えられます。


ダウンロード●2014大阪府にハイノキは産しない ( .pdf / 326.6KB )
ダウンロードコオロギラン ( .pdf / 211.1KB )


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