特別快速「せんり2号」関西大学鉄道研究会OB会掲示板


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阪堺電気軌道 モ161形の記録
keihan3505 投稿日:2022年05月13日 19:18 No.14
管理人様、新たに掲示板を立ち上げて下さりありがとうございます。
可能な限り、活動報告をさせていただきます。

GW最終日の5月5日。阪堺のホームページにて「モ161形」4両全てが定期運用に入るということで、出撃してきました。予想通り、住吉大社付近は多数の同業者の方で賑わっていました。私もその中に混ざりました。2時間だけの参戦のため、多くの場所で記録はできませんでしたが、まずまずの撮れ高でした。


快速つくばね 投稿日:2022年05月15日 15:47 No.15
keihan3505 様

 投稿有難うございます。
 本日で沖縄が日本に復帰してから50年になります。沖縄には出張、観光で何回も訪問しましたが、沖縄に滞在中に時間があると廃線跡を訪ねていました。
 現在はモノレール以外の鉄道がない沖縄ですが、戦前は沖縄県営鉄道を始め、沖縄電気軌道、沖縄軌道、糸満馬車軌道と、各種の鉄道が走っていました。沖縄県営鉄道は、軌間762mmの非電化路線で与那原線(那覇-与那原間9.4km)、海陸連絡線(那覇-桟橋荷扱所間1.0km ※貨物線)、嘉手納線(古波蔵-嘉手納間22.4km)、糸満線(国場-糸満 15.0km)の4線があり、地元では「ケービン」と呼ばれ親しまれていましたが、第二次世界大戦で壊滅的な打撃を受け、戦後復興することもなく消えてしまいました。今は一部の路線跡や橋脚が残っているほか、与那原線の壺川(チブガー)東公園には、公園整備時に発掘されたレールが少し曲がった状態で展示されています。また与那原町は2014年4月に軽便鉄道開業100周年を記念して戦後、与那原町役場やJAおきなわ与那原支店として使用されていた与那原駅舎を復元させました。
 今回の阪堺電気軌道の投稿で沖縄電気軌道のことを思い出しました。この会社は、電力会社である沖縄電気の子会社として設立され、沖縄県南部(通堂-首里間)を単線1067mmの軌間で6.9kmを結ぶ路面電車路線でした。沖縄県で初の電化路線であり、当初見込み並みの輸送人員を確保し安定した経営を続けていましたが、1929年1月に並行するバス路線が開設されると輸送人員は急速に減少し、1931年には車両を増備して増発を行うなど積極的な対抗策がとられたものの減少に歯止めがかからず、1933年8月12日に全線が廃止されました。バスによる路面電車の廃止は本土に先駆けたことになります。車両は、独自に発注製造した沖縄電気軌道10型電車(梅鉢鉄工所、1912年4月製造)が使われたほか、増発用に京阪電鉄和歌山市内線で使われた中古電車も使用されました。廃線跡としては観音堂下の沖縄都ホテル(現 ノボテル沖縄那覇)の東側に橋脚の土台であるコンクリートが残っています。
 沖縄県振興策の一環として那覇市と名護市を約1時間で結ぶ鉄道を建設する計画があり、2020年の着工を目指して検討が進められていましたが、普天間飛行場の辺野古移転の交換条件のように位置付けられ、現時点では予定通り進んでいません。この「沖縄鉄軌道」は、那覇、浦添、宜野湾、北谷、沖縄、うるま、恩納、名護の8市町村を経由する基本ルートとその他3支線からなりますが、早く完成させJR沖縄(?)の路線に乗ってみたいと思っています。




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