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投稿者:はっちん
新型コロナのエビデンス 元記事URL⇒ https://okada-masahiko.sakura.ne.jp/ 岡田正彦 新潟大学名誉教授(医学博士)  テレビでは語られない世界の最新情報を独自に分析  正しい情報を偏りなく 今週の新情報 (2023.7.17) Q ウイルス感染症の流行を予知できる意外な方法? A すでに遠い記憶となりつつありますが、国内で最初の新型コロナウイルス感染症例が認められたのが2020年1月24日で、4月7日には1日の新規感染者数が365人となり、7都道府県に初の緊急事態宣言が出されていました。その少し前の3月、オーストリア・チロル地方の人気スキー場で、観光客・スキーヤー6,000人以上がコロナに集団感染し、欧州各地にウイルスを拡散させるきっかけになったという事件?がありました(文献1)。 そのとき、人知れず、ある重要な調査が行われていました。ヒトに感染したウイルスは、尿や便、唾液などと共に体外に排出されます。そこに含まれるウイルスは、やがて生活排水として、下水道を流れていくことになります。オーストリアの研究者と行政担当者は、下水道を流れる排水を定期的に採取し、新型コロナウイルスの有無をモニタリングすることにしたのです。 目的は、大規模な集団感染があったあと、再流行があるのか、あるいはウイルスに変異が起こっていないかどうかを監視することでした。 チロル地方のスキー場で集団感染が起こったころは、世界的に検査体制がまだ不十分で、感染者数の正確な把握もできていませんでした。しかし同年の3月、すでにオーストリア全体で第1波がかなりの規模で起こっていたことが、排水モニタリングで確認できていたと報告しています(文献2)。 実は、このような方法は数十年前から知られていて、たとえばオランダでは、下水道を流れる各種ウイルスを監視するシステムを、昔から国全体で構築していました。注目すべきは、新型コロナウイルスの検査体制が世界的に確立され、新規感染者数の把握も正確になって以降、排水モニタリングで得られたウイルス量の消長パターンが、実測値とぴたり一致していたことです。 次のグラフ(画像⇒ https://okada-masahiko.sakura.ne.jp/wastewater.jpg )は、文献2を参考に私が描いたイメージ・イラストです。グレーの棒グラフはPCRで確認された新規感染者数で、赤い折れ線が排水モニタリングで得られたデータを模しています。 ただし問題もあります。mRNAは非常に壊れやすいため分析が難しいことに加えて、生活排水を処理する仕組みが地域によって異なっていて、必ずしも実態を正確に表していないかもしれないことです。少なくとも、「排水をくみ上げて検査試薬加えるだけ」で済むような簡単な話ではないということです。 欧州の取り組みに少し遅れて、排水のモニタリングに取り組んでいるのが米国です(文献3)。2020年にシステムの構築を開始し、いまでは全米総人口の40パーセントに相当する生活排水をカバーしています。また、米国内に到着する国際線航空機のトイレ排水を調べることで、水際対策に応用できないかという検討も行われています。 デズニ―ランド・ワールド・リゾートで有名な米国フロリダ州オレンジ郡では、ヒトでオミクロン株が診断されよりも前に、排水モニタリングで存在が確認されていた、とも報告されています。 気になるのは、生活排水に含まれるウイルスに、感染性はないのかということです。この点についても、すでに詳細な検討がなされていて、新型コロナウイルスの場合、条件によって数日間は生きている(感染性がある)ことがわかっています(文献4)。しかし排水処理の方式が確立している日本国内で、そこから感染が起こることは考えにくく、事例の報告もありません。 このたびのコロナ禍で人類が得た教訓は、事件が起こってから慌ててワクチンや薬を創っても、安全性の確認がとれず、むしろ禍を拡大してしまうだけ、というものでした。 この先も、人類は微生物の脅威にさらされ続けていくため、先手必勝の要となる排水モニタリングの仕組みを、国内でも早急に整備していく必要があるでしょう。一部の地域で試みも始まっているようですが、多額の費用と人手を要することから、国を挙げての取り組みが望まれます。 【参考文献】 1) Hruby D, How an Austrian ski resort helped coronavirus spread across Europe. CNN, Mar 24, 2020. 2) Vogel G, Signals from the Sewer, measuring virus levels in wastewater can help track the pandemic. but how useful is that? Science, Mar 11, 2022. 3) Anthes E, As Covid emergency ends, surveillance shifts to the sewers. New York Times, May 11, 2023. 4) Bogler A, et al., Rethinking wastewater risks and monitoring in light of the COVID-19 pandemic. Nat Sustain 3: 981-990, 2020.        
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