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フリチョフ・ナンセン
雪谷旅人
投稿日:2024年02月20日 15:45
No.2139
新垣修著「フリチョフ・ナンセン 極北探検家から『難民の父』へ」
(太郎次郎エディタス,2022年12月刊)
フリチョフ・ナンセンの伝記。ナンセンは極点に到達すべく計画を練る。北極の氷群の圧力に耐える頑丈な船の設計だ。いろいろな工夫しなければならないが、彼のアイディアは抜群だった。氷群に挟まれたとき,スクリューなどを船内に収め,船が圧力でせりあがる構造とした。フラム号と名付けたこの船は,乗組員全員を無事帰還させる,驚異の船だった。漂流しても海流でいつか外洋に出るという信念が正しかった。今でもオスロの博物館に展示されているという。アムンゼンはこの船を南極探検に使った。
ナンセンは動物学者として,その後の人生を過ごしたかった。しかし有名で調整能力に優れている彼をノルウェー政府が見逃さず国際連盟大使に任命する。その後ロシア=ソ連で飢餓が発生したとき,45万人もの捕虜の救出に尽力する。欧米政府はソ連の共産主義化を恐れて資金を出さない中,民間の慈善団体を組織し,救出に成功する。しかし無国籍者など,いわゆる難民を受け入れる国はなく,すでに還暦を迎えたナンセンはその調整のため「難民高等弁務官」に任命される。その後も多くの難民を救った。その一つが「ナンセン・パスポート」だ。無国籍の人が人格を認められる仕組みが広がった,彼の人生は「前へ」で決して休むことはなかった。ノーベル平和賞を受賞したあとも,たゆまず尽力した。業績だけでなく,思想に触れる優れた伝記だ。「決してあきらめない」という勇気を与えられる。