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さっぽろ雪まつり
北上尊司 投稿日:2024年02月06日 15:41 No.1155

 本日、3か月に1度の歯のクリーニングに行く途中で、「さっぽろ雪まつり」が開かれている大通り公園とススキノ会場へ行って来ました。
 午前中でしたが青空が見え良い天気でした。
 会場は4年ぶりの全面開催とあって、大勢の外国人観光客が来ていてとても賑やかに感じましたね。(スナップ写真添付します)
 俊ちゃん、志賀高原のスキーはいかがでしたか?
 放研スキー部で訪れた志賀高原懐かしいですね。
 私にとって初めて滑る本州のスキー場だったので、とても興奮していたのを思い出します。
 伊藤先輩が濃霧の中に消えてしまったのも懐かしい思い出ですね。
 昨シーズンはスキーを滑ると直ぐ太ももに疲労を感じ、スロープの途中で何度か休み休みの状態でした。
 今年は大丈夫かなと今の所不安を感じていますが、、、、。
 これまでの下半身の鍛錬を糧に挑戦したいと思っているところです(笑)。
 所で、志村兄の返信に、「春歌」とありました。
 ちゃんと名前が付けられていたと知り、勉強になりました。
 不勉強な私は昔男同士が座興で唄っていたことから「ざれ唄」としました。
 まさか「エロ唄」とは言えませんでしたね。
 「春歌」いいですね!
 そう言えば、絵の方では「春画」とも言いますもね!
 研究発表待っています!


スキー 髙橋俊次 投稿日:2024年02月06日 18:28 No.1156
志賀高原スキーレポート

今日志賀高原スキー2日目です、と言っても昨日初日は
移動日でスキーはなしでした。雪予報でしたが、雪は止み
時々晴れのまあまあの天気でした。
一年ぶりでしたが、恐る恐るやりましたが、ランチ終了の
午後1時すぎまではがんばれましたが、以降は北上兄と同様
太ももがヘロヘロとなり、3時過ぎ「勇気ある決断」をみんなに
伝えたところ賛同してくれ、バスでのホテル帰りとなりました。
仲間には迷惑をかけましたが、明日頑張ろうとなりました。
と言ってもヘロヘロなのでどうなりますか。
志賀高原のような広大なスキー場は移動が難しく大変です。
ホテルでのショットと焼額山スキー場の写真載せます。
北上兄、太ももの辛さ、今回よく分かりました。
このスキー終了後、スキー人生の幕を閉じるかどうか
しっかり考えます。夕食前のホテルから。俊


志村弘昭 投稿日:2024年02月07日 10:26 No.1158
北上兄、高橋兄、それぞれ雪の生活を自分の一部にどうどうと
取り入れている、見事なものです。

羨ましさと年齢を意識していない生活態度に敬意を感じる次第です。

僕は今日一日、ベッドの中で女房に悪態をいいながら、時折、正常に戻り
スマンスマンと言いながら詩のネタを考え、行き詰まると詩の相棒に
ラインを入れていました。

時折、情けなさを感じる今日この頃ですが、そもそも春歌をやり出した
はじめは、大学へ入った当時、ワンゲル部に一時席をおいた時期があり、
その頃ですね。 当時は確かに、ザレ歌といっていました。

ブラック企業に勤めていたころは随分指導し楽しんでいたものです。

しかし始めはわらべ唄、数え唄に興味を持ち、次第に春歌に移っていったのが事実です。

今や全国の春歌、変え唄、伝統的なわらべ唄を調べています。

この調べ事を時折、女性達の中で組み入れ話題にいれるともてますよ~、、、、、、


スキー 髙橋俊次 投稿日:2024年02月07日 18:07 No.1159
志賀高原スキーレポート(2)

ツアー3日目、晴天時々曇りの空模様。ゴンドラを乗り継いで
東館山山頂へ。放研スキーの時はここでみんなで記念撮影しました。
特別に軽い雪に導かれて寺小屋スキーコースへ。ルンルンで滑るうち
太ももがジワジワ、休憩を要求。レストハウスで休んだあと、東館山
林間コースへ、長い長い林の中の別世界コース。ルンルンで広大な
緩斜面ブナ平斜面へ。ここではある思いを込めて、思い切り飛ばし
滑りを終了。ランチ後、仲間と別れ宿へ戻りました。
夕方、軽い怪我人が出たこともあり、話し合いの末、最終日の明日は
スキーはやめ名古屋に戻ることにしました。
「ある思い」はまた項を改め、名古屋に戻ってから書きたいと思います。
写真は東館山山頂、寺小屋スキー場です。
志賀高原レポートは以上です。これから夕食です。俊




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