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木製注意札 江戸ワード 投稿日: 2020年06月21日 04:40:53 No.4343 【返信】

以前紹介したかも知れませんが・・・
北鎌倉と鎌倉間を散策中に遭遇した木製品販売店の店頭に展示の注意札です。





東京都庭園美術館 tabi 投稿日: 2020年06月20日 20:26:17 No.4342 【返信】

庭園及び邸内の撮影は出来ますが、企画展の「建築をみる2020 東京モダン生活ライフ 東京都コレクションにみる1930年代」は撮影禁止です。
朝香宮邸が生まれた時代、モダンライフは始まった―――
本展は、1933年に竣工した朝香宮邸(現・東京都庭園美術館本館)の魅力を紹介する、年に一度の建物公開展です。

これまで当館では、建物の歴史や室内のディティール、建設に関わった人びと、修復内容など、毎年異なるテーマを設けつつ、多様な角度から建物公開展に取り組んでまいりました。
2020年の開催となる今回は、この邸宅建築が生まれた時代・都市である、1930年代の東京に焦点を当てます。

詳しい説明とその他の写真26枚は↓をご参照ください。
https://ameblo.jp/tabicom/entry-12605615760.html





箱根巡りシリーズ 箱根二日目 箱根関所 大番所休憩所 tabi 投稿日: 2020年06月19日 20:16:33 No.4341 【返信】

湯殿。入浴するための部屋。現在ではあまり用いられない。
台所。屋内において調理を行うために設けられた場所である。流し台、作業台、収納場所と作業空間から構成される。

番士。武家時代、殿中その他諸所の警備にあたった武士。
中間(ちゅうげん)。武士の最下級で、侍の下、小者 (こもの) の上に位した。
下番(かばん)。箱根関所の小使。番士が人選して雇い入れ、若干の給金を与えた。

詳しい説明とその他の写真17枚は↓をご参照ください。
https://ameblo.jp/tabicom/entry-12605353763.html





冷や麦と蛍袋 tabi 投稿日: 2020年06月18日 20:15:37 No.4340 【返信】

行き付けの日本蕎麦屋の一輪差しに紫の蛍袋が。ホタルブクロ(蛍袋)とは、キキョウ科の多年草。初夏に大きな釣り鐘状の花を咲かせる。別名「チョウチンバナ、トッカンバナ」開けたやや乾燥した草原や道ばたなどによく見られる草本で、全体に毛が生えている。

ひやむぎ(冷や麦、冷麦)
小麦粉から作った麺の一種である。日本で食され、主に乾麺で流通する。
冷やして食することが多く、清涼感を求めて夏の麺料理として一般的である。「冷麦」の語の由来はうどんの旧称「熱麦」に対する語であるとされる。ひやむぎはそうめんと違い、西日本一帯では知名度が低いとも言われている。

詳しい説明とその他の写真16枚は↓をご参照ください。
https://ameblo.jp/tabicom/entry-12605113817.html





箱根巡りシリーズ 箱根二日目 箱根関所 遠遠見番所其の2 tabi 投稿日: 2020年06月18日 06:30:21 No.4339 【返信】

足軽
平安時代から江戸時代の日本に存在した歩兵の一種。戦国時代
足軽は戦闘の主役ではなかったが、戦国時代を迎え集団戦が本格化・大規模化していくと、訓練された長槍・弓・鉄砲の足軽隊が組織され備の主要な部隊として活躍するようになる。
足軽の兵力が戦を大きく分けると言われるまでとなった。

戦国時代後期には地位も向上して足軽大将の家禄は、200石から500石程度で中級の武士として認められる存在になった。
兵卒の身分は依然として武士と農民の間に位置して低かったが、功を認められれば侍や特異な例ではあるが豊臣秀吉のように大名にまで出世する者もあった。

詳しい説明とその他の写真25枚は↓をご参照ください。
https://ameblo.jp/tabicom/entry-12604862628.html





箱根巡りシリーズ 箱根二日目 箱根関所 遠見番所 tabi 投稿日: 2020年06月17日 06:41:17 No.4338 【返信】

遠見の番人の詰め所。
江戸時代、幕府や諸藩が異国船渡来の監視や海岸防備のために設けた番所。
遠見番所は、足軽番所のある場所から20mほど高いところにあります。発掘調査では、絵図に描かれる通りの場所に、遠見番所の礎石と山を登る石段が発見されました。

この建物は2階建てで、平面積は約6m2と小さいものですが、高さは約4.5mあります。内部は、1階は土間で、2階は畳敷きの部屋となっています。
当時、ここには足軽が詰めており、四方の大きな窓から街道や芦ノ湖を見張っていました。ここで拍子木を打って、下の大番所や足軽番所に急を知らせたようです。

詳しい説明とその他の写真25枚は↓をご参照ください。
https://ameblo.jp/tabicom/entry-12604693475.html





箱根巡りシリーズ 箱根二日目 箱根関所 tabi 投稿日: 2020年06月16日 06:11:46 No.4337 【返信】

足軽番所
昼間は足軽が控えていたり、夜は足軽が寝ていた場所です。
建物内には足軽のための部屋や休息所、不審な武士などを留め置く「揚屋(あがりや)」、関所破りをした罪人などを一時的に拘置する獄屋(牢屋)などがあります。

戦国時代後期には地位も向上して足軽大将の家禄は、200石から500石程度で中級の武士として認められる存在になった。
兵卒の身分は依然として武士と農民の間に位置して低かったが、功を認められれば侍や特異な例ではあるが豊臣秀吉のように大名にまで出世する者もあった。

詳しい説明とその他の写真16枚は↓をご参照ください。
https://ameblo.jp/tabicom/entry-12604489277.html





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