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哀しい出立  2

1: KZ:2022/09/15 20:37 No.94
 (承前)

うちの母親は満97歳で亡くなりました。半年前くらいまでは なんとか自宅で暮らせたのですが 流石に足腰がすっかり衰えて施設に入り 間もなく内臓が弱って入院となり その病院で人生を終えました。幸い身体は弱っても意識は最後までしっかりして 亡くなる前日まで私は母ときちんと話すことができました。

亡くなる数週間前のこと いつものように午後の3時過ぎに私は母の病院を訪れました。途中 廊下に面した待合室に 女性が一人ハンカチを手に座っていました。久しぶりの三女だと すぐに分かりました。今日は来てくれたんだなと 少し嬉しくなって私も静かな待合室に入りました。けれども…見るとハンカチで押さえた姉の両目は赤く染まり鼻は濡れ 涙は未だ大きな目の周りに溢れているのでした。
何も聞かなくても 二人は二人だけのお別れを今日したのだなと私には分かりました。「ありがとう ひとまず顔を見てきます」と告げて そのまま私は病室に向かいました。
母は詫びたに違いない 私にはすぐにわかりました。それ以外 気丈な三女が人目も憚らず泣くことなどあり得ない。また 私の知る限り この姉を一人養女に出したことについて 母はこれまで一切言い訳めいたことを 誰にも言ったことがなかったからです。姉の涙は 最後に恩讐を越えて その詫びを受け入れてくれたからだろうと 私は思うしかありませんでした。母の残りの日が もうごく少ないことは そばで話せば誰にも感じられることでした。

私は知らぬ顔で いつものようにベッドの母と雑談を交わし それからしばらくして待合室の姉に もう一度病室で話でもと声をかけました。もう普段の顔に戻っていた姉は そうねと軽く頷いて われわれは肩を並べ 小さくなった母の待つベッドへ帰ったのでした。

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