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茶の間のおこた  極上の時

1: KZ:2022/09/06 23:54 No.78
今週の『ポツンと一軒家』(テレ朝)は 茨城の山奥に住む老夫婦のお宅だった。築二百年を越えるという茅葺き屋根の居間には かつての囲炉裏を利用した炬燵があり、冬場そこでは自家製の楢材の炭がふんだんに使われるということだった。昔の人は炭の炬燵は腰から背中まで暖まると言った、その通りだと84歳のご主人が述懐していた。自分で拵えた炭窯で 黒炭を焼き上げて使うのだから 本当の本物なのだ。

聞いていて 幼い日の 我が極上の寝床を思い出した。まさしく 我が生涯最上の寝所だった。
8畳の茶の間に 畳半畳分の掘り炬燵が切られていた。夕方になると たっぷりの灰の上に熾った炭が盛られ 火傷防止用の金網がすっぽりと被される。四角い櫓と厚手のこたつ布団、その上に使い込まれた天板がどっしりと置かれる。おやつも食事も、漫画を読むのも宿題も 全てそこでした。未だ石油ストーブは無かった。茶の間には火鉢も置かなかったから 暖房はその炬燵が唯一 そして絶対。
寝るときも 頼みはそのおこただった。正方形の櫓の 各一辺に一人ずつ。最大四人分の布団が長く敷かれ それぞれが 足元からじんわりと昇って来る太い暖気に心地よい眠りを委ねることができた。
小学校の低学年、七、八歳くらいまで、私のお気に入りは その炬燵と廊下側の障子に挟まれた狭い一辺だった。そこだけは寸が足りなくて布団を直角には伸べられないので、炬燵と平行に設えるしかない。伸びた足が自然に炬燵には入らないのだが、その代わり右足から右の腰の辺りまでずっと 大きな暖気が柔らかく身体を包んでくれる。それは本当に 極楽のような安らぎだった。昼間どんなに心配事だとか嫌なことがあっても、我が布団に潜り込み その先の赤外線の大きな温みに触れるなら… 後はもう全てオーケーだった。左手の古い障子の向こうは暗い廊下、そしてカーテンの引かれた硝子戸の向こうには 固く霜の降りた庭に凍りつくような木枯らしが吹き抜けている。
けれども… 炬燵の温みに包まれた我が城の内側は 正反対の安らぎに満たされていた。
その極上を味わう時間は けれども そう長くは続かなかった。全身が柔らかく緩み やがて芯まで和らぎ、小さな眠りの鼻先がすぐにやって来た。

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