ウィング みんなのつぶやき


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王子のつぶやき その12 『どこ』を走るか 王子 投稿日: 2019年04月27日 15:38:12 No.262 【返信】

今朝方、jogしながらウィングに加入した10数年前を思い出していました。

当時真っ先に思ったのは「皆さん、なんでロードばかり走っているのだろう…」でした。学生時代、トラックを専門にしていた人間からすると別世界に来た感覚だったのを今でも鮮明に覚えています。

学生時代から僕の考えは①ロード(アスファルト)は週1回程度とする事②ロードばかり走っていると地面からの反発が得られ走りやすい分脚筋力が落ちる③足への負担はロード>タータン>アンツーカー(土)>芝生④ロードばかり走っていると故障する、筋肉が硬くなる…等等「アスファルト=悪」という認識でした。走り方自体も中距離専門でしたからモロに衝撃を受ける走りだった事もその考えに至った理由と言えるでしょう。

ウィングに加入すると、基本クラブの練習会はアスファルト。LSD、インターバル…全てアスファルトの上。当時「アスファルトの上ばかり走って故障の心配なんか無いのかなぁ」と思った記憶があります。

しかしながら、よくよく考えてみるとアスファルト以外の練習場所を探す方が難しい。今の日本は何処も舗装されてしまっていますしね…いつしか僕自身もアスファルトの上を走る事に抵抗感が無くなってしまいました(苦笑)

ただ、考え方の根底には「極力アスファルトを避けたい」というのがありまして、僕がコソ練する時は大概ロード以外を組み込んでいます。
例えば『柏の葉公園』『増尾城址公園』『中原ふれあい防災公園』はオリジナルのクロカンコース(1周500〜600m)作ったりして足を作ります。

またロードを走る時は厚めのソールのシューズを履く、これは言わずもがなですね。マラソン日本記録保持者の大迫選手も基本はトラックと芝生で練習をし、ロード走の時はNIKEペガサスを履いていると聞きます。やはり気を使ってますよね。

僕からお伝え出来る事は
「走る環境、練習メニューによってシューズを変える」
「アスファルトから受ける衝撃を甘く見ない」
という事です。

29日は検見川クロカン。一面芝生の環境の中、足に優しく脚筋力をつける良い機会です。ご参加される皆さんは存分に楽しみましょう♪

以上


追伸
ロンドンの川田さん、まつさん、服部さん、そして今回の富士五湖組の完走記、走っていない僕がレースをイメージ出来て本当に良いですねー(^^)楽しく読ませて頂きました!皆さんありがとうございます。引き続きのご投稿宜しくお願い致します。





初ウルトラでした。 松永 投稿日: 2019年04月23日 22:55:48 No.261 【返信】

富士五湖ウルトラマラソン走ってきました。

思い返せば、年末のウィング内でのウルトラマラソンへのムーブメントに乗る形でエントリーしました。当日までフルマラソンを越える距離を走ったことはなく、ずっと不安なまま当日を迎えることになりました。
通常より多少多めに走ったのと、3月の佐倉マラソンでは、当日を想定して、余裕を持ってフルを走ることができたので、まぁ、なんとかなるかなって漠然と感じはありましたが。。

当日は、金屋さんの車で温泉経由で現地入り。
金屋さん、ありがとうございました。クラウンの乗り心地良かったです。

小松荘では、14名もいましたので、さながら林間学校のようでした。皆さんニコニコしていらっしゃいましたが、次の日に向けて秘めたる闘志を感じました。
自分自身は不安でいっぱいでしたが・・・

さて、当日ですが、天気も良く絶好の大会日和。
ひさしぶりに、ドキドキしながらのスタート待ち。

先輩の方々から、アドバイスをいただき、以下の方針で臨むこととしました。
・きつい上りの坂道はは歩く。
・エイドでは止まらない。
・気持ちよく走れるペースで走る。

いざ、スタート!
最初の頃は、気持ちよく走れました。
スマホを持っていましたので、途中で写真撮ったりもして景色を堪能して、このまま最後まで楽々とゴールしてしまいそうなんて思ったりもしながら・・・

そんな状態も30キロくらいまで。
その後、徐々に足が重くなり、方針変更
・ゆるくても坂は歩く。
・エイドでは止まっていい。
・それ以外は遅くても止まらない。

50キロを超えてからは、エイドとエイドの間がとにかく長かったです。
もうこの段階では、景色を楽しむ余裕は全くなく、ひたすら前に行くのみ。
富士山を正面に走るところは、必ず上り坂。当たり前なんですけどね。
全く見る余裕なし。あんなに大きいのに。

最後のエイドからゴールまで5キロ、内3キロ以上登り坂。
登り坂は、ほとんど歩いちゃいました。
ウィングのみなさんに迎えていただき、そのままゴール。
達成感に包まれて無事終えることができました。

走っている間に何度も何度も、藤崎さん、千枝さん、真里さん、熊野さんに応援を頂き、折れそうになった気持ちを何度も立て直してもらいました。
本当にありがとうございました。
ウィングに入って3年になりますが、改めてウィングに入ってよかったなって思ってます。

皆さま、今後ともよろしくお願いします。

大会の翌日は、予想通りに筋肉痛になってしまいましたが、菱田さんは何事もなかったかのように動いていたのは驚きました。

今回は71キロでしたが、次は100キロにチャレンジしてみたいと思います。
プラス30キロできるのかな??
早くも不安で一杯です。

長文、失礼しました。





富士五湖から帰ってきました。 トシ 投稿日: 2019年04月22日 06:22:42 No.260 【返信】

完走した方、おめでとうございます。
リタイヤした方、来年、リベンジしましょう。
自分は、56キロでリタイヤです。すみません。
応援に来てくれた、真理さん、千枝さん、藤崎さん、金屋先生、熊野さん、ありがとうございました。
宿に15名、泊まったので、大人数で楽しかったです。
やはり、ウルトラを完走するとフルとは違った達成感が味わえるので、まだ、ウルトラ未経験の人は、ぜひ一度は、走ってみてください。





もろやまトレイルラン はっとり 投稿日: 2019年04月22日 00:06:47 No.259 【返信】

楽しく走ってきましたぁー。
新緑の奥武蔵トレイルランシリーズ2019の1STステージ、もろやまトレイルラン。

さすが、ジャパンエイドさん!
エイドも交通整理も運営は最高ですね。

自分の他に的場さんと、傳田さんの3人での参加。

基本、トレイルの登りは歩きで、下りを走って、ところどころのロードも必ず走る作戦。

武甲山トレイルよりは、走りやすいでしょうか。
スタートして、まずは鎌北湖を横目にロード4キロぐらい。それからトレイルの始まり。
特にきついのは、18キロあたりの長〜い階段とその後の地を這うように登る岩場。そこで足使い切って、足が攣りそうなのを堪えながらの下り。堪えきれずに両足ふくらはぎが攣りました。

しかし、今回も足攣りまくりましたぁー。
20キロ地点の下りで両足ふくらはぎで悶絶。走り終わって左内腿、車の中で着替え中に両足内腿。
これでも週2〜3回はジムでダンベル担いでランジしてるんですけどねー。

ファーストステージ24キロでこんな状態に、セカンドステージの37キロがどうなるか、とっても不安です。

自分も、トレイルは初心者、初級者レベルですが、もろやまトレイルは、初心者、初級者の方にはおススメです。ゴールタイムの目安は大体フルマラソンのタイムよりちょいいいぐらいでしょうか。

興味ある方、来年ご一緒しましょう。
あっ、サードステージの6/23両神山麓トレイル20.7キロは、まだ募集してますので、参加される方いるようでしたら、ご一緒しましょう。





無題 川田 元 投稿日: 2019年03月31日 04:24:56 No.257 【返信】

先日、弾丸でイスラエルのエルサレムマラソンに挑戦。3時間56分と苦闘のぎりぎりサブ4でした。

まず、コースがえぐかった。山頂(標高780m)にあるエルサレムは、四方のどこを見回しても坂、坂、坂。市内を回るコースは、必然的に上り下りが延々と繰り返される。過酷と言われるアテネでも登り総高が380mなのに、エルサレムは514m。

それ以上に、体調管理が。。。中東は土日が週末で、土曜はジャバット(ユダヤ教の安息日)なのでレースは金曜日。そこでと水曜の仕事後に夜行便でイスラエル入りしたのが大失敗。午前3時ごろ着いたら予想に反して寒く、しかも傘がないのに雨。ホテルの部屋は14時まで入れず、徹夜明けで早朝から市内を濡れ鼠で歩き回って、すっかり体力を消耗してしまいました。

翌日のレースは内臓が疲れていたのか、5キロ過ぎから胃がひっくり返って気持ち悪くなり、よろよろのスロージョグ状態に。サブ3.5のペーサーにあっと言う間に置いていかれ、10キロ〜20キロ間にはサブ3:45とサブ4のペーサー集団にもあっさり抜かれる始末。

吐き気が止まらず、なんどもリタイアしようと思ったものの、ここで止まったらもう二度とフルは完走できない気がして、一歩ずつ這うように足を進めることに何とか集中する。

山の天気は変わりやすい。20キロ過ぎに陽が出てきて、身体が温まったのか少し回復したので、「このタイムだと周りは自分より力が劣る筈」と呪文のように言い聞かせながら、必死にもがいて前を1人ずつ抜きにいく。一時は全く見えなくなったサブ4のペーサーを38キロ付近で抜き返した時は、流石に感極まりましたが、そのまま緩めることなく、まさに出し切ってのゴール!

メダルと水もらったら、しばらくその場から動けず、今までに一番もぎ取った感のあるサブ4でした。結果的に15-20キロの5キロスプリットが一番遅かったのも珍しい。

でも無理した代償は大きかった。。。レースの翌朝3時ごろに突然吐き気で目がさめ、そこから寒気と頭痛に加えて、胃が水も食べ物も全く受け付けず脱水状態に。土曜は楽しみにしていた死海観光をキャンセルし、一日中ホテルのベッドでスプライトをチビチビしながら過ごす羽目に。日曜日はふらふらになりながら、何とかロンドンに帰ってきました。この移動の方がレースより辛かったかも。

二週間たってもまだダメージが残ってます。無理する歳じゃないことを痛感しました。しばらく大人しくしてます

因みにイスラエル、歴史・宗教的には複雑な地域ですが、治安も良く普通の先進国でした。もっとも紛争の影はいまだに残り、エルサレム南東の丘から旧市街地を見降ろす写真も、パレスチナ自治区との境の壁の近くで、写真を撮ってくれたのはデンマークから派遣されている国連職員さんでした。あと、ご当地マックはイスラエルの国旗と同じ配色。





名古屋ウィメンズマラソン 完走記 まつ 投稿日: 2019年03月11日 20:00:57 No.254 【返信】

名古屋ウィメンズマラソン走って来た

スタート前から寒く友人たちがレインコートを脱いだのを見てつられて私もレインコートを脱いでしまう
これが失敗だった

スタート後、走っても体は温まらず寒く息が上がる
10km過ぎから雨が降り出す
18km過ぎから右の母指球にマメが出来、痛みが出て来たので21kmの救護へ
救護に運ばれる際、フラフラでボランティアの方に支えていただいた

やっぱり今回もダメだったかとこのときはドン底だった
2017年にサブ3.5を達成してから、こんなレースばかり

収容バスの出発まで2時間以上あると言われてどうしようか悩んでいたら、同じように足に痛みがある女性が救護に来て「よかったら一緒にゴールまで歩きませんか?」と誘ってくださったので一緒に歩くことに
救護でバスタオルをいただいたら、体も温まり復活
30kmから彼女の足の痛みが引いて走れそうということでゆっくり走り始める
走り始めたらテンションが上がり楽しくなってしまいスピードも上がる

バスタオルは38kmまで羽織ってた

途中、彼女の友人2人と合流し、4人手を繋いで笑顔でゴール
ゴール後、彼女とは抱き合い号泣
今これを書いている間も思い出し涙が出てくる
彼女がいなかったら走りきれていなかったし、こんな感動も味わえなかった
またフルを走りたいと思えなかった
Hさん、ありがとう
こんなに楽しいレースは初めて
レースが終わってしまうのがこんなに寂しいなんて初めてでした
またどこかの大会でご一緒出来る日を楽しみにしています

今回の失敗はウェア、シューズに尽きる
ノースリではなく長袖にするべきだった
シューズもトラックで走っているときから違和感があり、当日はワセリン塗れば大丈夫かなと楽観的に考えてた
来シーズンは原点に戻り、走り始めたときに履いていたメーカーに戻ろうと思う

失敗から学ぶことがたくさんあり、私の失敗をみなさんと供給したいと思い掲示板に書きました


あぐい 投稿日: 2019年03月15日 20:33:03 No.255
良い経験をしましたね。次に生かすだけでなく、優しさとして還元されるでしょう。



王子のつぶやき その11 『カラダは食べたものからでしか作られない』 王子 投稿日: 2019年02月27日 19:17:54 No.252 【返信】

全体MTにご参加された皆さま、お疲れ様でした!そしてなんと言っても西田先生、事前準備から当日のプレゼンまで貴重な時間を割いて頂き本当にありがとうございました。会を代表して改めて御礼申し上げます。

西田先生の講義を受けて自分の失敗した記憶が蘇ったのでつぶやきまーす(^^)

今から25年前、16歳の冬のレースは絶好調でした。恐らく夏の走り込み、秋のトラックシーズンも順調にこなせたのもあったのでしょう。会心の走りだったなぁ、と今でも思うのは1月の「松戸七草」。あのアップダウンのコースで10km31分台で走れた奇跡の?レースは今でも鮮明に覚えています。(←恐らくこの時が高校時代のピーク笑)

「何が良かったのか」レース後、高校1年生の足りない頭で色々考えた訳です。その頃は毎日練習日誌を書いていたので練習内容を見ても特別な練習した訳でもないし…何だろうな、と。

そこで気付いたのが「体重」だったんです。身長は今と変わらないので174cmの51.5kg。「この記録が出たのは体重だ!」と短絡的に答えを出してしまったのです。「軽くなる=速く走れる」と。

「絶好調と故障は紙一重」と言いますが、その後1月下旬にアキレス腱炎を発症して走れず。暫く怪我との闘いが続きます。当然故障していれば走れないので、治ったら直ぐに走れるように体重コントロール、食事制限をし始めたのです。朝、昼は普通に食べて、夜は「豆腐一丁に納豆をかけて」のみ。今思えば育ち盛りの高校生の食事じゃないですよ。そもそもの摂取カロリーが少ない。でも「速く走るには体重は軽くなきゃいけないんだ」と思い込んでいる僕はそんな食生活を続けます。しかしながら、走っていないので中々体重は減りません。53〜55kgで推移していた記憶があります。故障は治らない、治ってもまた再発…その繰り返し、と体重が減らない事への苛立ちばかりで残りの2年間が過ぎてしまって、高校の陸上生活は終焉…

この頃はいつもグラウンドでイライラして部員に当たってましたね…本当に僕は皆から嫌われてて練習後にご飯食べに行くなんてことすらなかった…カルシウムも足りなかったのでしょう笑

大学では中距離ブロックでしたし、先輩との付き合いなんかもあり、良く食べました。最初は体重を増やす事に抵抗がありましたが、筋肉をつけないとスピードは出ませんからね。お陰で体重は63kgまで増えました。以前お伝えしました通り、大学で故障が劇的に減り、記録が伸びたのは筋トレ、そして食事だと思っています。


『カラダは食べたものからでしか作られない』


僕はそれに気付かなかった愚かな高校生でしたね笑

豆腐だけ食べてもアキレス腱は治らないし筋肉も付かないし、速く走れるはずがない。本当にアホ笑


全体MTではそんな事をふっと思い出させてくれた素晴らしい栄養学の講義でした。

繰り返しとなりますが、西田先生、ありがとうございました!また機会あればお願い致します。

以上





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