1.~20 この許容応力度設計は、どこから生まれたのでしょうか。 ・1920年(T9年)市街地建築物法施行規則(T9年内務省令第37号)において、構造設計法として許容応力度設計法が採用され、自重と積載荷重による鉛直力にたいする構造強度を要求。ただし、この時点で地震力に関する規定は設けられていない。 ・1923年(T12年)9月1日 - 大正関東地震(関東大震災)発生。 ・1924年(T13年) - 市街地建築物法施行規則改正。許容応力度設計において、材料の安全率を3倍とし、地震力は水平震度0.1を要求。 ・1950年(S25年)11月23日 - 市街地建築物法廃止、建築基準法施行(旧耐震)。具体的な耐震基準は建築基準法施行令(S25年政令338号)に規定された。許容応力度設計における地震力を水平震度0.2に引き上げた。 ・1968年(S43年)5月16日 - 1968年十勝沖地震発生。 ・1971年(S46年)6月17日 - 建築基準法施行令改正。十勝沖地震の被害を踏まえ、RC造の帯筋の基準を強化した。 ・1978年(S53年)6月12日 - 宮城県沖地震発生。 ・1981年(S56年)6月1日 - 建築基準法施行令改正(新耐震)。一次設計、二次設計の概念が導入された。 ・1995年(H7年)1月17日 - 兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)発生。 ・2000年(H12年)6月1日 - 建築基準法及び同施行令改正。性能規定の概念が導入され、構造計算法として従来の許容応力度等計算に加え、限界耐力計算法が認められる。 この許容応力度設計はわかりやすく、構造設計者にとっては便利な設計法ですが、この設計法には欠点はないのでしょうか。 許容応力度設計に欠点があるとすれば、建物の耐震設計は、どのように考えるべきなのでしょうか。 〔静的震度法〕 許容応力度設計のもともとの考え方は、静的震度法という耐震設計法から生まれました。 静的震度法は、建物重量(W)の何割かの重さ(kW)が水平力(つまり地震力)として作用するというものです。 この割合(k)を水平震度と呼んでいます。 建物重量(W)は建物の質量(m)と重力加速度(g)の積で与えられます。 言い換えれば、建物の質量は建物重量を重力加速度で割ったものです。 慣性力は質量(m)と加速度(a)の積ですから、水平外力(P)は、P=a/g × Wで表されます。 ここで、k=a/gとおくと、P=kWとなります。つまり、水平震度は、重力加速度に対する建物の最大応答加速度の比を表しています。 |
|
6.〔許容応力度とは〕 破壊強度に対する許容応力度の比を安全率といいます。 言い換えれば、許容応力度は、破壊強度を安全率で割った応力度とも言えます。 現行の許容応力度は、材料と応力度の種類によって、行政や学会からきめ細かく決められています。 また、許容応力度には、長期と短期があります。長期許容応力度は、常時の鉛直荷重に対して、また、短期許容応力度は、地震時や暴風時、積雪時に対して、検討を行うための応力度です。 次に、代表的な材料の許容応力度を紹介します。 〔鋼の許容引張応力度〕 鋼材の長期許容引張応力度は、降伏強度の3分の2です。安全率は1.5になります。 また、鋼材の短期許容引張応力度は、長期の1.5倍。すなわち、降伏強度と同値です。この場合の安全率は、1.0です。 |
8.〔許容応力度設計〕 許容応力度設計は、予想される荷重を骨組みに作用させて、構造力学のテクニックや材料力学の知識を使って、各部材内部に働く応力を求め、危険断面での最大応力度が材料の許容応力度を超えないように、部材断面を決めていく設計法です。 しかし、本当にこれで大丈夫なのでしょうか。 〔しかし、これで本当に大丈夫?〕 建物は、ある程度までは、弾性的な挙動をします。 弾性的な挙動とは、フックの法則が成り立つ範囲です。つまり、荷重が除かれると建物はもとの状態に戻ります。 しかし、建物は、荷重を徐々に増大させていくと、少しずつ損傷を起こしていきます。コンクリート系の建物では、コンクリートの表面にひび割れが生じてきます。 さらに荷重を増大させると、鉄骨構造では、はりや柱の一部が塑性域に入ってきます。塑性域とは、降伏点を超えて歪みが進行する領域です。 一方、鉄筋コンクリート構造では、はりや柱の主筋の一部が降伏してきます。 鋼材は降伏点を過ぎると応力度の増大は小さくなり、歪みが急激に伸びます。 そして、多くの部材が降伏すると、荷重の増大は小さくなり、代わりに変位の伸びが大きくなってきます。 最後は、建物が倒壊してしまいます。この倒壊する直前の状態を終局状態と呼んでいます。このときの荷重が崩壊荷重です。 また、建物のどの部分が損傷を起こして崩壊していくのかを表したメカニズムを崩壊機構と呼んでいます。 許容応力度法の最大の欠点は、建物の終局状態、すなわち、崩壊機構がどのように形成されていくのかを設計の段階で考えていないことにあります。 〔壊れない建物を設計するには?〕 倒壊しない建物を設計するには、まず最初に構造計画をきちんと立てることです。 構造計画には、いくつかのポイント(構造計画と深い関係にある、剛性率、偏心率および保有水平耐力)がありますが、後ほど紹介します。 『一次設計』 ・常時荷重に対して、許容応力度設計を行います。このときの許容応力度には長期許容応力度を用います。 ・中小地震動に対しては、建物に損傷が起こらないことを確かめます。これも許容応力度設計ですが、このときは短期の許容応力度を用います。標準層せん断力係数 0.2で計算されます※1。 つまり、一次設計では、「応答加速度200ガル程度※1の中地震(地表最大加速度80ガル~100ガルの地震≒震度4~5弱の地震)」を対象にして、「構造体が損傷しない」ことを目標に設計(許容応力度設計 [弾性設計] )します。 <※1 建物の1階に作用する水平力を、建物の全重量の20%と考え、重量=質量×重力加速度(980ガル)から、0.2×980=約 200ガル> 『二次設計』※(一次設計で剛性率・偏心率が規定値外の場合のみ二次設計が義務化されています)。 ・大地震動に対して、建物が危険な崩壊を招かず、人命を確保できることを確かめます。ここでは許容応力度設計ではなく、保有水平耐力の確認をします。 つまり、二次設計では、「地表最大加速度300ガル~400ガルの大地震≒震度6弱程度の地震」を対象にして、「構造体が倒壊しない」ことを目標に設計(終局強度の確認を)します。 ここで大事なことは、ねばりのある(健全な壊れ方をする)建物を設計することに心がけることです。 構造計画について、もう少し紹介します。 |
9.〔構造計画では〕 構造計画にはいくつかのポイントがあります。ここでは特に重要な次の3点を紹介します。 一つは、耐震要素の高さ方向のバランスをとること。 2番目に、耐震要素の平面的なバランスをとること。 最後に、粘りのある崩壊機構を形成させるように、部材断面の大きさを決めるように心がけること。 ここで、耐震要素とは、柱やはり、耐震壁やブレースなど地震力を受け止める主要構造部材を言います。 構造計画は、基本的な平面計画ができたころに、具体的な骨組みを構築していく段階で考えていくことになります。 従って、この段階では、具体的な計算によって上記の3点をチェックすることはできません。しかし、これらのことを十分考慮されていない建物を設計してしまいますとあとあと不都合を生じます。 建物の基本設計ができれば、構造設計によって建物の安全性を検討していくことになります。このとき、上記の3点についても具体的に検討がなされます。 それが、剛性率、偏心率および保有水平耐力の確認です。 次に、これらを紹介します。 |
10.〔剛性率 (1)〕 建物のある層に損傷が生じると、地震力は損傷を起こした箇所に集中して作用する性質があります。 地震力は、弱いものいじめなのです。 たとえば、上の図に示すように、固い層の途中に柔らかい層があると、建物が地震力を受けると、柔らかい層に変形が集中しやすく、その層が破壊を起こしがちになります。 これを防ぐためには、各層の剛性のバランスを考えてやらなければなりません。 剛性率は、そのような各層の剛性のバランスを表す指標なのです。 ☑ 当マンションはピロテイ形式ですが、大丈夫ですかね!?( ピロテイ形式のマンション ( No.40 ):http://rara.jp/royal_chateau_nagaizumi/page40) 〔剛性率 (2)〕 剛性率は、1.0に近いほどバランスが良いことを示しています。 設計では、各階の剛性率が0.6以上あることを確認します。 |
12.〔偏心率 (2)〕 地震力(層せん断力)は、建物の質量とそこに働く加速度との積の和になります。 建物の質量が床位置レベルに集まっているとすれば、その床位置での加速度はどの部分でも同じと考えて良いので、地震力(層せん断力)はその層の全質量と加速度との積になります。 また、この地震力(層せん断力)の作用点は、建物の質量中心位置になります。 この建物の質量中心位置を重心と言います。 一方、地震力(層せん断力)に対して、各耐震要素は反力を生じます。 その層内のすべての耐震要素に生じる反力の合力が作用する点を剛心と言います。 従って、剛心には、層せん断力と同じ大きさで反対向きの反力が作用します。 建物の重心位置と剛心位置との距離を偏心距離と言います。 ねじれ振動は、建物の重心位置と剛心位置が離れていると起こりやすくなります。 ☑ 当マンションはセットバック形状ですが、大丈夫ですかね!?(構造上のバランスが悪いマンション ( No.53 ):http://rara.jp/royal_chateau_nagaizumi/page53) 〔偏心率 (3)〕 偏心率は、耐震要素の配置について、平面的なバランスを示す指標を表しています。 偏心率は、0に近いほど耐震要素の平面的なバランスが良いことになります。 設計では、各階の偏心率が0.15以下であることを確認しなければなりません。 ここまでが『一次設計』です。 剛性率・偏心率が規定値内の場合には、これで耐震設計は終わりです。この場合『一次設計』の弾性域から、塑性域に移行した後のこと(大地震動時に建物が危険な崩壊を招かず、人命を確保できるかどうか)は成り行き任せということになります。 |
13.〔保有水平耐力〕 最後は、保有水平耐力についてです。 ここからは『二次設計』になります。 一次設計で剛性率・偏心率が規定値外の場合には、二次設計(保有水平耐力計算)が義務づけられています。 ここでは、保有水平耐力のほかに、必要保有水平耐力や形状係数(せん断応力度のところで登場する形状係数とは違います)、構造特性係数といった用語を紹介します。 〔地震荷重(大地震時)〕 大地震動時の標準層せん断力は、1.0です※2。 すなわち、設計では、大地震動時に建物に重力加速度と等しい加速度が生じると考えます。 つまり、層せん断力は、建物重量と同じ大きさの水平力になります。 <※2 建物の1階に作用する水平力を、建物の全重量の100%と考え、重量=質量×重力加速度(980ガル)から、1.0×980=約 1000ガル> |
15.〔保有水平耐力〕 一方、建物自体が実際に保有している水平耐力のことを保有水平耐力と呼んでいます。(よく似ているので、紛らわしいですが。) <「保有水平耐力」 とは、「建物を倒壊にいたらしめる力の大きさ」 あるいは 「倒壊しようとする瞬間に建物に作用している力の大きさ」 です。> 保有水平耐力は、建物自体が保有する水平耐力ですから、通常、この耐力は建物の崩壊荷重として、崩壊機構を考えて計算することになります。 一方、必要保有水平耐力は、基本的には標準層せん断力係数を1.0としたときの層せん断力ですが、これに形状係数と構造特性係数をかけて求めます。 最初に、形状係数と構造特性係数を、それから、崩壊荷重の計算の仕方と、保有水平耐力を紹介します。 |
17.〔構造特性係数:Ds (1)〕 構造特性係数について紹介します。 層せん断力と層変位との関係は、建物に損傷が起こらなければ比例関係にあります。 このような建物を弾性応答構造物と言います(上の左側の図)。 一方、実際の建物は、層せん断力が大きくなると次第に損傷を起こしていきます。このときねばりのある構造物であれば、上の右側の図に示すように、層せん断力を保持しながら、層変位が伸びていきます。 このとき、弾性応答構造物では上の左側の図に示すような三角形で囲まれる面積や、ねばりのある構造物では上の右側の図に示すような台形の面積は、地震時の入力エネルギーを発散(消費)する能力を表していると考えられています。そこで、もし両者の面積が同じであれば、同じ耐震性を持っている構造物であるとみなすことができます※3。 大地震動時に、弾性構造物が受ける最大応答層せん断力を基準にして、ねばりのある構造物が受ける最大応答層せん断力の比を構造特性係数と称し、通常Ds値と呼んでいます。 <※3 ここでの「同じ耐震性を持っている構造物であるとみなすことができる」とは、大地震動に対して建物が危険な崩壊を招かず人命を確保できることに於いては同じであるということです。外力が0になったとき、弾性応答構造物は無損傷ですが、ねばりのある構造物は終局状態(崩壊寸前)です。これが現行建築基準法通りの建物(後者)の宿命です。> |
18.〔構造特性係数:Ds (2)〕 構造特性係数は層せん断力の低減係数です。ねばりのある構造物であれば、層せん断力の低減率を大きく、すなわち、構造特性係数を小さくすることができます。 通常、鉄骨造ではDs=0.25~0.5、鉄筋コンクリート造ではDs=0.3~0.55です。 ※原発建屋などは層せん断力1.0で弾性設計されていますが、一般の建物に層せん断力1.0の弾性設計は極めて不経済です。故に中地震程度の層せん断力0.2までを弾性設計領域としているのが一次設計です。二次設計(保有水平耐力計算)では層せん断力1.0が鉄筋コンクリート造では通常0.3~0.55に低減する(壊れることでエネルギーが発散(消費)される)として、最終的に「保有水平耐力Qu>必要保有水平耐力Qun」であることを確認します※4。 Qu>Qun=Fes×DS×Qud Fes:形状係数 Ds:構造特性係数 Qud:Co≧1.0としたときの層せん断力 <※4 建物の「エネルギー発散(消費)能力(Qu)」が、二次設計時に「建物が受けるエネルギー(Qun)」と同じ、あるいはそれ以上になれば、この建物は安全であるとする考え方・・・これがエネルギー一定則。> <「保有水平耐力(Qu)」 とは、「建物を倒壊にいたらしめる力の大きさ」 あるいは 「倒壊しようとする瞬間に建物に作用している力の大きさ」 です。 これに対して 「必要保有水平耐力(Qun)」 とは 「大地震の時に建物に作用するであろう力の大きさ」 です。> |
19.〔耐力として余裕があるかどうか〕 ●有利な話 ・余裕を持って設計している場合 ・不静定次数が高い場合 ・地震入力方向については、建物にとって有利な方向(正方形建物の場合 45度入力等)で入力する場合 ・「建物と地盤の相互作用」が有利に働く場合 ●不利な話 ・余裕を持って設計していない場合も多い → が殆ど ・不静定次数が高くない場合 ・設計、施工のミス(手抜きの場合もある → 現実に多い) ・使用上の問題、経年劣化 ・地震入力方向については、建物に不利な一方向で入力する場合もある ・「建物と地盤の相互作用」が不利に働く場合もある ・31m以下の建物で、不整形(剛性率・偏心率が規定値外)で無い場合は、標準せん断力係数=1.0の計算をしていない場合が多い → 法で不要のためしない 結局、不利な話も考えると、有利な話だけをしていては大変危険です。 現行の建築基準法通りの建物の「安全限界」は震度6弱程度ですから、「震度6弱」から危険レベル、「震度6強」では「安全限界」を超え、(建築物が倒壊・崩壊等しないという)安全が保証されない状態になります。 然るに、関東・東海・近畿等の広域で震度6強以上の地震発生が予測されています。 上記の「安全限界」の問題が連動するのは「標準せん断力係数=0.2」であり、その概念自体は、関東大震災直後の 1924年の「市街地建築物法施行規則改正」以来一貫してきたもので、今年で93年となります。 ※現在の余裕の無い状態、というよりも “不足” している状態が解消されない限り、地震被害は無くなりません。 |
20.【 建築基準法における構造安全性の考え方 】 ■ 建築基準法: 第1条: 建築物の構造 etc. に関する 「 最低の基準 」 関東大震災クラスの “ 大地震動(地表最大加速度300ガル程度の地震)に対して ”、人命を守ることができれば(すぐさま倒壊しなければ)、 “ 建物は大きな損傷を受けても良い ” としています。 ------------------------------------------------------------------------------------- ※ 構造工学とは、 ・我々が本当には把握しきれていない材料を用いて、 ・それを本当には解析できない形状に組み上げ、 ・しかも本当には評価しきれない荷重に耐える構造であることを、 ・社会が疑問を訴えることのない程度十分に、 確信させる技である。 だそうです。(合掌) |