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    梅村さん

    この週末はありがとうございました。
    短縮版のスピーチでも十分楽しい時間でした。
    頸城鉄道ラキ1は、千葉でまれに降雪があると、なぜか走りだす!車両です。
    今年も2月の初めに、降雪がありシリンドリカル・ボイラの8号機にプッシュされて動いています。

    またお目に掛かりたいです。
    ありがとうございました。
    高橋さん、お便りありがとうございます。お便り欄をあまりチェックしないので返信が遅くなりました。先日の集会では時間配分が守られず酷いものでした。私は持ち時間を気にしながらだったので、内容を端折ってしまい十分お伝えすることができませんでした。ぜひ機会を作ってゆめ牧を再訪したいと思っています。
    こんにちは。
    私は平渓線・嶺腳駅の周囲にかつて存在した炭鉱について調べております。
    https://762mm.world.coocan.jp/jyuubunntankou1.html
    ↑に書かれていました台和煤礦は、産出した石炭を人力の台車で嶺腳駅へ運んだのではないかと推測しているのですが、その経路が分からないのです。
    もしご記憶にありましたら、嶺腳駅付近の軌道はどのようなルートを通っていたか、また上記のページに掲載された写真を撮影された地点について、お教えいただけますと幸いです。
    何卒よろしくお願いいたします。
    お便りありがとうございます。古いことではっきり覚えていないのですが、この時は台北市内からタクシーで平溪線方面へ移動中に立寄った時のものです。川の対岸の炭鉱から吊り橋で街道筋の道路端まで運んでいただけで、そこからの搬出はトラックだったような気がします。川のこちら側には搬出用の軌道はなかったと思います。うろ覚えですが。いずれにしても通りがかりに1時間ほど立寄っただけで事務所等にも立寄っていません。この程度で勘弁してください。
    夢遊仙人先生

    突然のご連絡を差し上げますこと、深くお詫び申し上げます。
    私は台湾にございます「格式設計有限公司(InFormat Design)」の謝 孟德(シャ・モウトク / Ted)と申します。

    現在、台湾にて「旧台東線」の歴史に関する展覧会を準備しております。

    先日、夢遊様が1966年に台湾を訪れた際に撮影された大変貴重な記録写真( https://762mm.world.coocan.jp/taitousen1.html )を拝見いたしました。これらの写真は、私たち台湾にとって、非常に価値のある歴史的財産でございます。

    つきましては、誠に恐縮ですが、これらの貴重なお写真を私たちの展覧会にて展示させていただくこと、ご許諾いただけないでしょうか。

    本展覧会は、百年以上の歴史を持つ「旧台東駅」の修復完了に合わせて開設される「常設展」となります。つまり、生まれ変わった旧台東駅において、夢遊様のカメラを通して、今や失われた貴重な鉄道の軌跡を多くの人々に再び伝えることができるようになります。

    夢遊様にご許諾いただければ、展覧会がより立体的で充実したものになると確信しております。なお、主催機関の規定により、後日簡単な「使用許諾同意書」にサインをいただく必要がございますが、夢遊様のご負担にならないよう、手続きはできる限り簡素化いたします。

    私は日本語に不慣れなため、このメールはAIの支援を受けて翻訳しております。不自然な表現がございましたら、どうかご容赦くださいませ。

    お忙しいところ誠に恐縮ですが、ご検討いただき、ご返信をいただけますと幸甚に存じます。
    何卒よろしくお願い申し上げます。

    謝 孟德 (Ted Hsieh)
    Email:[email protected]

    格式設計有限公司 (InFormat Design)
    Website:https://www.informat-design.com.tw/
    Tel:+886 2 25185905
    Address:台湾台北市中山区龍江路415巷20号
    謝 孟徳先生、ご連絡ありがとうございます謝謝。狭軌時代の台東線は私が学生時代に訪れたたいへん懐かしい鉄道です。この時の写真が役立つならこんなに嬉しいことはありません。喜んで協力させていただきます。この3枚の写真の他にもご希望があれば協力します。あらためて先生のEmail addressへ別便でご連絡します。
    初めまして。私は昭和33年生まれの67歳男性です。小学校の時から鉄道趣味に走りましたが、特に軽便鉄道を始めとする地方ローカル私鉄、森林鉄道などの産業鉄道にシンパシーを感じるようになりました。「けむりプロ」の記事や本には大きな影響を受けています。

    残念ながら軽便鉄道が次々に姿を消して行った昭和40年台はまだ小学生から中学生ぐらいだったので、その最後の姿を実際に見る事は叶いませんでしたが、西武旧山口線での頸城や井笠の列車には何回も乗れました。頸城についてはけむりプロの「回想頸城のコッペル」という、確か蒸気機関車誌の記事で存じ上げていましたので、感激ひとしおでした。

    最近は毎年1回くびき野へ通っております。梅村さんの頸城鉄道愛にはいつも感服しております。現在首都圏在住ですが、機会があればお会いしたいと思っております。
    今 卓也 様
    お便りありがとうございます、書込みがあまりなく時々チェックするだけなので返信が遅くなりました。
    私の興味も地方私鉄から徐々に軽便に傾き、沼尻と頸城に通うようになりましたが、普通鉄道っぽくて人情味の厚い頸城鉄道に一層ひかれました。
    驚くことに頸城鉄道(今は頸城自動車ですが)からは今も年賀状をいただき、今年も届きました。営業的には何の関係もない人間をも大事にしてくれる人情溢れる会社です。
    何年かに一度は百間町のレールパークへ行くので、貴兄にもお目にかかれるかもしれません。それと毎年秋の軽便鉄道祭には上京するので、もし来られたらぜひ声をかけてください。
    梅村様
    はじめまして。
    NGJ、四噸✩倶楽部の新井一雄と申します。
    お伺いしたいことがありご連絡致しました。
    この度さかつうギャラリー様にて、小生の作品展を開催することになりました。
    2014/10/2付ブログでご紹介頂いた、基隆「お化けシダ」のモジュールを展示します。
    つきましては、このブログの写真を展示の際掲示させていただけませんでしょうか?
    また、さかつう様のホームページ等に掲載させて頂くことは可能でしょうか。
    合わせてご教示賜りたくお願い申しあげます。
    新井一雄様、お便りをいただきながら気づくのが遅れて申し訳ありません。
    時々チェックはするのですが、滅多にお便りをいただくことがないもので、つい。今回も近藤さんからの連絡で分かった次第です。
    私の写真を使っていただくのは一向に構いません、詳細は近藤さん経由の別メールで
    梅村さん、ご無沙汰しております。お元気そうなご様子、ブログで拝見しています。村上重本店のお話を見て、懐かしくなりました。もう60年くらいになりますか、、タクシーの運転手につれていかれました、大安なんかよりずっと旨いと言う事で。当時は裏が高瀬川だったと思います。その場で漬け込んでいて活気がありました。それ以来ウチではファンになりました。
    僕は1年まえに脳梗塞をやらかして、仕事辞める時期を模索してましたが、今月晴れて自由人と相成りました。鉄道模型は目がH0についていかないので、0ナロー、0ゲージを始めました。今の0ゲージはDCC花盛りで昔とは違いますね。走らせるスペースありませんが汽笛鳴らしたりして楽しんでます。中国製なので私でも手がだせます、、
    ではまた、お元気で。
    木村さん、折角お便りいただいたのに気がつくのが遅くなりました、スミマセン。村上重の千枚漬は本当のホンモノですね。あらためて別便でメールします。
    関谷聡様、ご連絡いただき恐縮です。

    実は「沼尻硫黄鉱山誌」の譲渡先についてのご相談です。
    RM113号やいのこー本の記事にも使用された大正6年発行の古い本です。
    B5版100頁足らずの小冊子で、軌道に関してはわずか6頁と少なく
    模型的には御役に立つ代物ではありません。

    私も80歳を過ぎ本格的に終活を始め、これもその一環でヤフオクに出す予定です。
    できることなら沼尻鉄道に思い入れが深い人の手に渡って欲しい。
    それで思い当たったのが関谷様です、これ以上の人はいないだろうから、
    まずお知らせしなければと思った次第です。

    ご関心がおありならこれから先はメールでお願いします。アドレスは書きたくないのですが
    umemura*rail.nifty.jp 宛にお願いします。*を@に変えてください。
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