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南吹上浜駅の駅説明板 selene 投稿日: 2024年07月17日 03:05:53 No.33

南吹上浜駅があった場所に駅説明板が立っていました。
これはこれでシンプルな良さがありますね。

裏は活用されていないので、そちらに駅の詳細の紹介を書いても良いのかもしれません。




ありがとうございます selene 投稿日: 2024年07月11日 11:57:57 No.32

hvcc様

書き込みありがとうございます。
今回は再会がかなわなそうで大変残念です。

上日置駅跡の写真もありがとうございます。かつて本線の線路があった場所もこの時は酷い状態ですね。

吉利の貨物ホーム(?)の跡もそうでしたが、藪の中に埋まって放置されていた場所が何かの時に藪が刈られて露出するということもあります。

イベントや個人が立ち入って見学したことをきっかけに以降は地元の有志の方がきれいにしてくれている場所もあると聞いています。

また、先日訪問した際に地元の人に話を伺ったところ、「地元には興味を持つ人がいないのに遠方の人が興味をもってくれて嬉しい。資料を探しておくからまた立ち寄って下さい」と思いがけない歓迎を受けました。

我々の活動が少しでも南薩線という文化の継承に繋がることなればと思っています。


上日置 hvcc 投稿日: 2024年07月10日 14:28:17 No.31

津貫でのメモリアルイベント開催が迫りましたね。
14日が勤務なので、残念ながら出向くことができません。
遠方より、ご盛会を祈念しております。

 画像はちょうど20年前、2004年7月の上日置駅跡です。
当時は全くの放置状態というか、待避線は完璧に草に埋もれていました。
seleneさんなら大喜びでしょうね。




お知らせありがとうございます selene 投稿日: 2024年07月06日 14:52:11 No.29

NN様

有益なお知らせありがとうございます。
どんどん使って下さい。

私は次週は藪漕ぎの合間を見て廃止40年イベントに立ち寄ろうと思っています。

お知らせ頂いた津貫蒸留所のイベントの方も寄らせて頂こうと思いますのでよろしくお願い致します。


無題 NN 投稿日: 2024年07月03日 21:11:13 No.27

梅雨時。大雨のニュースも飛び込んできましたが皆様大丈夫でしたか?
さてとこの三連休。南さつま市民会館では廃止40年イベントを行われるそうですが、私達もそのオフで本坊酒造様に津貫蒸溜所本坊家旧邸の石蔵をお借りして「津貫を中心とした写真展示」「南薩線などの部品展示」「16番鉄道模型運転会」を開催させて頂きます。どうぞお誘い合わせの上ご来場くださいませ。

管理人様。告知のみでごめんなさいね。私達は廃止40年イベントは当日に済ませたので、今回は通常活動です。





用水路を渡る桁ですが、かつては水門(排水堰)の近くにもあったようです。
用水路の排水堰を開けると当時の桁の下、車道の下を通って、はるか下の長谷川に向けて放水する仕組みです。

この桁の写真もpuku puku(@attakastory)さんのX(旧・Twitteer)にて投稿されていました。

https://twitter.com/attakastory/status/783594476153413632

国土地理院の写真では確認ができないのですが、おそらく、場所は変わらない(画像1枚目の白い柵の付近)と推測しています。

桁は現存していませんが、用水路の排水堰は形を変えて存在します。
画像2枚目、3枚目が現在の堰です。

昔は巻き上げ式で上下させるタイプの堰、現在はワイヤー使って角度を変える(90°立てる)堰のようです。
この付近も当時の面影はほぼ消失しています。

ちなみに切通しの区間に入る前にも桁があったようですが、こちらも既に痕跡はありません。


<X(旧・Twitterのリンクの出展>
puku puku(@attakastory)さんの 2016年10月5日 午後6:07 の投稿より


<画像出展>
画像4枚目:国土地理院地図(整理番号:CKU7416、コース番号:C33A、写真番号:24)
    地図URL https://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do?specificationId=1039273




伊集院→上日置① hvcc 投稿日: 2024年03月24日 07:08:24 No.23

 NNさん、ようこそ。
最終運行日に合わせた模型運転、お疲れさまでした。
意義ある取り組みだと思います。

 伊集院を出た線路跡は城山の麓を半周する形で、南へと延びて行きます。初訪問時、線路跡の脇には電信用の電柱が多く残っていました。
集落の中を突っ切り、築堤で登って行くと短い橋梁があります。
1996年当時は枕木も概ねそのままで、桁の赤味も残っていました。

 初訪問から10年を経た様子ですが、錆てはいるものの「まだまだ」という感じです。※左の画像 2006年3月

 さらに10年余りを経ると周囲を草に蹂躙され、桁も錆色となって枕木の大半が朽ち落ちた状態を見ると哀れさを感じました。※右の画像 2017年11月




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