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ザクロの華 ep2:橙刀 ( No.265 )
日時: 2023年08月06日 00:37
名前: 理咖哩王 [ 返信 ]
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 ゴングの音が鳴った。
 これより薄暗い戦いが始まるのだ。

「時代遅れのプロレスラーが」

 八木はそう述べて構えた。
 スタンスは肩幅よりやや広く、腰を落とす。
 手の位置はしっかりと頭部を守っている。
 典型的な総合格闘家の構えである。

「誰が時代遅れだよ。この総合野郎」

 対する力王は広く構えた。
 ジリジリと間合いを詰める両雄。
 まず仕掛けたのは、

「シィッ!」

 八木だ。
 使った技はジャブ。
 最速の牽制技、反射神経で追いつけぬプロの打撃。
 力王の鼻に僅かにヒットする。

「ぐっ……」

 声が漏れた。
 鼻からは血が出ていた。
 ザクロは「おかしい」と思った。
 ただのジャブにしては余りにも威力が大きすぎる。

「おい、総合野郎――」

 力王は八木の両手を見る。
 その手にはオープンフィンガーグローブがはめられているも、拳のところが僅かに盛り上がっているからだ。

「その手に何か仕掛けたな?」

 八木はあっさりと答えた。

「砂鉄さ」

 オープンフィンガーグローブのふくらみは、砂鉄を入れているためだという。
 殴打用の武器に『ブラックジャック』というものがある。
 布袋に石やコイン、砂を詰めて作る棍棒の一種で、主にカジノやクラブの用心棒が使う武器。
 八木はそれを応用したのか、オープンフィンガーグローブに砂鉄を詰めたようだ。

「あんたをブチのめして――金を得る!」

 闇の格闘イベント『拳魂一滴』は、試合に勝利すると500万円のファイトマネーが支払われる。
 この試合場に上がる格闘者は皆、金目的や命を賭けた戦いのスリルを味わいたいものが殆どだ。
 五体満足、いや命を無くすかもしれない、このイベント。
 参加するものは、命知らずや頭のネジが外れた狂犬ばかりといえよう。

「俺をブチのめすだって? 笑わせるぜ」

 力王は鼻をこすり、ペッと唾を吐いた。
 対する八木はそのまま距離を詰め、怒涛のラッシュを叩き込む。

「シッ! シッ! シュッ!」

 八木の口から空気が漏れる。
 無音の気合いだ。
 ボディ、ロー、ミドルとリズミカルに打撃に打ち込む。
 総合格闘家である八木だが、組み技よりも打撃が得意である。
 重い一撃が力王の体を揺らす。

「…………」

 ザクロは無言で見守る。
 あの力王が押されているからである。
 強い、強い力王――もしかしたら……。
 ザクロの脳裏に過る『敗北』の二文字。

「ザクロオオオッ!」

 力王は突然叫んだ。
 ザクロの名を呼んだのだ。

「てめェ! 俺が負けると思ってンじゃねェだろうなァ!?」

 力王は横目で鋭く睨んだ。
 ザクロは震えた。
 その怒声は普段のトレーニングの時とは違う。
 殺気が込められていたからだ。

「ぶっ殺すぞガキがッ!」

 マスク越しからでもわかる鬼の目。
 ザクロの息は止まり、体が固まる。
 目の前にいるのは魔物、その瞳に睨まれれば人は動けなくなる。

「おっさんよ……今は対戦――」
「うるせえ!」

 ゴッ、

 鈍い音が響いた。
 肉を鉄棒で叩きつけるような音だった。

「出たぞ! 力王の空手チョップだ!」
「伊達に伝説の地下プロレス出身者は違うな」

 力王は手刀を八木の首に打ち込んでいた。
 首には頸動脈が流れている、この頸動脈から脳へと渡るため人は意識、思考を保たれる。

「あゥ……あっ!?」

 従って、この血流が遮断された八木の動きが止まった。

「流石はサンキスト一族の血統だぜ!」
「力ちゃん最高よーっ!」

 観客達は大盛り上がりとなる。
 この何の変哲もない手刀が力王の得意技なのだろうか。

「ちっ……カッとなっちまった」

 力王は小さく呟く。
 その声は多分に後悔が含まれていた。
 己の技をザクロに見せてしまったからだ。

「ロ、ロートルめ……」

 一方の八木は仕切り直しをしようと構えを取るが、

「させるかよ!」
「ぐぶっ!?」

 無雑作に八木は顔面を力王に掴まれた。
 その手は大きく、厚い、まるで魔獣のような手だ。

「オラァ!」

 力王は八木の顔面を掴んだまま、腕力のみでリングの床に叩きつけた。
 何という剛力だろう。
 まさに〝力王〟の名に相応しいほどの力技だった。

「……ッ……ッ!」

 口から泡を吹いて倒れる八木。
 頭をリングに強打し、体を痙攣させているようだ。
 ザクロは八木を凝視する。
 まるで尺取り虫のように体をくねらしていた。
 すると、

「クソガキ! 見とけよ!」

 力王の声がした。
 ザクロは見上げると、そこには鬼がいた。
 これより人間を喰らおうとする鬼の姿だ。

「敗北者に待つのは〝死〟のみだぜィ!」

 ゴギャッ!

 骨が砕く音がした。

 メチッ!

 肉を引き裂く音がした。
 力王は八木を何度も、何度も踏みつけた。
 徹底的に踏みつける。
 命乞いも出来ぬままに無慈悲に踏みつける。
 やがて、リングに血だまりが出来る。
 そこには赤い肉の塊――八木が朽ちた姿があった。

 骸(むくろ)だ。

 赤い骸がそこにあった。
 鮮血の華を咲かせていたのだ。

〇〇〇

「力王、ご苦労だったぞな」
「お疲れ様じゃて、ご苦労様じゃて」

 試合終了後、選手控室。
 力王とザクロの前には小梅、小竹の老果実がいた。

「ほらよ」

 力王は不遜に札束を渡す。
 小梅が札の額を数え、小竹が再び数える。
 額に間違えぬよう慎重に、丁寧に確認していた。

「ふむ……確かに300万」
「受け取ったぞ」
「「果樹の室の資金じゃ、活動費じゃ」」

 双子の老婆はそう述べると部屋を後にした。

「ふゥ……」

 力王は息を吐く。

「毎度、毎度疲れるぜ」

 力王が、この拳魂一滴に参加する理由は一つある。
 それは、果樹の室からの命による『出稼ぎ』であった。
 果樹の室は運営を継続するため、非合法的な闇の仕事を引き受け、腕利きの一族を送り込む。
 そこで稼いだ金の一部を徴取し、資本金としているのだ。

「さてと……残りの金で女を買うかな」

 力王はニヤニヤと下卑た笑いを浮かべる。
 残り200万の金で、高級娼婦を買うのが力王の楽しみだったからだ。

「おい、ザクロ」

 力王は傍にいるザクロに語りかける。

「技は盗めたか?」
「いえ……」
「ウソをつくな。俺の手刀を見ただろ」
「…………」
「おいおい、だんまりだな。ちょっと来いよ」
「え?」
「来いって言ってんだよ!」

 ザクロは言われたまま、力王の前に来た。

「特別大サービスだ。お前に俺の技を授けてやるぜ――」

 その言葉を聞いた瞬間、

「ぐゥ……!?」

 ザクロは昏倒し、地面に倒れた。
 力王に首を強かに打たれたのだ。

「これが力道山流空手チョップだ! 運がよかったら起きて来いよ!」

 倒れるザクロに力王は数万円ほど投げつけた。

「ザクロちゃん、小遣いだ。それで好きな女を買ってヤるといい。優しいよなァ俺は!」

 力王はそのまま部屋を出た。
 残されたザクロは力王がいなくなるのを確認すると、

「…………」

 何事もなかったように立ち上がり、落ちた一万円札を握った。

「今は我慢……辛抱……」

 ザクロは小梅、小竹の言葉を思い出していた。
 その目は黒く輝く――。


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Re: ザクロの華 ep2:橙刀 ( No.266 )
日時: 2023年08月06日 01:30
名前: REO=カジワラ [ 返信 ]
[ 削除 ]
想像以上に力王が強くて驚きが隠せないぜぃ…ッ!!
そりゃあ小梅と小竹がザクロに耐えろと言うわなあ。
普通に強いし、力王の下でと言うのは、実力が実るだろうな。
ちなみに実力は「オーレンジ」と読む。実だけにw


Re: ザクロの華 ep2:橙刀 ( No.267 )
日時: 2023年08月06日 04:33
名前: フィール [ 返信 ]
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今回の戦いで分かった事、力王は力持ち、多少ウェイトを増した総合の打撃程度では効かない、ダウンしたら即死まで持っていかれる、結論、ヤバい。
実際、現時点のザクロより強いんだろうとは思っていたが、一撃で倒されたのを見ると、対策の1つ2つでは届かねえという絶望がヒシヒシと伝わって来ました。


Re: ザクロの華 ep2:橙刀 ( No.268 )
日時: 2023年08月06日 09:56
名前: 春休戦 [ 返信 ]
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強えぇ!しかしまぁメンタル面が嫌でも鍛えられるなコレ。(;^_^A

一見、押し負けそうな局面にも怯まぬ精神力(及び彼我の力量の見切り)
無造作に人間をジャガれる残虐性

などなどを会得すれば、肉体面も相乗効果で鍛えられそうな感はあり。(w

裏を返せばザクロ、(この程度のシゴキでは潰れないと)相当期待されてるぞコレ。


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