「ぼん、エラくしごかれたもんですな。酷いケガじゃ」 「かわいがりじゃ、かわいがりじゃ、力王の悪い癖じゃて」 しごき(訓練)を終えたザクロは、果樹の室の医務室で治療を受けていた。 治療を施すのは双子の老婆、金と銀の柑橘系マスクを被っている。 「力王(脳筋)は容赦がないからのう、小竹さんや」 「血の繋がりは薄くとも同じサンキストなのにのう、小梅さんや」 金のオーレンジな覆面を付けるはマスク・ド・サンキスト“小梅”。 銀のオーレンジな覆面を付けるはマスク・ド・サンキスト“小竹”。 カポエラと日本古武術の|合わせ技《ミックスジュース》な老練のサンキスト一族の姉妹、この果樹の室の重鎮である。 「「キ"ィ"ィ"ィ"ス"キ"ス"キ"ス"サ"ン"キ"ス"ト"」」 熟れた双(ふた)つの声が不気味に響く。 口では心配した素振りを見せるも、痛めしごかれたザクロを見て喜んでいるかのようだ。 「さてさて、治療でもするかのう」 小梅はそう述べると医療室の棚からツボを取り出した。 中には橙色の軟膏が見える。 これは、この双子の老婆が考案し作り出した特性軟膏。 原材料は陳皮、金柑、柚子、すだち、その他薬草や漢方が練り込まれている。 怪しくも見えるが効果は抜群、あらゆる打撲、傷を治す。 「ほうれ、ぼんや塗りますぞえ」 小竹は軟膏をヘラにつけ、それをザクロの背中に塗った。 「…………ッ!」 ザクロの背中に激痛が走った。 双子の老婆は優しく語りかける。 「ほんにザクロのように弾けた背中に染みますじゃろうな」 「耐えなされ、耐えなされ、鉄は熱いうちに打て。若いうちに鍛えなされ」 そして、双子の老婆は声を合わせる。 「「ぼん、いつか力王に感謝する時が来るじゃろうて」」 「「その鍛えた貯金が礎となる」」 「「おんしは何れ、大神家の当主となる御方なのじゃから」」 小梅も小竹もこのザクロという若者に期待していた。 それはこのザクロが大神家の跡取り候補の一人だからだ。 ここで大神家を簡単に紹介しよう。 大神家とは長年日本の裏の歴史を支え続けた闇の一族。 元々は甲賀忍者だった大神破幻を始祖とし、戦国時代から暗躍。 要人暗殺など様々な裏の仕事を請け負ってきた。 このザクロは、その大神家一族の一人。 父は大神家の当主、大神右兵衛。 母はサンキスト一族の何某(なにがし)、つまりは不明。 何故、不明かというとこの大神右兵衛、いや大神家代々の当主は正式な妻を持たない。 数多の妾を囲み、子を産ませる。 多くの子の中から大神家当主を決めるのが、長年続いた闇の習わしだからだ。 ザクロの母も、ザクロを産むとすぐにいなくなった。 右兵衛より金だけが目的で生んだにしか過ぎないのだ。 乾いた関係で愛も情もないが、それはザクロだけではない。 大神家の子達の母は同じようなもの、各々に関係は希薄であった。 「ザクロや、今は辛抱するのじゃ」 「あの力王に師事すれば、おんしは必ずや強くなれる」 小梅、小竹はこのザクロに期待していた。 サンキスト一族の血が流れるザクロが大神家の当主になれば、それはサンキスト一族にとっても喜ばしいもの。 故に大神の血の方が濃いザクロを、この果樹の室へと入らせた。 しかし、それが気に食わないものもいる。特に力王がそうであった。 例え重鎮である小梅、小竹の紹介があったとしても、この親の七光り、大神家の血が濃い異物を果樹の室に入れたのが気に入らなかった。 従って、力王の憂さ晴らしだけでなく、このザクロが気に入らないから厳しく当たる、厳しく指導するのだ。 それでも、小梅と小竹は力王がザクロを強くすると確信していた。 「「ぼんや、我慢ぞ、辛抱ぞ」」 双子の老果実はそう述べる。 ザクロは黙って頷いた。 それはザクロにとって、この小梅と小竹が母のような存在だったからだ。 〇〇〇 「殺せ!」 「血の雨を降らせろ!」 「悲鳴を聞かせて!」 場所は変わり、ここは東京六本木の地下に設けられた格闘場(リング)。 ここでは、深夜の0時から始まる闇の格闘試合『拳魂一滴(けんこんいってき)』が開催されている。 主催は指定暴力団川口組、それ故にこのイベントは非合法的なものであるとわかる。 ルールは簡単だ。 武器以外を用いて、相手の死、もしくは再起不能によって勝敗が決する。 出場選手にはオッズがあり、それぞれに好きな金額を掛けて試合をさせる。 所謂、闇の賭博。 試合を観戦する観客はヤクザや半グレの者達が多いが、中には芸能人やスポーツ選手、政治家の顔があった。 日本の闇を象徴するような光景がそこにあった。 「それでは今宵の試合を――第1ゲームを始めさせていただきます!」 試合をするは道化師の格好をした男。 名前はカフカ、珍妙な名前と服装であるが、この拳魂一滴の司会を務める。 「赤コーナー! 元総合格闘技のライト級! 八木英明!」 リングの赤コーナーには髪を金髪に染め、背中には龍の刺繍を入れた男がいる。 八木英明、日本の総合格闘技大会『未来戦士』の元ライト級チャンピオン。 総合格闘技の本場、アメリカでも活躍した男であるが、度々ジムやプロモーター、女関係でトラブルを起こす問題児。 ついには暴力事件を起こし、表の格闘技界から追放された曰く付きの男である。 「青コーナー! サンキスト流カポエラ殺法! マスク・ド・サンキスト“力王”!」 対する青コーナーはマスク・ド・サンキスト“力王”である。 黒いスパッツとリングシューズを履き、鬱金色をした柑橘系マスクを被る。 リングを照らす光が、額の『力』に当たり怪しく輝いていた。 「おい、ザクロ」 ザクロは力王のセコンドとしている。 小梅、小竹に頼みにより、この試合をセコンドとして観戦することになったのだ。 「俺の〝果実狩り〟を見せるのは特別だからな」 力王は憎々しくザクロを睨みつけた。 いかにあの老婆達の頼みといえど、ザクロに自分の試合を見せるのが嫌だった。 それは力王がスポーツマンではなく、生を賭して戦う格闘者だからだ。 真の格闘者は自分の技や戦法を知られたくもの、見られるということは技を盗まれ、対抗策を練られるのと同意。 それは格闘者――力王にとって死と同じだった。 「なるべく手の内は隠して戦うぜ」 力王がそう述べると。 カン! リングの音が鳴った。 |
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ハーメルンにて同時連載! https://syosetu.org/novel/322053/ それから、もしよろしければレンヤさんルルミーの設定を使い回したルドヴェンティブもヨロシクだぜィ!(宣伝) https://ln-street.com/novels/a3b3e3d5-cea3-4dc2-9860-ddfaed57f1e2 |