| 「yahooの掲示板」そんなのありましたね~。 品の悪さにウンザリした記憶があります。 ところで、「魏志倭人伝」に出てくる「渡海」「水行」「陸行」これらについて、考えを教えてください。 これらで「畿内説」の矛盾を、マイ本にて説明してます。 |
| >「yahooの掲示板」そんなのありましたね~。 >品の悪さにウンザリした記憶があります。 ま、たしかに。 真面目な書き手が多ければまともな議論になるんですけど、わけわからん人もいるにはいますね。そんなのは無視リストに入れてましたけど。 >ところで、「魏志倭人伝」に出てくる「渡海」「水行」「陸行」これらについて、考えを教えてください。 ん? 水行。 >從郡至倭 循海岸水行 歴韓國 乍南乍東 到其北岸狗邪韓國七千餘里 水行って、河川航行説もありますが、上記から考えると沿岸航行も水行なんだと思います。 渡海。 >始度一海千餘里 至對海國 「始めて海を渡る」、對海國が対馬と考えてよければ、狗邪韓國はざくっと言って釜山のあたり(伽倻なんだろうと思いますが)から沿岸航行ではなくまさに海を渡ってます。 >又南渡一海千餘里 名曰瀚海 至一大國 一大國を壱岐と考えてよければ、これも沿岸航行ではなく、海を渡ってる。 >又渡一海千餘里 至末盧國 末盧國は、呼子から唐津にかけてでしょう。で、壱岐から海を渡ってます。 お聞きになりたいのはそんなことではなく、おそらく以下の文をどう解釈するかってことですよね? >南至投馬國、水行二十日、官曰彌彌、副曰彌彌那利、可五萬餘戸 >南至邪馬壹國、女王之所都、水行十日陸行一月、官有伊支馬、次曰彌馬升、次曰彌馬獲支、次曰奴佳[革是]、可七萬餘戸 それについては、「古代へ行く」の以下の文で書いたようにも思います。 参照していただければありがたいです。 ・津に臨んで捜露する ・梯儁、伊都国で卑弥呼に会うの巻 ・邪馬台国行程記事を解体する >これらで「畿内説」の矛盾を、マイ本にて説明してます。 ぜひ、ここでもご説明いただければありがたいです。よろしくお願いいたします。 |