濃淡の深淵なるもの
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たかが豚汁、されど豚汁
邦彦
投稿日:2023年01月28日 04:49
No.139
昨日のTVで、「豚汁」が「ぶたじる」か「とんじる」かの
呼び方について、興味を引かれる放送があった。
なんでも、福岡市内では「とんじる派」が70%を占めていた。
10年前までは、「ぶたじる派」が70%だったのに、知らない
内に逆転していた。
全国的には、「とんじる派」が70%らしく、「ぶたじる派」は、
九州北部に多いらしい。
確かに、「豚足」「豚舌」「トンカツ」「トン骨ラーメン」と、
トンが冠しているのでは、仕方がない。
勿論、北部九州生まれの爺さんの私は、子供のころから「ぶたじる派」
で過ごしてきた。
中学1年生のときに、対馬の白岳山頂で家族4人で、火をおこし鍋で
調理した「豚汁」を食べ、美味しかったこと、そのとき食べた「豚汁」
の味を越える「豚汁」に、未だにお目にかかったことがない。
ちょっと、話が堅くなるが、仏教で禁忌とされていた、肉を日本人が
口にするようになったのは、明治初年からで、仏教伝来の戒めを破る、
コペルニクスの転回を凌駕するような、肉食への穢れの発想を解いた。
イスラム教では豚肉はコーランの戒律で、食することを禁止されていると、
見聞している。欧米文化に浸るようになっても、破戒は許されていない。
厳格な戒律を守るためには命を絶つことさえ厭わないのかもしれない。
文化圏の違いとは言え、カルチャーショックではある。
しかし、日本人の中にも頑なに、肉食を忌み嫌う人々が居ることも確かだ。
けれど、敢えて言うなら、弱肉強食の動物の世界では、弱い動物は強い
動物に食べられるのは自然の摂理である。人間が考える論理を遙かに越えた
生きることの尊さを、私は感じてしまい。。
それ故に、人類誕生から延々と他の生き物たちを食し、命をいただきながら、
人間の糧とし、倫理的な「良いも」「悪いも」ないと思はざるを得ない。
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