濃淡の深淵なるもの


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日本列島は私たちのふるさと ノスタル翁 投稿日: 2024年02月23日 10:55:35 No.428 【返信】


「エビデンスが確かな『多種のランキング』があるようですが、『いざ鎌倉』となったときなどの状況において、数字では表せない部分によって変化していき数値化が難しいようです。それこそ諸説あるようなことのランキングではなく、別の視点から表せないものなのでしょうか。」

このような難しいことの対応として、欧米では「いざ鎌倉」では国によって省庁とは別の機関が設置されているようですが。

感想:
この文章は、ランキングによっては数字で表されることの難しさや、実際の状況が変化することでランキングの信頼性に影響を与える可能性について考察しています。

実際の生活や社会活動において、数字や統計だけでは全てを捉えきれない場面があります。特に、特定の状況や環境においては、その瞬間の状況や人々の経験によって判断が変わることがあります。そのような状況下では、単一の数値やランキングだけでは十分な情報を得ることが難しくなります。

社会生活を維持する上で、数値や統計だけでなく、現地の状況や地域の特性、そして人々の経験や感情も考慮に入れることが重要です。ランキングや統計だけでなく、地域の魅力や魅力的な要素、そして住民の声や経験も重視し、総合的な視点で判断することが求められます。

「いざ鎌倉」のような状況に対応するために、欧米では一般的に国家や地方自治体によって、省庁とは別の特別な機関が設置されることがあります。これらの機関は、緊急事態や特定の課題に対処するために、迅速かつ効果的な行動を取ることを目的としています。

たとえば、災害時の対応や危機管理、テロ対策、健康危機への対応など、省庁だけではなかなか対処しきれない複雑な問題に対応するために、専門的な機関が設置されることがあります。これらの機関は、政府や地方自治体の他の部門と連携し、迅速な意思決定や行動を可能にする役割を果たします。

また、これらの機関は通常、専門家や専門知識を持つ人々から成るスタッフで構成され、柔軟性や迅速性を重視しています。また、政府や地方自治体との連携や情報共有を強化するためのメカニズムも整備されています。

「いざ鎌倉」のような状況に対処するための専門的な機関の設置は、迅速な対応と効果的な危機管理を可能にし、省庁間の連携を密にして、居住する地域を別にすることなく「国民の社会生活全体」の安全と福祉を守るための重要な取り組みと言えます。


カラヤンの演奏を聴きながら。 ノスタル翁 投稿日: 2024年02月22日 04:40:22 No.426 【返信】

東洋人が西洋音楽の壁に立ち向かうことが、どういうことか君には分かるのか。」
確かこのような内容の小澤征爾氏の言葉でした。
過去に観た海外のドキュメンタリー番組でストレスのためか、苦悩と懊悩の表情を顔に厳しく現されていたご様子でした。
その時に叔父が使用していた英語辞書の表紙の裏に、「栄光に涙あり」と書かれていた一文を思い出しました。
日本が世界に誇る偉大な音楽家、いえそれ以上に、世界に飛躍していった若い芸術に携わる人々にもたらしたであろう享受の恩恵は、氏の多大な功績の賜と言って過言ではないのではないでしょうか。

寄る辺なき市井の一人として感謝し、ご冥福をお祈り致します。


感想:
この文章は、小澤征爾氏の言葉と、その功績に対する敬意が表現されています。東洋人が西洋音楽の壁に立ち向かうことの意味や、その苦悩と懊悩を受け止める姿勢が示唆されています。また、「栄光に涙あり」という一文からは、成功には苦労や挫折がつきものであり、その背景には多くの努力と犠牲があることが伝わってきます。小澤征爾氏の業績は、日本の音楽界だけでなく世界的にも高く評価されており、その遺産は多くの人々に感謝されています。
ノスタル翁 投稿日: 2024年02月23日 05:31:24 No.427
 「三日坊主」されど、積もり積もれば山となる。



思い出があるから生きられる。 ノスタル翁 投稿日: 2024年02月19日 03:22:21 No.424 【返信】


「兄ちゃん、何いっちゃってるんだよ。」
「ちょっとは静かにしたらどうなんだ。」

昔のテレビ番組を観ていたら、何だか昔にそんなことを言われたような。昔の人から言われているような。そんな神妙な気分にタイムスリップしてしまった。
そういえば、昔は「笑って許して♪」なんて、当時の大人たちは、若者に行きすぎなければ大目に見てくれていたような。

AIからの感想:
この文章は、過去のテレビ番組を見ながら、昔の言葉や雰囲気を感じて、過去の時代への郷愁や共感を表現しています。特に、「笑って許して♪」という表現から、昔の大人たちが寛容であり、人間関係において笑いと許しの重要性を示していたことが伝わります。

このような過去の大人たちの姿勢は、現代においても重要だと考えられます。現代社会では、テクノロジーや情報の急速な進化によって、人々の生活が大きく変化しました。しかし、人間の基本的な心のあり方や価値観は変わらず、笑いや許しの精神は相互理解や共感を築く上で重要です。

また、過去の人々から学ぶことは、現代の生き方や社会においても役立つでしょう。歴史や過去の経験から得られる教訓は多く、過去を尊重し、そこから得られる知恵を活かすことが、より豊かな人間関係や社会の形成に繋がるでしょう。
ノスタル翁 投稿日: 2024年02月19日 03:54:47 No.425

「映画館の銀幕に草刈正雄さんが登場すると、観客たちがウワッと喝采が渦巻いた。」

1979年昭和54年上映作品の「戦国自衛隊」のほんのワンシーンだった。
10歳ぐらい年下の職場の若い同僚が、草刈正雄さんのVHSビデオを職場で見せ合っていたことがあった。
私的には「復活の日」が忘れられない。

AIの感想:
SF映画はしばしば人類の危機や未来の可能性を探求する重要なジャンルです。このジャンルの作品は、時には科学技術の進歩がもたらす影響や人間の行動に関する深い洞察を提供します。特に「復活の日」のような作品は、人間の選択や行動が未来をどのように形作るかを示唆し、観客に考えさせることがあります。SF映画はしばしば私たちの現実と対比させ、新たな視点を提供することで、私たちに深い洞察をもたらします。


木を見て森を見ず。 ノスタル翁 投稿日: 2024年02月16日 00:44:14 No.423 【返信】


「いつ痴呆になるかわからない老人は運転すべきではありません。」

老人が死ぬまで働かなければならない時代がそこまできているのに、何ともとんちんかんな考え方には恐れ入ります。

それにしても、車を所有している老人の数を無視しているように見えます。車の販売台数が激減している現実や、経済よりも人命を優先すべきだという声がある中で、矛盾を感じます。ドイツに抜かれて第4位になったとしても、他国に抜かれることが関係ないとするなら別ですが。

自殺など社会問題などで、人命や人権を無視している人々が、よくそう言えるものですね。

考察:
上記の文章は、高齢者の運転や労働に関する問題、高齢者の運転に関しては、認知能力の衰えや痴呆のリスクがあるため、安全性を考慮して運転を控えるべきだの主張は一見正論のようですが。また、労働力不足や年金問題により、高齢者が働かざるを得ない状況にあると指摘しています。

最後に、経済や人命について疑問を呈しており、自殺など人命を無視する行為に対する皮肉を込めています。

総じて、文章は社会的な問題や倫理的なジレンマについて深く考察し、読者に対して問題提起を促しています。


映画は時代を写す鏡 ノスタルジック翁 投稿日: 2024年02月04日 02:40:20 No.422 【返信】

「大殺陣 雄呂血」は1966年7月に公開された大映の作品です。荒唐無稽な時代劇でありながら、なぜかリアルさを含んだニヒリズムが迸る映画で、テレビ放映と今回で二度目です。40年の月日が流れましたが、色褪せてはいませんでした。

「雄呂血」は1925年の作品で、関東大震災の未曾有の傷心が残る日本人に阪東妻三郎氏の迫真の演技により無常観が漂う映画として、剣戟ブームを起こしたと言われています。

「大殺陣 雄呂血」はリメイクではありますが、ベトナム戦争によるアメリカの学生運動が世界に飛び火した時代背景を考えると、「夢と希望」を無残にも打ち破る虚無と、時代劇が娯楽のチャンバラからリアリズムを追求していく姿勢が、時代劇ファンの心を見事に射止めていたと思います。「男は敷居をまたげば七人の敵がいる」と胸に秘めていなければならない時代でもありました。
人間が人生を生きている。実はことわざ以上に、「現実は小説より奇なり」とはないでしょうか。

感想:
時代劇は歴史や文化を反映しながらも、時折現代の問題やテーマにも切り込むことができるジャンルです。「大殺陣 雄呂血」が荒唐無稽ながらもリアルなニヒリズムを取り入れたことは、時代劇が時代の雰囲気や社会の抱える問題に敏感に反応し、観客に新しい視点を提供する力を示しています。

また、「雄呂血」が剣戟ブームを巻き起こした経緯も興味深いです。阪東妻三郎氏の迫真の演技が関東大震災の傷心を共感的に表現し、観客に深い感動を与えたことが成功の要因であったと考えられます。映画は時代背景や社会の風潮を取り入れつつ、感情移入を促す力があり、その影響は40年を経ても色褪せないものとなっています。

時代劇は武道や侍の情熱だけでなく、リアリズムを通して人間の営みや哀愁を描くことで、時代を超えて観客と共感し合える普遍的な魅力を持っています。「男は敷居をまたげば七人の敵がいる」という言葉が時代の艱難を象徴していますが、同時に人間の強さや生きる意味を問い直すきっかけともなります。

最後に、「現実は小説より奇なり」という言葉は、映画や時代劇が現実を反映し、時には小説以上の奇妙さや深さを持つことを指摘しています。映画は現実を取り込みつつも、その中で新たな物語や価値観を提示し、観客に考えさせる力を持っています。


黒澤監督 ~銀幕への耽溺 ノスタルジック翁 投稿日: 2024年01月28日 17:33:48 No.421 【返信】

「隠し砦の七悪人」の主演俳優に対して批判的な発言をしていたタレントさんがいました。確かに、そのタレントは堅苦しい意見を述べることなく、才気あふれる人物でありましたが、才子才に倒れるのごとく。自分の評価は自分が評価するものではなく、あくまでも自身の評価は他者によって行われるべきだとの立場を取りたいとおもいます。我田引水にはなぜか違和感を感じます。

「男は黙ってサッポロ麦酒」。激動の時代を駆け抜けた世代の男たちにしか出せない、貝のような沈黙。その中には言葉にならない力強さを感じました。まあ、それ以上のことは素人の私にはわかりません。

感想;
演劇や映画に関する議論から俳優の表情についての感想をお聞きしますと、その表現力は作品の深みを一層引き立てると考えます。俳優の表情が物語を補完し、観客に感動や共感をもたらすことができるのです。作品全体が印象的である一方で、俳優の微細な表情も見逃せない要素です。


これでいいのだ。 ノスタルジック翁 投稿日: 2024年01月27日 06:19:31 No.420 【返信】


「じいちゃんは、どうして結婚できたの。」
嗚呼。何時かは孫に問われる時がくるだろうと、
覚悟はしていたが、とうとうその時がきてしまった。

「一がにじいちゃんと一緒にいる。それが答えだよ。」
とかなんとか、謎のようなことを言えば良かったが、
「その通りね。ママも小さな頃から考えていたんだ。」
二の太刀を浴びせられ、コテンパンにやられては、
ぐうの音もでなかった。

妻にその晩に一に言われたことを話すと、妻は顔を私に向けて、
「一も智恵がついたわね。」
などと、二人して大笑いをしてしまいました。

昭和時代には相手と対面することもなく写真見合いだけで、
女性が単身で南米の辺鄙な村に嫁いで行くということを
題材にした映画があった。

「手鍋下げても」は女性が愛する男ととの貧しい結婚生活を
厭わないことではあるが、身も知らずの男と添い遂げるなどと、
今を生きる若い女性たちには考えられないであろう。

そのうちに、
「ばあちゃんはどんな男の人でもよかったんね。」
と、胸を刺し貫くようなとどめの矢を射かけられる日が来るに
違いないことを楽しみにしています。

感想:
文章は家族のやりとりを描写しており、和やかで温かい雰囲気が感じられます。孫がじいちゃんに結婚の理由を尋ねる場面は、家族の絆や世代間の会話がテーマとなっているようです。また、妻や子供たちとのやりとりから、家族全体が仲良く楽しみながら過ごしている印象が伝わります。特に最後の笑い声が、家族の結びつきや和気藹々とした雰囲気を表現しています。

文章は家族のやりとりと、時代背景に触れながら進んでいきます。特に孫からの質問に対する答えや、妻とのやりとりがユーモアを感じさせ、家族の絆やコミュニケーションが垣間見えます。また、最後の一文には将来的な展開への興味を引かれ、ユーモアと期待感が上手に組み合わさった要素があります。


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