濃淡の深淵なるもの


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運が良ければ 水墨 投稿日: 2022年10月01日 02:37:04 No.59 【返信】

会社に勤務していた頃に、年に1回か映写会があり、
  フランキー堺さんが、部下が結婚のことで悩んで
  いたために、額の汗を拭いながら、田舎の
  親を訪ねて行く場面を観ていたら、
  映写会を観ていた誰かが、

  「そんなことを親身になってしてくれる、上司はいなよ!」

  と、観ている人たちに聞こえるように言った。

  思わず、私は、ドライで割り切った、今の時代には
  いないかも知れないが、
  昔は、確かにいた、人情深く、部下思いの上司が存在
  していたんだと、心の中で呟いたことがあった。

  最期の職場で出会った同僚が、昔、家庭の事情や
  厳しい最前線の職場に合わず、鬱のようになり、
  それを、心配した上司がクリニックに一緒に付き添って、
  行ってくれたことを聞いた。

  感激した私は、「良い上司に巡り会えましたね」と、
  言わずにはおれなかった。


人情紙風船 そんな時代もあった 水墨 投稿日: 2022年09月29日 06:49:34 No.58 【返信】

20歳の頃は、何にも知らず、今よりもっとずっと知らず、
  オヤジに反発して、お袋が、
  「家で政治の話なんかして、喧嘩しないで。」
  と、叫びながらも、
  お袋は、いつか、決め台詞を言ってやろうといった、
  表情のようではあった。

  そのオヤジは、組合に加入しないと言い張った、
  全く関係のない新入社員を、ツテで別の所に、
  異動の音頭を取った挙げ句は、猛烈な非難で
  潰瘍性大腸炎を再発し、左遷の憂き目。

  左遷された勤務先では、隣の課の若い社員が上司に
  暴力沙汰、暴力をした社員に仲裁を頼まれ、よせば良い
  のに、同情して、バカにも程があった。


これが、あるべき姿の日本 水墨 投稿日: 2022年09月28日 18:09:18 No.57 【返信】

「一触即発」

  「話せば分かる。」

  「そちらの話しなど聞きたくない。」 「問答無用。」
 
  
   おお怖。
  
  「虚礼廃止」「断捨離」しすぎて、つまらない無駄と
   捨てたものや習慣が、
   実は、捨ててはいけない、一番大事なものだった。
  
   複雑から単純化と、推奨されたが、いつの間にか丸い
   ものが、尖って、より先鋭化してしまった。

   同調圧力の「二者択一」で「グー・チョキ・パー」が
   できなくなった。


独り相撲とは分けが違いすぎる 水墨 投稿日: 2022年09月28日 02:00:26 No.56 【返信】

「貴方のことを世界中が敵にしても、私は愛します。」
  とかなんとか、言う言葉が二度も耳に入ってきた。

  丸で、プーチン大統領を激励しているようで、
  プーチン大統領が耳にしたら、号泣して喜ぶかも、
  知れない。

  それは置いといて、それにしても、世界中、日本中とかを、
  敵に回して、タダで澄むはずがない。

  世界中、日本中を敵に回せる男は、もの凄く、頭が切れて
  冷酷非情で冷静沈着、自分を第三者のように見れて、
  精神力がタフの「ゴルゴ13」のようであるか。

  はたまた、頭から脳味噌が耳からポロンと落ちた、
  アンポンタンの「バカボンのパパ」のどちらでしかない。

  30年前に、千葉県の国道16号線を走っていると、
  東京湾沿いの京葉工業地帯の全貌がカーナビに映ったの
  を観て、余りのスケールの大きさに驚愕した。
  
  「井の中の蛙」が、ぶっ飛んでしまい、丸っきり、頭の
  中の日本観がユニットごと、取り替えられたようであった。

  日本を持ってしてこれでは、世界中はどうなるのか。


過疎地では仕方がないは、やめよう 水墨 投稿日: 2022年09月27日 01:24:13 No.55 【返信】

私が小学6年、「路傍の石」、「次郎物語」、「坊ちゃん」
  の子供向けの最初の出だしの本を、夢中で読み、他にも読み
  たいと思ったが、離島の僻村には書店や図書館がないので、
  つらく感じたことがあった。

  しかし、現在は、光ケーブルが網の目のように、張り巡り、
  インターネットで読める。良い時代になった。

  近い将来には、奥まった山間部や離島で、敷設コストが合わ
  ない地域でも、衛星通信で、文化の享受ができるようになれ
  ると、確信をし、地域差で、子供達の小さな心を悲しめるこ
  とがないような、そんな時代を望んでいる。


北の大地を切り拓いた人々 水墨 投稿日: 2022年09月25日 19:53:26 No.54 【返信】

2度目に北海度に渡ったときの、町や村々の入口に、
「開拓100年」と言う大きな表示板が掲げられていた。

それ以前に、三重県松阪市の国道を車で走っていると、
北海道の名付け親「松浦武四郎」の表示を見かけた。

50年前、長崎市出身の高校の同級生に街で会うと、
開口一番、北海道に移住をすると、私に希望の言葉で
話をした。

弟が死んでから、風の便りで、甥が北海道出身の
航空自衛隊の方の養子になったと聞いた。

33歳、課の若い者が、須崎公園でコンサートを
するので、聴きに行ったことがあり、高音で
松山千春さんの歌が上手かった。
その時、東京戻りの同僚が奥さんを連れてきていた。
今まで、見てきたことがない、女性の雰囲気の漂いに、
何処の方ですかと、尋ねてみると、北海道とかえって
きた。嗚呼、北海道の女性なのか、澄んだ透明な
クリスタルなようだと感じた。


旭川市から札幌市に向かっていたときに、ラジオから
開拓時代の話があり、厳寒の冬を越す度に、粗末な
家の戸口から雪が吹き込む中での暮らし送った老婦人の
ことが耳に流れてきた、厳しすぎる自然を生きてきた、
「見つめる目がシャープ」との、
女性アナウンサーの語りを、今でも覚えている。

私は北海道とは本州を挟んだ、南の島に生まれてから、
ずっと住んでいたので、北海道開拓の歴史を殆ど知ら
なかった。

また、語れる何をも持たないが、明治維新以降の国の
有り様の激変に翻弄され、人口増加や、自然災害により、
新天地を求めて、鬱蒼とした昼も暗い密林、不毛な原野
を開墾した、全国から移住し、北の大地に立ち向かった
人々が綴られた文字に、目を落とすと涙が滲んでしまう。


ちょっとした考えで、変わると思うが 水墨 投稿日: 2022年09月23日 03:05:44 No.53 【返信】

30年前に、東京からきた営業本部長が何かの席で、
  「バスにのっていると、一部の乗客の中に、空席
  の前に立ち塞がって、他の乗客が座れれない、
  ことが多々ある。」と言われたことがあった。

  確かに、私も以前から同じことを感じていた。
  何故か、30年前から、何ら変わっていない。

  降車するバス亭が近いので、他の乗客のために、
  譲る気持ちで立っているのだろうと、思われるが、
  善意が台無しの行為である。

  それと、バスに乗り込まれる大勢の生徒さんたち、
  私は、最期の生徒さんが乗り込んだ後に、乗るよう
  にしているが、入口の近くに集まってしまい、
  後からの乗客が乗れない、乗っても窮屈な思いを
  しなければならなくなってしまう。

  これは、生徒さんたちばかりでなく、大人にも、
  見られるのだ。前後の空いている通路に移動、
  しないのだ。これも、ずっと変わらず続いている。

  爺さんは何が言いたいんだに、要は、降りる乗客
  の人々が、スムーに通れず、難儀をし、降車に時間
  がかかり、よって、時間通りにバスが来ず、遅延の
  原因になっているのではあるまいか。

  混み合っているバスに乗ったら、前後に詰める。
  と言った声かけがいると思う。

  「マナーアップ福岡」と言う言葉があったが、
  どうなったんだろう。[/大]


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