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投稿者:金糸雀
歌舞伎の演目ではお馴染みの長谷川伸の戯曲集からの「刺青奇偶(いれずみちょうはん)」が原作の映画化は、1933年に日活が片岡千恵蔵主演で映画化しています。橋蔵さんの「いれずみ半太郎」は原作からはかなりアレンジされての映画化になっているようです。橋蔵さんには、やくざもので股旅的な作品ですから、やりやすい方だったのではと思います。 1963年はというと、今までの綺麗な橋蔵さんのイメージを覆していく年の始まりでした。その一番目が「いれずみ半太郎」でしたね。なぜこの作品をぶつけてきたのでしょう。橋蔵さんにとってある意味で無縁ではないのですが。 「刺青奇偶」は身投げしたお仲を救うのですが、映画「いれずみ半太郎」では、お仲が身投げする前に半太郎が助けるのです。原作の半太郎は夫婦になってもバクチをやめられない、病床のお仲は半太郎のバクチ癖を直したい一心でサイコロの刺青を半太郎の二の腕に入れます。 橋蔵さんの半太郎は、生涯の伴侶だという意味で自ら"おなか"と刺青を入れますね。 いつしか愛することに命を賭けるまでになっていく半太郎と、負い目を感じながらも半太郎を愛していくお仲。けなげに生きていこうとしている二人に運命は答えてくれません。 半太郎はお仲が手を口元に持ってくる仕草を知らないうちにしてしまうのです。この場面は半太郎とお仲がこれからの運命を共にするということを暗示しているのですね。 平塚の宿で客だった男に見つかり、女郎の世界から逃げることはできないと半太郎との生活を諦めたお仲、そんなお仲を救おうと追いかけてきた半太郎は、お仲の本心を知って助け出します。竹林に身を隠していたお仲は、半太郎に体を売ったことがわかって思いっきりビンタをされるが、お仲は半太郎に笑みを浮かべるのです。竹林の中でお仲への愛を告白する場面は前半の最大の見せ場でしょう。 お仲が指を口に持っていく仕草を知らず知らずのうちにしている半太郎。この場面は半太郎とお仲がお互いをおもっているという表現。これからの運命を共にしていくということを暗示しているのですね。 私はここの場面はストーリーとしての描写に感動を覚えます。そして後半オリジナルで見せ場を作ったところ・・・二人が江戸へ向かう旅の途中、身を潜めている居酒屋でお仲の三味線の音色に合わせて半太郎が歌う余興の場面のところ・・・二人にとっては幸せの時間となるのです。 この作品は橋蔵さんのイメージを壊さない半次郎に仕上がっていますね。ところどころに橋蔵さんらしいやさしい表情がでてきますので救われます。そして、マキノ雅弘監督に描かれる丘さとみさんは素晴らしいですね。 🖍️ここでちょっと道をそれて、長谷川伸の「材料ぶくろ」の中に書かれている話から。 長谷川伸の「刺青奇偶」の初演は、1932年(昭和7年)6月歌舞伎座でした。その配役は、六代目菊五郎の半太郎、五代目福助のお仲、十五代目羽左衛門の政五郎でした。 半太郎には実在したモデルがいて、通称坊主竹と呼ばれ、五代目菊五郎の弟子である二代目尾上蟹十郎の知人で、蟹十郎から聞いた話を六代目菊五郎が長谷川伸に話したということです。坊主竹の女房は新吉原の遊女で、亭主の博打好きに散々苦労をして病気で余命がないことが分かり、坊主竹の二の腕にサイコロを刺青し、博打がしたくなったらこれを見て遺言だと思ってといい死んでいきます。 自分の書いた戯曲の「あの女」で、ふと夢に見るのは二人だけ、「沓掛時次郎」のお絹と、「刺青奇偶」のお仲だけであると、長谷川伸は書いています。 「刺青奇偶」初演の稽古の時、六代目菊五郎がいったそうです。「この女の性根が俺には分からねえ」それに対し、「君と僕とでは通って来た人生の街道が違うからそうなのだ。僕はこうした女を友達に持つような過去があったのだから、僕には分かるんだ」と返事をしたそうです。菊五郎の納得できない様子に、「この女は、坊主竹の女房ではなくて、僕の過去の中にいた女がモデルだけどね・・」と。 📌大川橋蔵主演の『いれずみ半太郎』の股旅ものは、黒澤明監督の『用心棒』と『椿三十郎』のあと集団抗争時代劇になってきた日本映画界に受け入れられなかったことは、当時の『キネマ旬報』を見てもわかります。 橋蔵さんが映画界に入った頃東映時代劇は頂点に上り詰めてよい時代でしたが、1961年以降斜陽化し、映画界の時代劇の求められている方向も変わってきました。白塗りでメイクの上手さで映えた現実から遠い時代劇は通用しない、素顔をメインにしたお化粧でのリアルな時代劇に挑戦していく時代にはいったわけです。今はテレビもそうなっていますね。 大川橋蔵といえば美剣士という時代を一緒に見てきた人達にはなかなか受け入れられないものです。そういう人達も現在リアルさが定着した時代劇になれ、若者達はいうまでもなくリアルを求めていますから、今「いれずみ半太郎」を見ればしっくりくる作品かもしれません。 長谷川伸の作品で、こんな感じでリアルなものなら、橋蔵さんにもあいましたね。 画像は👍クリックで拡大します。
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