投稿画像
投稿者:BA10-2407291
管理人様 「金太郎腹掛け」と称されたのは、86形一次車の当初の塗り分けが下部のV字が後年よりも小さく、上部も側面窓上が段差状の塗り分けだった為に正面に回り込む位置が低くて(即ち全体的に緑の面積が大きい)、これなら容易に連想出来たと思います。 逆に、300番代二次増備車(86316~)では86形の中で正面の緑の面積が最も小さく(上部を運行灯上の突起部分にかからないよう修正し、下部も側面の塗り分けラインが100番代以前の車より低い為)この塗装から腹掛けを連想するのは困難です。 この正面のカーブは施工工場によってかなりバラつきがあり、特に最末期の飯田線用300番代を担当していた浜松工場ではマスキングが非常にいい加減だった為、相当な個体差が見られました。 私の中で最も酷いと感じたのは、80系旅客車の最終自力走行(84年3月1日の廃車回送)の先頭に立った86301で、下部のV字カーブがガタガタで、明らかに左右非対称でした。 仰る通り、上部に方向幕窓があると、かなり印象が変わりますね。 ただ、掲載頂いた伊豆っ箱の1000系の初期2編成は腰部に大型前照灯で、なんだかクモヤ93形を連想させる表情に見えます。 あと、前述の私の中での基準には該当する車ですが、東急青ガエルや、京急500形・初代600形初期車のように前面窓が縦長なスタイルは、果たして正調湘南スタイルと呼んでよいものか疑問です。 掲載写真は最初の2枚はゲテモノで、国鉄保線工事用機械と、日野TC300型トラックです。 トラックのデザインに影響を及ぼしたかどうかは疑問ですが、表情的には似ていると思います。 保線用機械は、明らかに影響を受けていますね。 写真3は、80系(厳密には国鉄旧性能電車には系列という概念が無かったが、敢えて湘南電車80形グループを80系と呼ぶ)の中で最終自力走行車となった、クモニ83103(元モユニ81006)の、廃車回送シーンです(1984-3-14 豊橋)。 この時は神戸方から83102+68420+61005+54129+83103という組成で、奇しくも湘南スタイル第一次製造車が両端に付く編成でした。
投稿記事
画像を拡大