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富貴寺からの連続カーブを行くこと、わずか数分。
景色は一転して田園地帯になる。
田染(たしぶ)の平野だ。
鏡子さんの目が輝いている。
「ここに生まれたかったわ」
「どんな善行をすれば、ここに生まれることができるんだろうね」
最大の賛辞だが、彼女をしてそれを言わしめる要件はよくわからない。
おそらく半島内唯一の平地は、いかんせん山に囲まれて限られた田園風景だ。スケールとしては小さい。
それでも、奇岩をいただく山また山の半島にあっては、ここが桃源郷といえなくもない。
鏡子さんの言わんとすることは、これでいいのだろうか。
すぐ近くの「小崎」と呼ばれる地区は、中世の荘園の風景がそのまま残されているという。
もちろん、そこにも人は住んでいる。
ここは「真中 まなか」と呼ばれる。
郵便局があるから中心部であり、だからこそ神社がある。
そして、その神社にも仏はいる──当然だとも言うように。
(つづく)
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