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投稿者:KZ
『さらば青春』  詞 曲  小椋佳 https://www.uta-net.com/movie/2156/ ☆大学に通い始めて三四日後 古い学生会館(正しくは第一学生会館と言った。今はもう無いけれど)にあった現代文学会という学生サークルを訪ねた。学校に来ても どこにも居るところがないから、もうどこでもいい とにかく腰を据えられる場所が欲しかった。三階の奥まった左て 古ぶるしい墨書の看板を確かめてドアを開けると 小柄な男がひとり 十数人が座れそうな大きな木製のテーブルの隅で何か書類を整理していた。「入部希望?」 すぐに新入生だと分かったのだろう メガネの奥で人懐こそうな目が微笑んでいる。少し話を聞かせてもらえますか? いちおう私もそう尋ねた。古びて汚い部屋だったが 正面の窓は大きくて明るい。右の壁には大きな黒板、左にはコルク製の掲示板があり 何枚か読書会などの通知が貼られていた。 kさんと名乗ったその人は 教育学部の二年生で、今は新入部員の受付係を交代でしているのだという。「入ったからって 別に義務とかは何も無いよ。適当に顔を出してれば友達ができるし そこに連絡ノートも置いてあるしね。…そのうち読書会とかの案内も出るから 興味があったら出てみたらいい。基本 自由参加。あと 作品が書きたければ 二種類ぐらい部内雑誌があるからさ、編集担当者に読んで貰えばいい」 バックナンバーはそこのロッカーの中に並んでるから。そう言ってkさんは気軽に鉄製の古いロッカーを開けて見せてくれた。並んだ冊子の他に 貴重品めいたものは何も入っていない。 このがらんとした自由な雰囲気は 高校の三年間を過ごした映画班の部室と似ていて、ここなら普通に息をして暮らせそうな気がした。登校数日でもう 学部の教室も研究室も図書館でさえも 自分が棲息できる場所ではないなと肌で感じていた。よそよそしくてかなわないのだ。(高校の三年間も同じだった。息の詰まるクラスやしょぼいロッカーにはほとんど近づかず 朝から晩までずっと映画班の部室にいて そこから各時間の移動教室に出かけていた。昼飯も着替えもサボりもダベリも…全てその狭苦しい階段下の部室で暮らして なにも文句はなかった。) kさんから白紙の入部カードをもらって 現住所やら出身校、学部とかを書き込んだ。「いいんだぜ よく考えて、記入は 後からでも」 そう言われたけれど、どうせ入るんだからと さっさとボールペンを走らせた。なにしろ明日から 私には他に行く場所が見当たらないのだ。今年の入部第一号だよ きみが、笑ってkさんはそう言った。
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