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投稿者:フェニェクーティ
お久しぶりでございます。 2018年(...でしたよね?)に常陸国の雨引山でお会いして以来でしょうか。 小生の山城歩き/探しの趣味はその後も変わらず続いております。 CS立体図候補地の内のいくつかについて、僭越ながら、情報を提供させていただきます。 ・佐久山城の横 雨引山で昼食時にお会いした山川千博氏の「栃木県大田原市城館分布調査報告③佐久山城とその周辺」に "佐久山城跡東端の遺構"・"招霊山の遺構"として紹介されています。 この冊子は「那須文化研究」 第37号の掲載物を抜刷したもののようなので、 どちらでも読めそうですが、両方とも電子化はされていないようです。 ・黒田 こちらも雨引山でご一緒させていただいたアオレンジャー氏のHP「北緯36度付近の中世城郭」 https://yaminabe36.tuzigiri.com/index.htmで "矢又館"として紹介されています。更に南側に"矢又南館"もあるようです。 ・東戸田城の横の横の山 CS立体図で見て気になったので、昨年11月に行ってきました。 北側の方は、城館遺構にも古墳にも見えませんでした。藪がやや酷く地表面が荒れていたせいではないと思うのですが... CS立体図の画像とは地形が少し違っているように感じましたが、小生の感覚の方が間違っているかもしれません。 南側は、小生は城館遺構だと思いましたが、貴殿の基準ではやや微妙な気もします。 比高が余りないので尾根先から取り付いても問題はありませんが、 南東側下の墓地辺りから堀切(仮)を目指して登る方が楽だと思います。 ・馬頭 一番西側の所だけ昨年4月に行きました。 場所からすると城があった方が自然な気もしますが、 畑作ゆえか林業ゆえか分かりませんが、後世の改変があちこちにあり、城と思えるものはありませんでした。 近頃、貴殿を悩ませている様子の"天使の輪"問題について、小生は簡素な陣所跡ではないかと考えておりますが、 城館についての基準が緩く甘い小生の目で見ても、この山に城らしさはありませんでした。 貴殿が調査したら、間違っても城跡とは判断しないと断言できます。 東側の2ヶ所は、CS立体図の画像を見ても、今の所行ってみようという気にはなりません。 ・大鳥  こちらも林業等山作業関連と思われる改変ばかりが目に付きました。 CS立体図の基となったレーザー測量がいつ行われたのか存じませんが、 小生が昨年4月に訪問した際は、できてから10日も経ってなさそうな新しい作業道があり、 現状はCS立体図の画像よりも更に改変されていると思います。 山頂の平場にある石祠+土盛りと、北西側中腹にある露天掘りの痕以外は古さを感じさせるものはありませんでした。 既にご存知かもしれませんが、貴殿のビーナス、烏山城の北側の尾根先近くに小さな出城のような遺構があります。 貴殿にとっては烏山城の高い完成度を損ねる、ミロのビーナスの腕というか指先というか、 文字通り蛇足のような遺構かもしれませんので、心に充分余裕のある時にでも調査してみて下さい。 貴殿の愛情が揺るがぬ事を祈念しております。
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