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投稿者:はっちん
元記事⇒ 久留米大学医学部免疫学講座 https://www.med.kurume-u.ac.jp/med/immun/corona.html 【抜粋】 ● 形質細胞の寿命の決定: 2 つ目の論点は、形質細胞の寿命です。麻疹(はしか)等のように予防接種を受ければ一生涯抗体が残るものもあれば、インフルエンザの様に半年で抗体が消えてしまうものもあります。抗体の半減期は最も長い IgG1 と呼ばれる抗体でも 23 日と短いので、原因は抗体を作る細胞の寿命にあることは確かです。B 細胞は、胚中心と呼ばれる対策本部で、矢を IgM から殺傷能力の高い IgG と呼ばれる矢に交換するとともに、さらに殺傷能力を上げるために矢先の微調整を行います。その後、「形質細胞」と呼ばれる弓矢の名手、すなわち、研ぎ澄まされた抗体を放つ専門細胞へと成長して行きます。形質細胞には 45 年以上生きる「long-lived plasma cell」と呼ばれる長寿細胞と、3~7 か月しか生きることができない「short-lived plasma cell」と呼ばれる短命細胞があります(Andraud M, Plos Comput Biol 2012, e1002418)。免疫細胞の寿命は、特攻隊として働く好中球は約 3 日で、T 細胞は半年〜1 年です。よって、「なぜ形質細胞は 45 年もの長きにわたり生きる事ができるか?」が謎で、多くの仮説が提唱されています。 一つ目の可能性は「潜伏感染」です。ウイルスの中には、免疫がしっかりしていると、何もせず我々の身体に一生涯潜んでいるものもあります。B 型肝炎や単純ヘルペスが代表例です。また、進行性多巣性白質脳症を稀に起こしてしまう JC ウイルスは、脳の病気でありながら約 80%の方の腎臓に一生涯潜み続けています。 すなわち、「身体の何処かに潜み続けているウイルスが何もできない様に、形質細胞が常に小競り合いを起こしているため長生きしている」と言う仮説です。 二つ目の仮説は、戦闘(感染)が起こると設営される「胚中心」と呼ばれる対策本部です。胚中心には、B 細胞や形質細胞に活力を与える事ができる特殊な樹状細胞(follicular dendritic cells)や濾胞 Th 細胞(Tfh)が存在します。この対策本部があるから、形質細胞は長生きできると言う仮説です。通常、強いウイルス感染では対策本部は設営されるのですが、新型コロナウイルス感染では設営されない、即ち胚中心が作られない事が報告されています(Kaneko N, Cell 2020 8/14 11572)。胚中心ができない事により、形質細胞が短命(3~7 か月)となるのかもしれません。また、季節性インフルエンザのように比較的強い敵の場合は、胚中心が作られ形質細胞の訓練が始まると、過去に似たような敵と戦った経験のある形質細胞達も胚中心に集りだすようです(Turner JS, Nature 2020, 8/31)。これにより、強弱の効いた強力な波状攻撃(多様性を持った攻撃)が仕掛けられるのかもしれません。 もう一つ新たな仮説が 2020 年 10 月 5 日に報告されました(Meckiff BJ, Cell 2020, 10/5)。濾胞 Th 細胞(Tfh)は B 細胞に活力を与える援助細胞ですが、新型コロナウイルス感染では、この「濾胞 Th 細胞」が B 細胞を殺してしまう「細胞傷害性濾胞 Th 細胞」へと豹変する可能性が示されました。この豹変した細胞は、新型コロナウイルス感染で重症化した方のみに認められています。すなわち、細胞傷害性濾胞 Th 細胞が出現しなければ抗体が産生され回復に向かうが、細胞傷害性濾胞 Th 細胞が出現してしまえば抗体産生ができなくなり、より重症化へと進んでいく可能性も否定はできません。 このホームページを閲覧して頂いた方から貴重なご質問を頂いたのでご紹介させて頂きます。新型コロナウイルス感染で胚中心が消失すれば、矢を IgM から IgG へ変えるクラススイッチが起こらないため、IgG ができないのではないかと言うご質問です。私の説明不足で申し訳ありません。もし「クラススイッチは胚中心で起こるか?」と問われれば答えは〇になります。しかし、「クラススイッチは胚中心でしか起こらないか?」と問われれば答えは×になります。B 細胞は非常に複雑で、「クラススイッチがおこることにより胚中心は作られ、胚中心が無くてもクラススイッチは起こる」という結論になるのかもしれません。例えば、マウスでクラススイッチを起こらなくすると胚中心は消失します。事実、ヒトにおいても、クラススイッチに必要な遺伝子が生まれつき欠失すると、高 IgM 血症という病気を起こしてしまい、胚中心も消失してしまいます。つまり、クラススイッチに依存して胚中心ができているのかもしれません。一方、胚中心はリンパ濾胞という組織の中にできます。よって、リンパ濾胞が無くなると胚中心も無くなります。リンフォトキシンと呼ばれるサイトカインが無くなると、リンパ濾胞と共に胚中心も消失しますが、IgG は無くなる事はありません。すなわち、胚中心が無くてもクラススイッチは起こるという事になります。事実、今回の新型コロナウイルス感染においても、胚中心は消失しながらも、コロナ特異的 IgG は作られています(Kaneko N, Cell 2020 8/14 11572)。 また、胚中心では、殺傷力を強くするために矢先の微調整(体細胞高頻度突然変異)が繰り返されます。人類は、新型コロナウイルスに対して「余り微調整をしなくても十分に殺傷力を持つように変えることができる矢(抗体)」を既に持っている可能性が 8 月 20 日に報告されました(Kreer C, Cell 2020, p843)。なぜ、このような矢(抗体)を持っているかについて 2 つの可能性が挙げられています。コロナウイルスのような RNA ウイルスは数億年前から存在しているようで(Shi M, Nature 2018 p197), ウイルスはヒトと共存して生きている事からすると、人類は進化の過程でこの様な矢が既に備わっているのかもしれません。また、4 種類のヒトコロナウイルスは、既に世界中に蔓延しています。これらのウイルスの過去の感染による交叉免疫により、このような矢が備わっている可能性もあります。 抗体を産生する B 細胞の成長は、「出世魚」のように複雑です。未熟な段階から成長して来た B 細胞は、武器である矢をより強力に研ぎ澄ましながら再び成長して「形質芽細胞」へと出世します。この段階での生き残りは厳しく、形質芽細胞は短命です。しかし、達人の領域、すなわち「形質細胞」まで出世できれば長寿となります。この成長のためには情報を収集する対策本部(胚中心)が必要です。よって胚中心が無くなると、長寿の形質細胞が減り、短命の形質芽細胞が増えるのかもしれません。事実、8 月 17 日に新型コロナウイルス感染では、形質芽細胞が増える事が報告されました(Laing AG, Nat Med 2020, 8/17; Mathew D, Science 2020, 9/4)。短命と聞いて「免疫は、やはりできない」と誤解される方がいらっしゃるかもしれませんが、ご安心下さい。短命と言うのは、「麻疹(はしか)のように一生涯維持される終生免疫はできない、つまり季節性インフルエンザの様に毎年予防接種をうける必要がある」と言う事です。 このように、新型コロナウイルスに対して B 細胞の反応が弱いのは間違いないと思います。この解釈として、正反対の可能性が有ります。「新型コロナウイルスは最強の B 細胞軍さえ撃退してしまう怖い敵だ」と「新型コロナウイルスは B 細胞軍が全力で戦う必要がない弱い敵だ」です。個人的には、後者すなわち「新型コロナウイルスは弱い敵」で間違いないと思います。なぜなら、もし B 細胞軍を撃退するほどの強い敵であれば、免疫力のしっかりした方にも重症化がおこります。しかし、49 歳以下で基礎疾患がなく免疫力がしっかりした方の重症化率は、季節性インフルエンザより低いのが現実です。ただ注意点は、新型コロナウイルスは警戒を怠ると「たまにテロを起こす」弱い敵と言うことです。このテロ行為、即ち血栓症が、血栓ができやすい健康状態の方に重症化を招いてしまうので、このような方に対する重点的な対策が必要なのかもしれません。 ● 自己免疫反応による免疫低下:免疫細胞はサイトカインと呼ばれる可溶性物質を産生します。多くのサイトカインは、味方の免疫細胞の活力増強を担いますが、I 型インターフェロンに分類されるサイトカインは、直接ウイルスを攻撃する事ができ、爆弾の様な役割を担います。また、フットワークが軽く体中を動きまわっている形質細胞様樹状細胞が I 型インターフェロンを主に作ります。臨床でも I 型インターフェロンは既に活用されています。例えば、I 型インターフェロンに分類されるインターフェロンαは、C 型肝炎ウイルスを殺す事ができるため、C 型肝炎の治療薬として用いられています。また、I 型インターフェロンを生まれつき欠失している方が季節性インフルエンザに感染してしまうと、致死的な肺炎を起こしてしまいます(Zhang Q, Human Genet 2020, p941)。新型コロナウイルスによる重症肺炎で亡くなられた 659 人の内、23 人(3.5%)の方に I 型インターフェロンを産生するために必要な分子(TLR3, IRF7)の遺伝子異常があった事が 9 月 24 日に報告されました(Zhang Q, Science 2020, 9/24)。また、この遺伝子異常に人種差はないようです。 先天性免疫不全症として知られるように、感染制御に必要な遺伝子が生まれつき欠失すると死につながる感染症を起こしてしまう事は既存の概念です。一方、新型コロナウイルスによる重症肺炎で亡くなられた 987 人の解析が新たな概念をもたらすのかもしれません。亡くなられた 987 人中 101 人(10.2%)の患者さんに、I 型インターフェロンに分類されるサイトカインであるインターフェロンαとインターフェロンωに対する自己抗体が検出されたようです(Bastard P, Science 2020, 9/24)。また、この様な自己抗体は無症状や軽症の方には検出されていません。つまり、総攻撃の段階で、新型コロナウイルスを撃退するために投下された爆弾を、敵と内通していた弓矢の名手の B 細胞部隊が反乱を起こし、爆弾が敵陣へ着弾する前に叩き落して敵の手助けをしている状態です。通常、自己免疫反応は、免疫の暴走により自分自身の細胞を攻撃する免疫過剰の状態です。一方、I 型インターフェロンに対する自己抗体は、敵が攻撃をしやすいように内部から手助けをするスパイの様な新たな自己免疫反応に分類されるのかもしれません。「敵のテロ行為による血栓」が起きたり、「味方の暴走による自爆すなわちサイトカインストーム」が起きたり、「敵を手助けするための反乱」がおきたり、体内の免疫反応も我々の社会と同様に非常に複雑という事です。 ただし、これらの合併症は、稀にしか起こらないうえに既に織り込み済みですので、恐れられることなく、この様な合併症が不幸にも起こった場合は医師にお任せください。        
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