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投稿者:リワキーノ
この小説はF.リリカさんのことで急速に親しくなったF.リリカさんのお母様のユカさんから教えてもらったのです。 東ドイツの音楽界に強く惹かれてドレスデンの音楽大学に留学した日本人ピアニストがハンガリーや北朝鮮、ベトナムからの留学生、そして東ドイツの音大生であるヴァイオリニストや、謎の美人オルガニストと出会い、密度の濃い絡み合いの中で様々な葛藤を経て、やがて東ドイツ崩壊に出くわすという物語です。 東ドイツのことを、そして私が長い年月憧れてきたドレスデンの町をこんなに詳しく描写した本を読むのは初めてで、ドレスデンだけでなく、主人公が移動するライプチッヒ、ベルリン、そしてハンガリーのブタペストに、まだ私にとって未知のハンガリーの保養地として有名らしいバラトン湖の描写は東欧に強い関心をもっていた私にとってはそれらだけでも胸がわくわくするものがありました。 登場人物のそれぞれのキャラクターの描き分けの巧みさと個性の激烈さは、大げさに言えばドストエフスキー並ではと思うほどの凄みがあるのです。 しかも著者の音楽への造詣の深さが半端でないものを強く感じ、50歳の一小説家がここまで音楽全般にわたってのかなりマニアックな教養と感受性を身につけることができるものなのだろうかという驚嘆の思いを抱くと同時に、どこまで己の能力のみで表現できているのか、それとも音楽の識者たちのアドバイスを受けているのかとも想像しました。 巻尾の別の作家の解説の中で「経験したこともないことを、対象への巨大な好奇心、興味関心、そして圧倒的想像力と構成力で物語を造り上げている」と言った意味のことを述べているので、恐らくこの著者のもつ知識、感受性で記しているのだろうと思うのですが、主人公のバッハへの強いのめり込みぶりは解るのですが、ラインベルガーのような私にとって名さえ知らない作曲家のオルガン曲が重要な要素として物語られているのを見ると、本当にそのマニアックぶりが推察されるのです。 音楽と演奏について文章で表現することについては、私は著者の述べる演奏家の芸術性をそこまでは感じ取ることはできない、と思いながらも、恩田陸の『蜜蜂と遠雷』での現実離れした嘘くさい表現に比べるとはるかにまともであると思いました。 東西ドイツが統一される直前、いち早く国外移動への規制を解いたハンガリーを通して西ドイツに殺到する東ドイツの住民たちの様子と、それを複雑な思いで見守る同じ東ドイツ住民、そしてなすすべも無く成り行きにまかせる東ドイツ政府などの描写など、統一のときの東ドイツの混乱する様子が鋭く描かれているのにも感銘を受けました。 ベルリンの壁が撤去されて東西ドイツが統一されたときにドイツ国民だけでなく、世界中が祝福の嵐に熱狂した中で、ドイツ統一に反対した西ドイツの著名な作家のギュンター・グラスのことや、両親が西側に行こうとするのを「僕たちを育ててくれた祖国を見捨てるのか!」と叫んで引き留めようとする息子の声などの紹介記事を当時、印象深く記憶していたのですが、その風景がこの小説ではよく描かれています。 この本を読み終えたあと、私は昔、息子に勧められて見た映画「善き人のためのソナタ」をもう一度見たくなりました。 https://youtu.be/02Nw5S4_KTA この本をどんなきっかけで知られたのですか?とユカさんにお聞きしたら、ヴァイオリンや音楽に関する本は常に心懸けて探していたのです、との応えでした。 ラインベルガーのオルガン曲 https://youtu.be/0024OK_8qjc
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