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投稿者:はっちん
元記事⇒ 久留米大学医学部免疫学講座 https://www.med.kurume-u.ac.jp/med/immun/corona.html 【抜粋】 ● 抗体の寿命:新型コロナウイルス感染によりできた抗体は「どれぐらいの期間維持できるか?」については明らかではありません。新型コロナウイルスと同系に属すウイルスの中で、ヒトコロナウイルスに対する IgG 型抗体は、1 年間は維持され、SARS を起こした病原性の高いコロナウイルスに対する IgG 型抗体は 2 年以上維持されるとの報告があります(Wu L. Emerg Infect Dis 2007 p1562)。また、麻疹(はしか)のように、「終世免疫」と呼ばれ抗体が一生涯維持される感染症もあります。 2020 年 6 月の中国武漢市の調査では、新型コロナウイルスに感染しても無症状であった患者さんは、症状が出た患者さんに比べて IgG 型抗体の血中濃度が低く、そのうえ、退院後約 8 週で 40%の患者さんの抗体が陰性になったと報告しています(Lung QX.Nat Med 2020 6/18)。IgG 型抗体の半減期は長くても 23 日です。すなわち、一度血液中に放出されると 23 日で量が半分になるという事です。退院後約 8 週で抗体が陰性になったという事は、一度は抗体が作られているので、戦闘のエキスパートである獲得免疫細胞が援護に来たと思います。しかし、敵が弱いため抗体を短時間しか使わず、血液中に残っていた僅かな抗体が 8 週間で消えたのかもしれません。重要なポイントは、抗体に比べて、抗体を作りだす B 細胞の寿命は半年から 1 年と長くなります。すなわち、「料理はあっという間に無くなりますが、その作り方を覚えた料理人はいつでも同じ料理が作れる」という事です。そして、B 細胞は、記憶した敵に再び出会うと増え始め、増えた細胞は、その時点から寿命が始まります。すなわち、感染して 1 年以内に同じ敵に出会えば、敵の顔を覚えた子孫を残し続け、自然免疫細胞が苦戦している時には、親に代わり子孫たちが抗体を放ち援護してくれることになります。 免疫といえば「B 細胞が作りだす抗体」だけと思われがちですが、誤解です。自然免疫軍のみが働く場合もあります。代表例は、自己炎症性疾患です。自己免疫疾患と異なり獲得免疫軍が出陣してこないため、抗体(自己抗体)は作られません。また、自然免疫軍と T 細胞軍だけが働く代表疾患は、「IV 型アレルギー」に分類される病気で、接触性皮膚炎などがあります。やはり B 細胞軍が出陣しないため抗体は作られません。 よって免疫記憶が有るかを調べるためには、抗体検査でなく、接触性皮膚炎を起こしていると疑われる物質を塗り、皮膚が赤くなるかどうかを見る「パッチテスト」が用いられます。ツベルクリン反応も IV 型アレルギーです。結核の感染では、抗体ができないため、皮膚に死んだ結核菌を接種して皮膚が赤くなるかどうか、即ち「T 細胞が免疫を持っているか」を見ます。このように、B 細胞軍が出陣してこない場合も多くあります。また、弱い敵のため、B 細胞軍が出陣してきても短期間しか抗体を作らない場合もあります。 このような場合は、再攻撃に備えて敵の顔を覚えた B 細胞軍は生き残りますが、抗体はすぐになくなってしまいます。つまり、「抗体の有無」では、「免疫が有るのか、無いのか」は分かりません。 IgM、IgG、IgA の少なくとも 3 種類が新型コロナウイルス感染では産生され、敵に対する殺傷力も異なります。また、IgG とひとまとめに呼ばれがちですが、標的となる場所が異なり「ウイルスのどこに当たるか」で殺傷力も異なってきます。新型コロナウイルスが我々の細胞に空き巣に入るための鍵(RBD, receptor binding domain)を標的とした抗体は、殺傷能力が最も強い事が多くの研究により報告されています(Kreye 79 J, Cell 2020, 9/23)。また、鍵を持つための腕(スパイク)を標的としても殺傷効果は得られるようです。 一方、新型コロナウイルスばかりでなく季節性コロナウイルスにも存在するツノ(ヌクレオペプシド)を標的とした場合には、やはり急所を外れるため効果的な殺傷効果は得られないようです。殺傷力の高い「鍵に対する抗体」は、B 細胞と T 細胞が協力して初めて作り出されます。よって、免疫軍が総動員で戦った場合、すなわち中等症以上に陥った患者さんに認められはじめます(Kreye J, Cell 2020, 9/23; Meckiff BJ, Cell 2020 10/5)。また、「鍵に対する抗体」は感染後 226 日までは消失しないとも報告されています。 一方、免疫軍が総戦力で戦う必要がなかった無症状や軽症の患者さんでは、「ツノに対する抗体」が認められ、感染後早期に消失してしまうと報告されています。すなわち、「ツノに対する IgG」ではなく「鍵に対する IgG」が陽性であれば、新型コロナウイルスからすでに守られていると考えて良いと思います。最初に減少するのは「ツノに対する IgG」である事が 2020 年 11 月 3 日にも報告されています(Chen Y, Cell 2020, 11/3)。「鍵に対する IgG」が高ければ新型コロナウイルス感染からの回復が早いようです。一方、「ツノに対する IgG」が増えても症状に変化は無いと報告されています。 時間が経つにつれて、「鍵に対する IgG」が減ってしまい低濃度になったとしても新型コロナウイルスに対する予防には充分である事が、アカゲザルを用いた基礎研究により 12 月 4 日に報告されました(McMahan K,Nature 2020, 12/4)。 英国インペリアル大学より、「REACT study」と呼ばれる 36 万人にもおよぶ大規模な IgG 抗体の調査結果が報告されました。「IgG 抗体陽性者が 3 か月で 6%から 4.4%へ減少した」と報告されたため、「免疫はできない」と心配される方がいらっしゃるかもしれませんが、ご安心下さい。投稿前の論文がインペリアル大学のホームページで閲覧できたので読んでみました(https://www.imperial.ac.uk/media/imperial-college/institute-of-global-health-innovation/MEDRXIV-2020-219725v1-Elliott.pdf)。 6 月から 9 月までの間に、新型コロナウイルスに対する IgG 抗体を Fortress Diagnostic 社の簡易キットを用いて 3 回測定されています。論文および Fortress Diagnostic 社のホームページには、「新型コロナウイルスのどの部位を認識する IgG を検出できるか」については記載がないようなので、早期に消失する傾向のある「ツノに対する IgG」なのか、長期間保持される「鍵に対する抗体」なのかは不明です。一回目での陽性者は 6 %でしたが、2 回目では 4.8 %へ、3 回目では 4.4 %へと陽性者が減少しています。すなわち、陽性者中の 26.6%([6% - 4.4%] ÷ 6%)の方の IgG は消失したことになります。この減少は年齢層で異なり、18-20 歳では 14.9%、75 歳以上で 39%と報告されています。しかし、この抗体キットの感度は 84.8%と論文中に著者は記載しており、陽性者であっても 15.2%(100%–84.8%)の方は陽性にはならないという事を示しています。18-20 歳の 14.9%という値と非常に近いため、若年者で IgG 抗体を 3 か月以内に消失した方はいなかったと考えるのが科学的には妥当と思います。一方、75 歳以上では 23.8% (39%–15.2%)の方のIgG 抗体が消失した計算になりますが、科学的な判断は非常に難しいようです。何故なら、今回の研究では、抗体検査を全て自分自身で行わなければなりません。抗体キットに付いてくるビデオを見て、自ら指先に専用器具で針をさし、一滴の血液を上手く採取して、キットの指定された穴にうつさなければなりません。慣れれば簡単ですが、慣れないとミスが起こります。当講座でも医学部 2 年生の実習でアレルゲンに対する IgE 抗体を検出する簡易キットを使いますが、操作ミスはやはり起こってしまいます。特に、老眼などがあると、近くが見えづらく操作の誤りも起こり易いかもしれません。事実、今回の検査対象者の中で、キットの操作に慣れている方が多い医療従事者では、抗体が消失した方はおられないようです。 約 13,000 人の医療従事者を対象とした抗体検査結果が 12 月 23 日に報告されました(Lumley SF, New England J Medicine, 2020, 12/23)。11,364 人が抗体陰性で、1,265 人が抗体陽性でした。抗体陰性者のうち、その後の定期的 PCR 検査で新型コロナウイルスの感染が判明した人は 223 名(1.96%)です。また、PCR で感染が判明した 223 名のうち、100 人(44.8%)は無症状のようです。一方、抗体陽性者のうち、その後に PCR で感染が判明した方は 2 名(0.16%)です。やはり、抗体は新型コロナウイルスの再感染から我々を守ってくれているようです。また、「抗体は少なくとも 6 ヶ月以上は保持され我々を守ってくれている」と報告されています。 同様の結果が 2021 年 1 月 6 日にも報告されました(Dan JM Science 2021, 1/6)。ひとたび「鍵に対する矢」が作られると、その量は 103 日目で半分にはなりますが、6~8 ヶ月後でも新型コロナウイルスを撃退するには十分量の矢が 88%の方には保たれるようです。また、放った矢が消失した後も、B 細胞は最低で半年間は生存できる事からすると、「鍵に対する矢」が作られた人は 1 年以上は守られていると考えるのが妥当と思います。また、新型コロナウイルスといつでも戦える T 細胞軍のうち、CD8 陽性部隊は 125 日から225 日で半分になり、CD4 陽性部隊はは 94 日から 153 日で半分になるようです。また、既存のコロナウィルス感染の報告からすると、T 細胞は半分になった後は非常にゆっくりと減っていく可能性が高く、完全に無くなるまでには 17 年を要する可能性もあるようです(Dan JM Science 2021, 1/6)。 9,702 人を無作為に抽出した中国武漢からの抗体調査結果が 2021 年 3 月 20 日に報告されました(He Z,Lancet 2021, 3/20)。抗体陽性者は 6.92%で、抗体陽性者のうち 82.1%の方は無症状です。すなわち 8 割以上の方が症状がないまま知らず知らずのうちに感染していた事になります。また、4 月の検査で抗体陽性であった方は、12 月の検査でも抗体は陽性と報告されています。つまり、抗体は少なくとも 8 か月は維持されることになります。また、症状が強く出た方の方が、抗体の維持期間は長くなるようです。 抗体を産生する能力を得た B 細胞は形質細胞へと更に成長(分化)していきます。形質細胞には寿命が 1 年以内の短命な「short-lived plasma cells」と、数十年も生き続ける「long-lived plasma cells」に分類されます。感染者の血液の解析により、新型コロナウイルス感染では短命な「short-lived plasma cells」に成長して行くとの考えが主流でした。しかし、新型コロナウイルス感染による軽症者の骨髄を解析すると、長寿の「long-lived plasma cells」が骨髄に潜んでいることが 2021 年 5 月 24 日に報告されました(Turner JS, Nature 2021, 5/24)。新型コロナウイルス感染で産生された抗体(IgG)は感染後 7 か月頃から減りはじめ、約 11 か月で検出可能範囲ギリギリまで減少します。しかし、抗体が無くなっても、新型コロナウイルスが再び感染してくれば、長寿の「long-lived plasma cells」が即座に抗体産生を再開してくれ我々を守ってくれることになります。判断は時期尚早ですが、「新型コロナウイルスに対して終生免疫が獲得できる」可能性や、「新型コロナウイルスが夏風邪程度の風土病になる」可能性も出て来たのかもしれません。        
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