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投稿者:関西のT
個人的な感想ですが、私は不知広郭手で全く問題ない品でいいと思います。 まず郭内が面と背の両方から掛けるというのが石持極印銭としてはありえないのではないかと思います。 あれがみられるのは、中身切り式を採用する銭座が郭内の段差を、郭を消失させずに誤魔化すやり方で広郭手、中郭手の不知銭にしばしば見られる方法です。 久留米は完全に片見切り式の銭座であり、郭内仕上げが端正な製作の久留米とは考えずらいのではないでしょうか。 刻印の片方は確かに玉のようにも見えますし、斜め打ちの東北系桐刻印にも見えます。が、もう片方は完全に久留米とは異なる桐刻印。私にはそう見えました。 銅色については久留米あるいは水戸銭の銅供給源が何処なのか分からない以上、銅替わりの可能性は無いわけでは無いと思います。が、ここまで白い品は見た事はないです。 久留米深字大様は銅の配合自体を変えているのかサーモンピンク色(とその上から炙り)をしています。仮に石持刻印銭なら白銅にする事に何か意図がありそうですけども、文字も切れてるし肌も荒れてるし雑ですね... 蛇足ですが、私の久留米深字大様は山梨の方からの出品物で雑銭に混じって出現しました。 水戸と久留米を反復横跳びしていますが、水戸でもいいかなとも思っています笑 総合的に見ればやはり不知銭だとおもいます。 真鍮の話ですが、 面白い事に17世紀頃から中国やオランダより真鍮インゴットに亜鉛鉱石などを輸入した記録が仕訳帳に残されていたときいた事があります。 また亜鉛の精錬技術は明治中期ですが、鋳造は江戸時代の初期から鋳造道具が遺跡調査で見つかっており、爆発やガスが発生する事を前提とした蓋や覆い、そしてガスの排気口などを備えた道具だったそうです。 また火災で消失した加賀屋敷跡から真鍮の分銅が見つかったという記録がある事からも真鍮技術はもとい、亜鉛が多少混入する事自体はおかしな事ではないと思います。 上の話は古銭とは関係のない発掘調査や屋敷調査記録の結果ですので贋作という線は薄いです。
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