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“本格”三級ニッカ
某再放送で今昼、妥協の挙句にビジネス優先で、それでも可能な限りの高品質で出した三級(当時)ウイスキーはこれのようですね。

この辺り、ニッカもあまり公言したくないのか、現物の博物展示はないというようなことがネットの読み物には書かれています。


その前のニュースでは十勝岳噴火に驚きまひた…

かめれおんハイブレンドさん 投稿ありがとうございます

まっさん 私も見ています♪ 懐かしい。 まだ20代の若者がたった2年間で酒造りを学んできたのが日本のウヰスキーのはじめはじめなんです。 

今から 30年ほど前 余市の工場にウィスキーの仕込みを体験できる1泊2日の工場見学に参加したことがあります。発酵槽の掃除をしたり 蒸留釜に石炭をくべたり そして ガソリンスタンドの給油ホースと同じもので樽にウヰスキーを詰めました。 ホースから飛び出す無色のウヰスキーはアルコール度数は65%ぐらいでウヰスキーに押されて樽の口から噴き出す空気にはむせるぐらいのアルコールが入っていました。

10年後には一人一本プレゼント付きの大宴会に招待されて あんないい思いをした工場見学 あとにも先にもありません。 かかったお金はシングルカスク1本分の8800円 2泊三日のホテル代 山海の珍味満載の三食 10年後の大宴会の費用込みで ニッカすごい大盤振る舞いでした。 今もやってるのかな??

ドラマは最終盤で 3級ウヰスキー発売と同時に大ヒットでしたが そんなに順調にはいかなかったんじゃないかな? モルトたっぷりだけど 他社より少なくて少し高かったはず 高級3級ウヰスキーだったはずですよ。

十勝岳噴火は全く影響ないのに また 十勝岳温泉キャンセル来るのかな?


次に、ナンと! 戦前の寿屋(サントリー)贈答品目録(一部)です。
 中段右から1,2番目が「赤札」、のちの「レッド」ですが、2番目は慰問用「武運長久」とあるので、戦前のものだということが分かります。兵隊さんに差し入れできるのはこのサイズだったのですね。私も学生時代、このポケットボトルで「レッド」を飲んでいました。
 のちの「ホワイト」があり、「角」が最高級品の位置にあるようです。
 その間にある「十年もの」、これがのちの何なのか分かりません。
 「オールド」は昭和15年に仕込みが始まり、売り出しは戦後の昭和25年になります。戦前の目録にはないし、当然「リザーブ」もありません。
 「トリス」は果汁酒としてあったようですが、戦後にアルコール度数改訂してから有名になるのですね。
 ヘルメス銘は輸入販売品だと思います。


「レッド」の丸瓶もあれば、「ホワイト」のポケットボトルもあります。

この時代、どういう味だったのか試してみたいですよね。
ネェ、おばらさん^^)v


戦前の「文藝春秋」、表4広告はこの宝酒造「キングウイスキー」の定位置となっております。

 いわゆる“合成アルコールに香料を混ぜて着色したイミテーションウイスキー”かと思いましたが、さにあらず、原酒から造ったきちんとしたウイスキーで現在もあります。
 ただ、あまりおいしいという評判は聞きません。ネット上には「不味い」と書いたものもあります…


私のウィスキー事始めは昭和35年頃かな。一番下がサントリーとニッカの丸瓶でしたが、ニッカの方が断然美味かった記憶があります。学生時代のぜいたく品はサントリー白札で、角瓶は高根の花。そのころ叔父の家でジョニ黒を飲ませてもらったことがあります。感激で味の記憶なし(笑)。
寄る年波ですっかり弱くなったけど、まだ色々飲んでみたい欲はあります。


>学生時代のぜいたく品はサントリー白札で

当時のサントリー白札は一本づつ白い紙で丸く包んであって準高級品扱い。味は角瓶の弟分のようだった記憶があります。かなり不確かですが


実家の目の前が酒屋ですが、
「ホワイト」がサミー・デイビスJr.のCMでイメージ刷新するまで、
低価格帯は「レッド」と「トリス」でカヴァーされていた印象があります…

発売時(昭和9年頃)は、寿屋が自分の蔵で初めて寝かせた原酒使用が“売り”ですが、まだブレンド技術が未熟だったとかナンとか言われていますね。
日本人はまだスカッチの何たるかを知らず、
『マッサン』では「こげな煙臭いもん売れまっかいな」と酒屋に言われます…


さて、ニッカに戻ります。

ニッカには“表”史に並ぶハイニッカやブラックニッカ、スーパーニッカ等々の系列とは別に、あまり語られたくなさそうな丸瓶の系列というもうひとつの商品販売史がある、という感じがします。
 これは資金援助者との商売的妥協が関係しているのかもしれませんが、まあ、私には急ぐ課題でもないので、ゆっくり探索していくことにいたしませふ…^)v


わぁ~ 二日ほど失神していた間(バタバタしていてコメント遅くなり申し訳ないです)に ウヰスキー話でものすごく盛り上がっていました 

かめれおんさん たくさんの資料をありがとうございます どんどん見せてください(/^^)/ とてもうれしいです。 ドラマのほうは最後一気にまとめにかかって順風満帆ですが そんなはずはないですね…。 丸便の歴史もどんどん教えてください。


おばらさんコメントありがとうございます
おばらさんが初めてウィスキーを飲んだころ 私生まれています^_^;  酒飲みの歴史が違います(@@) 20年ほど後からついていきましたが 私が飲み始めた1980年ごろは サントリーのホワイトがイチバンのぜいたく品だった? でも、もっと贅沢 で覚えているのは キリンシーグラム? 今調べたらロバートブラウンっていうやつでした 今 キリンはウヰスキーつくっているのかな?? こんなの買えないから 誰かが実家からかっぱらってきたのをみんなで飲んだのでしょう。(私の父は下戸でしたのでかっぱらうウヰスキーがなかった
た)

Yさん 白札は一本ずつ紙に包んであった…
サントリーの衣装 お化粧は 念がいってたのですね… なかみもさることながら… 上にも書きましたが 余市の泊りが兼工場見学で 工場長さん(製造課長さん?)が「うちは造るのは上手なんですが売るのが…」って悔しがっていたのを思い出します。 

銀貨と指ぬきの話は本当なんですね…。


サントリー広報部より戴いた、楢樽から造った木製コースター
 と、
バランタインの日本代理部からもらったスコッチの歴史本。

ほかにスコッチ関連本が数冊ありますが、それらを眺めながら、せいぜい安ウイスキー舐めるとまた乙な味がします^


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