| 去年は「川の流れはバイオリンの音」を放送したのに今年はしない(出来ない)のは、おそらくNHKの4Kで放送した時の冒頭で「お断り」の字幕が表示された事と関係があるんでしょう。要するに今では差別語となった「ジプシー」を使った上に「ジプシーの手相占い」のような類型的な描写を見た誰かから抗議されたのではないですか?そのうちに「夢の島少女」も男性視線でのヒロイン描写が問題視されて再び「封印作品」になるのではないですか?佐々木氏は「ドラマ」平成18年6月号15頁で「中尾幸世を見つけるまで、何十人も主人公候補に会いましたが、駄目でした。高名なスチールカメラのモデルや、後にすぐ売れた子も、撮影しました。しかし作り過ぎる傾向が歴然で、断りました。泣かれて大変でしたよ(笑)」と語っています。オーディションでもしたのでしょうか?「後にすぐ売れた子」はJICC出版局版の「創るということ」だけ書かれている原田美枝子さんでしょうが、この雑誌が出た時点でも今でいうところのインティマシー・コーディネイターは、まだ存在しない時期です。この発言は「創るということ」と矛盾するので不本意な演技をしてほしいと言われた人が「泣かれて大変でしたよ」という意味でしょう。現に中尾さんはNHKの4Kの再放送の時に涙ぐんでいたので何か悪い思い出があったのでしょう。となると中尾さんの出演作で放送して問題ないのは「四季・ユートピアノ」だけになるのではないですか?去年、4Kで再放送した時にNHKに問い合わせると放送する予定がないと返答をもらった「アンダルシアの虹」と「春・音の光」について「アンダルシアの虹」は「ジプシー」を連呼したオリエンタリズム満載で「春・音の光」は「NHKアーカイブス」で過去作を放送した時でも再放送しなかったのは「私はソ連という政治用語を使わずにスロヴァキアの哀しみの表現」(同17頁)にある「冬」はソ連ではなくドイツと対独協力政権のスロヴァキア第一共和国を指して「太陽」は共産主義体制からの解放の希望ではなく1944年のスロヴァキア蜂起に関わった経歴を持つ当時のチェコスロヴァキア社会主義共和国大統領兼チェコスロヴァキア共産党第一書記でスロヴァキア人のグスタフ・フサークを指すと解釈する事も出来るからだと思っています。おそらく佐々木氏はスロヴァキア蜂起やフサークの経歴を知らずに脚本を書いて制作したとは思いますが、何しろ「春・音の光」を放送した昭和59年は1944年のスロヴァキア蜂起から40周年に当たるのでチェコスロヴァキアの視聴者は日本人がプラハの春の後の「正常化」で君臨しているフサークに媚びへつらった台詞を使ったドラマだと受け取った人がいるのではないでしょうか? |
| 思っていた通り、「川の流れはバイオリンの音」の冒頭にお断りの字幕が表示されたので「ジプシー」が出て来る個所を数えたら確か3個所あった。NHKに「アンダルシアの虹」は再放送されるかどうかを問い合わせたら予定がないと回答が着たのは、ここだろう。「ジプシーとフラメンコ」というオリエンタリズムむき出しの番組では冒頭にお断りの字幕を着けても放送出来ないだろう。「NHKアーカイブス」で「アンダルシアの虹」を再放送していたのに「春・音の光」は再放送しなかったし今回、問い合わせても予定がないというのは「私はソ連という政治用語を使わずにスロヴァキアの哀しみの表現を、ヴィディアムに託したのです」(「ドラマ」平成18年6月号17ページ)という個所ではないか?と思っている。「冬」を共産主義体制ではなく第三帝国と対独協力政権のスロヴァキア共和国を指し「陽の光」は共産主義からの解放ではなく1944年のスロヴァキア蜂起に関わりを持つ放送当時のチェコスロヴァキアの大統領で共産党第一書記グスタフ・フサークだと解釈する事も出来ると気がついた時から。「"中尾幸世さんで"という条件で「春・音の光」の合作出演も決まっていたのである」(「悲劇喜劇」昭和63年3月号19ページ)というのでチェコスロヴァキアで放送出来るように検閲は意識しているにしてもスラーンスキー裁判の関係者のように死刑にはならなかったにしても自分もゴットヴァルトの時代に逮捕された経歴があるのにプラハの春の後の「正常化」を推し進めた人物を礼賛出来るようにも取れる表現を使われたら問題になるだろう。なのでNHKが「中尾幸世さんで」起用された作品を何かの機会に放送するとしても「夢の島少女」、「四季・ユートピアノ」、「川の流れはバイオリンの音」だけしか放送しないだろう。 |