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無題
ただの猫み 投稿日:2024年05月09日 10:33 No.10947
  楢山節考・・姨捨山の伝説

日本人は 単純で 昔、本当に 息子が 老親を山に捨てていたのか 事実もなく 

小説の「楢山節考」を読み 本当だと信じている

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『忘れられた日本人』で知られる民俗学者・宮本常一とは何者だったのか。その民俗学の底流にある「思想」とは? 
 「宮本の民俗学は、私たちの生活が『大きな歴史』に絡みとられようとしている現在、見直され
news.yahoo.co.jp



江戸時代 德川家康が「勤勉に働く子供」は「親孝行な子供」として 親孝行を 推奨する

ところが 江戸時代 天候不順で「凶作」になり「天明の大飢饉」「天保の大飢饉」

天明 天保は 江戸時代の年号

そのため 食べ物が無くなり 農民たちは飢餓 餓死

そのため 餓死する親は 子供だけは 生き残って欲しいので 餓死した遺体の肉を喰い

生きのこるよう遺言する

これは 朝鮮半島は 高麗時代も同様で高麗時代 シナは蒙古族のフビライハンが 高麗を征服

支配下に置き 高麗王に こう宣言する

「高麗王の継承者は 蒙古族の血筋を引いた子供しか 王位を認めない」

そのため蒙古族の娘を 高麗王の「王妃」にする 当然「蒙古族の血筋を引いた子供」が誕生

ところが 蒙古族の王妃が 病死 これでは 皇帝フビライハンから いかなる処遇にされるか分からないので

蒙古族の王妃を 祀るため 各地に「豪華な寺院」を建てる そのため 庶民から搾取

そのため 高麗人民は 生活苦に陥り 食べ物さえなくなり 飢餓 餓死

そのため 人民は生きるため 餓死した遺体の肉を喰い 生き残る

日本は 凶作で 天明の大飢饉 天保の大飢饉で「口減らし」のため 息子が 老親を 背に担ぎ

山に捨てたのかもしれない  しかし これは 楢山節考の「小説」が 作り上げた話

しかし 江戸時代 親孝行な 子供を推奨していたので子供が 「口減らし」のため

老親を 山に捨てていたのか「信憑性がない」

信憑性がない小説の「楢山節考」を 本当だと思い 残酷な仕打ちなどと思うのは オカシイ

今の子供は 親孝行ぜず 老親の面倒を見ず 厄介者として 山に捨てるかも知れないが 

昔の子供は 親孝行

「時代錯誤」しているのではなかろうか

福岡藩で 有名な親孝行な子供が 宗像村の 武丸に住んでいた「正助」親を大事に 親孝行していた子供




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