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福寿草に託けて 仙岳 投稿日: 2024年03月05日 12:07:44 No.2654 【返信】

3月1日(金)、大豊町南大王 の『福寿草まつり』に行ってきた。

写真…左 駐車場
写真…中 案内看板
写真…右 福寿草


仙岳 投稿日: 2024年03月05日 12:10:04 No.2655
「福寿草」に託けての山行だった。先ずは【南大王 ④ H=520.4m】
https://maps.gsi.go.jp/#15/33.785888/133.786527/&base=std&ls=std|cp&disp=11&lcd=cp&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
近くには、梅が満開状態だった

写真…左 冷たい風吹く踏み跡を辿った所に三角点
写真…中 標石
写真…右 振り返ると、山村の風景が広がっていた


仙岳 投稿日: 2024年03月05日 12:12:57 No.2656
更に 林道を登って行って、【怒田大平山(点名:大平) ③ H=1004.5m】
https://maps.gsi.go.jp/#15/33.779305/133.800055/&base=std&ls=std|cp&disp=11&lcd=cp&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
現地で 歩きやすそうなルートを見つけて、簡単、容易に 三角点に着いた。

写真…左 三角点は、上空、足元ともに 開けた状態だった
写真…中 向こう側に廻っても 撮ってみた
写真…右 無傷できれいな標石だった


仙岳 投稿日: 2024年03月05日 12:15:33 No.2657
林道脇にあるので、ごく簡単に行けるだろうと思って、【六丈畝 ④ H=1064.5m】へ。
https://maps.gsi.go.jp/#15/33.769736/133.807000/&base=std&ls=std|cp&disp=11&lcd=cp&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
所が なかなかの "スズ竹"の中。
スズタケは枯れ始めているので、割合歩きやすかったが、着ている "服"が惨めな状態に・・・。

写真…左 スズ竹の中、遠くに 標柱を発見
写真…中 三角点を じっくりと味わう
写真…右 標石


仙岳 投稿日: 2024年03月05日 12:16:54 No.2658
車を途中に置いて、【小星山(点名:小星) ④ H=1269.5m】に向かった。
https://maps.gsi.go.jp/#15/33.757750/133.805000/&base=std&ls=std|cp&disp=11&lcd=cp&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
何と何と、向かう山頂は 真っ白!!

写真…左 霧氷は全山を すっぽりと覆っていた
写真…中 その山頂の「ミズメ」の元に 三角点
写真…右 金属標 だった


仙岳 投稿日: 2024年03月05日 12:18:53 No.2659
今日 最後は、【西川 ③ H=635.5m】
https://maps.gsi.go.jp/#15/33.780500/133.770527/&base=std&ls=std|cp&disp=11&lcd=cp&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
「梶ヶ森」に向かう林道に乗り換えて、「八畝」地区の 急なカーブ広場に駐車して歩いた。

写真…左 "点の記"どおり、"共聴アンテナ"がある所に「三角点」
写真…中 背伸びして、三角点を上から撮る
写真…右 全面に、"地籍調査"の杭があって、撮りにくかった


タメやん 投稿日: 2024年03月05日 22:42:32 No.2660
六丈畝 ④・小星山(点名:小星) ④付近まで、車で行けるんやねえ。
駐車場所 など 仙岳 投稿日: 2024年03月10日 12:00:41 No.2668
その通り。

作業道は ずっと続いているが、落石が多いので、
『小星山④』へは、ここに駐車した。
https://maps.gsi.go.jp/#16/33.760/133.804733/&base=std&ls=std|cp&disp=11&lcd=cp&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0


そこからは 作業道を歩き、ここから「尾根」を登った。
https://maps.gsi.go.jp/#16/33.757885/133.807361/&base=std&ls=std|cp&disp=11&lcd=cp&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0

その標高差は、約80メートル。
タメやん 投稿日: 2024年03月13日 10:37:49 No.2671
そう言えばもう5年以上前に、西大星山(1429m独標点)にこの作業道から登った方の記録を見た事がある。

作業道も1年も使わんと倒木や草ボーボーになるので今も現役の作業道だと思うが、日曜以外の日は作業で通れんかったりするので注意が必要か。

あと通れるかどうか分からないが、(地形図等に載ってない)ショートカットの林道もあるみたいだ。

https://maps.gsi.go.jp/#17/33.761882/133.799399/&base=std&ls=std|seamlessphoto&blend=0&disp=11&lcd=seamlessphoto&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1


2月12日(月)・14日(水) タメやん 投稿日: 2024年02月17日 14:22:40 No.2647 【返信】

五台山はミニ八十八カ所・栗拾い等で良く言っているが、まだここには行ってない気がしたので行ってみた。

https://maps.gsi.go.jp/#17/33.546564/133.590458/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1

鉄塔から東に稜線度を進むと、山頂直前のコルに東西へ下りる小径があった。

稜線道・山頂はそれほど荒れては無かったが、山頂は岩が多かった。


鉄塔に戻って今度は西に

https://maps.gsi.go.jp/#17/33.547036/133.585206/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1

へ登った。

稜線道は巻道になっていたので、尾根の踏み跡を登った。

80mの等高線までは荒れてなかったが、その先から急に荒れだしたので右側(北)に回り込んだが、少し進んでみると左側(南)に回り込む方が良かったらしかった。

頂上は横にスパッと切った様に真っ平だったが、倒竹だらけで進むのに難儀した。

88m独標点も、どこやら全く分からなかった。

西端(2段位下に小さい埋め込みの水槽あり)からは段々状尾根を南に小径っぽい所を下りたが、倒竹で適当に歩き易い所を下っていると50m等高線辺りで墓が現れたので墓道を下って、ミニ八十八カ所の通路に下りれた。



ここもまだ行ってないので行ってみた。

https://maps.gsi.go.jp/#17/33.512795/133.530317/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1

北の突き出た道の端から登った。

登り始めてすぐ蛸壺壕があり、道は無いので適当に見えている山頂目掛けて登った。

急だが荒れては無くすぐに山頂に着いたが、何もなし。


https://maps.gsi.go.jp/#18/33.514172/133.532479/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1

宇賀公民館西の通路のヘアピンカーブから登った。

踏み跡らしき物があったが、かなり急だった。

稜線の先(南端)に壊れたサイレンがあり、断崖の法面になっていた。

北に稜線沿いに進んだが、壕らしき溝等が多かった。

手前のピークまで来たらその先がまたしても倒竹が多く、進んでも何もないだろうしめんどいので引き返した。


https://map.yahoo.co.jp/?lat=33.50400&lon=133.52706&zoom=16&maptype=topography

競馬場西の50m等高線近くの小径が気になり行ってみた。

第四駐車場のフェンスの門から中に入ると小径があり、稜線に取り付いた。

稜線道とすぐ下(東)に道があり、歩き易い方を交互に進んだ。

途中で稜線から東へ外れる小径も2つある様だが、やや荒れていたので通らなかった。(最後のコルまで稜線を進んだ。)

最後は、地図通り給食センターに出て来た。


近場を巡った 仙岳 投稿日: 2024年02月13日 10:34:17 No.2640 【返信】

2月8日(木)、近くの「中津川河内神社」へ[バイカオウレン]を見に行ってきた。

写真…左 バイカオウレン
写真…中 「河内神社」の境内の両側:大きな杉の "間" に咲いている
写真…右 こんな感じで・・・


桑の又④ 仙岳 投稿日: 2024年02月13日 10:41:00 No.2641
すぐ近くの【桑の又 ④ H=321.7m】へ行ってみた。
https://maps.gsi.go.jp/#15/33.305750/133.085666/&base=std&ls=std|cp&disp=11&lcd=cp&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0

写真…左 林の中の「三角点」が異様に明るい
写真…中 ごく最近、測量をした形跡が伺われる
写真…右 昨年来た時(2月12日)は、こんな状態だった


日野地④ 仙岳 投稿日: 2024年02月13日 10:43:38 No.2642
更に近くの【日野地 ④ H=295.4m】へも行ってみた。
ここも 最近 再測量された様相だった。
https://maps.gsi.go.jp/#15/33.312742/133.075976/&base=std&ls=std|cp&disp=11&lcd=cp&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0

写真…左 真新しいポールが立っていた
写真…中 反対側に廻って撮る
写真…右 標石


柏木山③ 仙岳 投稿日: 2024年02月13日 10:45:21 No.2643
「もしや・・・」と思って。【柏木山 ③ H=486.0m】へ行ってみた。
が、特に変化は なかった。

写真…左 一応、全景として
写真…中 保護石、標柱、そして 標石
写真…右 "角"が少し欠けている


五在所森子午線標 仙岳 投稿日: 2024年02月13日 10:48:28 No.2644
事のついでに、【 五在所森子午線標 】に行ってみた。
(一等三角点 「五在所ノ峯」:天測点、と"対"になった[天体観測用]の標柱)
https://maps.gsi.go.jp/#16/33.216028/133.150722/&base=std&ls=std|cp&disp=11&lcd=cp&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0

写真…左 「電波塔管理者」が「標柱」の近くまで刈り明けていた
写真…中 ちょっと 近寄って・・
写真…右 「子午線標」の 銘板


タメやん 投稿日: 2024年02月13日 11:35:34 No.2645
去年の6月30日に再測量したらしいが、いつも思うのは紅白のポールを持ち帰らずに針金で固定し、立てたまま置き去りにしていくのには何か意味があるがじゃろうか?
仙岳 投稿日: 2024年02月13日 16:29:03 No.2646
言われてみれば 確かにそうですね。

★ 測量の業務委託費用の中に、ポールの代金も含まれている(計上されている)ので、
測量業務が終わっても 持って帰る事はできない・・のではないか、と推測するが、
この考えは 定かではない。


2月10日(土) タメやん 投稿日: 2024年02月10日 18:56:46 No.2636 【返信】

1月27日(日) の続き

①気になっていた所

https://maps.gsi.go.jp/#18/33.620379/133.736959/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1&d=m

今昔マップにも記入が無いが、神社があった。

正月の紙垂があり管理されている様だが、南の建物マークは何もなかった。


②影山城

https://maps.gsi.go.jp/#18/33.618630/133.731134/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1&d=m

平坦地、畑。


③三宝神社

1月の高知新聞に龍河洞(龍河神社)の記事が載っていて、そういやあ今昔マップに神社マークがあったのを思い出して検索していると、登っている方の記録があった。

https://yamap.com/activities/12334054

>(* ゚∀゚)車道からここまでは道が荒れてました。

正月の紙垂があり、登山道も全く荒れてはなかったが、急だった。


https://ktgis.net/kjmapw/kjmapw.html?lat=33.590965&lng=133.738439&zoom=17&dataset=kochi&age=0&screen=2&scr1tile=k_cj4&scr2tile=k_cj4&scr3tile=k_cj4&scr4tile=k_cj4&mapOpacity=10&overGSItile=no&altitudeOpacity=2

恵日寺から100m足らず道路沿いに北に進むと下りて行く道があり、すぐに階段・小祠があるが、建物マークは何もなし。(瓦が散乱していた)

そこからモノラックのレール伝いに下って行き、途中からジグザグに下り小屋2つを過ぎた先のカーブに「六丁」と彫られた50cm位の石碑。

https://maps.gsi.go.jp/#18/33.589706/133.739052/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1&d=m

更に下ると1m位の石積みをモルタルで固めた屋根の上に30cm位の三角錐の石が立っている祠があった。

https://maps.gsi.go.jp/#18/33.590096/133.738571/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1&d=m

が、神社マーク辺りには何もなかった。

道はまだ下っていて、ここも不思議と道が荒れてなくて驚いた。


https://ktgis.net/kjmapw/kjmapw.html?lat=33.582880&lng=133.724223&zoom=17&dataset=kochi&age=0&screen=2&scr1tile=k_cj4&scr2tile=k_cj4&scr3tile=k_cj4&scr4tile=k_cj4&mapOpacity=10&overGSItile=no&altitudeOpacity=2

作業道を造った時に新設した様だった。(入り口に簡易チェーン)


旧三角点にも行ってみたが、吉良ヶ峰みたいに削られて無くなっていた。

https://ktgis.net/kjmapw/kjmapw.html?lat=33.582354&lng=133.721794&zoom=17&dataset=kochi&age=3&screen=2&scr1tile=k_cj4&scr2tile=k_cj4&scr3tile=k_cj4&scr4tile=k_cj4&mapOpacity=10&overGSItile=no&altitudeOpacity=2
茶凡遊山記 投稿日: 2024年02月11日 15:44:02 No.2637
YAMAPの『龍河洞~三宝山-2021-07-25』の活動記録では、地形図の「龍河洞」の太字の上、「史跡・名勝・天然記念物」の記号の三つの●のうち、頂点の●付近に「三宝山」の画像が貼られていますが、南国市の「まほろば街道」や「東部自動車道」から、陣笠の天辺のように見えている「龍」の字から約150m東にあるピークが「龍河洞」の「三宝山」で、その山頂に石垣で囲われた神社があるのでしょうか?
タメやん 投稿日: 2024年02月12日 09:12:30 No.2638
>「龍」の字から約150m東にあるピークが「龍河洞」の「三宝山」で、その山頂に石垣で囲われた神社があるのでしょうか?

看板の標高と一致するので、そうみたいです。

https://ktgis.net/kjmapw/kjmapw.html?lat=33.602657&lng=133.747032&zoom=17&dataset=kochi&age=0&screen=2&scr1tile=k_cj4&scr2tile=k_cj4&scr3tile=k_cj4&scr4tile=k_cj4&mapOpacity=10&overGSItile=no&altitudeOpacity=2
茶凡遊山記 投稿日: 2024年02月12日 21:59:10 No.2639
ありがとうございます。

「三宝山」とこの石積み、何か関連がありそうです、追跡したいと思います。、


1月27日(日) タメやん 投稿日: 2024年01月27日 17:14:56 No.2632 【返信】

廃神社探訪

https://ktgis.net/kjmapw/kjmapw.html?lat=33.582304&lng=133.730015&zoom=17&dataset=kochi&age=1&screen=2&scr1tile=k_cj4&scr2tile=k_cj4&scr3tile=k_cj4&scr4tile=k_cj4&mapOpacity=10&overGSItile=no&altitudeOpacity=2

1933年しか載ってなく、見逃す所だった。

立入禁止の看板等が無かったので、産廃会社を通って行った。

最終分岐を右に行ったらすぐにモルタルで固めた階段・新しい手摺代わりのロープがあり、頂上にはコンクリートの社があった。

⑧(8は八)之作 昭和37年3月 土佐山田 S

次に分岐に戻り右を入って行くとグルッと裏に回り込む様になっていて墓場があった。

墓場の西端に階段があり、上がるとすぐに別の木と瓦の社があった。

そのまま点線を東に下ると南にトイ状の道になったが、民家寸前で藪になったので南に曲がる所まで戻り東に進むと道に下りて来た。


https://ktgis.net/kjmapw/kjmapw.html?lat=33.587445&lng=133.734008&zoom=17&dataset=kochi&age=0&screen=2&scr1tile=k_cj4&scr2tile=k_cj4&scr3tile=k_cj4&scr4tile=k_cj4&mapOpacity=10&overGSItile=no&altitudeOpacity=2

鎌井谷ダム西側のコンクリの小径を登った。

終点手前の建物マークは廃小屋(納屋)とトイレ。

終点からトイ状の道になるが、倒木も無くすぐに着いた。

1m×1mの高さが1.5m位のコンクリの社で、天井はフラットで墓みたいなのが乗っていた。

昭和36年6月之?とコンクリに掘ってあり、手前に手洗石と鳥居を立てる土台があった。

少し西の建物マークがそれだと思うが、すこしずれている様だ。
(少し探してみたが、何もなかった。)


https://ktgis.net/kjmapw/kjmapw.html?lat=33.579975&lng=133.715211&zoom=17&dataset=kochi&age=0&screen=2&scr1tile=k_cj4&scr2tile=k_cj4&scr3tile=k_cj4&scr4tile=k_cj4&mapOpacity=10&overGSItile=no&altitudeOpacity=2

最近出来たらしく航空写真には写ってない水路を上った。

最上部から東の尾根に移ると、すぐ北にあった。

岩場に小祠が2つと沢山の瓦があったが、参道は分からなかった。


https://ktgis.net/kjmapw/kjmapw.html?lat=33.581956&lng=133.713490&zoom=17&dataset=kochi&age=0&screen=2&scr1tile=k_cj4&scr2tile=k_cj4&scr3tile=k_cj4&scr4tile=k_cj4&mapOpacity=10&overGSItile=no&altitudeOpacity=2

146m独標点の東にある山道は上に登れそうになかったので、その少し北の山道から登った。

100mの線が交差する所から南東に上がる点線は樋状でハッキリしているが、左右からウラジロが伸びて進めなかったので少し東にあった横道を進み、ウラジロが少ない所から上がって行くと踏み跡もあり登れた。

社が見えたので上がってみると手前に大きい穴が空いていて、底から南斜面に抜けるトンネンルが開いていた。(軍が作ったと思われる)

社は1m四方のコンクリで、周りに「春宮大明神」と書かれた板が3枚や手鏡、10cm位のおもちゃの刀等が散乱していたので、中に入れて扉を閉じて、開かない様に岩を置いた。

すぐ南の146m独標点は、何もなかった。
茶凡遊山記 投稿日: 2024年01月28日 15:47:45 No.2633
教えて下さい。

 一番最初の今昔マップの鳥居マークの近くに二つある長方形の窪地(?)は、工事中の溜め池でしょうか?それともすでに完成していた溜め池でしょうか?
タメやん 投稿日: 2024年01月29日 09:57:08 No.2634
今昔マップの1933年の

①「大谷」の上の指紋状の表記

②神社マーク(⛩)(今の96m独標点)の上の指紋状の表記

①は黒谷池だろうが、②は今の松葉谷池が出来る前の旧松葉谷池か?

https://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/161101/files/2012112700073/2012112700073_www_pref_kochi_lg_jp_uploaded_attachment_82957.pdf
茶凡遊山記 投稿日: 2024年01月29日 11:11:45 No.2635
『野市地区 県営地域ため池総合整備事業』、詳細資料をありがとうございました。

「今の松葉谷池が出来る前の旧松葉谷池か?」、なるほど、新旧で微妙に位置がずれていましたので不思議に感じていました。

 山裾を左に見ながら「山北」へ何度か通りましたが、こんな場所があるとは初めて知りました、次の機会には立ち寄りたいと思います。


辰年の事始め 仙岳 投稿日: 2024年01月20日 11:09:55 No.2615 【返信】

毎年、年始めの[山]は 『干支の山』を目指しているので、今年も・・・と目論んでいた。
調べてみると、[辰] の付く山(点名を含む)は、四国に 3座あった。

辰が谷 ④ H=487.5m 上勝町・勝浦町
https://maps.gsi.go.jp/#15/33.908570/134.452357/&base=std&ls=std|cp&disp=11&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f0

辰ヶ山 ④ H=197.1m 徳島市
https://maps.gsi.go.jp/#15/34.044837/134.459267/&base=std&ls=std|cp&disp=11&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f0

辰が崎 ④ H= 43.1m 西予市
https://maps.gsi.go.jp/#15/33.352075/132.409673/&base=std&ls=std|cp&disp=11&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f0
仙岳 投稿日: 2024年01月20日 11:15:30 No.2616
★ しかし どれも遠い。
一番近い西予市の「辰が崎」でも 直線距離で 70Kmもある。
そこで「辰」を「龍」に変えて行こうと考えた。
探し出したのが、近くて、未登頂の山【龍ヶ水 ③ H=911.8m】だ。
https://maps.gsi.go.jp/#15/33.594460/133.187256/&base=std&ls=std|cp&disp=11&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f0

★そこへ 先日行ってきた。
「越知」から『黒森山』の "西下"の林道で「鈴ヶ峠」に行き、更に[作業道]を走って近づき、「龍」にタッチしてきた。

植林の中、林床に背の低い 鮮やかな[隈笹]のある三角点だった。
冬の日の木漏れ日は意外と寒くなかった。


仙岳 投稿日: 2024年01月20日 12:06:29 No.2617
当然、ここだけでは すまされない。
戻りかけた所にある【北黒滝 ④ H=849.7m】
https://maps.gsi.go.jp/#15/33.598732/133.202147/&base=std&ls=std|cp&disp=11&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f0
ここは2度目だ。
前回来た時は 秋で、[シロモジ]の "黄葉"がすごくきれいだった。

写真…左 平らな山頂部
写真…中 きれいな 標石だった
写真…右 "対"になった「灯明台」が印象的な、近くの「鈴ヶ峠」:真っ正面に「筒上山」


仙岳 投稿日: 2024年01月20日 15:24:04 No.2618
ここまで来たのだから、「黒森神社」に詣でておくべしで、
【黒森山 ③ H=1017.3m】へ行ってきた。
https://maps.gsi.go.jp/#15/33.594281/133.214164/&base=std&ls=std|cp&disp=11&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f0
(地形図の "神社マーク" の位置が おかしい)

写真…左 山頂の電波塔群の横に「黒森神社」が鎮座している
写真…中 その奥に三角点
写真…右 淡竹に囲まれた三角点


仙岳 投稿日: 2024年01月20日 15:39:07 No.2619
この後、【峰岩戸 ④ H=559.6m】に行ったが、プラスチックなどが投棄されていて、
標石を探しだす気力もなく諦めた。
https://maps.gsi.go.jp/#15/33.587775/133.202834/&base=std&ls=std|cp&disp=11&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f0

その代替として、【底引 ④ H=678.3m】へ行ってみた。
そしたら、このブログ『№ 2601』の状況だった という次第である。
https://maps.gsi.go.jp/#15/33.582305/133.212833/&base=std&ls=std|cp&disp=11&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f0
茶凡遊山記 投稿日: 2024年01月20日 17:50:13 No.2620
お二人の山行記録には、ただただ脱帽です。

「鈴ケ峠」を訪ねた日を調べたら2011年8月でした、三角点に関心を持ったのはお二人のことを知ってからで、当時はすぐそばを走りながらも、まったく立ち止まった形跡さえありませんでした。

 初めて立った「鈴ケ峠」は夏草が繁る鬱蒼とした場所でした、タメやんさんの画像のようなアッからとした眺めの時季があることにも驚きました。


タメやん 投稿日: 2024年01月21日 12:25:13 No.2621
底引④の標石が埋まり込んでいるスレと同じ2015年12月19日に行っていた。

確か三角点手前の登る所まで林道があった気がする。


Commented by タメやん at 2019-03-30 22:51 x
4年ばー前に黒森山から北黒滝④△へ行った時、鈴が峠少し東の広い所にデポし、ヘアピンで狭くなった林道を歩いたが、鈴が峠に灯篭があったかどうか記憶にない。

と書き込んでいるが、かなり高い石燈籠が立っていたのを記憶している。

夜中に書き込んでいるので、酔うちょったろうかのう。
茶凡遊山記 投稿日: 2024年01月21日 13:28:25 No.2622
画像は石灯籠の前から西方向、北黒滝④△へと続く踏跡もしくは林道と思われますが、当時も今も、この先へ踏み込む勇気はありません。

タメやん 投稿日: 2024年01月21日 22:15:07 No.2623
2015年当時は出来たばっかりの綺麗な林道だったが、使わんかったら5年も持たんか…。
茶凡遊山記 投稿日: 2024年01月22日 14:07:41 No.2624
2008(平成20)年夏にリトルカブを買ったのは、インターネットで見た「楮佐古小檜曽林道」と「自念子林道」がきっかけでした。

当時はどちらの林道も、一部区間が崩壊あるいは消失していた期間が長かったように思います、初めて走破できたのは「自念子林道」が4年後の2012(平成24)年6月、「楮佐古小檜曽林道」にいたっては3度目の挑戦で2015(平成27)年4月、実に7年後のことでした。

オフロードバイク専門誌『ガルル』で、2012(平成24)年2月に「楮佐古小檜曽林道」が、同じ年の6月に「自念子林道」が特集され、やおら挑戦を開始したことでした。

リトルカブを買った2008年前後からいうとすでに4年も経っていて、「自念子林道」は大荒れで、インターネットで見た秘境の林道のイメージとはほど遠く、林道はまるで河原のようでした。

「楮佐古小檜曽林道」に初挑戦したのがいつの年だった忘れてしまいましたが、初走破できた2015(平成27)年4月までのうちに3度挑戦しましたが、これまた3度とも聞きしに勝る悪路で、インターネットや『ガルル』で見た「天空のオフロード」のイメージとは、札幌と岡山ぐらい離れていました。

最近、国内の木材需要が高まっているのか、あちこちで搬出用の林道が新設され、それまでの植林の山が丸坊主になっている景色に行き当たることが多くなりました。

ただ、これらの林道もまた、搬出が終われば荒れ果てて、はじめは山の斜面の雨樋いだったものが、やがて藪に埋もれていくのかと思うととても残念な気持ちになります。
仙岳 投稿日: 2024年01月22日 19:29:54 No.2627
★【龍ヶ水 ④】到達日の[Garmin]の軌跡に手を加えたものです。
「鈴ヶ峠」(すずかとう)から"西":約750mは車走行。
そこに駐車して、さらに作業道を"西"へ 約1000m歩いて「龍ヶ水 三角点」到着です。

☆ 帰り道は、「北黒滝 ④」三角点データをカーナビに入力して 最接近箇所に駐車して、
三角点を目指した・・・・という山行でした。


仙岳 投稿日: 2024年01月22日 19:47:55 No.2628
鈴ヶ峠(すずかとう)には、"対"になった「天晴」年号の灯明台があるが、
この「天晴 灯明台」は 他にもあって、それを見た事がある。
何の資料で見つけたかは 忘れたが、それは 別の事として、
【大峠 ④ H=725.5m】↓を訪ねた時だった。(2021.R03.10.06)
https://maps.gsi.go.jp/#15/33.617961/133.224421/&base=std&ls=std|cp&disp=11&lcd=cp&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f0


その場所は「鈴ヶ峠」から遠くない「仁淀川町・いの町」界の『大峠』だ。
それは正に地形図の破線が"峠"を越える"往還"脇(町界)に立っていた。
(天晴灯明台のある場所)↓
https://maps.gsi.go.jp/#17/33.622285/133.223476/&base=std&ls=std|cp&disp=11&lcd=cp&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f0

写真…左 (往還の)峠から見えている
写真…中 近寄ってみる
写真…右 奉納は、「新別・柳野村惣中」とあり、
     4面に、大滝神社 門屋神社 大山祇神社 石鉄神社 の刻印があった


茶凡遊山記 投稿日: 2024年01月22日 20:37:07 No.2629
仙岳さん、今年もよろしくお願いします。

『東は田野町から西は越知町に至る範囲に「天晴(天政や天星)元年」と刻記された石灯籠や手水鉢がある』と読み、しばらくハマった時期がありました。

「鈴ケ峠」の灯明台には辿り着けましたが、「大峠」にも「天晴」の灯明台があったとは。

『土佐の峠の風土記』(山崎清憲/著)を読んで、どちらも「峠」を「とう」と発音する響きに魅せられて、「大峠トンネル」東口から「林道大峠線」に分岐してから「大峠」に登り、「庄屋街道」を少し歩こうとしたのですが、添付画像のE地点でマムシの気配に怯み撤退、諦めきれずに「大峠トンネル」西口のF地点から挑戦したものの、今度はJ地点で実際に大きなヘビに遭遇しついに断念しました。

 毎回思うことですが、蛇嫌いの山登りにはいつも高い壁が立ちはだかります。

 あえなく撤退帰宅して、『土佐の峠の風土記』(山崎清憲/著)を読み返すと、「大峠」の灯明台に「天晴」の文字は刻まれていないようでしたので、採れない葡萄の実は酸っぱいと決めつける狐のように、無理くり気持ちを納得させようとしたことでした。

 立ち姿は「鈴ケ峠」の灯明台のコピーのようですが、この灯明台や、あるいはもしあったのであればですが、手水鉢などに、「天晴」の元号はありましたでしょうか?


天晴 タメやん 投稿日: 2024年01月23日 13:49:27 No.2630 【Home】
一番右の画像は、明治一年に見える。


https://nangokutosa.blog.fc2.com/blog-entry-2204.html

なんちゃーじゃない事を言うw
茶凡遊山記 投稿日: 2024年01月23日 14:50:23 No.2631
なるほど、ありがとうございました。


1月17日(水) タメやん 投稿日: 2024年01月18日 11:02:42 No.2611 【返信】

種間寺ミニ八十八カ所で調べていたら、西の高森山周辺の作業道が大分延びて来ていて、またYAMAPで三宝山から縦走した記録があったので行ってみた。

https://yamap.com/activities/25307771

横着をして三宝山周辺の地形図を持たずに登ったので(これが後で効いて来た)、本来の登山道でなく墓道の尾根道を登っていた。

裏田④からブルーテープなりに少し下ったら、道が西向きになったのでおかしいと思い三角点まで引き返した。
(どうも西の配水池からの稜線道らしい)

三角点少し南の広い所に微かだが下りる踏み跡があったので下りてみると広い尾根道になった。
(持って来た地形図には印刷されて無かったので、お菓子を包む様な金属色の3色の紐が、一か所だけ枝に巻き付けてあったので心強かった)

すぐに矢竹の密集した所で右(南)に回り込めば南西の尾根、左(北)に回り込めば東寄りの尾根に下るので、右に変わり込み南西の尾根をコルに下るったが、ここから90mピークまでは倒竹が多かった。

また上がる時に段々状の段差が大きく登れなかったので、段差の小さい西に進んで登った。

ピークからの稜線道は荒れてなかったが、133 28 26の小ピーク辺りから急に荒れてきて歩きずらかったが、赤テープは沢山あり踏み跡も明確だった。

林道を通り、植樹した様な広い所から登山道で高森山③に登った。

山頂から北西と南西に尾根があり、当初は北西に下るつもりだったがやや荒れていて、南西の尾根には踏み跡があったのでこちらに下った。

段々状を5段くらい下って緩やかになった所の南寄りに1m位の穴が開いていて、蛸壷壕と思い縁から中を見たら思いの外深く、怖くてキチンと除き込めなかったので、石を投げこんで底に落ちた時の音で5m以上はありそうだったが、ひょっとすると南側の斜面に抜けている気もした。(前にも高森山で塹壕だったかを見つけたが、WWⅡの本部があったらしい)

https://ameblo.jp/kochi-romp/entry-11100668741.html

ここら辺の交差点に下り

https://maps.gsi.go.jp/#17/33.479049/133.475012/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f2

北側を見晴らしたらグーグルマップの航空写真よりも道が増えていた。

下(北の林道)で作業をしていたので、南側の林道から下ったが、麓に着くと墓場周辺の水路工事をしていた。

北の入り口も工事で、甲殿弘岡上線から南に入れない様だ。


今回下った西の入り口は、本来はゲート(2つ)が閉まっている。

北の入り口も同様と思われる。
茶凡遊山記 投稿日: 2024年01月19日 09:13:20 No.2612
「90mピーク」と「133 28 26 小ピーク」は、
この位置で正しいでしょうか?


タメやん 投稿日: 2024年01月19日 10:51:50 No.2613
「90mピーク」

そこです。

「133 28 26 小ピーク」

ああ、小ピークと書いたので誤解をさせた様です。

「(地形図では判別出来ない)33 29 04・133 28 26小ピーク」と書くべきでした。

https://maps.gsi.go.jp/#17/33.484563/133.474042/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f2


因みに当日ザっと見た感じでは、上記「ここら辺の交差点に下り」少し北からグルっと巻く様に、図の「133 28 26 小ピーク」東のコル辺りまで林道が延びていた。
茶凡遊山記 投稿日: 2024年01月19日 11:03:59 No.2614
ありがとうございました。

 グーグルマップの航空写真で見ると、地形図にはない林道や太陽光発電施設がいっぱいありますね。

 軍旗奉焼乃地(歩兵第四十四連隊終焉地)のすぐそばに林道が通っていることに、今さらながらですが驚いています。

 昨年末に軍旗奉焼乃地までは行きましたが、とてもその先に林道があるようには思えない場所でした。
 


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