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〔剛心位置が右側に大きく寄る理由〕 図 4-5 において、6F階の剛心が X5 通り近くに寄っています。Y方向の地震力が重心位置に作用して剛心を中心に床が回転していることを意味します。回転による変形は図 4-4 でイメージができます。しかし、図 4-2 の平面図や壁の配置からすると、右に大きく寄った剛心位置に違和感を覚える人も多いでしょう。 なぜ、6F 階において、剛心位置が大きく右に寄ったかは、この建物特有のセットバックした立面形状と耐震壁の配置に起因します。左側のスパンは階数が多く、右にいくにしたがって階数が少なくなっているため、重心は当然左側に寄ります。また、図 4-3 による立体的な変形でイメージできるように、X2~X4 通りが連層壁のため、5F 階前後において曲げ変形が大きくなる傾向を示しています。 つまり、せん断変形のみの挙動を示す建物なら、剛心位置が右側に大きく寄らないわけですが、左側がより高層であるためにせん断変形だけではなく連層壁による曲げ変形も大きく加わることになり、連層壁の変形がこの 6F 階でより大きくなる傾向を示し、床の回転は左側がより大きくなるという図 4-4 のイメージ図のようになりました。それ故に剛心も大きく右側に寄り、偏心距離が大きくなったと言えます。 |
〔偏心距離と剛心率による保有水平耐力の割増〕 建物が偏心をすることで問題なのは、建物が並進変形とならずに、剛心から大きく離れた柱や耐力壁の変形が増し、負担せん断力がそこに偏ることで、バランスの悪いせん断力分担となるために、小さな地震力で一部のフレームが崩壊に至るからです。 前述した高層でセットバックした建物において、図 4-5 のように剛心から離れた X1 通りに、より大きな(偏った)変形が生じました。この変形にはせん断変形の他に曲げ変形が含まれます。曲げ変形とは建物全体が曲げ変形することを指し、つまり、6F 階より下層の柱には軸力により、引張で伸びる(Y1 通りの)柱と圧縮で縮む(Y3 通りの)柱が存在して、建物全体を曲げようとする曲げ変形が加わっています。 このような下層階の曲げ変形により建物が傾いたことで増大した 6F 階の水平変位は、柱や耐力壁のせん断力を増加させる効果は小さく、せん断力が増えずに変形だけが増大しているという、悪さをしない変形だと言えます。 つまり、悪さをしない変形が加わったものの、あたかも悪さをする変形と同類として計算上はその変形を加算しているため偏心率を大きくさせ、保有水平耐力の割増に影響を与えることになりました。 そこで悪さをしない変形部分を取り除いたうえで偏心率等を算出する意味で、柱の軸変形を止めて計算をすると、図4-5で偏心距離(重心から剛心までの距離)が約15(m)であったものが、4 分の 1 の約 4(m)弱となり、偏心率は 5 分の 1 となりました。(図 4-6 参照) この建物は、柱の軸変形に伴う建物の曲げによる変形成分が、偏心に大きく関わっている事例と言えます。また図 4-6 における 6F 階は偏心のない平面配置となっていて、剛心位置も 6F 階の中央に移りました。このことをもってこのセットバックした高層建物のモデル化を建物の曲げ変形を無視して解析すればよい、と短絡的にいうことはできません。この建物はセットバックしているため柱軸力は偏っているという特性をもった建物ですので、この軸力をどこまで気に掛けるかという工学的な判断が偏心率に留まらずに伴う建物です。 構造設計において、偏心率を小さく抑えることはもっとも重要な構造計画と言えます。しかし構造計画を変更することは意匠設計者との攻防において容易に受け入れられないところかもしれません。とはいっても、構造計画に際しては平面的にも立体的にもバランスのよい配置を目指すことを第一に考えることは必要です。その上で計算上のモデル化を的確な工学的判断のもとで適切に対処することになります。 ※ピロティの上に載るセットバックのある此の建物(マンション)を、あの企業がどこまで気に掛けて的確な工学的判断のもとで適切に対処しているのかどうかは(設計でも、施工に於いても)・・・、謎です。 |
〔精度の高い偏心計算をする改良理論法〕 計算精度に影響を及ぼして計算誤差を生じる時があります。 例えば、加力方向の角度を変えても、剛心位置に変化は無く一定のはずです。しかし、加力方向の角度を変えれば、変形状態も変わり、その変形から剛心位置が算出されるため、全く影響がないかというと(基本的には影響はないのですが)、計算誤差により剛心位置が正しくないところを示す場合が、不整形な建物の時に非常に稀にですが起こります。 そこで、現状の剛心計算手法(以下、“従来理論法”とここでは呼びます)において稀に起こる上述の弱点を改良したのが“改良理論法”と呼んでいる計算手法です。 〔改良理論法と各剛心計算手法に関するまとめ〕 剛心や偏心率の計算手法と適用範囲についてまとめると以下の通りです。 ① 技術基準による方法: 剛心や偏心率の計算において、柱、耐力壁とも、加力直交方向の剛性成分を無視している。よって、整形な建物(加力方向又は加力直交方向にのみ壁配置)以外には適用できない。 ② 従来理論法: 柱は加力直交方向の剛性成分を無視しているが、耐力壁は加力直交方向の剛性成分を考慮している。よって、通常の建物では問題なく適用できるが、耐力壁がX方向、Y方向共に全く無く、かつ柱が不規則に配置されている建物には適用できない。 ③ 改良理論法: 柱、耐力壁とも、加力直交方向の剛性成分を考慮している。加力方向(角度)が変わっても剛心計算結果に影響を与えない。よって、全ての建物に問題なく適用できる。 セットバックした高層建物(図 4-1)の事例は、平面的に整形な柱・壁の配置のため、上記①②③のいずれの方法を採用しても、剛心位置、偏心距離、偏心率等は同じ結果となります。剛心計算に違いが出る不整形な建物とは、耐力壁が斜めに配置された場合で、加力方向または加力直交方向に耐力壁が配置されている場合には違いは少ないようです。 *注意!「①技術基準による方法」は、不整形な建物に適用すると(適用範囲外の剛心計算方法のため)危険側になります。 大臣認定プログラムの性能評価においては、改良理論法が必須とされていますので、今後※1は、改良理論法による計算が一般的になってくるものと考えます。 <※1:本文は2011年(平成23年)の内容です。> |