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ときどき投稿
真保孝@東京
投稿日:2024年03月29日 09:57
No.478
ときどき投稿(第131回) アメリカン・ドリームのドリー・パートン
●ケビン・コスナーが主演した映画「ボディガード」の主題歌、「アイ・オールウェイズ・ラヴ・ユー」(“ I Always Love You ” )の作者は
ドリー・パートンだ。
劇中で歌ったのはホイットニー・ヒューストンだったが、マッチする曲を探していた映画の音楽プロデュサー、デビット・フォスターは、
ヨットの上で意見交換、その採用に数分で、監督と意見が一致した。
反面、この曲を気に入っているパートンは生涯何回も録音をしている。裏話としてエルビスがカバーの録音の時、時のマネジャーのトム・
パーカーが版権の半分を自分の名前にと提案したが、パートンはきっぱりと断ったとのこと。 パーカーは以前ハンク・スノウやエディ・
アーノルドのマネジャーもしていたが、その狡いずるいやり方にどの歌手からも首にされていた。
●パートンは東テネシー山麓の貧しい小作人の家庭、12人兄弟の4番目として生まれた。 極貧で寝室も含めて部屋ひとつしかなかった。
少女時代に母が残りのつぎはぎの布地で、作ってくれた洋服を主題とした曲が「コート・オブ・メニー・カラーズ」(1971年)だ。
8才の時、ギターを叔父が買ってくれた。楽譜は読めなかったけど、今ではたいていの楽器は弾くとことが出来るという。
●高校を卒業して、ナッシュヴィルに何回も挑戦した。友人の多くは諦めて故郷に戻ったが、諦めなかった。何回目かの時、コイン・
ランドリーで今の夫と出会って結婚。円満に現在に至る。貧しさにも負けずに常に明るく前を見る姿勢は、まさにその後の活躍で
テイラー・スウィフトに負けぬアメリカン・ドリームを実現させた。 そのスタートは、ポーター・ワゴナーの番組、「ポーター・
ワゴナーショー」への参加だった。
●全米ネットのテレビ番組でワゴナーは共演のノーマ・ジーン結婚引退で替わりを探していた。候補のひとりにパートンが挙がったが、
多くの観客は不満だった。中継のステージでもブーイングが起きた。これをパートンは乗りきった。 この時の曲が、今回聴く
“ The Last Thing On My Mind ”だ。
番組の人気は次第に上がり数年後、今度はパートンも独立して別番組に、逆にワゴナーが引き留めにかかり、一時、こじれてコンビは
不仲になった。だが、その後は和解して、ワゴナーの殿堂入りを祝って共演した。
( 物忘れの多いカウボーイ / 真保 孝 )
管理人@東京
投稿日:2024年03月29日 10:01
No.480
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