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投稿者:Cavite
>> イシオの村には旧日本兵の方が住んでおられましたがつい最近亡くなられました. 旧日本兵がおられたのですか、イシオにおられたとはまったく予想だにしませんでした、とてもとても貴重な情報ですね、 たしか、ジェンサン(ミンダナオ島南部の主要都市でジェネラルサントス市人口約45万)で以前ガサネタで終わりましたが、マニラ日本領事館を巻き込んで大騒動にまで発展したことはご記憶になかったでしょうか、 仮に生きておられたとして90歳以上ものご高齢、もうほとんどの方がお亡くなりになっていても不思議ではありませんでした。 比国内で態々口にだして尋ねると、金欲しさの地元人がガサネタや騙しに会うのが落ちと思うので表にだして口にするなんてことはとても困難でしたね、ひたすら放浪の旅を続ける中でその内いつかは偶然でも出会えるだろうかくらいの気持ちでした!! それくらい薄い気持ちは僅かながらももっておりました、それほど旧日本兵を探しだすことは容易ではないと謂う意味です御座います。 私は特に激戦区であったミンダナオ西部にいない者か? と当時は考えておりました、中でも行けず仕舞いだった、マギダナオ州コタバト市の北西部にある島でボンゴ島内に生存してはいないだろうか? 何故ならば、政治不安定な場所なので非常に行き難いので逆にもしやと考えておりました、実際コタバト市からパガデアン市迄約200kmちょいあるのですが、何処の港から船が出ているのか解らず、また日本人だなど容易に名乗れる場所でもなく、更に交通の便が非常に悪かった当時、ダヴァオ市やジェンサンからコタバト市迄なら容易に入れましたが、その先パガデアン方面が厳しかったのを覚えております。 その後現在のフィリピン人妻をもらい子ができた為、日本に戻り相応な年月が過ぎて仕舞いました。 極めて数少ない旧日本兵と間違ってでも接触できたならば、一台スクープになるのはほぼ間違いありません、接触できるチャンスがあるとすれば、絶えず比国内の隅々を回っている方であっても難しいくらいです。 最近まで生きておられたなんて伺いますと、私の考えていた遠方(ミンダナオ島西部一帯からタウイタウイ州シタンカイ島を指します)の厳しい地ではなく、以外に近くだのですね。 写真上の黄色い区間は当時コタバトジプニーTMからバス走行のない区間でした、ここからはタマラウFX(比国版トヨタ車)でマラウイ市南ラナオ州迄約3時間、2008年の最後の時はパガデアン港~コタバト河川港間のアイダシッピングの木造中型船は無くなっており、代わりに陸路200km区間をタマラウFXの相乗りタクシーが走っておりました。
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